パチパチと近くで何かを叩く音で、少しだけ意識が覚醒する。

「・・ん・・っ」

隣で寝ていたイルカの少し掠れた声と、その上に覆いかぶさる銀色の物体。
寝ぼけ眼をこすりながら目覚める様子をチラリと確認してカカシは再び眼を閉じた。

「いー」
「うわっ! び、吃驚した・・ッ!!」

あまりに間近で覗きこまれて、思わず叫んだ声に吹き出しそうになる。
以前カカシも同じように起こされて、恥ずかしながら小さな悲鳴を漏らしたことは内緒だ。

「サク・・、おはよう」
「はよー」
「・・・今日も派手にやったな」

イルカがため息混じりに漏らした言葉は、部屋中に散らかったおもちゃに対してで、ほぼ毎日の日課になっているからそう怒りもしない。
一頻り遊んだ後、空腹と退屈に耐えられなくなって起こしにきたのだろう。

「今何時だ・・ってもうこんな時間か」
「んまー」
「わりぃ、腹減ったよな」

差し込む光でサクヤの朝食の時間からはすでに数刻は経っている。
いつもならサクヤが起こしに来る前に目覚めるイルカだが、昨夜は少し無理をしすぎたか。
そんなことをチラリと思いながらもカカシはもう少し惰眠を貪ろうと気づかぬふりをした。

「ちょっと待ってろよ・・ッ!!・・ってぇ・・」

ヨイショと年寄り臭い掛け声をかけて起き上がった拍子に漏れた悲鳴は、昨夜の営みの名残だ。
腰を擦りながらジトリと睨みつける視線を感じながらも、カカシは狸寝入りを続行して偽りの寝息を漏らした。
朝っぱらからそんな色っぽい眼で見られたら、また挑みたくなるでしょという心の声はけして口にはしない。

「・・ったく、手加減ってもんを知らねぇんだから・・」

それはこっちのセリフだーよ、と。ゴチる声に反論したくなる。
昨夜はイルカだって凄かった。
色香に煽られたのはカカシの方だと言いたいのをぐっとこらえれば、空腹も限界に達したサクヤの急かす声がした。

「まんま」
「はいはい、飯だよな。わかってるよ」



*****



「コラッ! つまみ食いすんじゃねーぞ、サク」
「やーん」
「駄目だって言ったろ」
「やーの」
「仕方ねぇ。栗きんとんだけだぞ」
「あう」

我慢しきれなくなったサクヤがお重に手を出したのだろう。
たしなめるイルカとサクヤのお節をめぐる攻防に自然と口角が上がる。
外見はカカシにそっくりなサクヤだが、食べ物に執着するところはイルカに似ている。

「んー、いい匂い」
「いいおいー」

幸せそうな声と、部屋中に広がる出汁の匂いに鼻をヒクつかせれば、二人同時に「うまー」と揃った声が聞こえるから笑ってしまいそうになる。
そろそろ起こしに来る頃かとベッドの中で身動きすれば、家に近づく気配にピクリと眉が上がった。

「イルカせんせーッ!!」
「おうっ! 開いてるぞー! 入って来い」
「なるー」

気づいた瞬間には玄関のドアが叩かれて、騒がしい声。
カカシと暮らす前から、正月はナルトと過ごしていたと聞いた時には少しモヤッとしたものだが、それにももう慣れた。
だいたいこんなことで口煩く言って、イルカに狭量な男だとは思われたくない。

「明けましておめでとう、ナルト」
「めっとー、なるー」
「明けましておめでとうだってばよッ!」
「早く入れよ。お節食ってくだろ?」
「おう!」
「雑煮ももうすぐできるからそこ座ってろ。あ、サクヤがつまみ食いするから見張っててくれ」
「りょーかいッ!・・それよりカカシ先生ってばもしかしてまだ寝てるのか?」

なんとなく起きる機会を逃した気がして天井を見上げたまま横たわっていれば、寝室を窺うナルトの声。
余計に出られなくなって、小さな溜息を漏らした。

「あー・・昨日はちょっと遅かったからな」
「年の暮れまで任務?」
「いや、そうじゃなくてだな・・まぁ、そのなんだ」
「なんだってば?」

歯切れの悪い言葉に、訝しげなナルトの声。
まさか正月早々一晩中睦み合っていたとは言い難い。

「そういやイルカ先生も目の下の隈がスゲーってば」
「そ、そうか!?」
「うん。なんか泣いた後みてぇだってばよ」

ガシャン。狼狽えるイルカがシンクに何かを落とした音が響いた。
絶体絶命だぁね。
ベッドの上、一人余裕でやり取りを楽しみながら含み笑う。
昨夜眠りにつくまで、カカシの腕の中でイイ声で啼いていたなどとは口が裂けてもナルトには言えないだろう。

「やー、の」
「ん? どした? サク坊」

突然会話に入ってきたサクヤに、ナルトが困惑気に名前を呼んだ。

「かー。やー、のぉ」
「サク?」
「何がイヤなんだってば?」

何かを必死で訴えるような声に、イルカも戸惑った声をだす。

「いやん、かー、やーの。やめー、いやぁん」
「ち、ちょっとまてサク・・」
「やーん、かー」
「カカッ先生の何が嫌なんだってばよ、サク坊」
「ーーサクッ!! ちょっと黙って・・」
「あぁんー、きーの、かー」
「どうしたんだってばよ、サク坊!?」
「かー・・んぐっ」
「ーーーなんだって良いじゃねぇかッ!! ナルトッ!」

わけが分からず問いただすナルトと、サクヤが何を言っているのかを確信したイルカが焦りながらも愛息子の口を塞いだ。
まさかサクヤに聞かれていたとは、と。
三人のやり取りに少々驚きながらもベッドの中で声を殺して肩を震わせた。



『せんせ、もう一回』
『あぁっ! カカ・・ッさん・・や・・やめ・・いやぁ』
『まだイケるでしょ、ほら』
『やぁ、ん・・カカシ・・』
『口開けて、せんせが大好きなのしゃぶって』
『・・んんっ・・す・・好き・・カカシさん・・』



ベッドでの営みを思い出し、もぞりと下肢を蠢かせた。
昨夜の痴態を思い出すだけで昂ぶる自分に苦笑しながらも、意識は思わぬところから繰り出されたピンチに混乱しているだろうイルカの気配に集中させる。

「なんでも良いって、良くねぇだろ」
「良いんだッ!」
「むがー」
「イルカ先生、そんなに押さえつけたらサク坊が窒息しちまうってば!」
「わっ! し、しかしだな・・」

あわあわと慌てふためきパニック気味のイルカの様子に、そろそろ助け舟でも出しに行くかと身体を起こしかけた時。


「どうしたんだってばよイルカ先生。顔が真っ赤だってば」


無邪気な教え子の言葉に撃沈するイルカの姿が頭に浮かんで、カカシはベッドに身体を沈めたまま爆笑してしまった。
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