ほわほわと湯けむりが上がる中、ざっと身体を洗い終えたカカシが小さくため息を付いた。
今か今かと浴室の外で待機している気配を感じながら、どうにかしてこの状況を打破したいと思うもののいい考えが思い浮かばない。
コツンっと叩かれる扉にビクンッと身体を強張らせて、渋々ながらも返事をかえすべく口を開いた。

「いいよ」
「よーし、サク。カカシさんからお許しが出たぞー。キレイにしてもらおうなぁ」
「・・わっ」

一瞬の間もなくガラリと浴室の扉を開けて入ってきたイルカに、頼りなくて柔らかい小さな身体を渡される。
ぽやんとした眼で見つめる愛息子の身体を落とさないように抱きしめて、ニカリと笑うイルカに眉を下げた。

「せんせ、やっぱり・・・」
「じゃ、よろしくお願いします」

断ろうと口を開いたのに、上機嫌なイルカにサラリとかわされてしまう。
腕の中の我が子と二人。鼻歌交じりに浴室を後にするイルカの背中を、置いて行かれた子犬のような眼で見送った。

「あー・・いっちゃったねぇ・・」
「あーう」
「あぁっ、お願いっ! 危ないから動かないで・・っ」

わしわしと動くサクヤをおっかなびっくり抱きしめながら、こうなってしまった経緯を思い出し、カカシは情けない声を発しながらも浴室の扉を閉めるのだった。



♡いい夫夫の日♡



『初めは誰でも怖いもんなんですよ』
『駄目ッ! そんなの無理だよ、絶対無理ッ!』
『無理かどうかはやってみないとわからないじゃないですかっ!』
『最初からわかってるのに無駄な労力使うことないでしょ』
『とにかくお願いします。一度だけでいいですからッ』

いつもと逆の言い合いを、座布団の上に裸ん坊で放り出されていたサクヤがちゅうっと指を吸いながら眺めている。
くしゅんっと身体を震わせてしたくしゃみに、イルカが慌ててバスタオルで小さな身体を包んだ。

『早くしないとサクヤが風邪ひくじゃないですかッ!』
『嫌だって言ってんのにさっさと裸にしたのは先生でしょ』

無理無理、絶対嫌ッ! っと頭を振るカカシに、むうっと頬を膨らませる。

『オレだって、もうすぐアカデミーに復帰するんですよ。任務にだって出なきゃいけないかもしれないのに、いったいどうするつもりなんですか?』
『それは、ほら紅にでも頼んで・・・』
『毎回紅さんに頼むわけにもいかないでしょうッ! だいたい何ですか、里一番の業師とか言っちゃってるくせにそんな弱腰・・・』
『ーーーそれとコレとは関係ないでしょ』
『関係なくないですッ! 業師なら業師らしくその腕前見せてくださいよッ!!』

ギリリと眉を吊り上げながらも責め立てられて、押し切られる形で頷かされたわけなのだが・・・。

「・・・・・」

向かい合わせになった腕の中、両手を握りしめたままじっと自分を見つめる我が子が、声をあげながら笑う。
渡されたガーゼを身体の上に置き、掬ったお湯を慎重過ぎるほど慎重にかけた。

『大丈夫ですよ。俺に似てお風呂大好きなんで』

そう言ったイルカの言葉通り、気持ちよさそうにしているサクヤにホッと息をつく。
落とさないように精一杯気をつけて、泡立てた石鹸で撫でるように洗っても、大人しくされるがままになっている。
懇切丁寧に身体を洗い、滑りそうになるのを必死に支えながらも掬ったお湯で洗い流してやった。
頭を洗うのは最難関だったが、上手く出来たと自画自賛し、ピンクに染まった頬をつつく。

「うあー」
「気持ちいい?」
「あー」
「そ」

紅葉のようなちいさな手に口づけて、指先を口に含むとはしゃぐ声が耳に心地よく響く。
イルカに似た黒い瞳に微笑む自分が映って、少しだけ照れくさかった。

「じゃ、暖まろうねぇ」
「う」

そう言って、サクヤを抱きかかえたまま湯船に浸かり、ほっと一息ついた時だった。
身体を洗うという高ランクの任務完了に一瞬だが気を抜いてしまったのかもしれない。
ツルンっと腕の中から滑り落ちた身体を見た瞬間、時が止まった。

「ーーーー・・・・・」

広げた脚の間へと、ボコボコと泡を立てながらサクヤが沈んでいく。

「わッ!! あぁっ!! ちょ、ちょっと、サクヤッ!!!」

はたから見れば笑えるほど大慌てで、両手を湯船の中に突っ込んで掬い上げた。

「・・・・・・」
「・・・サ、サクヤ・・・?」
「・・うぅ・・」
「・・・・・」
「う、ぎゃあぁぁぁーーーーーッ!!!」
「わわっ!!」

キョトンとした一瞬の表情の後、身体を引き攣らせるようにして泣き出したサクヤに、わたわたと湯船の中で慌ててみれば、バターンっと盛大な音をたてて浴室のドアが開いた。

「ーーーサクッ!?」
「イルカ先生~っ!」

湯船の中でへにゃりと眉を下げる上忍と、泣き叫ぶ我が子の姿にポカンと口を開いて。

「ハハッ、落としちまったんですか?」
「笑い事じゃ・・」

危うく我が子の命がと口にしたカカシに、余裕の表情でイルカがサクヤを抱き上げた。

「大丈夫だもんな、サク」
「うやぁぁぁん!」
「なに泣いてんだよ、もう慣れっこだろ~」
「へっ!?」
「え?」
「な、慣れって・・・」

まさかと思い口にした言葉に、イルカが何がおかしいのかと言わんばかりに小首を傾げた。

「もう5回は落としてるかと」
「はぁ!?」
「大丈夫です。だって両親ともに水遁使いですよ。しかも腹ん中じゃ毎日元気に泳いでたんですから」

なーっと腕の中のサクヤに笑いかければ、いつの間にか泣き止んでいるサクヤがベソをかきながらもなーっと声を出す。

「だだ身体から離れてるのは怖がりますから、触れさせてやって下さい」
「えっ、ちょっと・・」

はいっとカカシにしてみれば乱暴な仕草で手渡され、慌てて胸の中に抱き込んだ。

「んあー」
「は・・、もう吃驚した・・」
「ふふっ。優しい父ちゃんだなー、サク」
「あう」

浴槽の縁に腰掛けて、ぽよぽよのほっぺたを撫ぜるイルカが優しく微笑む。
狭い浴室に三人、片手でサクヤを抱えたままのカカシが濡れた手でイルカの頬に触れた。

「ね・・」
「はい?」
「センセも入らない?」
「・・・俺が外でサクを受け取らなかったら、誰が受け取るってんですか」
「んー・・・。じゃ、あとで一緒に」

どう?っと小首を傾げて、爪先で鼻傷をひっかいた。

「二度も入るんですか?」
「あなたと入れるなら何度でも構わないよ」
「ブッ・・」

笑うイルカが、じゃあと照れながら唇を尖らせる。

「さっさとおチビちゃんを寝かしつけないといけませんね」
「おねがいします」
「よーし、来い! サクッ」
「うあ」

ザバーンっとお湯からバンザイの格好で持ち上げられたのをバスタオルに包み込む。
優しい石鹸の匂い。
ふわふわで柔らかくて頼りない、そんな小さな身体を抱きしめるたびに愛しさがこみ上げてくる。

「・・・また後で」
「ん」

そう言って、急いで部屋へと戻るイルカの後を追うために、カカシもゆっくりと湯船から身体を起こすのだった。



♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡



うとうとと瞼を開いたり閉じたりするサクヤに添い寝している傍らにそっと近づいた。
身体を包んだ小さな布団の上を、暖かい掌が何度も優しくリズムを打つ。

「もうちょっとだーね」
「えぇ」

サクヤを挟んで川の字になって、カカシもイルカの手の上に自らの掌を重ねた。
一緒に寝てしまいそうなイルカの手の甲をカリリと爪先で刺激して、視線だけをこちらに向けた愛しい人に微笑む。

「寝ちゃわないでよ」
「一緒にお風呂、でしたよね」
「ん」
「ふふふ」

本格的に瞳を閉じたサクヤから、規則正しい寝息が聞こえ出すのを今か今かと窺ってみると、クスクス笑うイルカが小さな身体の上で互いの指先を絡めた。

「イル・・」
「今日はね、いい夫婦の日っていうそうですよ」
「え・・?」

チラリとカレンダーを見るイルカにつられて、カカシもそちらに視線を向けた。
11月22日。祝日でも何でないが語呂合わせではそう読める。

「夫婦って、何だかこそばゆいですけど」
「うん」
「これからもよろしくお願いします」

キュッと少しだけ力を込められた指先に眼を見開くと、そう口にしたイルカの頬が照れくさげに赤く染まった。



♡おしまい♡
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