医療忍者なんてきこえは良いけれど、実際のところその仕事内容と言ったらキツイ、汚い、危険と三点セットの最悪な職業だ。
任務で負傷した同胞の治癒に徹し、幻術や、ウィルスに罹患した患者の治療では、休日返上で何日も病院に缶詰にされることだってある。
それでもこの仕事をやめないでいるのは、医療忍者としてのプライドがあるからだ。
「とはいっても、少しぐらいは休みがほしい……」
連続五連勤の帰り道。まんまるの月を見上げながら、リンは手にした缶ビールを思い切り煽った。
朝から大隊の帰還が続き、木の葉病院はロビーまでびっしりと患者で埋め尽くされた。次から次へと運び込まれる負傷者達の数は膨大で、目の回るような状況の中ようやくすべての患者を診終わったのはつい先程のこと。
仕事終わりの一杯どころか、本日初めて口にするのがこの缶ビールというわけである。
どうりで腸に染み渡るわけね。失笑しながら引き連れるような痛みを訴える胃を掌で撫ぜた。
仕事は嫌いではないし、はっきりいって充実している。
だけど約束していた飲み会もキャンセル続きで、そろそろお声もかからなくなってきた事実が辛い。
こんなことだから婚期も逃しちゃうんじゃない。
「あぁ〜〜っ!! どっかにいないかなぁっ! 有能で優しくて、仕事に理解がある男っ!!」
酒臭い息とともに胸の内を吐き出すと、リンはぐびりと苦いビールを喉の奥に流し込んだ。
いつもなら、酒に酔って愚痴るリンを友人のくノ一が優しく嗜めてくれる。
あんたにぴったりな男よ、なんて紹介してくれる同僚だってリンには事欠かないのだ。
だけどそれの全てにリンは首を横に振った。
素敵な人だけど、私にはもったいないわ。
今はもっと医療忍術を極めたいの。
ありきたりな理由で断ったのは、心に決めた人がいたから。
―――はたけカカシ。
アカデミーからの昔なじみで、里を代表する上忍の彼が好きだったからだ。
それなのに、幼い頃から抱き続けた淡い恋心は一瞬にして砕け散った。
リンが少し目を話したすきに、カカシは平凡な受付の中忍とそういう関係になってしまったのだ。
それも、あろうことか女体变化した男と冗談みたいに子供まで作って。
「……カカシの馬鹿」
こういってはなんだけど、あんななんの取り柄もないような男に落とされるぐらいなら、私でも良かったんじゃない?
残り少なくなったビールを喉を鳴らしながら飲み干した瞬間、遠くから聞こえてきた泣き声に眼を凝らした。
「うぅやあぁーん!」
「ほら、サク。 大きなお月さまだぞ〜」
「いやーのっ!!」
「嫌か…困ったな……」
「うやゃぁぁーーんっ!!」
「しーっ。近所迷惑になるからいい加減泣き止もうな」
「――いやーのぉぉぉ!」
「はぁ……、もう勘弁してくれよ…」
月明かりの中ぼやきながら歩いてくる人影に、思わずビールを持つ手に力が入った。
相手も道で仁王立ちになったリンの姿に気づいたのだろう。一瞬にして強ばった表情に、どうしてあなたがそんな顔をと責めたい気持ちになる。
だけどそれをぐっと抑えて渾身の笑顔を作った。
「こんばんは。サクちゃん、と…イルカ先生」
「あ…こ、こんばんは。リン上忍」
子供を抱いたままペコリと頭を下げた男に、微笑みを貼り付けながら手を振った。
腕の中の子供と言えば、急に現れたリンに驚いたのか、キョトンとした顔をしたあと再びその可愛い顔をくしゃりと歪めて泣き出してしまう。
「ふぇ……ふやぁぁあんっ!」
「こら、サク。もう泣くな…っ。すみません、ちょっと今機嫌が悪くて…」
「良いのよ。またお熱かな?」
「――…熱はありません」
サクヤの頬に触れようとした瞬間、身体を引いたイルカに思わず目を見張った。
以前、突発性発疹にかかったサクヤの看病をしたことを、イルカは今も気にしているらしい。
馬鹿ね。
そんなに警戒するぐらいなら、二人を追い出さなければ良かったのに。
私なら、一瞬だって愛しい我が子を手放したりしない。
それが命より大事なものならなおさらだ。
「……ふふっ」
いやだ。私ったらなんて意地悪なの。
実際に子育てなどしたこともないくせに、どうしてイルカを責めることなどできるだろう。
「リン上忍……?」
「ううん、なんでもない。熱がないなら良いのよ」
「いえ…そ、その…すみません」
「うやぁん」
べそをかくサクヤが涙で汚れた顔をイルカのアンダーに擦り付ける。眠たそうな瞼は真っ赤に腫れていたけれど、どことなく幼い頃のカカシが透けて見える気がした。
たらればの仮定なんて、考えてもしょうがないことぐらいわかっているけれど。
この人が女体变化なんて術にかからなくて。
奇跡のような妊娠もしなかったら…――。
その子を腕に抱いていたのはこの人ではなく、私だったかもしれないのに。
そう思ったらたまらなくなった。
「ねぇ、お願い。サクちゃんを少しだけ私に抱かせ……」
「え……?」
「――イルカ先生!? こんなところまでどうしたの?」
背後から聞こえた声に、伸ばしかけた手を握りしめて振り返った。
「お、おかえりなさい、カカシさんっ」
「かーっ!」
「ただーいま。おや、サクヤ。顔がぐちゃぐちゃじゃない」
「いやん」
イルカの腕の中から、ふっくらとした小さな手が伸ばされる。
ふわふわの身体を当然のように抱き寄せて、綺麗な指が綿毛みたいな銀髪を撫ぜた。
「なんだよ、さっきまで泣いてたくせに」
「いーっ」
「アハハ、忙しいねぇ」
へそを曲げたイルカの腕の中に、慌ててサクヤが舞い戻る。
そんな二人を見て、幸せそうに笑ったカカシに小さく空いた胸の傷がシクリと疼いた。
あぁもう、なんなのよ。
もしかしたらなんてとんでもない。
私の入る隙間なんてこれっぽっちもないじゃない。
「なによ、リン。お前も今帰り?」
「そうよ。こうみえて医療忍者は誰よりも多忙なの」
嘯いて見せたリンに、呆れたような笑い顔。
悔しいけれど、こんなに穏やかに笑うカカシを見られる日が来るなんて思わなかった。
「お前ねぇ。仕事が好きなのは結構だけど、少しは自分を労りなさいよ」
幼い頃から戦場を渡り歩いた男が何をいまさら。
言い返してやろうと思ったけれど、彼はこの里に帰るべき場所を見つけたのだ。
「わかってる」なんて口にして、ひらひら手を振りながら踵を返した。
そして空になった缶ビールを握り潰して誓うのだ。
「見てなさいよ。絶対にあんたよりいい男をつかまえてやるんだから」
それは、里を支える一人の医療忍者の揺るぎない決意。
任務で負傷した同胞の治癒に徹し、幻術や、ウィルスに罹患した患者の治療では、休日返上で何日も病院に缶詰にされることだってある。
それでもこの仕事をやめないでいるのは、医療忍者としてのプライドがあるからだ。
「とはいっても、少しぐらいは休みがほしい……」
連続五連勤の帰り道。まんまるの月を見上げながら、リンは手にした缶ビールを思い切り煽った。
朝から大隊の帰還が続き、木の葉病院はロビーまでびっしりと患者で埋め尽くされた。次から次へと運び込まれる負傷者達の数は膨大で、目の回るような状況の中ようやくすべての患者を診終わったのはつい先程のこと。
仕事終わりの一杯どころか、本日初めて口にするのがこの缶ビールというわけである。
どうりで腸に染み渡るわけね。失笑しながら引き連れるような痛みを訴える胃を掌で撫ぜた。
仕事は嫌いではないし、はっきりいって充実している。
だけど約束していた飲み会もキャンセル続きで、そろそろお声もかからなくなってきた事実が辛い。
こんなことだから婚期も逃しちゃうんじゃない。
「あぁ〜〜っ!! どっかにいないかなぁっ! 有能で優しくて、仕事に理解がある男っ!!」
酒臭い息とともに胸の内を吐き出すと、リンはぐびりと苦いビールを喉の奥に流し込んだ。
いつもなら、酒に酔って愚痴るリンを友人のくノ一が優しく嗜めてくれる。
あんたにぴったりな男よ、なんて紹介してくれる同僚だってリンには事欠かないのだ。
だけどそれの全てにリンは首を横に振った。
素敵な人だけど、私にはもったいないわ。
今はもっと医療忍術を極めたいの。
ありきたりな理由で断ったのは、心に決めた人がいたから。
―――はたけカカシ。
アカデミーからの昔なじみで、里を代表する上忍の彼が好きだったからだ。
それなのに、幼い頃から抱き続けた淡い恋心は一瞬にして砕け散った。
リンが少し目を話したすきに、カカシは平凡な受付の中忍とそういう関係になってしまったのだ。
それも、あろうことか女体变化した男と冗談みたいに子供まで作って。
「……カカシの馬鹿」
こういってはなんだけど、あんななんの取り柄もないような男に落とされるぐらいなら、私でも良かったんじゃない?
残り少なくなったビールを喉を鳴らしながら飲み干した瞬間、遠くから聞こえてきた泣き声に眼を凝らした。
「うぅやあぁーん!」
「ほら、サク。 大きなお月さまだぞ〜」
「いやーのっ!!」
「嫌か…困ったな……」
「うやゃぁぁーーんっ!!」
「しーっ。近所迷惑になるからいい加減泣き止もうな」
「――いやーのぉぉぉ!」
「はぁ……、もう勘弁してくれよ…」
月明かりの中ぼやきながら歩いてくる人影に、思わずビールを持つ手に力が入った。
相手も道で仁王立ちになったリンの姿に気づいたのだろう。一瞬にして強ばった表情に、どうしてあなたがそんな顔をと責めたい気持ちになる。
だけどそれをぐっと抑えて渾身の笑顔を作った。
「こんばんは。サクちゃん、と…イルカ先生」
「あ…こ、こんばんは。リン上忍」
子供を抱いたままペコリと頭を下げた男に、微笑みを貼り付けながら手を振った。
腕の中の子供と言えば、急に現れたリンに驚いたのか、キョトンとした顔をしたあと再びその可愛い顔をくしゃりと歪めて泣き出してしまう。
「ふぇ……ふやぁぁあんっ!」
「こら、サク。もう泣くな…っ。すみません、ちょっと今機嫌が悪くて…」
「良いのよ。またお熱かな?」
「――…熱はありません」
サクヤの頬に触れようとした瞬間、身体を引いたイルカに思わず目を見張った。
以前、突発性発疹にかかったサクヤの看病をしたことを、イルカは今も気にしているらしい。
馬鹿ね。
そんなに警戒するぐらいなら、二人を追い出さなければ良かったのに。
私なら、一瞬だって愛しい我が子を手放したりしない。
それが命より大事なものならなおさらだ。
「……ふふっ」
いやだ。私ったらなんて意地悪なの。
実際に子育てなどしたこともないくせに、どうしてイルカを責めることなどできるだろう。
「リン上忍……?」
「ううん、なんでもない。熱がないなら良いのよ」
「いえ…そ、その…すみません」
「うやぁん」
べそをかくサクヤが涙で汚れた顔をイルカのアンダーに擦り付ける。眠たそうな瞼は真っ赤に腫れていたけれど、どことなく幼い頃のカカシが透けて見える気がした。
たらればの仮定なんて、考えてもしょうがないことぐらいわかっているけれど。
この人が女体变化なんて術にかからなくて。
奇跡のような妊娠もしなかったら…――。
その子を腕に抱いていたのはこの人ではなく、私だったかもしれないのに。
そう思ったらたまらなくなった。
「ねぇ、お願い。サクちゃんを少しだけ私に抱かせ……」
「え……?」
「――イルカ先生!? こんなところまでどうしたの?」
背後から聞こえた声に、伸ばしかけた手を握りしめて振り返った。
「お、おかえりなさい、カカシさんっ」
「かーっ!」
「ただーいま。おや、サクヤ。顔がぐちゃぐちゃじゃない」
「いやん」
イルカの腕の中から、ふっくらとした小さな手が伸ばされる。
ふわふわの身体を当然のように抱き寄せて、綺麗な指が綿毛みたいな銀髪を撫ぜた。
「なんだよ、さっきまで泣いてたくせに」
「いーっ」
「アハハ、忙しいねぇ」
へそを曲げたイルカの腕の中に、慌ててサクヤが舞い戻る。
そんな二人を見て、幸せそうに笑ったカカシに小さく空いた胸の傷がシクリと疼いた。
あぁもう、なんなのよ。
もしかしたらなんてとんでもない。
私の入る隙間なんてこれっぽっちもないじゃない。
「なによ、リン。お前も今帰り?」
「そうよ。こうみえて医療忍者は誰よりも多忙なの」
嘯いて見せたリンに、呆れたような笑い顔。
悔しいけれど、こんなに穏やかに笑うカカシを見られる日が来るなんて思わなかった。
「お前ねぇ。仕事が好きなのは結構だけど、少しは自分を労りなさいよ」
幼い頃から戦場を渡り歩いた男が何をいまさら。
言い返してやろうと思ったけれど、彼はこの里に帰るべき場所を見つけたのだ。
「わかってる」なんて口にして、ひらひら手を振りながら踵を返した。
そして空になった缶ビールを握り潰して誓うのだ。
「見てなさいよ。絶対にあんたよりいい男をつかまえてやるんだから」
それは、里を支える一人の医療忍者の揺るぎない決意。
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