「さっぶ……ッ!」
「さぶー」

吹き付ける冷たい雪から逃げるように凍えきった身体ごと部屋の中へ飛び込んだ。
人気のない部屋は冷え冷えとしているけれど、肌を刺すような風が無いだけ幾分か温かく感じるから不思議だ。 
腕の中に抱いていたサクヤをマットの上に転がして、かじかむ手でストーブのスイッチを入れる。ボゥッという小さな破裂音とともに、橙色の光が薄暗い部屋に灯った。

「んんぅ」

マットの上に転がされたサクヤがころりと身体を回転させると、ストーブの前まではいはいでやってくる。最近はそのスピードも格段にあがっているから目が離せないのが現状だ。

「あんまりストーブに近づいちゃダメだぞ」
「んぅ?」
「アチチだ」
「ちち」
「そう。火傷しちまうぞ」

ストーブに手を伸ばすサクヤを嗜め、とりあえず体が温もるまでとばかりにストーブの前に二人して座り込んだ。
冷え切った両手をストーブにかざすと、血の巡りが良くなった指先がじんと痺れてくる。

「あー、あったけぇ」
「あう」

勢い良く返事をしたサクヤを見やって吹き出した。

「ハハッ。ほっぺが真っ赤じゃねーか、サク」

なんといってもカカシ譲りの真っ白な肌だ。
ストーブ灯りに照らされているのもあるが、報告所から帰宅するまでの道のりで冷えた頬はりんごみたいに赤く染まっている。

「いー、も」

イルカの身体をよじ登るように立ち上がり、紅葉みたいな小さな手がイルカの頬をぺたりと叩く。

「俺も?」
「あう」
「そっか、お揃いか」

冷たくなった頬を温めてやるべくぷにぷにの頬を包んでやれば、カカシそっくりの顔が嬉しそうにへらりと緩んだ。

「こっちも積もるかな…」

絶対に、クリスマスまでには戻りますから。
北へ向けて発つカカシが旅立つ瞬間まで必死になって言っていた言葉だ。
『クリスマスというのは家族で過ごすもんなんですよ』
そういったイルカに、任務三昧な男は「良いですね」と即答した。
ツリーを飾ってチキンも焼こうと、何ヶ月も前に二人で申し合わせて提出していた休暇届が、無残にも反故にされたあの日。後ろ髪を引かれながら装備を身につけるカカシへ「楽しみにしていたのに」とは口にしなかった。
数日前にカカシから飛ばされてきた式には、任務完了の旨と帰還時期が簡単な言葉で書かれているだけだったが、深く降り積もった雪は里へ急く足を鈍らせてしまうだろう。
どうか無理をしないで欲しい。
無事に戻ってきてくれるだけで十分だから。
そう伝えれば、きっと約束を守るために無理をするだろう恋人に、あえて返事は送らなかった。

「……間に合わなくったって良いんですよ」

呟いて、ただ待つことしかないできない自分にもどかしさだけが押し寄せてくる。
カカシと共に任務につくことが出来たら、と。
何度そう願っただろう。だけどそれは教師を選んだイルカには叶わぬ願いで、カカシもそれを望んではいないことを知っている。
はしゃぐサクヤを抱えて窓辺に立てば、降りしきる雪は辺り一面を薄っすらと雪化粧に変えていた。

「沢山積もったら、雪だるまを作ってカカシさんを迎えような」
「かー?」
「あぁ。きっとびっくりするぞ」
「うきだうまっ」

雪曇る窓の外、眩いばかりに里を照らすイルミネーションを見やって、まだ遠い場所に居るだろうカカシを思った。


*****


カタン。
小さく聞こえた物音に、真っ暗な部屋の中でイルカは目を覚ました。
薄っすらと薄目を開けて辺りを探れば、装備を外したカカシが大きな袋を抱えてこちらに歩いてくるのが見える。
しーっ。
口元に人差し指をたてて部屋の中に入ってきたカカシに、イルカはゆっくりと身体を起こした。

「……カカシさん…?」
「ただいま」
「戻ってこられたんですね」

やはり無理をしたか。
いつもは好き勝手に跳ねている銀髪が、今は雪に濡れてしっとりとしている。

「遅れちゃったけどね」

里を彩っていた色とりどりのイルミネーションの灯りは消え、降りしきる雪を照らすのは鈍い銀の月の光だけである。
それも締め切った部屋の中には届かないのだが。

「それ、サクヤに?」
「ん」

大事そうに抱えた袋を指差せば、笑いながら手渡される。ガサゴソと鳴る袋の音に気をつけながら開けてみれば、出てきたのはサクヤよりも大きなイルカのぬいぐるみで。
ご丁寧に大きなリボンまで付けられたそれに思わず吹き出してしまった。

「これを抱えて戻ってきたんですか」

誰の眼にもつかない深夜で良かった。
里の誉れと讃えられる上忍とぬいぐるみ。さぞ滑稽だろうと思いつつ、その優しさが嬉しくなる。

「ん〜、でも…」

すやすやと寝息を立てているサクヤの枕元に眼をやれば、小さな子ども用の靴下。
その中にはイルカが用意した案山子のガラガラが顔を覗かせている。
ううんと首を傾げるカカシに、相好を崩しながら大きなぬいぐるみを抱きしめた。

「大きすぎて入りませんね」
「………っ…!」
「でも、起きたらめちゃくちゃ喜びますよ……って、どうしたんですか?」

なにやらソワソワしだしたカカシへそっと手を差し伸べた。
手甲も外していない指先がびっくりするほど冷たくて、少しでも温めてあげられればと包もうとした手を逆に掴まれる。

「っ…、カ、カシさん…?」
「もう一回言ってくれます?」
「は?」
「だから、その…」

ずずいっと膝を進めてきたカカシに驚いて、仰け反った背が後ろへとしなる。
その背を支えるようにしてカカシがイルカを抱きしめた。
頬と頬が触れるくらいに密着すれば、薄いカカシの体臭がほんのりと鼻をつく。湿った髪が冷たくて、少しだけ腕の中で身動ぎした。

「あの…?」
「大きすぎて入らないって」
「はっ!?」

言われた意味がわからない。
腕を伸ばしカカシと距離を取れば、何やら恥ずかしそうにした恋人にものすごい勢いで再び抱き込まれた。

「言ってよ、せんせ」
「何言ってっ!!」
「ほら…」
「ちょ、ちょっと待て…」

手を取られ身体の中心へと導かれる。

「一体何に反応してんですか、アンタはっ!!」

冷たい手とは反対に、緩く兆したソレは既に固く、熱を持っているように思えた。

「そりゃあんなこと言われたら反応するでしょう」
「馬鹿なこと言わんで下さいっ!」

どろどろ蕩けて正気をなくしている時のことをイルカが覚えているわけもないから、カカシがなぜそんなに興奮しているのかわからない。
ぬいぐるみを挟んでの攻防。逃げ腰になるイルカの耳に、カカシの唇が落とされた。
ねろりと内耳に舌を這わされ、トドメの一言。

「静かに。……騒ぐとサクヤが起きるよ」
「ひっ!」

ぞくりと背筋を震わせれば、うぅんとむずがりながら目を開く我が子の姿が目に入る。

「ん…、うゃあぁぁん!!」
「あ、起きた」
「も…――…いいかげんにしろ――ッ!!!」

怒鳴り声とともに振り上げられた拳骨は、ゴチンという盛大な音をたててカカシの頭に落とされた。
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