ブルリと震えた身体に訝しみ、腕の中で眉を下げるサクヤを見た。

「・・・? 出たの?」
「ちゃーの」

オムツの臭いを嗅ごうと身体を頭上に持ち上げたカカシに、サクヤが抗議の声を出す。
それでも一応確認し、頷いた。

「大丈夫みたいだーよ」
「ちゃー、のっ」

ふにゃんとした顔のサクヤが、憤慨してカカシの頬をパチンと叩くと、少しだけ伸びた小さな爪が引っかかり、ピリッとした刺激が走った。

「確認しただけでしょ。蒸れたらご機嫌斜めのくせに」
「ぷー」

クスクスと笑いながらプクリと膨らんだ頬を撫ぜる。
最近のオムツはなかなか性能が良いそうで、聞いた所によると少しぐらい変えなくてもいいらしい。
しかし、やはり垂れ流しと言うのは気持ち悪いだろうと思っての行動だったが、いたくサクヤのプライドを傷つけたようだ。

「ふくれちゃって」
「いやん」

プリプリ怒るサクヤについ笑みが零れる。
子供なんてと思ってはいたが、そう悪いものでもないと、ここ数日一緒に過ごすことでちょっとした心境の変化が起きていた。
これもあの日、イルカと三人で過ごしたお陰かもしれないと、口布の中でフフッと笑う。

「お腹空いたでしょ。なにか食べようね」
「あう」
「何がいいのかねぇ・・」
「カカシっ」
「・・・・?」

怒れるサクヤのご機嫌をとるために、食堂へ向かおうと思っていたカカシだったが、不意に呼び止められて背後を振り返る。
途端にビクリと震える身体に、あぁ、と納得する。
視線の先に居たサツキの姿を見つけるやいなや、サクヤの小さな手が首筋に回った。

「火影様の呼び出し・・? もしかして解術方法が見つかったの?」

チラリと出てきたばかりの火影室に視線を向け、問われた言葉に首を左右に振った。
僅かにホッとした顔のサツキに、なんだと思いながらも腕の中で唸るような声を出すサクヤに気を取られる。

「どうしたの?」
「やーの」

そう言ったまま、ギュッとカカシの首にしがみつき離れようとしない。
幼児ながら物凄い力だ。

「戻りそう?」
「どうだろうねぇ」

窺う様な視線に、つとめて呑気な声を出す。
別に記憶が戻らなくても構わないと思っていることを、ここでは言わないほうが良いように思えた。

「もうアカデミーの実技演習は終わったんでしょ。これからどこに行くの?」
「んー・・、食堂へ。こいつになんか食べさせようかと思ってね」
「あら、サクちゃん。お腹空いた?」
「やーの」

覗き込むサツキの顔を見ないようにそっぽを向くサクヤに苦笑する。
受付でイワシに愛想を振りまいていたのが嘘のようだ。

「私も今から休憩なの。一緒に行ってもいい?」
「・・・別に構わないけど・・ッ・・ こらっ」
「やーっ」

断る理由もない。しかし、カカシの言葉に腕の中のサクヤが不満気に肩に噛み付いた。
パチンとお尻を叩いた途端、うぇぇんと泣きだした我が子に辟易しながら、サツキと共に歩き出す。
女性が嫌いなわけでもないようだが、どうもサツキのことは苦手らしい。
二人の不仲ぶりに小さくため息を付いて、カカシは食堂へ向かうべく歩き出した。



*****



『思い切って伝えてみろよ』

そんなイワシの言葉に背中を押され、カカシを探していたイルカは、火影室へ向かう廊下の角を曲がったところで、食堂へ向かうカカシと遭遇した。
隣にはサツキ。
泣いているサクヤを二人であやしながら親密そうに寄り添って歩く姿にズキンと胸が疼いた。

「・・・・・」

何を傷ついているんだ。
避けていたのは自分だろうと言い聞かせるのに、ドクドクと激しく鳴る心臓の音が今にも聞こえてきそうで、グッと歯を食いしばる。
元々は女と浮名を流していた男だ。
イルカとの記憶がない今、カカシが女と居ることは当然のように思えた。
それでも、と。
カカシを失いたくない一心で一歩足を踏み出す。

「イルカ先生」
「いーっ!!」

イルカに気づいたカカシが微笑むのと、サツキの射るような視線がこちらに向くのはほぼ同時だった。

「あ・・・あの、・・カカシさん・・」
「あら、イルカ先生」

少し話を・・・と、口にしようとして、サツキの鋭い声が遮った。
上忍の挑むような視線を前に、次の言葉が出なくなる。

「ちょうど良かったわ。あなたに話があって」
「・・・・え・・」
「少し場所を変えて時間を貰えないかしら? ・・・任務の件で」

任務、という言葉にイルカが頷くことしか出来ないことを知っているサツキの言葉だった。
わしゃわしゃとカカシの腕の中でもがくサクヤが、必死にイルカの元へ来ようと手を伸ばすのをカカシがそっと制す。
最優先事項は任務。里の者なら芯からその教えは染み付いているのだ。

「・・わかりました」
「良かった。こっちよ」

赤い唇を歪めて笑うサツキが、今来た道を優雅に歩いて行く。
その後ろを重い足取りで追いかけながら、イルカは陰鬱になる気持ちを隠すことが出来なかった。
連れて来られたのは、上忍待機所がある塔の裏庭だった。
もとより話というのが任務ではないとわかっていたものの、壁に背を預けて挑むような視線を向けるサツキに言葉が出ない。
ふうっと、呆れた様な溜息の後、サツキが普段より低い声で言葉を発した。

「あなた、まだカカシの周りをうろちょろしていたの?」
「・・いえ・・・そういうわけでは・・・」

責める様な口調に、以前交わしたサツキとの会話を思い出す。
『後から自分が子供の親だなんて、カカシに名乗り出ないわよね』
そう言うサツキの言葉に、イルカは頷いたのだ。

「言ったわよね。誘惑しようとしてるならやめてちょうだいって」
「そんなことは・・・」
「じゃあどうしてカカシに近づこうとするの?」
「・・それ、は・・・」

責める様なサツキの言葉に、イルカは小さく項垂れながら、唇を戦慄かせた。

「ねぇ、イルカ先生」
「・・・・はい・・」
「私、知ってるのよ。あなたが女体化してまでカカシに迫ったって事」
「・・ちっ・・ちがい、ます・・」
「生徒を導くべき教師で、しかも男のくせに、同性が好きだなんて」
「・・・っ・・」
「あの女好きをどうやって誑し込んだのか、是非ともご教授願いたいもんだわ」
「・・・・・・」

やめろ。頼む。
もうそれ以上は言わないでくれ。
そう願うイルカの細やかな願いは、狙いを定めた獣の様なサツキの殺気に打ち砕かれた。

「ーーーそうまでしてカカシとしたかったの?」

嘲るように歪められた唇が、否定の言葉を口にしようとするイルカを黙らせた。
じっとイルカを見つめるサツキの視線から逃れるように顔を俯ける。
そうしていなければ、とても耐えられそうもなかった。

「浅ましいわね」
「・・・・・」
「子供を理由に一緒に暮らしたりなんかして」
「ーーーーサツキ、上忍・・」
「気持ち悪い」
「ーーーっ・・!」

気持ち悪い。
その言葉にヒュッと息を呑んだ。
一気に血の気が下がり、眼の前が真っ暗になる。
わなわなと震える唇がどうにか言葉を発しようとするのに、途切れるような浅い呼吸しか出てこない。

「・・・どういうこと?」
「ーーーーーッ!!」

不意に背後から聞こえた声に、心臓が止まるかと思った。
ザリっと地面を擦る音とともに近づく存在に、イルカは恐る恐る振り返る。
その先には、先ほど別れたばかりの銀髪の上忍。

「カカシっ! いつからそこに?」
「お前が女体化云々言い出した時からだーよ」
「・・・・・」
「イルカ先生。今の話・・」
「ーー違います!」

ほとんど反射的に叫んだ。
その勢いに、カカシの瞳が少しだけ大きく開く。
違う、違う、違う!
二人で共にと誓ったのも、サクヤが産まれたのも、家族になったのも。
サツキが語った様なことじゃない。
けれど、どれだけ否定しようが、カカシの記憶がない今、真実はもうイルカだけしか知りようがない。

「イルカ先生」

感情のこもらない声でイルカを呼ぶカカシに、ハッと視線を上げた瞬間。
口布の上から指先で唇を拭うカカシの姿が眼に入った。
その仕草に、先日の口付けを思い出す。
そうだ。
誘ったのだ。
あわよくば、そのままカカシに抱かれたいと。
記憶を失う前のように、名前を呼んで触れ合って・・・。
何が違う。
サツキの言ったとおりじゃないか。
同性のくせに男が好きで。
女体化してセックスして、子供まで産んだ。
だけど。記憶のない今。
男なんかにキスされて、カカシはきっと気持ち悪かったはずだ。
それをどうして、拒否されなかったなんて思ったんだろうーーー。

「・・・・っ・・」

おめでたい自分の思考に反吐が出る。
どうしよう。
どうしよう。
もう、どうして良いのかわからない。
ズッと、一歩足が後ろへ後退すると、もう前へは進めない気がした。

「・・もうしわけ・・ありません・・・」
「イルカ先生?」

それだけ言うのが精一杯だった。
イルカはゆっくりと頭を下げると、二人へ背を向ける。

「ちょっと、待って。イルカ先生」
「放っておきなさいよ、カカシ」
「いーっ!! やーのっ! やぁぁんッ」

追いすがるサクヤの声を振りきって、イルカは足早にその場を立ち去ることしか、出来なかった。
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【恋は銀色の翼にのりて】
恋は銀色の翼にのりて
恋の妙薬
とある晴れた日に

【Home Sweet Home】
Home Sweet Home
もう一度あなたと恋を
夜に引き裂かれても

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