翌朝になって、特にやることもないので家の中を探索していたカカシは、明らかに自分の物ではない食器や筆記用具を見つけて、考え込んだ。
大人の食器に、子供の物。
明らかに家族がここに住んで居たような痕跡に眉を顰める。
自分が誰かと共に暮らしていたことが信じられない。
それが女性用のものならなんとなく想像もつくのだが、如何せんみつけたのは男の物だ。
しかし、不思議なことに衣類やその他の私物は一切見当たらない。
まるで急いで消し去ったかのような・・・。

「・・・・?」

子供のおもちゃ箱の中に紛れ込んでいた教員用の巻物をとりだし、広げてみて確信する。
やはり、この細やかな私物達はあの中忍先生の物で間違いないようだ。

「しかし何でまた」

いくら子供の面倒を見てくれていたとはいえ、一緒に暮らすほど仲が良かっただろうか?
思い返してみるも、部下の恩師だということしか共通点はないのだが。
しかし、彼に対しては悪い印象は無い。
というよりは。

「むしろ好ましい人・・だったけど・・・」

そう口にして、カカシはふと思考を止めた。
これ以上深く考えないほうが良い。
何だかそんな気がしたのだ。
それにしても、一緒に暮らしていたなら暮らしていたで、どうしてイルカがそれを隠そうとするのか分からなかった。
とにかく何だかここは一人では居心地が悪い。

「とりあえず、上忍寮の空きの確認と、子供の迎えに行かなきゃねぇ・・・」

こんなことを言ってはなんだが、子育てなんて面倒だ。
母親も分からない子供だなんて一体どういうことだろう。

「ちゃんと気をつけてたはずなんだけど」

しかし、今日もイルカは仕事なハズだ。いつまでも迷惑をかける訳にもいかない。
呟いて溜息を付いたカカシは、子供を迎えに行くべく重い足取りで家を後にした。



*****



「カカシ」

いつものごとく周りを気にせずイチャパラを読みながら歩いていると、見知った声に名前を呼ばれて振り返った。
美人の多い木の葉の里の中でも、一際目立つくの一だ。
名前は・・・そう。

「サツキ」
「久しぶり。病院に運ばれたって聞いてたけれど・・・」

チャクラ切れはカカシの専売特許だ。
嫌な所を突かれて、思わず眉を顰める。

「昨日退院したのよ」
「大丈夫なの?」
「ま、ちょっと記憶があやふやなだけだからねぇ。自宅療養」

身体は至って元気である。
あとはチャクラさえ完全に戻ればいつだって任務に就ける。

「・・・記憶が・・?」
「そ、ここ数年分が見事にごっそり」
「へ・・ぇ・・・」

隠していてもいずれ知られることになるだろう。
そう思って口にした言葉に、驚いたように目を見開いたサツキが、マジマジとカカシを見つめた。

「なによ?」
「ううん。ここへは何をしに来たの?」

自宅療養でしょう?
そんな疑問に、頭を掻いた。

「子供を迎えに」
「あぁ、サクちゃん」
「そ」

ため息混じりに頷く。
ピクリと眉を動かしたサツキが、のんびりと歩くカカシの腕に自らの腕を絡めてきた。
そのまま擦り寄るように乳房を腕に押し当ててくる。

「当たってるよ」
「当ててるの」

ふふっと笑い、艶めいた真っ赤な唇がニイっと弧を描く。
いつものことだと、別段気にもせずにそのままにさせておいて、カカシはゆっくりと報告所のある場所を眺めた。

「自宅待機のカカシが面倒をみるの?」
「ま、イルカ先生に預けっぱなしってのもさすがに申し訳ないしねぇ・・・」
「ちゃんとみれるの?」
「・・どうにかなるでしょ」
「どうにかって、子育てって大変なのよ」
「そうだよねぇ」

およそ子育てなどしたことのないだろう風貌のサツキに言われて、カカシは失笑した。
言われなくてもわかっている。
そんな言葉が口から出そうになった時。
腕に当たっているサツキの胸が、更に押し当てられた。

「・・・・・」

直情的な誘い方にうんざりしそうになるが、口を開くのも億劫でしたいようにさせておく。

「ねぇ、私もついて行っていい?」
「は?」
「サクちゃんに会いたいもの。いいでしょ?」
「・・・・・」

別に断る理由も見つからない。
カカシはいつものように勝手にすればと答えた。
勝手にすると、満面の笑顔を浮かべたサツキに、カカシは胡乱げな視線を向けただけでのんびりと歩き出したのだった。



*****



「・・・・・」

報告所の扉を開いたカカシは、受付の空きスペースに定位置のように置かれているベビーベッドに目を見開いた。
しかも入れられているのは紛うことなく自分の子供と言われたサクヤだ。
報告所に入ってきたカカシを見つけて、嬌声をあげたサクヤに更に絶句する。
だいたい報告所にベビーベッドが置いてあること自体がおかしくないか?
そのことについて、誰も疑問を持っていないことがまた不思議である。
ここに来る者にとっては見慣れた光景なのだろう。
どれだけこの中忍先生に面倒をかけていたんだ思うと、少し申し訳なくなった。

「カカシさん」
「どーも」

ちょうど並んでいた列がはけたイルカが、立ち上がってベッドへと向かってくる。
イルカに相手をしてもらえると思って喜ぶサクヤが、ベッドの柵を掴んで立ち上がりながらピョコピョコと跳ねるような仕草をする。

「・・・具合は、どうですか?」

何か思い出したのだろうか?
窺うような表情のイルカに、静かに首を振る。
一瞬だけ顔色を曇らせたイルカは、しかし顔を上げた時にはいつもの穏やかな顔に戻っていた。

「いー」
「まだ仕事は終わってないからな」

抱き上げながら、もうちょっと待っててくれと優しい顔で語りかけるイルカが、子供のフワフワとした柔らかい銀髪を撫ぜる。

「こんにちは、イルカ先生」

二人の会話を黙って聞いていたサツキが、イルカに抱かれたサクヤの頬をつつきながらニコリと微笑んだ。
美人だと噂の諜報部のくの一。
それもカカシと以前関係のあったと噂される女の一人だ。

「・・こんにちは」

出来るだけ、冷静を装ってイルカはペコリと頭を下げた。
機密事項といえど、イルカたちの関係は周知の事実だ。
もちろんこのくの一だってサクヤがイルカの子供だと知っているはず。
それでも、わざとカカシには伝えないのだ。
自分で緘口令を敷いておきながら、当たり前のようにカカシの腕に絡まっている女に、胸がどす黒い気持ちで埋め尽くされていく。

「やん」

真っ赤に塗られた長い爪に頬を掻かれて、サクヤがクルリと顔をそむけながらギュッとイルカのベストを握る。

「あー、迎えに来たんですけど」
「え・・・? あの俺、まだ仕事で・・・」
「いえ、サクヤを」
「ーーーあ、・・あぁ・・・はい・・・」

カカシがここへ現れた理由を知って、イルカの表情がどんどんと強張っていく。
抱きしめる腕に力が入る様子を、不思議な気持ちで眺めた。

「仕事場にまで迷惑かけてごめんね、イルカ先生」
「いえ・・・」

誠心誠意の言葉だったが、イルカの顔色は強張ったままだ。

「サクちゃん、おいで」
「いやん」

抱こうと手を差し出すのサツキに、嫌がるサクヤがヒシッとイルカにしがみつく。
引き離そうとするイルカに抵抗して、子供ながら驚くほどの力の強さでへばりついてみせた。

「お迎えだよ、サクヤ」
「やーのッ!」
「ほら、いくんだ。サク」

咎めるイルカがの声が、途端に刺々しくなる。

「やーッ!!」
「サクッ!!」

叱りつける言葉の激しさに、正直驚いた。
教師として子供を叱る声はよく聞いていたが、今のは少し違う。
ビクリと身体を震わせたサクヤが、大きな黒い瞳に涙を溜めて顔を歪めた。
うぇぇんと声をあげて泣きだした子供を力づくで無理矢理引き剥がすと、小さな身体をサツキではなくカカシに強引に押し付けた。

「わっ」

泣きわめくサクヤをカカシがおっかなびっくり抱きしめる。
無駄な抵抗だって思われたって良い。
くの一にサクヤを抱かせたくない一心でやった行為に、イルカの心を見透かしたようなサツキが唇を歪めてみせる。
そんな略奪者の嘲笑が、イルカを苛立たせた。
今すぐにだって本当のことをぶち撒けてしまいたい。
でも、そんなことは出来ないジレンマに更に苛立ちは加速する。
唇を引き結び、眉を寄せ何かを我慢するような表情のイルカに、カカシは一瞬言葉を失った。

「いーっ!!!」

泣いてイルカの元へと戻ろうと必死に手を伸ばすサクヤから目を背け、抱いてやろうと無意識に動いてしまう掌を固く握りしめている。

「・・・・・」

ただ預かっているというだけではないような繋がりに、カカシは呆然と二人をみやった。

「必要な物はすべて家に置いてあります。もし・・・、サクヤに何かあったらすぐに連絡をいただけませんか?」
「あぁ・・、はい」
「では」
「ちょっと待って」

頭を下げ、クルリと背を向けるイルカに、思わず声をかける。
立ち止ったまま視線を合わせない頑なさに、なぜだか胸がモヤモヤするものを感じてカカシはらしくなく喉をゴクリと鳴らした。
押さえつけていはいるが、わずかにもれる気配が怒りであると上忍である自分にはわかる。
それは一体誰に対してのものなのか。

「なんでしょう」
「あー、上忍寮って空いてない?」
「え・・・?」
「あの家、広いしなんか落ち着かなくて。出来れば寮に移りたいんですけど」
「・・・・・・」
「え?」

話す間もサクヤの号泣は続いていて、イルカが吐き捨てるように言った小さな言葉は聞き取れなかった。

「・・・確認しておきます」
「やーの、やーっ!! いーッ!!!」

今度こそこれが最後とばかりに席へと戻るイルカの背中にサクヤの縋るような泣き声が響く。
耳を貸すまいと仕事にとりかかるイルカの姿に、どうしてだか胸が痛んだ。

「行こう」

忍服を引っ張るサツキに急かされて、カカシは後ろ髪を引かれる思いで報告書を後にしたのだった。
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