受付に彼が座っているのを見つけた時、勝手なことだが心底ホッとした。
普段と変わらない笑顔。同僚たちと冗談を言い合い、くたびれた様子で戻ってきた忍たちを労う姿はまるでいつも通りで、カカシは報告書を手にしたまま思わず見惚れてしまった。
「先行くぞ」
「…あぁ」
声をかけて追い抜いていく同僚にふと我に返れば、入り口に突っ立ったままのカカシを見つけたイルカの笑顔が一瞬強張るのが見えた。
そんな顔をされたら、こっちも躊躇っちゃうよねぇ。
声をかけていいものだろうかと思う。
イルカのヒートに誘発されたとはいえ、カカシは身動きできないオメガに乱暴をはたらこうとしたアルファだ。
あそこでテンゾウに制止されなかったらいったいどうなっていただろうと思うと、背筋に冷や汗が走る。
怖がらせないだろうか。
いや、それ以上に拒絶されないだろうかと思うと、立ちすくんだまま動けなくなってしまう。
やっぱり後にしよう。
くしゃり。ポケットの中に突っ込んだ報告書を握りつぶし、踵を返そうとしたカカシを呼び止めたのは顔見知りの忍だった。
「はたけ上忍っ! そんなとこに突っ立って、何してんすかっ?」
受付でよく軽口を叩き合う中忍だ。
促されるまま受付に足をすすめると、声をかけた中忍ではなく視線を伏せたままのイルカの前に立つ。無造作に報告書を差し出せば、お疲れ様ですという労いの声の後、ぎこちなく微笑まれて胸がざわついた。
アンタって人は。
自分に襲いかかろうとした男に、どうしてそんな風に笑えるの。
結い上げた項からは、まだあの時の残り香が漂っている様な気がするのに。
「…痩せたね」
いいや。やつれたと言うべきか。
ポツリと呟いた言葉に、微笑んでいた顔が僅かに歪む。とっさに何でもないと答えるイルカに重なるようにして、カカシに声をかけた中忍が横から口を出してきた。
「俺ら超過勤務なんすよ」
「超過勤務?」
「おい、うるさいぞ」
「だってそうじゃねぇか。 お前が飛び込みで特別任務なんて入れやがるから、受付のシフトはめちゃくちゃになったんだからな」
「それは悪かったって、何度も謝っただろ」
「だいたいよぉ、他里との交流授業は三ヶ月に一度のハズだろ? おかげでこっちは漸くこぎつけたデートの約束もポシャって、付き合えそうだった彼女に振られちまったんだぞ。どうしてくれんだイルカァ」
「んなこと言われたって……」
突発的なヒートだったのだから仕方ない。だけどそれを言えないイルカが心底困ったように眉を寄せる。
「まぁまぁ、任務なら仕方ないじゃない」
「これだからおモテになる上忍さまは困るんすよ」
助け舟にと思って口を挟めば、大袈裟に頭を抱えられた。曰く、内勤の忍は稼ぎが悪いと女から相手にされないそうだ。
「あ―…、なんだか大変だね」
「うす。気の毒な俺に今度誰か紹介してください」
「オレの知り合いなんて、気の強いくノ一しかいなーいよ」
それこそ気を抜いたら一瞬で寝首をかかれそうな。
思い当たるくノ一の面々を思い出し、絶対にゴメンだと心のなかで首を振る。
それに。
一呼吸置いて「オレだったら内勤の忍を選ぶけど」なんて言ったら、イルカの隣で人懐こい顔がニカリと破顔した。
「俺、はたけ上忍なら抱かれてもいいっす」
「遠慮させて」
「うわー、ひでぇ。勇気出したのに〜」
アハハと笑い合い、聞いていないふりを装ったイルカが書類に視線を走らせているのに目をやった。
伏せた目の縁にうっすらと見える隈。頬は痩け、疲れが滲んで見えた。
支給服の下に隠れた皮膚には、いまも裂傷が残されているのだろう。風呂場で見た複数の傷痕を思い出すと堪らなくなる。
今すぐにでもその絶望の淵から救い出し、この手で―――なんて、一体オレはなにを考えているのよ。
自分勝手な感情に、笑うしかない。
「カカシさん」
「なに?」
「ここにサインをいただけますか?」
穏やかな、いつもと変わらないよく通る声だった。
書類の上を滑る指先を追って、空白の箇所にサラサラと文字を綴る。
「これでいい?」
「はい。ありがとうございます」
渡されたペンを返す時、指先がかすかに触れた。瞬間ビクリと震えた肩に、イルカ自身が驚いたように目を見開くと、漸く互いの視線が絡みあった。
「け、結構です。書類に不備はありません」
「ありがとう」
そんな当たり障りのない挨拶を交わして。
このまま踵を返してしまえば、あの日のことはなかったことになるのだろうか。
いや、そんなわけがないと知っているからこそ、カカシは思い詰めたような顔をしているイルカの出方を待った。
「あの…」
「はい」
視線は逸らされる事なく交差したまま。
―――話をしませんか?
唇の動きだけで伝えられた言葉に、カカシはこくりと喉を鳴らした。
普段と変わらない笑顔。同僚たちと冗談を言い合い、くたびれた様子で戻ってきた忍たちを労う姿はまるでいつも通りで、カカシは報告書を手にしたまま思わず見惚れてしまった。
「先行くぞ」
「…あぁ」
声をかけて追い抜いていく同僚にふと我に返れば、入り口に突っ立ったままのカカシを見つけたイルカの笑顔が一瞬強張るのが見えた。
そんな顔をされたら、こっちも躊躇っちゃうよねぇ。
声をかけていいものだろうかと思う。
イルカのヒートに誘発されたとはいえ、カカシは身動きできないオメガに乱暴をはたらこうとしたアルファだ。
あそこでテンゾウに制止されなかったらいったいどうなっていただろうと思うと、背筋に冷や汗が走る。
怖がらせないだろうか。
いや、それ以上に拒絶されないだろうかと思うと、立ちすくんだまま動けなくなってしまう。
やっぱり後にしよう。
くしゃり。ポケットの中に突っ込んだ報告書を握りつぶし、踵を返そうとしたカカシを呼び止めたのは顔見知りの忍だった。
「はたけ上忍っ! そんなとこに突っ立って、何してんすかっ?」
受付でよく軽口を叩き合う中忍だ。
促されるまま受付に足をすすめると、声をかけた中忍ではなく視線を伏せたままのイルカの前に立つ。無造作に報告書を差し出せば、お疲れ様ですという労いの声の後、ぎこちなく微笑まれて胸がざわついた。
アンタって人は。
自分に襲いかかろうとした男に、どうしてそんな風に笑えるの。
結い上げた項からは、まだあの時の残り香が漂っている様な気がするのに。
「…痩せたね」
いいや。やつれたと言うべきか。
ポツリと呟いた言葉に、微笑んでいた顔が僅かに歪む。とっさに何でもないと答えるイルカに重なるようにして、カカシに声をかけた中忍が横から口を出してきた。
「俺ら超過勤務なんすよ」
「超過勤務?」
「おい、うるさいぞ」
「だってそうじゃねぇか。 お前が飛び込みで特別任務なんて入れやがるから、受付のシフトはめちゃくちゃになったんだからな」
「それは悪かったって、何度も謝っただろ」
「だいたいよぉ、他里との交流授業は三ヶ月に一度のハズだろ? おかげでこっちは漸くこぎつけたデートの約束もポシャって、付き合えそうだった彼女に振られちまったんだぞ。どうしてくれんだイルカァ」
「んなこと言われたって……」
突発的なヒートだったのだから仕方ない。だけどそれを言えないイルカが心底困ったように眉を寄せる。
「まぁまぁ、任務なら仕方ないじゃない」
「これだからおモテになる上忍さまは困るんすよ」
助け舟にと思って口を挟めば、大袈裟に頭を抱えられた。曰く、内勤の忍は稼ぎが悪いと女から相手にされないそうだ。
「あ―…、なんだか大変だね」
「うす。気の毒な俺に今度誰か紹介してください」
「オレの知り合いなんて、気の強いくノ一しかいなーいよ」
それこそ気を抜いたら一瞬で寝首をかかれそうな。
思い当たるくノ一の面々を思い出し、絶対にゴメンだと心のなかで首を振る。
それに。
一呼吸置いて「オレだったら内勤の忍を選ぶけど」なんて言ったら、イルカの隣で人懐こい顔がニカリと破顔した。
「俺、はたけ上忍なら抱かれてもいいっす」
「遠慮させて」
「うわー、ひでぇ。勇気出したのに〜」
アハハと笑い合い、聞いていないふりを装ったイルカが書類に視線を走らせているのに目をやった。
伏せた目の縁にうっすらと見える隈。頬は痩け、疲れが滲んで見えた。
支給服の下に隠れた皮膚には、いまも裂傷が残されているのだろう。風呂場で見た複数の傷痕を思い出すと堪らなくなる。
今すぐにでもその絶望の淵から救い出し、この手で―――なんて、一体オレはなにを考えているのよ。
自分勝手な感情に、笑うしかない。
「カカシさん」
「なに?」
「ここにサインをいただけますか?」
穏やかな、いつもと変わらないよく通る声だった。
書類の上を滑る指先を追って、空白の箇所にサラサラと文字を綴る。
「これでいい?」
「はい。ありがとうございます」
渡されたペンを返す時、指先がかすかに触れた。瞬間ビクリと震えた肩に、イルカ自身が驚いたように目を見開くと、漸く互いの視線が絡みあった。
「け、結構です。書類に不備はありません」
「ありがとう」
そんな当たり障りのない挨拶を交わして。
このまま踵を返してしまえば、あの日のことはなかったことになるのだろうか。
いや、そんなわけがないと知っているからこそ、カカシは思い詰めたような顔をしているイルカの出方を待った。
「あの…」
「はい」
視線は逸らされる事なく交差したまま。
―――話をしませんか?
唇の動きだけで伝えられた言葉に、カカシはこくりと喉を鳴らした。
スポンサードリンク
1頁目
【恋は銀色の翼にのりて】
恋は銀色の翼にのりて
恋の妙薬
とある晴れた日に
【Home Sweet Home】
Home Sweet Home
もう一度あなたと恋を
夜に引き裂かれても
恋は銀色の翼にのりて
恋の妙薬
とある晴れた日に
【Home Sweet Home】
Home Sweet Home
もう一度あなたと恋を
夜に引き裂かれても
2頁目
【幼馴染】
幼馴染
戦場に舞う花
【白銀の月よ】
白銀の月よ
愛しい緑の木陰よ
それゆけ!湯けむり木の葉会
あなたの愛になりたい
幼馴染
戦場に舞う花
【白銀の月よ】
白銀の月よ
愛しい緑の木陰よ
それゆけ!湯けむり木の葉会
あなたの愛になりたい
3頁目
【その他】
Beloved One(オメガバース)
ひとりにしないで(オメガバース)
緋色の守護者(ファンタジー)
闇を駆け抜ける力(人外)
特別な愛の歌(ヤマイル風カカイル)
拍手文
Beloved One(オメガバース)
ひとりにしないで(オメガバース)
緋色の守護者(ファンタジー)
闇を駆け抜ける力(人外)
特別な愛の歌(ヤマイル風カカイル)
拍手文