4

肩から下げたカバンを畳の上に投げ出して、崩れるように座り込んだ。
温まっていたはずの身体は冷え、部屋に帰る道すがらの記憶さえ曖昧だ。
だけどあの光景だけはしっかり脳裏に刻み込まれてるなんて、俺はなんて浅ましいのだろうと自分の性を忌々しくさえ思う。
迂闊だったというほかない。
番の証である痣を晒し、あまつさえその場所に触れられた。

「……ッ…」

僅かに触れた唇の感触を思い出し、ぞくぞくと背筋が震えるのを感じる。
コピー忍者、写輪眼のカカシ。幼い頃から天才忍者と讃えられ、里外にも名を馳せるあの男がアルファだと最初から知っていたはずだ。
愚かで無防備だったと、己の馬鹿さ加減に自らを責める言葉ばかりが込み上げてくる。
カカシに憧れていた。
彼が里を代表する忍びだからというわけではなく、里中から疎まれていたナルトに師として誠実に接してくれることが嬉しかったし、純粋に尊敬もしていた。
カカシが上忍師として里に常駐することになって、噂でしか知り得なかった人と親密になり、気安く声をかけてもらえることが誇らしかった。
だからこそこんな醜い痣をカカシに見られたくはなかったのに。
オメガであるイルカのことを、カカシはなんと思っただろう。
そんなことを考えて、自意識過剰もいいところだと苦笑する。

「なに考えてんだよ、俺は」

カカシにとっては部下の恩師がオメガだっただけ。
ただそれだけのことだ。
だけどそれが悲しくて、爪先で引っ掻くようにして項の痣に爪をたてた。
漸く以前のように屈託なく話せるようになったというのに、これではまた言い争ったあの時に逆戻りじゃないか。
イルカは唇を噛み締め、カカシが触れた感触を忘れようと爪先で引っ掻くようにして項の痣を掻き毟った。

「こんな痣…ッ!!」

そんなことをしても醜く引き攣れた痣が消えるはずなどないとわかっている。
これは一生逃れることのできないオメガを縛る刻印だ。
たとえ痣が血まみれになり、そこから血が滴るようになっても永遠にイルカはその枷に囚われ続ける。
だけど。
自分の定めを諦めた今になって、もしも己がフリーのオメガだったらなどとバカなことを思ってしまうのか。
もう二度と、運命を恨まないことに決めた。
九尾の災厄で一瞬にして自分を取り巻く環境が変わったあの日から、イルカは物事を達観して生きてきたのだ。
だから番に捨てられたあの日も、どこか他人事のように受け入れることが出来たのに。
それが今になってどうして。

「……くそ…っ…」

何度も何度も引っ掻いて、破けた皮膚から血が滲むようになった頃。
ぞくり。
身体の奥から湧き上がってきた疼きに、イルカは反射的に蹲った。

「なに…?」

戸惑ったようにして視線を巡らし、身体を縮めたまま浅い呼吸を繰り返す。
冷え切っていた身体に血がめぐるように、全身が火照って熱くなる。それとともに、再び襲ってきた凄まじい疼きに、引き攣れた痣がじんっと甘く痺れた。
カカシの手の感触、匂いを確かめようと寄せられた顔。そして、触れた薄い唇と舌。
脳裏に浮かぶ光景に、畳の上に身体を横たえたまま必死に首を振った。
それはけして嫌悪ではない。
むしろ―――。

「…、あぁっ……」

噛み痕の残る項が信じられないほど熱く感じる。
それに呼応するように身体の中心が狂おしいほど熱を持ち、ひくひくと後肛が切なげに蠢き始めた。

「ど、して…」

まさかそんな。
発情期にはまだ早すぎる。
そんなことが頭の中を支配したのは一瞬のことで、どろりと後ろから溢れ出た体液が下着を濡らす感触に、声にならない悲鳴を上げた。

「あ、ぁ…いや……」

身体中から汗が噴き出し、ぶわりと甘い匂いが部屋中に舞い上がる。
無意識に動く腰が、身悶えして畳に下肢を擦り付けた。背筋を這う刺激に声を殺しながら腰を悶えさせ、いつしか快感を追うことばかりに夢中になっていく。
もっと、もっと強い刺激が欲しい。
濡れそぼる双丘を割り開き、熱い楔を突き立てて欲しい。声も枯れるほど乱暴に揺さぶって、身体の最奥に迸りを叩きつけて欲しい。
誰でもいいから。
触れて。
この身にそんなことが叶うはずもないとわかっているのに、イルカは激しく喘ぎながら助けを呼ぶべく震える指で必死に印を結ぶ。

「…っ、て…」

流されまいと抵抗する意識は脆くも崩れ、潤んだ瞳からは涙が零れ落ちる。口をとじることすら出来ずに畳の上にとろりと透明な雫が垂れた。
はっはっと息を吐く唇は唾液で濡れ、薄れた自我はただ快楽を求めて目がくらんでいく。
後はもう、狂おしいほどの快楽に我を忘れることしかできなくなる。
だからはやく。
獣に成り下がる前に、忌まわしいこの身体を拘束してもらわなくてはいけないのに。
震える指がもどかしげに下肢に伸ばされる。動かしているという感覚すらもう自覚していないのに、指先があたる感触に食いしばった唇から快楽に染まった声が漏れた。
すでに下着はぐっしょりと濡れ、支給服にまで染み出した粘液が藍色をさらに濃い色へと変えていく。

「い…ぁっ!」

布の上を引っ掻くだけでは我慢できず、直接的な刺激を求めて下着の隙間へと熱を持った指を潜り込ませる。
あと少し。
茂みを掻き分た指先が性器に触れようとした瞬間、コツンという扉を叩く音にギクリと身体が床の上を跳ねた。

「イルカ先生?」

躊躇いがちに呼ばれた声に目を見開き、どうしてここへと畳に頬を擦り付ける。
嵐が過ぎ去るのを待つ小動物のようにひたすらに身体を縮こまらせて声を堪え、必死に気配を押し殺した。

「いるんでしょう?」
「カカ…さ…」
「あぁ、良かった。戻っていたんですね」
「スミマセン、さ…っきは勝手に帰ってしまって…」
「オレの方こそ失礼なことを」

ごめんねと呟く声にあの時の行為がオーバーラップする。
背筋を駆け上がる快感に悲鳴が漏れた。
扉越しに感じるアルファの気配に、じくりと疼く腰が甘くしびれ、後ろから粘液が溢れ出てくる。湿った下着が肌に張り付き、身動きすればするほどこらえることの出来ない刺激へと変わっていった。

「あ、ぁ…」

イルカは畳の上に横たわったまま閉じられた薄い扉を凝視した。
扉越しの不自然な会話にカカシが訝しんでいるのがわかる。扉が開かれれば、快楽に乱れた醜い姿をカカシの前に晒してしまう。
それだけは。

「い、や…」

どうかこのまま帰ってくれ、と。ガチガチと鳴る歯の根の音を聞きながら哀願する。
だけど手練の上忍である声の主が、乱れきったチャクラとこの匂いを見逃すとも思えなかった。

「先生? どうかしたの?」
「な、んでもありませ…」

いつまでたっても開かない扉に、焦れたカカシがドアノブをガチャガチャと回す音が聞こえる。
イルカは畳の上に横たわったまま、やめてくれと必死に首を左右に振った。

「何でもないって声じゃないでしょ? もしかして具合でも悪いんですか!?」
「だい、じょうぶですからっ! 放っておいて、くださ…っ!」
「そんなわけにいかない」
「……だめ、だッ……!」
「開けるよ」
「――やめてっ!!」

開けないでと叫ぶ声に、ドアノブが砕ける鈍い音が重なる。
扉を蹴破るように飛び込んできたカカシの眼が、部屋の隅に横たわるイルカを確認して大きく見開かれた。

「せんせ…?」

部屋中に充満した甘い匂い。整った顔が僅かに歪むのを見て、ただただ泣きたくなった。
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