「う、わ……!」
「なに?」
「いや、その…想像していたとおりというかなんというか。いい男ですね」
「そりゃどーも」
「なんですかその言われ慣れてます的なセリフ。見ちまっていうのもなんですけどね、これだから顔がいい男ってのは嫌なんですよ」
勝手に驚いて僻まれたのではいい迷惑である。
それでもまだぶつぶつと文句を言っているイルカをおいて、カカシはさっさと浴場へ向かった。
子供のころ何度か通ったことのあるこの銭湯は、リニューアルを経て少しばかり綺麗になっている様だった。
まぁでも壁にデカデカと描かれた火影岩なんて、相変わらずだけど。
そんなことを思いながら身体を流していると、遅れて入って来たイルカが少し離れた場所に腰掛けるのが視界にはいった。
普段は頭のてっぺんで一括りにされている髪が解けているだけで、随分と雰囲気が変わるものだ。
そんな事を思いながら見ていたら、ぶつかった視線の先でイルカが慌てたように顔をそらした。
「ねぇ、どうしてそんなに遠くに座るんですか?」
「別に構わんでしょう」
「そんなに遠かったら背中流してもらえないじゃない」
「流す時はそちらに行きますから」
ザバリと桶に汲んだお湯を頭からかぶる。
シャワーを使わないあたり、なんというかすごく男らしいよね、イルカ先生。
「そんな事言わないでこっち来てよ」
「比較しちまう内勤の気持ちもわかってください」
「なにそれ」
身体が弛んでいるとしたら、それはイルカの鍛錬不足のせいではないか。
完全な僻み発言に思わず呆れた声が出たが、察したイルカが視線の先で苦々しげに顔を歪めた。
濡れた髪から覗く怒った顔。それがやけに色っぽいと思うなんて、いったいどうしちゃったのオレ。
「どうせ流しに来るなら、最初から隣同士でも構わないでしょ?」
「嫌ですよ」
「なにその頑なな態度」
「頑固者でスミマセンね」
「素直じゃない子は可愛がってもらえませんよ」
「可愛いってタマじゃありませんから」
「んん? 可愛いじゃない」
「…風呂にも浸かっていないのに、もうのぼせちまったんですか?」
イルカが空いていると言った通り、二人きりの浴室内には掛け合いのような会話が響いている。
だめだ。なんだか面白くなって来たぞ。
「ねぇ」
「………」
「ねぇ、イルカ先生」
「聞こえてます」
「背中流して下さいよ」
尚も言い募れば、イルカが盛大なため息をついて立ち上がる。
当然のことながら前も隠さずこちらに向かって来る姿をまじまじと見るわけにもいかなくて、さり気なく視線を外した。
子供の頃から戦場育ちだ。男の身体なんて嫌というほど見飽きているというのに、どうにも腰のあたりがこそばゆい。
「誰かと風呂なんて久し振りでね」
鏡ごしに映るイルカにそう言って、お願いしますとタオルを渡す。
「そうなんですか?」
「そーよ。だから浮かれちゃってごめんーね」
「それはいいですけど」
隣から引っ張ってきた椅子に腰掛けたイルカの手が、泡立ったタオルごと背中に触れた。
「なんというか…」
「ん~?」
「綺麗な背中ですよね」
「そう?」
「傷が一つも無い」
ポツリと口にした言葉に、当然でしょと返した。幾度となく危ない橋は渡ってきたが、敵を前に背中を見せたことなど一度もない。それがカカシの強さでもあるが、師であるミナトには無鉄砲だと嗜められたこともある。
「胡散臭いだけの人じゃなかったんだ」
「アンタね…」
一体オレを何だと思っているのよ。
そう口にしようとして、鏡越しにふふふと笑うイルカの顔にどういうわけか惹きつけられた。
「スミマセン。上忍の身体をこんなに近くで拝見出来る機会なんてそんなに無いもんだから、不躾でした」
「いーえ。どうせならじっくり見て下さい。内勤とは違って鍛えてますから」
嫌味のつもりで言ったわけではないが、笑っていたはずのイルカがあからさまにムッとした顔をする。
まったく誂い甲斐があるなんてもんじゃない。先程からコロコロと変わる表情に、たまらず吹き出してしまう。
上忍連中が何かとイルカに構うのも納得できる気がした。
「えぇ、えぇ! 無駄な贅肉一つ無い、立派な戦忍様の身体ですよ! チクショウ!」
「いったっ! ちょ、そんな力入れて擦ったら真っ赤になるじゃない」
「しがない中忍の妬みだと思って耐えて下さい」
「わっ、やめてよっ! 明日背中がヒリヒリしたら先生のせいだからっ!」
「こんなぐらいで傷つくようなヤワな身体じゃないでしょう。ほーら、暴れないで下さいよ!」
完全に悪乗りしている。
ごしごしと力いっぱい擦られて、悲鳴を上げながら振り返り、イルカの手からタオルを奪った。
「じゃあ、今度はイルカ先生の番ね」
「へっ!? い、いや、俺は結構ですからっ!」
「遠慮しないでよ」
「いえいえ仮にも上官にそんな…っ」
「ごちゃごちゃ言ってないで、さっさと後ろ向いて」
「ぎゃっ!」
断り続けるイルカに業を煮やし、力任せに背中を向かせた。
柔らかい筋肉がついたバランスのいい身体だ。内勤にもかかわらず、あちこちに裂傷や打撲のような痕が見えることを不思議に思いつつその肌に触れる。
指先が吸い付くような質感に、思わず喉が鳴りそうになって慌ててしまった。
それにしても。
「この傷…」
背中のちょうど中心あたりにある、大きく肉が盛り上がった傷痕をなぞる。
ビクリと反応したイルカが、バツが悪そうな顔をして「ナルトの…」と呟くのにあぁ、と頷いた。
「卒業試験のアレですか」
「はは…、お恥ずかしい」
ミズキの画策により盗み出された禁術書は、いち早く気づいたイルカの機転で奪われずに済んだと言う。
大事な生徒を身を呈して守り抜いた証。それは誇るべき傷痕であって、何ら恥じるものでもない。
「教師らしい傷じゃないですか」
「カカシさんみたいに格好よく倒せたら良かったんですけど」
「戦うだけが全てじゃないでしょ」
「………」
「なによ」
首だけで振り返ったイルカの意外そうな顔。それから嬉しそうに破顔するのに、思わず目を奪われた。
「ありがとうございます」
「お礼を言われる筋合いなんてなーいよ」
なんだか照れくさい思いで、イルカの背中にタオルを押し付ける。
もう完治している傷痕だ。気を使う必要など無いことをわかっていながら、引き攣れた傷痕を指先でなぞった。
「痛い?」
「痛いわけないじゃないですか」
「そうだよね。んじゃ、さっきのお返し」
「え? ――…ぃ…っ……!!」
ぐっと力を入れれば、声にならない叫び声が耳に届く。やせ我慢しちゃって可愛いのなんて、喉の奥で含み笑う。カカシだって背中が真っ赤になるほど擦られたのだ。力を緩める気はさらさらない。
ゴシゴシと力任せに擦っていたら、あっという間にイルカが音を上げた。
「まって、待って下さいっ! 俺はこんなに強く擦ってないでしょう?」
「いえいえ。こんなもんじゃなかったですよ」
「うそだっ、もうちょっと手加減ってもんをですねっ!」
「―――ッ!!」
叫んだイルカが身体を捻った瞬間。
濡れた髪の隙間から僅かに覗く痣のようなものに目を奪われた。
無意識に鼻をひくつかせ確認しようとするけれど、感じ取れるのは石鹸の薫りだけだ。カカシはとっさにイルカの項へと顔を寄せた。
「な、なんですか…」
「黙って」
戸惑うイルカの肩を押さえ、スンっと鼻を鳴らす。それでも感じない匂いに、唇の先が赤黒くなった痣に触れた。
「これって…」
「――…ヒッ!」
今度は、紛れもない悲鳴。
犬歯の痕が残るその場所に舌先が触れれば、飛び上がったイルカに激しく突き飛ばされた。
「アンタ、もしかして…」
掌が、庇うようにして首筋を覆う。
真っ青になったイルカが、カカシの視線から逃れるようにして顔を背けた。
「ごめん」
謝罪はイルカの秘密を暴いたことか、それとも番である証に触れたこと?
小さく首を振ったイルカが、無言で身体を流してカカシの横を通り過ぎる。
その背中を見送りながら、カカシは何かどす黒い塊が胸の奥から込み上げるのを感じていた。
それは言うなれば失望。
いや、彼に印をつけた輩への嫉妬だろうか?
そんな自らの感情に戸惑って、振り払うように頭を掻いた。
「……馬鹿なことを」
彼はもう、他の誰かのオメガなのだ。
「なに?」
「いや、その…想像していたとおりというかなんというか。いい男ですね」
「そりゃどーも」
「なんですかその言われ慣れてます的なセリフ。見ちまっていうのもなんですけどね、これだから顔がいい男ってのは嫌なんですよ」
勝手に驚いて僻まれたのではいい迷惑である。
それでもまだぶつぶつと文句を言っているイルカをおいて、カカシはさっさと浴場へ向かった。
子供のころ何度か通ったことのあるこの銭湯は、リニューアルを経て少しばかり綺麗になっている様だった。
まぁでも壁にデカデカと描かれた火影岩なんて、相変わらずだけど。
そんなことを思いながら身体を流していると、遅れて入って来たイルカが少し離れた場所に腰掛けるのが視界にはいった。
普段は頭のてっぺんで一括りにされている髪が解けているだけで、随分と雰囲気が変わるものだ。
そんな事を思いながら見ていたら、ぶつかった視線の先でイルカが慌てたように顔をそらした。
「ねぇ、どうしてそんなに遠くに座るんですか?」
「別に構わんでしょう」
「そんなに遠かったら背中流してもらえないじゃない」
「流す時はそちらに行きますから」
ザバリと桶に汲んだお湯を頭からかぶる。
シャワーを使わないあたり、なんというかすごく男らしいよね、イルカ先生。
「そんな事言わないでこっち来てよ」
「比較しちまう内勤の気持ちもわかってください」
「なにそれ」
身体が弛んでいるとしたら、それはイルカの鍛錬不足のせいではないか。
完全な僻み発言に思わず呆れた声が出たが、察したイルカが視線の先で苦々しげに顔を歪めた。
濡れた髪から覗く怒った顔。それがやけに色っぽいと思うなんて、いったいどうしちゃったのオレ。
「どうせ流しに来るなら、最初から隣同士でも構わないでしょ?」
「嫌ですよ」
「なにその頑なな態度」
「頑固者でスミマセンね」
「素直じゃない子は可愛がってもらえませんよ」
「可愛いってタマじゃありませんから」
「んん? 可愛いじゃない」
「…風呂にも浸かっていないのに、もうのぼせちまったんですか?」
イルカが空いていると言った通り、二人きりの浴室内には掛け合いのような会話が響いている。
だめだ。なんだか面白くなって来たぞ。
「ねぇ」
「………」
「ねぇ、イルカ先生」
「聞こえてます」
「背中流して下さいよ」
尚も言い募れば、イルカが盛大なため息をついて立ち上がる。
当然のことながら前も隠さずこちらに向かって来る姿をまじまじと見るわけにもいかなくて、さり気なく視線を外した。
子供の頃から戦場育ちだ。男の身体なんて嫌というほど見飽きているというのに、どうにも腰のあたりがこそばゆい。
「誰かと風呂なんて久し振りでね」
鏡ごしに映るイルカにそう言って、お願いしますとタオルを渡す。
「そうなんですか?」
「そーよ。だから浮かれちゃってごめんーね」
「それはいいですけど」
隣から引っ張ってきた椅子に腰掛けたイルカの手が、泡立ったタオルごと背中に触れた。
「なんというか…」
「ん~?」
「綺麗な背中ですよね」
「そう?」
「傷が一つも無い」
ポツリと口にした言葉に、当然でしょと返した。幾度となく危ない橋は渡ってきたが、敵を前に背中を見せたことなど一度もない。それがカカシの強さでもあるが、師であるミナトには無鉄砲だと嗜められたこともある。
「胡散臭いだけの人じゃなかったんだ」
「アンタね…」
一体オレを何だと思っているのよ。
そう口にしようとして、鏡越しにふふふと笑うイルカの顔にどういうわけか惹きつけられた。
「スミマセン。上忍の身体をこんなに近くで拝見出来る機会なんてそんなに無いもんだから、不躾でした」
「いーえ。どうせならじっくり見て下さい。内勤とは違って鍛えてますから」
嫌味のつもりで言ったわけではないが、笑っていたはずのイルカがあからさまにムッとした顔をする。
まったく誂い甲斐があるなんてもんじゃない。先程からコロコロと変わる表情に、たまらず吹き出してしまう。
上忍連中が何かとイルカに構うのも納得できる気がした。
「えぇ、えぇ! 無駄な贅肉一つ無い、立派な戦忍様の身体ですよ! チクショウ!」
「いったっ! ちょ、そんな力入れて擦ったら真っ赤になるじゃない」
「しがない中忍の妬みだと思って耐えて下さい」
「わっ、やめてよっ! 明日背中がヒリヒリしたら先生のせいだからっ!」
「こんなぐらいで傷つくようなヤワな身体じゃないでしょう。ほーら、暴れないで下さいよ!」
完全に悪乗りしている。
ごしごしと力いっぱい擦られて、悲鳴を上げながら振り返り、イルカの手からタオルを奪った。
「じゃあ、今度はイルカ先生の番ね」
「へっ!? い、いや、俺は結構ですからっ!」
「遠慮しないでよ」
「いえいえ仮にも上官にそんな…っ」
「ごちゃごちゃ言ってないで、さっさと後ろ向いて」
「ぎゃっ!」
断り続けるイルカに業を煮やし、力任せに背中を向かせた。
柔らかい筋肉がついたバランスのいい身体だ。内勤にもかかわらず、あちこちに裂傷や打撲のような痕が見えることを不思議に思いつつその肌に触れる。
指先が吸い付くような質感に、思わず喉が鳴りそうになって慌ててしまった。
それにしても。
「この傷…」
背中のちょうど中心あたりにある、大きく肉が盛り上がった傷痕をなぞる。
ビクリと反応したイルカが、バツが悪そうな顔をして「ナルトの…」と呟くのにあぁ、と頷いた。
「卒業試験のアレですか」
「はは…、お恥ずかしい」
ミズキの画策により盗み出された禁術書は、いち早く気づいたイルカの機転で奪われずに済んだと言う。
大事な生徒を身を呈して守り抜いた証。それは誇るべき傷痕であって、何ら恥じるものでもない。
「教師らしい傷じゃないですか」
「カカシさんみたいに格好よく倒せたら良かったんですけど」
「戦うだけが全てじゃないでしょ」
「………」
「なによ」
首だけで振り返ったイルカの意外そうな顔。それから嬉しそうに破顔するのに、思わず目を奪われた。
「ありがとうございます」
「お礼を言われる筋合いなんてなーいよ」
なんだか照れくさい思いで、イルカの背中にタオルを押し付ける。
もう完治している傷痕だ。気を使う必要など無いことをわかっていながら、引き攣れた傷痕を指先でなぞった。
「痛い?」
「痛いわけないじゃないですか」
「そうだよね。んじゃ、さっきのお返し」
「え? ――…ぃ…っ……!!」
ぐっと力を入れれば、声にならない叫び声が耳に届く。やせ我慢しちゃって可愛いのなんて、喉の奥で含み笑う。カカシだって背中が真っ赤になるほど擦られたのだ。力を緩める気はさらさらない。
ゴシゴシと力任せに擦っていたら、あっという間にイルカが音を上げた。
「まって、待って下さいっ! 俺はこんなに強く擦ってないでしょう?」
「いえいえ。こんなもんじゃなかったですよ」
「うそだっ、もうちょっと手加減ってもんをですねっ!」
「―――ッ!!」
叫んだイルカが身体を捻った瞬間。
濡れた髪の隙間から僅かに覗く痣のようなものに目を奪われた。
無意識に鼻をひくつかせ確認しようとするけれど、感じ取れるのは石鹸の薫りだけだ。カカシはとっさにイルカの項へと顔を寄せた。
「な、なんですか…」
「黙って」
戸惑うイルカの肩を押さえ、スンっと鼻を鳴らす。それでも感じない匂いに、唇の先が赤黒くなった痣に触れた。
「これって…」
「――…ヒッ!」
今度は、紛れもない悲鳴。
犬歯の痕が残るその場所に舌先が触れれば、飛び上がったイルカに激しく突き飛ばされた。
「アンタ、もしかして…」
掌が、庇うようにして首筋を覆う。
真っ青になったイルカが、カカシの視線から逃れるようにして顔を背けた。
「ごめん」
謝罪はイルカの秘密を暴いたことか、それとも番である証に触れたこと?
小さく首を振ったイルカが、無言で身体を流してカカシの横を通り過ぎる。
その背中を見送りながら、カカシは何かどす黒い塊が胸の奥から込み上げるのを感じていた。
それは言うなれば失望。
いや、彼に印をつけた輩への嫉妬だろうか?
そんな自らの感情に戸惑って、振り払うように頭を掻いた。
「……馬鹿なことを」
彼はもう、他の誰かのオメガなのだ。
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恋は銀色の翼にのりて
恋の妙薬
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