14

「・・・おい、聞いてるのか? イルカ?」

コツンと机を爪先で叩かれ、声のする方に顔を向けた。
握りしめたペン先は先程からピクリとも動いておらず、机の上に広げた書類は捲られることすらない。
呆けているといっても過言ではないイルカの様子に、呆れたようにミズキがため息を付いた。

「ぼーっとして・・大丈夫か?」
「・・・えっ・・あぁ、何か用か?」

眉を寄せるミズキにそう言って、取り繕うように作り笑いを返した。

「別に用ってわけじゃ・・あ、そうだ。今度の演習なんけどよ」
「あぁ・・、その手配ならもう済ませたし、使用する忍具の補充はスズメ先生に聞いてくれ」
「おう、サンキュ。じゃなくて・・」
「あとは、この間言ってた授業で使う薬草な。少し足りないかもしれないから、誰か裏の菜園まで積みにいかねぇと・・・」
「・・それはこの間子供らと行ってきた。ってか、それより・・」
「了解。演習なんだが、上級生達は今の授業ではちょっと物足りなくなってくる頃だろ? 次はもう少し手応えを感じる術を教えてやらねぇとな」

手元の書類を裁きながらニコリと笑えば、目の前で思い切り眉を潜められた。
あえて言葉にはしないが、自分でも違和感を感じるほどに腫れあがった瞼。力いっぱい擦ったせいか、いつもは涼し気な目元が紫色に変色している。
何があったのかと尋ねようとする度に、答えるつもりがないからのらりくらりと躱されれば苛立ちはつのるだろう。

「あのなー、おまえ・・・」
「わっ! そういや次の授業で使う巻物を取りに行くの忘れてたっ」
「イルカ」
「悪いな、ミズキ。ちょっと書庫まで行って・・」
「次の授業は体術だろ」

慌てたように立ち上がったイルカの腕をミズキが逃すまいと掴んだ。

「なんだよ、怖い顔して・・」
「・・言いたくないが、具合が悪いならあまり無理するなよ」
「―――・・・ッ!」

ポツリとそう言われれば、無理やり笑おうとした顔はひきつって歪み、目の下の隈が一層深くなる。

「なに、言って・・・」
「ここんとこずっとよく眠れてないんだろ? 神経尖らせてピリピリしてよ。子供たちが怯えてるのに気づかないとか、お前らしくないぜ」
「ミズキ・・」
「しかもなんだ、その顔色。真っ青な顔しやがってっ! 忍びならな、何があっても私情は隠し通せ」

甘えるんじゃない。言外にそう告げられて、強張った表情のまま奥歯を噛み締めた。
イルカだとて、ミズキに言われなくてもそんなことはわかっている。
わかっているのに、どうしてもあの日のことが脳裏に焼き付
いて離れないのだ。
「・・・・・」

カカシに酷い暴言を吐かれた日の事を思い出し、それを打ち払うように頭を振った。
二度とオレに近づくな、と。怒気を孕ませて怒鳴りつけられ、追い払われて。転がるように部屋を出た。
走って、走って、ひたすら走って。
息が止まりそうなほど必死で走り、辿り着いた玄関先で乾いた咳と共に吐き出した嗚咽に胸を抑えて蹲った。

『毛色の変わった遊び相手のつもりだったんだけど・・?』
『ほんと鈍いよねぇ、アンタって。そんなところが嫌だって言ってんの』
『どうせ身体だけの関係だったんだから』

投げつけられた酷い言葉の数々が、イルカの心の傷を何度も深く抉る。
カカシの遊びに流されて、自分の気持ちを確かめることなく身体を繋げた。
彼にとっては暇つぶし程度のただの戯れで、恋愛なんかじゃないと知っていたはずなのに。
それを俺は・・・。

勘違いした。

自分でも気づかぬ内にカカシを好きになっていたのだ。
絶望的な事実に気づき、震える唇から漏れる嗚咽を掌で必死に塞いで押し殺した。
カカシが望んでいたのは割り切った関係だったと言うのに、なんて俺は愚かで馬鹿なのだろう。
ぶわりと視界がぼやけ、無理やり押さえつけた気持ちが溢れ出す。
悲しかった。
カカシにとって、自分がいつでも捨てることの出来る取るに足らないモノだったことが。
だけど。
優しい笑顔を思い出す。抱きしめられて眠った腕の温もりや身体に受け入れた熱量を。

豹変してしまったカカシの本心が知りたい―――。

あの日から、そればかりをずっと考えていた。

「・・・・・」

黙りこくってしまったイルカの髪を、ミズキが気まずそうに掴んだ。

「なんか偉そうなこと言ったけどよ、悩みがあるなら聞くから言えよ」
「・・・ふ・・」
「なーに笑ってんだ」

どちらかと言うと他人のことなど気にしないミズキのそんなセリフに、つい笑ってしまった。
つまりはそれほど俺は酷い状態らしい。

「ありがとな、ミズキ」
「仕事に支障が出て迷惑するのは俺だから、別にお前のためじゃない」
「そうだな。・・気をつけるよ」

フンッ鼻を鳴らすミズキに笑って、気合を入れるべく頬を叩いた。
ミズキの言う通り、私情は隠し通すのだ。今は、気持ちを切り替えなくては行けない。

「よしっ!! 気合い入れてやるかっ!」

そう口にした時だった。
教員室の窓から飛び込んできた式鳥が、ヒラリと弧を描いてイルカの目の前を掠めたのは。
美しいその式鳥がカカシのチャクラを纏っていることに驚いて。目線だけで追いかければ、指先を伸ばした巴の掌の上に舞い降りた。

「・・いまの・・」
「あぁ、あれか。巴先生、はたけ上忍と頻繁に連絡とりあってるみたいだぜ」
「え・・?」

付き合ってるのかな? と。誂うミズキの言葉にズクリと胸が痛くなる。
何が書いてあるのだろう。付き合っているというのは本当なのだろうか?
そんなことばかりが気になって、ミズキの言葉が耳に入ってこない。
木陰の下で寄り添っていた二人の姿が脳裏に蘇り、熱心に手紙に視線を走らす巴から目が離せないまま、口元を引き結んだ。

「ここんとこずっと里には戻ってこられてないだろ?」
「・・・そうなのか?」
「知らなかったのかよ?」

意外だという顔をしたミズキに、曖昧に頷いた。
あの日から一度も顔を合わせてはいない。報告所の仕事を兼任しているとはいえイルカの本業はアカデミー教師だ。
それに。
二度と顔を見せるなと言われたことが、イルカを臆病にした。

「巴先生によると、任務完了の報告書も忍犬に預けて次の依頼をこなしてるって話だ。休みも返上してあっちの依頼にも就いてるって聞いたぜ」

あっちというのは火影直轄の任務のことだ。
ただでさえ写輪眼を駆使するカカシは高ランクの依頼を請け負うことが多い。さらに火影直轄となると・・・。

「いくらはたけ上忍が有能だからって、これじゃ身体が参っちまうよな」

小声で耳打ちするミズキの言葉に頷こうとして、振り返った巴の鋭い視線にドキリとした。
その瞳が何かを責めているように思えて。

「・・くっちゃべってねぇで、さっさと片付けようぜ」

取り繕うようにミズキを促して、その視線から逃げた。
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【恋は銀色の翼にのりて】
恋は銀色の翼にのりて
恋の妙薬
とある晴れた日に

【Home Sweet Home】
Home Sweet Home
もう一度あなたと恋を
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3頁目

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