なにやらチラチラと気配を感じ、読んでいた愛読書から眼を離してそちらに視線を向けると、慌てたようにあらぬ方向に顔を向ける。

「・・・・・?」

勘違いかと思い視線を戻すと、再び感じる気配に読みかけの本をパタンと閉じた。

「・・・イルカさん・・」

視線の主の名前を呼んで、ベッドの上で顔を背けるイルカに向かって歩き出す。
俯く顎を持ち上げて、カカシは頑なに視線をあわせようとしないイルカの顔を大きな手で固定した。

「さっきから何ですか?」
「・・・・・」

生来頑固者なのだろう。
絶対に答えるものかとグッと引き結んだ唇が語っている。

「・・ま、いいですけど」

溜息をついてイルカが座り込んだままのベッドに横になり、読みかけの本を開く。
自来也作、【イチャイチャシリーズ】の最新作だ。
出来れば邪魔されることなく静かに読みふけりたい。

「・・・有害図書」

ボソリと呟かれた言葉に、おやと眉を上げた。

「深窓の令嬢でもご存知で?」
「・・・・・」

嫌味のつもりではなかったが、そんなカカシの言葉にカッと顔を赤くしたイルカが唇を尖らせてそっぽを向く。

「・・・子供の手がとどく所におくべき本じゃありません」
「へぇ・・、内容まで?」
「ーーーあなたがサクラに貸したのを眼にしただけですっ!」
「誤解ですよ」

叫ぶイルカにクククと笑い、カカシは背後から強引に腕の中に抱き込んで、ほらご覧なさいとばかりに本を開く。

「ーー離しーーーッ!」

卑猥なセリフが綴られている本など見たくないと顔を背けようとするのに、がっちり後ろから抱かれていて身動きがとれない。
どうしても読ませたいのか、小さな顎を掴まれて本へと顔を向けさせられると、観念したように有害図書へと視線を這わせる。
そこには、一行とてイルカが嫌悪するセリフは書かれていなかった。

「・・・・・」

どちらかと言うと、恋愛小説と言っても過言ではない。
微笑ましいとさえ思える男女の描写に、思わず無言になる。

「ねっ」
「・・・はい・・これなら」

サクラが読んでも大丈夫なんじゃないかと頷いた。
ペラペラと頁を捲ってみながら、身じろぐ。
何だかお尻がむず痒くなるようなセリフの羅列ばかりすぎて少し恥ずかしい。

「今回のイチャパラのテーマは純愛なんです」
「・・・純愛・・」

良いですよね、純愛、なんて楽しげな様子のカカシの声に振り返ると、ダークブルーの瞳と眼があった。
ドクリと高鳴る心臓に手を当て、イルカは浅い息を吐く。

「イルカさんも読むといいですよ」
「お・・私は別に・・」
「恋愛小説は嫌い?」
「そんな訳じゃ・・」

背後から抱きかかえられているせいか、ドンドンと血液が上昇していって、密着している身体が火を噴くように熱くなるのに、思わずそこから逃れようと身動きする。

「ちなみに」

そんなイルカの様子にも頓着することなく、カカシはイルカを抱き込んだまま次のページをおもむろに捲った。

「このページからはいつものイチャパラなんですけどね」
「ーーーなっ!!」

どうして、こんなところからいきなりベッドシーンになるんだッ!!
目の中に飛び込んできたヒロインの喘ぎ声と、露骨な性描写にギョッとして飛び上がる。

「や、やっぱりそうじゃないですかッ!」
「だってイチャパラですもん」

掴みかかってきたイルカを笑いながら受け止めたカカシが、大事な愛読書も投げ出してあやすように抱きしめながらベッドに転がった。

「いやらしいっ! この変態ッ!」
「変態とは聞き捨てならない言葉ですね。あれでも自来也は有名な作家ですよ」
「変態っと言ったら変態ですッ!」
「それはイルカさんの偏見ですーーって・・」
「ーーな・・ッ・・ん、んんっ・・」

転がりながら口付けて、伸びた黒髪を長い指先でサラリと梳いた。
真っ赤な顔で必死についてこようとするイルカに、自然と笑みが零れる。
イルカの顔を横切る傷跡に唇が触れて、ペロリと舐めた。

「・・ほんとに、可愛いんだから・・」
「あっ・・」

怒鳴ろうと唇を開いた隙に、素早く侵入してきた舌がイルカを絡めとりながらきつく吸い付く。
呼吸ごと持っていくような激しい口づけに、苦しくなってカカシの胸を叩いた。

「・・・はっ、・・こんな、本ばかり読んでいるから・・ッ・・」

自分を強姦したりするのだと、そう思った瞬間胸が詰まった。
そうだ。
自分たちの関係は今しがた眼にしたイチャパラの純愛などではない。
腕の中から抜けだそうと、腕を突っ張って起き上がった目線の端に、机の上に置かれた簡素な小箱が映り、ヒュッと喉が鳴る。

「・・・イルカさん・・?」

急に動きが止まったイルカの様子に、カカシが不審そうな声を出す。
ポトリと頬に落ちてきた雫を不思議そうに指先で拭うと、カカシはイルカを抱きしめながら慌てて起き上がった。

「え、なに・・イルカさん・・・?」
「・・・・・」

小さい胸がヒクリと震え、瞬きすらしない黒い瞳にみるみるうちに膜が張る。
こらえきれずに溢れ出した涙が、ポトリ、ポトリと静かに頬を伝い落ちていった。
言葉もなくただ涙だけを零すイルカを、カカシはただ呆然と見つめたまま頭を掻く。

「・・あー・・、そんなに嫌だったなんて思わなくて・・・」

暫くして、涙に濡れたイルカの頬を優しく拭いながらそう呟いた。
ごめんねと謝りながら抱きしめる腕の中で、イルカは何度も首を左右に振った。

「泣かないで」
「・・・・ッ・」

困ったように微笑まれて、こらえきれずに嗚咽が漏れた。

・・・カカシが、ただ乱暴で強引なだけの男だったら良かったのに。

優しく髪を撫ぜられて、違う、勘違いするなと必死に自分に言い聞かす。
カカシがイルカを傍に置く理由。
それは、愛情なんかじゃない。

「ーーーーーっ・・」

それなのに、自分はこの男を好きなのだ・・・と、思った瞬間、絶望で眼の前が真っ暗になる。
何故こんなに悲しい気持ちになるのかを。
気づかないままだったら良かった。
惹かれはじめていた事に気付かずにいられたなら、こんな気持ちを知ることなんてなかったのにと。
押さえられなくなった嗚咽を噛み殺しながら、イルカは抱きしめる腕に縋ることも出来ずに掌をきつく握りしめるのだった。



*****



最近イルカの様子がおかしい。
一人でボウっとしている時もあれば、子供たちと一緒になって無理に燥いでみたり。
カカシと二人で過ごす時も、何をされるかと警戒してピリピリしていたのに、今は心ここにあらずというような素振りでボンヤリとしている。
怒ったり笑ったりしていた表情も、ここ数日見ることが出来ないでいた。
そして、この間の涙だ。

「・・・・・」

この屋敷へ攫ってきてどれぐらいになるだろうか。
さすがに里心がついたのかと思うものの、カカシはなかなかイルカを手放す気になれずにいた。
イルカの笑う顔や怒った顔、拗ねた表情や恥ずかしげに伏せられる瞳。
そして、泣き顔。
あどけないとさえ思う寝顔を見る度に、もう少し、あと少しだけと願う心が邪魔をする。
イルカに触れて、肌のぬくもりを知り、嫌だと喚きながらも背中に手を回す仕草を愛しいと思う。
傍においておく時間が長ければ長いほど、手放すのは難しいと知っているのに、なかなか決断出来ずにいるのだ。

「・・・・」

机の上の小箱を開き、あの日小鳥が運んできた一枚の小さな紙切れを取り出す。
難解な記号の羅列は、カカシが所属していた部隊の暗号だ。

「・・・チッ」

眉を顰めながらそれに目を通し、小さく舌打ちした。
そろそろ潮時なのかもしれない。
遅かれ早かれこの屋敷の場所も発見されてしまうだろう。
フーっと長い溜息をついて、カカシはその紙切れを小箱に戻そうとして中に入ったままの巻物に眼をやった。

「・・・守護者、か・・」

呟いて、まるで巻物を隠すようにその上へ紙切れをかぶせた。
カチリと音をたてて小箱は閉まる。
その音を確認したカカシは、そこらへ放りっぱなしにしていた剣を掴むと夕日の差し込む部屋を後にするのだった。



*****



暗闇の中、カタンッと小さな物音がした時。
イルカはそれをカカシが戻ってきた音だと思った。
横になったベッドの上、子供たちの就寝を見届けて、漸くウトウトと瞼が落ちようとした時だった。

「ほんとにこんなとこにあんのかよ」

だから、聞きなれない声を聞いた時、一瞬思考が停止したのだ。

「ウチの情報にケチつけるとか殺すぞ」
「面倒くさいんだから多由也を怒らせるなって言ったぜよ」
「ああん? 面倒くさいってなんだよ」
「なんだ、やんのかッ」

誰も居ないと思っているのだろうか?
今にも怒鳴り合いをしそうな雰囲気だ。
イルカは瞳だけを動かして、暗闇の中薄いベール越しに眼を凝らした。
侵入者。そんな言葉が脳裏をよぎる。

「へぇ・・、こんな所で珍しいチャクラだな」

そんな声にギクリと身体を強張らせる。

「珍しいって何ぜよ」
「ウマそう」
「また食いもんぜよ、この肥満体野郎がッ」
「んなことよりウチの情報を優先しろ。アイツが帰ってこない間にさっさと探せ」

各々が好きなことを話しているのに、警戒しながら身体を起こした。
ゴクリと唾液を飲み込み、得物になりそうな物を探しながら、剣一本この部屋には置いていないと心の中で舌打ちした。
『珍しいチャクラ』
侵入者の一人が口にした言葉に、背中を嫌な汗が流れるのを感じる。
それはきっと、イルカの中に封じ込められている【クラマ】の物だ。
庭に放っている犬達が感知しないほどの手練達と、武器もなくはたして戦えるだろうか?
いや、戦わなくてはならない。そう思った瞬間。

「みぃつけた」

ベールを掻き分けて顔を出した曲者が、ベッドの上のイルカにニヤリと嗤った。

「何? 女?」
「何でこんなとこにいんだよ」
「多由也の情報はイージーすぎるぜよ」
「うるせッ」
「喰ってもいいのか?」


侵入者達が顔を覗かせて口を開く中で、イルカはベッドの上に座り込んだまま背後を窺った。
月明かりのみの室内で、確認できたのは4名。
おそらく間違いないはずだ。

「・・・カカシの女か?」
「んなわけ無いだろ。アイツに特定の女がいるなんて情報はないね。それよりはやく巻物を探せよ」
「オンナじゃないならなんでこんな所にいるぜよ」
「好きにしていいなら喰っちまうぜ?」

各々が好きなことを口走っている隙に、目当ての燭台の位置を確認する。
この部屋で、武器になりそうな物はあれしかない。
イルカはジリジリと後ずさりながら侵入者達の隙を狙っていた。

「・・・珍しいチャクラと言ったな。それは、あの離宮で感じたものか?」
「あぁ・・・そういや似てるな」
「なんだよ、好きにして良いなら俺も参加するぜよ」
「おいッ!」

赤髪の女が咎める様な声を発するのに、リーダー格の男がニヤリと嗤った。

「好きにすればいい。多由也、俺達は巻物だ」
「チッ、勝手にしろ」

静かに発せられた声は、冷ややかな響きを持ってイルカの耳に届いた。

「しかし、その女・・・巻物よりも重要な獲物かもしれないぞ」

隠された髪から覗く左眼が、異様な色を帯びてイルカを一瞥した後、背を向ける。
容赦なく襲いかかってきた男たちの手が届く瞬間、ベッドから飛び出したイルカが燭台に手をのばした。

「はーい、残念」
「・・アゥーーーッ!!」

そんな行動ぐらいお見通しだったとでも言うように、足首を掴まれてベッドに引きずり戻される。
完治していない左足首を力いっぱい拗じられて、イルカは鋭い悲鳴を漏らした。
ゴンッという音とともに掴み損ねた燭台が床に転がるのに、絶望的な気持ちでのしかかってくる男たちを見上げる。
異様な目つきの男達に押さえつけられて、声を発することも出来ずにただ逃れようと闇雲に暴れた。
繊細な布で作られた夜着が、残虐さをもって無常にも引き裂かれた。

「や、・・やめろ・・ッ!」

必死に絞り出した声は、震えて掠れたものだったけれど、それは男たちの高らかな嘲笑に消えていった。

「大人しくしてろ。直ぐに良くなる」
「毎晩カカシに抱かれてんだ。慣れたもんだろ」

さっさと足を開けと、下卑た笑い声を上げながら、曝け出された太ももに太った男の指先が芋虫の様に這いまわる。
下着を剥ぎ取られ、濡れてもいない恥部を乱暴に弄くられて、イルカの顔が苦悶に歪む。
痛みと気持ち悪さに総毛立ったイルカを頭上で押さえつけた男が、顔を横切る傷跡に触れた。

「しっかし、こんな顔に傷のある女、どこが良いんだァ?」

アイツも物好きだよなぁと誂われ、ドクリと心臓が跳ねた。

「ーーは、なせッ!!」
「・・・っと、あぶね!」

痛む足も関係なくめちゃくちゃに蹴りつけ、拘束する腕が弛んだ隙に逃げ出そうと半身を捻る。
逃すまいと掴まれた衣服がビリビリと裂ける音がやけに大きく耳に響いた。
女の身体という圧倒的な力の差に、背後から覆いかぶさった男が、柔らかな胸を乱暴に揉みしだき、小さな乳首を力づくで摘む。
痛みと気持ち悪さに嘔吐してしまいそうだ。
衣服が破れて顕になった背中の傷跡に、太った男の指先が触れた。

「・・・これは・・」
「なんだ?」
「このチャクラ・・まさか、【クラマ】か・・・?」
「はぁ!? マジかよ」
「もしそうなら、とんだ掘り出し物だ」
「ちが・・っ!」

明らかに興奮している男たちの会話に、何度も頭を振る。
一人は間違いなくチャクラ食いだ。
こんなところで奪われるわけにはいかない。
けれど。
目的を持って背中の傷跡に当てられた掌から逃れられずに、もがく掌がシーツを握りしめた。

「ヤァーーーッ!!」

体内で荒れ狂うチャクラが、出口に向かって勢い良く飛び出そうと唸りを上げる。
力づくで奪われる恐怖に、イルカが絶叫した。
誰か、助けて。
誰かッ!!
叫びは言葉にならなかったのかもしれない。実際イルカ自身、何を叫んでいるのか分からなかった。

「ーーーイルカ先生ッ!!」

だから、けたたましい音を立てて部屋に飛び込んできた塊にも、頭が認識出来ずにただ叫び続けたのだ。

「しゃーんなろッ!!!」

ドゴンッという激しい音とともに、床下に亀裂が入る。

「待てっ! サクラッ!」

続いて雪崩れ込んできたサスケが、イルカを拘束している男達に向かって剣を振りかざす。

「っぶねーな、クソガキ」
「・・ッ、うぁ・・ッ!!」
「サスケくんッ!!」

鈍い金属音がして、サスケの身体が剣ごと床に叩きつけられる。
ある程度、予測はしていたのだろう侵入者達の冷静な声色に、ゾッとした。

「・・・ダメだ・・。子供たちに手を出すな・・」
「あぁん? そんなの関係ないぜよ」
「そんな女に構ってるからだろ、ボケがッ」
「面倒だ。さっさと片付けろ」
「テメーに言われなくても・・って、次郎坊ッ!お前だけお楽しみかよッ!」

ブンッと帯刀した大剣を振り回しながら、侵入者の男がサスケに迫る。
ギリリと歯を食いしばるサスケが、頭上に振り下ろされた剣を渾身の力で受け止め、敵の懐に飛び込むと一閃した。

「ーーーッ!」

手応えはあった。
ふ、と息を吐いたサスケの背後を、別方向から狙いを定めた剣が旋回して無警戒の背中を引き裂く。

「甘いね、少年」
「ーーーツーーーッ!!」
「ーーーサスケくんッ!!」

勢い良く噴き出した血飛沫に、サクラの悲鳴が響いた。

「ーーーサスケッ! サクラッ!!」

蹲るサスケを庇うように抱きしめるサクラの燃えるような眼が侵入者達に向けられる。
目を見開いてそれを見つめるイルカの脳裏に、忌まわしい記憶の澱が渦を巻く。

「・・あ・ぁ・・・」

この光景を。

「ーーーーーあぁ、ぁ・・・」

知っている。
違う。
ダメだ。
思い出してはいけない。
いや、違う。
思い出したくないーーーッ!!

「さっさと始末しろ」

冷酷な、侵入者の声がした。

嫌だ。
ダメだ。
お願いだから。

「ーーヤメ・・ッ!!」

幼い子供たちの目の前に振り上げられた剣に、涙混じりのイルカの悲鳴が響く。

「そこまで」

今まさに子供たちの命を奪おうとしていた剣は、まるで別次元から聞こえた様な声色にピタリとその動きを止めた。

「人の留守中に、派手にやってくれちゃって」
「これはこちらもひと暴れしなくてはいかんな、カカシ」
「ガイ・・、お前は来るのが遅いでしょ?」

月明かりを背にして立つ二人は、そう笑いあいながら侵入者達の面前に並び立った。
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【恋は銀色の翼にのりて】
恋は銀色の翼にのりて
恋の妙薬
とある晴れた日に

【Home Sweet Home】
Home Sweet Home
もう一度あなたと恋を
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【幼馴染】
幼馴染
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