明るい陽の光と窓を叩く小さな物音で目覚めたイルカは、自分を抱いていた腕が静かに離れていく気配に、思わず手を伸ばした。
宥めるように背中を撫ぜられて、解かれたままの黒髪に口付けた男がクスリと笑って起きあがる。
ぼんやりと瞳を開いた先に、カカシの後ろ姿が見えた。
いつもなら、まだ眠っている時間だ。
寝汚いカカシの普通では無い行動に、イルカは少しだけ不安を覚えてパチパチと目を凝らす。

「・・・・・・」

いつからこうしてカカシの姿を眼で追うようになったのだろうか?
気づけば視界の片隅にでも、その輝く銀色をとらえている。
良くも悪くも意識しているという状況に、イルカは僅かに眉を寄せた。
コツコツと窓を叩く鳥が、早く開けと言わんばかりに急かすのに、カカシはゆっくりと扉に手を掛け窓を押し開く。
早朝の清々しい風と共に飛び込んできた小鳥は、カカシの頭上で何度か旋回した後、ふわりと広げた掌に舞い降り、まるで溶けるように形を変える。
その様を、イルカはただ黙って見つめていた。
掌の中にポトリと落ちた小さな結び紙を開き、表情を変えることなく目を通したカカシが何事かを呟くと、机の上の小箱の中に仕舞いこむ。
それは、何の装飾も施されていない簡素な小箱だった。
カカシはそれを少し憂いを帯びた表情で暫く眺めた後、微かな溜息を吐く。

「・・カカシさん・・・?」

思わず名前を呼んでしまい、慌てて口を噤んだ。
気づいたカカシが微笑んで戻ってくるのに、きまりが悪くてシーツに顔を埋めて隠す。
イルカが名前を呼ぶ度に、嬉しそうな顔するカカシに気恥ずかしくなる。
そんなつもりじゃないのにと心のなかで呟いて、イルカはさらにシーツに顔を押し付けた。

「おはよ」
「・・・おはようございます・・」

シーツに埋もれたまま、くぐもった声で挨拶を返す。
含み笑う気配にいたたまれない。

「包帯替えましょうか」

ベッドに腰掛けたカカシが、イルカの身体を覆う寝具を足元から捲り上げ、挫いた左足を持ち上げる。

「触らないでくださいッ!」

先ほどまで腕の中でスヤスヤと眠っていたくせに、身体をビクつかせて叫んだイルカに、意気消沈して僅かに眉を下げる。

「・・・人を毛虫かゴキブリみたいに・・・」

慌てて起き上がろうとしたイルカを制して、傷ついた様な表情をしたままカカシは足首に巻きつけられた包帯を器用に解いていった。

「・・や・・・」
「大人しくしてて」

まるで傅かれている様な格好に、居心地が悪くなってイルカは身体を捩る。
強引で乱暴な男の筈なのに、触れる指先はとても優しくて。こんな風に扱われると途端にわからなくなる。

「痛みは?」
「少し・・・」

痛みが響かないように包帯を丁寧に解いた後、ゆっくりと左足をベッドに戻し、薬草をすり潰すために背を向ける。
コリコリと擦れるような音を聞きながら、イルカは身体を起こした。
山岳に咲くアルニカの花特有の、独特な苦味のある薫りが鼻をくすぐる。
トロリと滴るオイルを混ぜて、カカシはそれを布に浸した。

「暫くは無茶しないでくださいよ」
「・・・・・」
「返事」
「・・イッーー!」

黙っていると、仕置とばかりに痛めた足首を乱暴に持ち上げられて、イルカは顔をしかめた。

「・・・・・」

少し怒っているような表情のカカシをチラリと垣間見て、イルカは唇を尖らせる。
そんな仕草に苦笑したカカシが、薬草に浸した布を患部に貼り付け、器用に包帯を巻いていく。
少しひんやりとするその感覚が、まだ少し腫れている足首に心地よかった。

「・・・あんなところから飛び降りるなんて、正気ですか?」

これぐらいの怪我で済んだから良かったもののと、溜息混じりの言葉に顔をそむける。
イルカだとてあそこから飛び降りるつもりなんてなかった。
たらればの話をしてもしかたがないが、犬さえ放たれていなければ、もうすこし華麗でスマートにこの屋敷からおさらばできる算段だったのだ。

「あなたがこんなところに閉じ込めておくからでしょう」
「あのねぇ・・あんまりお転婆が過ぎると嫁の貰い手がなくなりますよ」
「よ、余計なお世話です」

何度も言うようだが、今でこそ女体化しているが、そもそもイルカは男だ。
嫁は貰うものであって嫁ぐ謂れはない。

「ま、誰も貰い手なんてないでしょうし、オレが貰ってあげます」
「ーーー結構ですッ!!」

ニヤリと笑ったカカシに、イルカがすかさず叫んだ。
あまりの大声に目を見開いたカカシが思わず吹き出す。
声をあげて笑うカカシに、ふくれっ面になりながらイルカは憤慨した。
いったい何が可笑しいと言うのだろう。嫌な男だ。

「それぐらい元気があれば大丈夫ですね」

クククと笑いながら、包帯を巻き終わった左足をベッドに戻し、イルカの頭を優しく撫ぜた。
そんなカカシの行為にカーっと顔が熱くなる。

「う・・・」

どうして良いか分からずに狼狽えるイルカの瞳と、ふいに真面目な顔になったカカシの真摯な瞳が交差した。

「・・・本気ですから」
「え・・?」
「今の話。・・考えておいてください」
「・・・・・」
「ま、それはさておき。とりあえず寝ましょう」
「えぇ・・ッ!?」

もう朝なのに?と驚くイルカに構うことなく強引に腕の中に抱き込んで、二度寝するべくゴロリと横になったカカシは、それから何度起こそうと試みても昼過ぎまで頑として目覚めることはなかった。



*****



場所は変わってここはコノハの宮殿内。
元火影、猿飛ヒルゼンの前に集められた精鋭たちは重苦しい顔を隠しもしない老人の前で口を噤んでいた。

「・・・ヤマト。・・報告を・・」

長い沈黙の後、漸く放たれた言葉に各々が緊張感を持って耳を傾ける。
ヒルゼンの前に一歩進み出たヤマトは、書簡を手に口を開いた。

「城外にて、襲撃及び拉致事件が多発しており、陳情書が上がってきています。また、オロチの名も囁かれるように・・」
「オロチ?」

言葉尻に敏感に反応した髭面の男が、口にしたタバコから煙を吐き出す。

「何だそいつは」
「拉致集団っすよ、アスマ」
「表向きはそういう事になってはいますが・・・」
「ちょっと待てよッ!」

口に加えた千本を上下に動かしながら答えたゲンマが、チラリと隣で熱くなる男の肩を叩いた。

「奴ら壊滅したんじゃなかったのかよッ!」

ライドウが忌々しげに吐き捨てると、隠しもしていない火傷の痕の残る顔を親指で擦る。

「・・・あれから何年経つ・・?」

ボソリと呟かれた言葉に振り返ると、瞳を黒いメガネで隠したアオバが腕を組みながら思い出そうというように天を仰いだ。

「十五年じゃ」
「・・・オロチの名を語る別組織ということは?」
「いえ・・彼らの狙いは【クラマ】で間違いないかと」
「ーー根拠は?」
「攫われたのは女、または子供です」
「それだけじゃ分からねぇだろが」

フーっと紫煙を吐き出したアスマの言葉に、ヤマトが首を振った。

「ーーー離宮を探っていた形跡があります。・・彼らの探しものは、おそらく・・封印の鍵かと」

呟かれたヤマトの言葉に、一瞬緊張が走る。

「その話が本当なら・・・残党が残っていたと考えたほうが良さそうですな」

ヤマトの言葉に、エビスが返す。
それに頭を振ったヒルゼンが苦々しい顔つきで煙管に口をつけた。

「・・・残党ではない・・。頭じゃ」
「・・・頭・・?」

重々しく告げられた言葉に、全員が驚愕した様子で古老の顔を見た。
誰もがまさかという顔を隠せない。
そうだ。
あの事件の際、時の火影は自らの命を掛けてコノハを守ったというのにーーー?
それがよもやトカゲの尻尾だったとでもいうのだろうか。

「おいっ! 封印っていやぁ・・・イルカはッ!?」

気づいたように口にしたアスマに、ヒルゼンが首を左右に振る。

「・・・イルカさんは、先輩が・・」
「はぁッ? あのヤロッ!」

変わって口を開いたヤマトに、アスマが激昂する。

「そう怒るな。早かれ遅かれ時間の問題じゃった。・・・ともかく、イルカのことはヤマトに一任しておる。お前達は手分けしてオロチの捜索にあたれ」

コンコンと煙管の中の灰を落としてヒルゼンは腰掛けた椅子に深く座り込み、そのまま考えこむように唇を閉じた。
謁見はここまでのようだ。
頭を下げ、互いを促すようにして部屋を後にする面々を、気難しい顔を隠しもせずに見つめていたヒルゼンは、最後の一人の背中を見送った後、再び愛用の煙管に口をつけた。



*****



机の上の簡素な小箱に手を伸ばす。
全て品よく上質なもので揃えられている屋敷の中で、この一品だけが古びていてよく見れば傷だらけだ。

「・・・・・」

手にとって、蓋を少しだけ持ち上げてみる。
カチリと小さな音をたてて動いた小箱に、ハッと息をついた。
鍵はかけられていない。
誰もいない部屋の中を用心深く見渡して、少しばかりの罪悪感に苛まれながらイルカは思い切ってその小箱を開いた。
中身は先日小鳥が運んできた一枚の紙切れと、古びた巻物がひとつ。

「・・・・・」

紙切れに目を通すも、何かの暗号だろうか?
数行にわたって書かれている文章は、イルカが見たこともない記号で埋め尽くされていた。
ならばと古びた巻物に手を伸ばし、そっと紐解いてみる。
びっしりと書かれた文字を追う毎にざわめく胸がドクドクと嫌な音をたてた。
それは、九つの尾を持つという伝説の獣【クラマ】に関わる事が書かれた、禁書と言われるべき巻物だった。

「・・・封印・・」

呟いて、ドクリと跳ねる鼓動に胸を押さえた。
途端に疼きだす背中の傷跡が、燃えるように熱くなる。

「ーーーッ・・」

巻物を手にしたまま、イルカは二、三歩後ずさるとそのまま床へとヘタリと座り込んだ。
漸く理解した事実に呆然として巻物に視線を落とす。

イルカを攫ってきた目的ーーー。

それは、世界を統べる力を持ち、富と栄誉を導き出す【クラマ】の力を手にすること。

『オレが貰ってあげます』

そう言って笑ったカカシの顔が、脳裏をよぎる。
違う。そんな甘ったるい話なんかじゃない。

ーーー利用する・・いや、奪うためだ。

「・・・ッ・・・」

身体の中に閉じ込められたマグマが、背中の傷跡めがけ今にも噴き出しそうに熱を持つ。
熱くて熱くて火傷してしまいそうなのに、頭の中は冷水を浴びせかけられたように真っ白になる。

「・・ふっ・・ハハ・・・」

巻物を投げ出して、イルカは小さく笑った。
ここへ無理矢理連れて来られて乱暴された。
絶対に許せないと憎み、罵り、それでも何度も重ねられる温もりに、心より先に身体が慣れた。
カカシの少し怒った表情や困ったように笑う顔。
閨での蕩けそうに優しい行為と、イルカを腕に抱きながら可愛いと囁く睦言。
それら全てを、何故違うものだと自分は勘違いしたのだろう。
『本気ですから』と真摯に告げたカカシの言葉に首を振る。
ふざけるな。
あんたは力が欲しいだけだ。
イルカの中に眠る【クラマ】の強大なチャクラ。
そこまで考えて、あぁと納得した。
強固な結界に守られたあの離宮に忍び込んできた目的もきっとコレだったのだと・・・。
わかっていたはずだ。
カカシが何の理由もなしに自分を攫うはずなど無いということを。
それなのに。

どうして涙が溢れるのだろうーーー。

ボタボタと流れる涙が、力なく膝に落ちた手の甲を伝い布地に小さな染みを作る。
【クラマ】のチャクラはナルトの物だ。
たとえ仮初めの器だとしても、ナルト以外、誰にも渡すことなんて出来ない。
ズクリと痛む胸を抑えイルカは唇を噛みしめる。
震える指先で巻物に手を伸ばしクルクルと巻き直すと、小箱に戻すべく立ち上がる。
そうして、零れる涙を拭うと緩慢な動作で再びその蓋を閉じるのだった。
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1頁目

【恋は銀色の翼にのりて】
恋は銀色の翼にのりて
恋の妙薬
とある晴れた日に

【Home Sweet Home】
Home Sweet Home
もう一度あなたと恋を
夜に引き裂かれても

2頁目

【幼馴染】
幼馴染
戦場に舞う花

【白銀の月よ】
白銀の月よ
愛しい緑の木陰よ
それゆけ!湯けむり木の葉会

あなたの愛になりたい

3頁目

【その他】
Beloved One(オメガバース)
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