体がだるい。
目覚めたときからなんだかそんな気配を感じていたが、気の所為ではなかったようだ。
ズキズキと痛みを訴える額に手をやり、イルカはふうっとため息を付いた。
斜めがけにしたカバンと、腕の中の愛しい息子がさらにずしりと重みを増す。
身体の節々から感じる痛みに眉を寄せ、ぐらぐらと揺れる道を右へ左へとふらつきながら歩いた。
「……いけると思ったんだけどな」
どうやらそれは、子供の頃から健康優良児であるという自分の思い込みだったようだ。
はふぅと熱い息を吐いて、あと一息だと気持ちを奮い立たせた。
後少し。
我が家ははすぐそこだというのに、果てしなく遠いように感じる。
というか、世界はこんなに揺れていたか?
「いーっ!
「あいて…っ!!」
ぼやけてかすれる視界の中で、銀色の小さな塊から強烈な頭突きを見舞われる。
ゴツンっ! という音に、危うく意識が遠くなりかけた。
「か、勘弁してくれ」
思わず漏れた弱音に、目の前の可愛い塊がぎゅうっとしがみついてきた。
「んま〜っ」
「わかったって…ぐえ…っ…、い、家に帰ってからな」
ただでさえ意識が朦朧とするのに、ぎゅうぎゅうと首を締められて息が止まる。
もはやこれまでかと思ったところで、ようやくたどり着いた玄関の扉を開いた。
「ただいま…」
習慣で口にした瞬間、玄関先にくたりと倒れ込んだ。
てとてととおぼつかない足取りで部屋の中に入っていくサクヤを横目に、気力を奮い立たせて脚絆を解く。
身体を少し動かすだけで頭全体を金槌で殴られているようだ。
そうとう熱も上がっているのだろう。
もうダメだ。
急激な寒気と潤んだ視界に、イルカはその場で横になってしまった。
少し休めば、きっと楽になるはず。
とはいえそんなに上手く行くわけもなく、なかなか追って来ないイルカに気づいたサクヤが扉の向こう側から顔をだす。
「いー、んま〜っ」
「………ちょっと、待ってな…」
「んぅ?」
怪訝そうな顔。
うずくまったまま動かないイルカに、ぱちぱちと瞬く瞳がゆっくりと潤んでいくのがわかる。
あぁ、だめだ。
頼むから今は泣かないでくれ。
頭に響く―――
「いーっ!!」
ぱたぱたという忙しない音がして、サクヤがものすごい勢いで戻ってくるのが見えた。
そうだよな、お前は今だって歩くよりハイハイのほうが速いんだから。
呼ぶ声がどんどんと近づいて来る。柔らかい身体が横たわったイルカの上にのしかかった。
お、重い。
「いー、おっき。んまぁ」
ペチペチと顔を叩く音。
それがまた鈍く頭に跳ね返ってくる。
「わかった…わかったから」
「ふぇぇ…」
「……泣くなよサクヤ」
「んやあぁぁんっ……まんまぁ…っ!うやややぁぁぁぁんっ!!!」
暖かい塊が、顔面を塞いだ。
引き剥がそうにも軋む関節を持ち上げる気力もなく、耳元での大号泣にイルカの意識はそこで途絶えた。
*****
「よう、起きたか?」
「………イワシ……?」
お前がどうしてここに? と言う前に、自分の状況が把握しきれずにきょろきょろと視線を部屋の中へと彷徨わせた。
たしか玄関先で倒れ込んで、サクヤからの圧迫と耳をふさぎたくなるぐらいの号泣攻撃を受けたところまでは覚えている。
それがどうしてきちんと布団に寝かされて、隣にイワシが座っているのだろう。
「まだ寝てろよ」
起き上がろうとして肩口をやんわりと押された。
「サクは…?」
「しー、いまおもちゃに夢中だからよ」
あっち、というジェスチャーに目をやれば、隣室で何やらうきうきと遊んでいる我が子が見える。
重そうなおむつ。その気持ち悪さに気づかないくらい熱中しているらしい。
「どうしてここに?」
「通報があってな」
「――通報!?」
「あー、虐待とかそんなんじゃねぇよ。お前に限ってんなことするわけないってわかってっし」
当然だ。
厳しく叱ることもあるが、虐待などしたこともないしする必要がない。
「サク坊の泣き方があんまりにも尋常じゃねぇ、なんかあったんじゃねぇかって連絡があったんだよ」
イワシが駆けつけた時も、サクヤはイルカに取りすがって泣いていたという。
「大変だったんだぜ、お前から泣きわめくサク坊引き剥がすの。子供のくせにとんでもなく力が強えの。サク坊を頭に乗せて、お前をここまで運ぶのに俺がどれだけ苦労したか」
「はは…」
それは難儀なことだっただろう。
子供とは言え侮るなかれ。ぼうっとしているようでサクヤの身体能力はカカシ譲りだ。
イワシの奮闘を想像してイルカは思わず吹き出した。
「腹が減ってたみたいだったから、とりあえず鞄に入ってた煎餅をくわしてやったけど構わなかったか?」
「いつものやつだろ?」
「おう、サク坊のお気に入りな」
ご飯よりやらわか煎餅のほうが好物のサクヤだ。
機嫌が悪い時だって、アレを食べさせておくだけでご機嫌になるという貴重なアイテムのひとつ。
「ったく体調が悪いなら、さっさと言えよ」
「わり、自分の体力過信した」
「馬鹿は風邪引かねぇって?」
ヒヒヒと笑うイワシに、バカ野郎と憤慨する。
まさか自分でも、気を失うほど具合が悪いとは思わなかった。
今でも寝返りすら打てないほどの痛みに、笑いつつも熱っぽい吐息が漏れる。
「あ―…、カカシさんには」
「おう、式飛ばしておいた」
「知らせたのか!?」
思わずガバリと起き上がったイルカが、クラリと揺れた天井に頭を抱える。
「おいおい、寝てろよ」
「んでそんな余計なこと…っ」
「しょうがねぇだろ? 家に入ろうにもとんでもねぇ結界が張ってあって入れねぇし、唯一くぐり抜けられるヤマトさんははたけ上忍に同行中。しがねぇ中忍の俺にどうしろってんだよ」
火影様でも動員するのか? という呆れきったイワシの言葉にぐぬぬと唸る。
だけど、自己管理もできない自分のせいで、危険な任務についているカカシの邪魔をしたなんて失態としか言いようがない。
それでカカシが怪我をしようもんなら俺はカカシさんに申し訳が立たねぇじゃないか。
「すげぇな、あの人。超特急で結界解除の札を送ってきたぜ」
「お前な」
「いいじゃねぇか。具合がわるいときくらい頼ったって」
「イワシ…」
「サク坊はお前一人の子供じゃねぇだろ? はたけ上忍にだって面倒を見る責任がある」
「だけどな」
「背負ってるもんが違うなんて言ったらぶっ飛ばすから」
「病人相手にひでぇ」
苦笑すれば、厳しい顔のイワシに鼻先をピンっと弾かれた。
「だってそうだろ? 同じ里の忍で、俺達だって重要な任務を請け負ってんだ。外勤、内勤なんて関係ねぇよ」
お前だってわかってるはず。
そう言われて力が抜けた。
「もっと頼ってやれよ」
イルカが頑なになればなるほどあの人は寂しいはずだから。
そんなイワシの言葉に、なんだか心が軽くなった気がした。
「そうだな」
「…いー?」
声に気づいたのだろうか。
布団に横になったイルカの目線の先、わずかに開いた襖の向こう側からサクヤが顔をのぞかせていた。
「サクヤ」
「おーい、そっから出たら駄目だぞサク坊。イルカの風邪がうつっちまう……って、――おいっ!!」
「いーーーっ!!!」
襖を破る勢いで飛び込んできたサクヤに、慌ててイワシがとっ捕まえようと立ち上がる。
寸でのところで回避して、眠るイルカの上に突進してきた。
「ぐぇっ」
「うやーーあぁぁんっ!!!」
「こらっ! 離れろってサク坊! イルカが死んじまうっ!!」
「いやーの、いやぁぁぁんっ!!」
「サクヤ――ッ!!」
阿鼻叫喚である。
されるがままのイルカと必死でしがみつくサクヤ。それを引き剥がそうと引っ張るイワシ。そんな地獄絵図は「なにしてるの?」という一人の男の声でピタリと止まった。
「かー」
「ただいま、サクヤ」
「う?」
にこり。穏やかな表情のままそう口にしたカカシは、再び意識を失いそうなイルカから我が子をやすやすと引き離すと、背後に向かって放り投げた。
「しばらくお願い」
「えぇ!? うわっ! サク坊〜っ!!」
慌てて追いかけるイワシの背後でピシャリと襖が閉じられる。
布団にくたりと横たわったイルカの傍らに座り込んだカカシが、ひんやりとした掌で額に触れてきた。
「具合はどう?」
「カカシさん……あの、任務は……?」
「片付けてきましたよ」
平然と言い切ったカカシに、ぐらぐら揺れる頭で考える。
依頼した任務は確かAランク。たやすく片付けられるような任務じゃなかったはずだ。
無理をしたんじゃないか、もしかして怪我でもしていたらと、効かない鼻を引くつかせてみせる。
「先生が心配することなんてひとつもないよ」
「ほんとうに?」
イルカの気持ちを読み取ったカカシが、くすりと笑って額をくっつけてきた。
「迷惑じゃないから」
「………」
「ちゃんと頼って」
鼻先が擦り付けられて、唇に触れるだけのキス。
伝染ると慌てて塞いだ手の甲にも、優しく唇が触れた。
「……いいんですか?」
ぽつりと呟いた言葉に笑われる。
こんな時じゃないと頼ってくれないでしょと返された言葉に苦笑した。
それさっきイワシにも言われました。
よくわかってるじゃない、なんてクスクス笑いながら口にしあって。
お願いします、と伸ばした手で砂塵まみれの銀髪をくしゃりと撫ぜた。
わぁわぁと泣き叫ぶサクヤの声が気にならないわけじゃない。
それでも、なんだか嬉しそうなカカシの様子にイルカは安堵して瞳を閉じた。
次に目を覚ました時は、愛しい二人の顔が見られるだろうと思いながら。
目覚めたときからなんだかそんな気配を感じていたが、気の所為ではなかったようだ。
ズキズキと痛みを訴える額に手をやり、イルカはふうっとため息を付いた。
斜めがけにしたカバンと、腕の中の愛しい息子がさらにずしりと重みを増す。
身体の節々から感じる痛みに眉を寄せ、ぐらぐらと揺れる道を右へ左へとふらつきながら歩いた。
「……いけると思ったんだけどな」
どうやらそれは、子供の頃から健康優良児であるという自分の思い込みだったようだ。
はふぅと熱い息を吐いて、あと一息だと気持ちを奮い立たせた。
後少し。
我が家ははすぐそこだというのに、果てしなく遠いように感じる。
というか、世界はこんなに揺れていたか?
「いーっ!
「あいて…っ!!」
ぼやけてかすれる視界の中で、銀色の小さな塊から強烈な頭突きを見舞われる。
ゴツンっ! という音に、危うく意識が遠くなりかけた。
「か、勘弁してくれ」
思わず漏れた弱音に、目の前の可愛い塊がぎゅうっとしがみついてきた。
「んま〜っ」
「わかったって…ぐえ…っ…、い、家に帰ってからな」
ただでさえ意識が朦朧とするのに、ぎゅうぎゅうと首を締められて息が止まる。
もはやこれまでかと思ったところで、ようやくたどり着いた玄関の扉を開いた。
「ただいま…」
習慣で口にした瞬間、玄関先にくたりと倒れ込んだ。
てとてととおぼつかない足取りで部屋の中に入っていくサクヤを横目に、気力を奮い立たせて脚絆を解く。
身体を少し動かすだけで頭全体を金槌で殴られているようだ。
そうとう熱も上がっているのだろう。
もうダメだ。
急激な寒気と潤んだ視界に、イルカはその場で横になってしまった。
少し休めば、きっと楽になるはず。
とはいえそんなに上手く行くわけもなく、なかなか追って来ないイルカに気づいたサクヤが扉の向こう側から顔をだす。
「いー、んま〜っ」
「………ちょっと、待ってな…」
「んぅ?」
怪訝そうな顔。
うずくまったまま動かないイルカに、ぱちぱちと瞬く瞳がゆっくりと潤んでいくのがわかる。
あぁ、だめだ。
頼むから今は泣かないでくれ。
頭に響く―――
「いーっ!!」
ぱたぱたという忙しない音がして、サクヤがものすごい勢いで戻ってくるのが見えた。
そうだよな、お前は今だって歩くよりハイハイのほうが速いんだから。
呼ぶ声がどんどんと近づいて来る。柔らかい身体が横たわったイルカの上にのしかかった。
お、重い。
「いー、おっき。んまぁ」
ペチペチと顔を叩く音。
それがまた鈍く頭に跳ね返ってくる。
「わかった…わかったから」
「ふぇぇ…」
「……泣くなよサクヤ」
「んやあぁぁんっ……まんまぁ…っ!うやややぁぁぁぁんっ!!!」
暖かい塊が、顔面を塞いだ。
引き剥がそうにも軋む関節を持ち上げる気力もなく、耳元での大号泣にイルカの意識はそこで途絶えた。
*****
「よう、起きたか?」
「………イワシ……?」
お前がどうしてここに? と言う前に、自分の状況が把握しきれずにきょろきょろと視線を部屋の中へと彷徨わせた。
たしか玄関先で倒れ込んで、サクヤからの圧迫と耳をふさぎたくなるぐらいの号泣攻撃を受けたところまでは覚えている。
それがどうしてきちんと布団に寝かされて、隣にイワシが座っているのだろう。
「まだ寝てろよ」
起き上がろうとして肩口をやんわりと押された。
「サクは…?」
「しー、いまおもちゃに夢中だからよ」
あっち、というジェスチャーに目をやれば、隣室で何やらうきうきと遊んでいる我が子が見える。
重そうなおむつ。その気持ち悪さに気づかないくらい熱中しているらしい。
「どうしてここに?」
「通報があってな」
「――通報!?」
「あー、虐待とかそんなんじゃねぇよ。お前に限ってんなことするわけないってわかってっし」
当然だ。
厳しく叱ることもあるが、虐待などしたこともないしする必要がない。
「サク坊の泣き方があんまりにも尋常じゃねぇ、なんかあったんじゃねぇかって連絡があったんだよ」
イワシが駆けつけた時も、サクヤはイルカに取りすがって泣いていたという。
「大変だったんだぜ、お前から泣きわめくサク坊引き剥がすの。子供のくせにとんでもなく力が強えの。サク坊を頭に乗せて、お前をここまで運ぶのに俺がどれだけ苦労したか」
「はは…」
それは難儀なことだっただろう。
子供とは言え侮るなかれ。ぼうっとしているようでサクヤの身体能力はカカシ譲りだ。
イワシの奮闘を想像してイルカは思わず吹き出した。
「腹が減ってたみたいだったから、とりあえず鞄に入ってた煎餅をくわしてやったけど構わなかったか?」
「いつものやつだろ?」
「おう、サク坊のお気に入りな」
ご飯よりやらわか煎餅のほうが好物のサクヤだ。
機嫌が悪い時だって、アレを食べさせておくだけでご機嫌になるという貴重なアイテムのひとつ。
「ったく体調が悪いなら、さっさと言えよ」
「わり、自分の体力過信した」
「馬鹿は風邪引かねぇって?」
ヒヒヒと笑うイワシに、バカ野郎と憤慨する。
まさか自分でも、気を失うほど具合が悪いとは思わなかった。
今でも寝返りすら打てないほどの痛みに、笑いつつも熱っぽい吐息が漏れる。
「あ―…、カカシさんには」
「おう、式飛ばしておいた」
「知らせたのか!?」
思わずガバリと起き上がったイルカが、クラリと揺れた天井に頭を抱える。
「おいおい、寝てろよ」
「んでそんな余計なこと…っ」
「しょうがねぇだろ? 家に入ろうにもとんでもねぇ結界が張ってあって入れねぇし、唯一くぐり抜けられるヤマトさんははたけ上忍に同行中。しがねぇ中忍の俺にどうしろってんだよ」
火影様でも動員するのか? という呆れきったイワシの言葉にぐぬぬと唸る。
だけど、自己管理もできない自分のせいで、危険な任務についているカカシの邪魔をしたなんて失態としか言いようがない。
それでカカシが怪我をしようもんなら俺はカカシさんに申し訳が立たねぇじゃないか。
「すげぇな、あの人。超特急で結界解除の札を送ってきたぜ」
「お前な」
「いいじゃねぇか。具合がわるいときくらい頼ったって」
「イワシ…」
「サク坊はお前一人の子供じゃねぇだろ? はたけ上忍にだって面倒を見る責任がある」
「だけどな」
「背負ってるもんが違うなんて言ったらぶっ飛ばすから」
「病人相手にひでぇ」
苦笑すれば、厳しい顔のイワシに鼻先をピンっと弾かれた。
「だってそうだろ? 同じ里の忍で、俺達だって重要な任務を請け負ってんだ。外勤、内勤なんて関係ねぇよ」
お前だってわかってるはず。
そう言われて力が抜けた。
「もっと頼ってやれよ」
イルカが頑なになればなるほどあの人は寂しいはずだから。
そんなイワシの言葉に、なんだか心が軽くなった気がした。
「そうだな」
「…いー?」
声に気づいたのだろうか。
布団に横になったイルカの目線の先、わずかに開いた襖の向こう側からサクヤが顔をのぞかせていた。
「サクヤ」
「おーい、そっから出たら駄目だぞサク坊。イルカの風邪がうつっちまう……って、――おいっ!!」
「いーーーっ!!!」
襖を破る勢いで飛び込んできたサクヤに、慌ててイワシがとっ捕まえようと立ち上がる。
寸でのところで回避して、眠るイルカの上に突進してきた。
「ぐぇっ」
「うやーーあぁぁんっ!!!」
「こらっ! 離れろってサク坊! イルカが死んじまうっ!!」
「いやーの、いやぁぁぁんっ!!」
「サクヤ――ッ!!」
阿鼻叫喚である。
されるがままのイルカと必死でしがみつくサクヤ。それを引き剥がそうと引っ張るイワシ。そんな地獄絵図は「なにしてるの?」という一人の男の声でピタリと止まった。
「かー」
「ただいま、サクヤ」
「う?」
にこり。穏やかな表情のままそう口にしたカカシは、再び意識を失いそうなイルカから我が子をやすやすと引き離すと、背後に向かって放り投げた。
「しばらくお願い」
「えぇ!? うわっ! サク坊〜っ!!」
慌てて追いかけるイワシの背後でピシャリと襖が閉じられる。
布団にくたりと横たわったイルカの傍らに座り込んだカカシが、ひんやりとした掌で額に触れてきた。
「具合はどう?」
「カカシさん……あの、任務は……?」
「片付けてきましたよ」
平然と言い切ったカカシに、ぐらぐら揺れる頭で考える。
依頼した任務は確かAランク。たやすく片付けられるような任務じゃなかったはずだ。
無理をしたんじゃないか、もしかして怪我でもしていたらと、効かない鼻を引くつかせてみせる。
「先生が心配することなんてひとつもないよ」
「ほんとうに?」
イルカの気持ちを読み取ったカカシが、くすりと笑って額をくっつけてきた。
「迷惑じゃないから」
「………」
「ちゃんと頼って」
鼻先が擦り付けられて、唇に触れるだけのキス。
伝染ると慌てて塞いだ手の甲にも、優しく唇が触れた。
「……いいんですか?」
ぽつりと呟いた言葉に笑われる。
こんな時じゃないと頼ってくれないでしょと返された言葉に苦笑した。
それさっきイワシにも言われました。
よくわかってるじゃない、なんてクスクス笑いながら口にしあって。
お願いします、と伸ばした手で砂塵まみれの銀髪をくしゃりと撫ぜた。
わぁわぁと泣き叫ぶサクヤの声が気にならないわけじゃない。
それでも、なんだか嬉しそうなカカシの様子にイルカは安堵して瞳を閉じた。
次に目を覚ました時は、愛しい二人の顔が見られるだろうと思いながら。
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