紅葉に例えられる小さな掌を握りしめ眠っている。
父親譲りの銀髪が柔らかな日差しをあびてキラキラと光る。
睫毛もきらめくような白銀だ。
さくらんぼのような唇を突き出し、両手をあげた王様のポーズで眠るその姿は、見るものがつい笑んでしまうような幸せを与えてくれる。

はたけサクヤは赤ん坊である。

1日の半分は深い夢の中で過ごし、また覚醒中の大半も微睡みの中で暮らす。
だから夢と現の狭間を揺蕩っている時、くすくすと笑う声や何かを囁く様な話し声を子守唄代わりに、くうくうと安らかな寝息を漏らしている。

「・・・わ、今日はどうしたんですか?」
「んー、ちょっとあいつらと遊んでやっててね」
「また懐かしい格好を」

笑うイルカの声にピクリと銀色の睫毛を瞬かせるも、掌は握りしめたままだ。

「何か食べるものある?」
「用意しますからその間に風呂入ってください」
「もうぺこぺこで、あるもんで良いです」

ドサリと座り込む音がした。

「・・・そのままで食うんですか?」
「良いでしょ」
「そりゃ構いませんが・・・」
「ふふふ」

楽しげに笑うカカシの声に、呆れた溜息を漏らすイルカが慌ただしく台所に向かう。

「・・・よく寝てるねぇ」

ふわりと頬を撫ぜる指先の感触に、ピクンと握った掌が動く。
その様子にクスリと笑うカカシが、ただいまと囁いて優しく握りしめた掌を包んだ。

「こんなにはやく戻られるとは思わなかったんで、昼飯かたしちゃったばっかで」
「あー・・、ごめん。連絡すればよかったね」
「いえ、そういう意味じゃなく」

手際よく机の上に料理を載せたイルカが、パチンと目の間で掌を合わせた。

「残りモンばかりで申し訳ない」

目の前に並んだのは、白米と味噌汁に根菜のきんぴら、青菜の炊いたん等至ってシンプルなものばかりだ。
しかし、カカシの居ない日などはラーメンだけで過ごすイルカを知っている身とすれば、上出来な昼食である。

「構わないけど・・」
「カカシさんになんてもん食わせてんだって、どやされそうで」
「誰にどやされんのよ」

そんなこと言う奴はオレが許さないけどね。
心の中で呟いて、カカシはいただきますと箸を手に取った。
実は、カカシ自身、食にはあまりこだわりが無い。
里外に出れば兵糧丸だけで過ごすこともあるし、それすら無くなって何も口にできないことだってある。
だけど、イルカと暮らすようになってからそんな生活がどれだけ味気ないものだったか思い知るようになった。
もうあんな生活には戻れないかもしれないと、甘辛く味付けされたきんぴらを噛み締めた。
多分イルカだって、カカシやサクヤが居なければきちんとした食生活を送ってはいないだろう。
内勤とはいえ教師と受付の両方をこなすイルカの日常は意外とハードだ。
幼いころに両親をなくしたために自炊に問題ないとはいえ、疲れた身体で帰ってきて自分のために食事を作るというのが億劫なのだ。
だから、イルカが一楽に入り浸っていたというのも頷ける。

「・・なんか、粗食でスミマセン」

ゆっくりと咀嚼して飲み込むと、お茶の用意をしてくれるイルカに笑いかける。

「旨いよ」
「や・・旨いもんばっか食ってた上忍様の口に・・」
「またそんな」
「ーーーなんですか・・?」
「上忍ったって、そんな旨いもんばっかり食べてるわけじゃないですよ」
「またまた」

こうして共に暮らす前に連れて行ってくれた店の料理は、どこも眼を見張るほど旨かった。
料理は見た目も大事だというけれど、こう、見るからに違うんだよなぁ・・・と、ただこんもりと盛りつけられただけの自分の料理を見やって眉を顰めた。
よくカカシが毎回文句も言わずに食べているものだと思う。
料理ができないわけではないが、どちらかといえばそんなに言うほど好きでもない。
必要にかられて作っていただけの料理に旨いと言ってくれる恋人の優しさが嬉しかった。

「ほんとだーよ。オレはイルカ先生が作ってくれる料理が一番好きです」
「・・・嘘はいけません」
「なんで嘘だって思うの」
「だって」
「あー・・、料亭関係はアスマの行きつけだからね」

なんだかんだ言っても火影の息子だったアスマはお坊ちゃんだ。
幼い頃から普通にいきつけている店にカカシも入り浸っていただけの話なのだ。

「・・・アスマさん」
「納得した?」
「・・・まぁ・・」

そう言いながらも納得がいかない顔で曖昧に頷いたイルカに、おかわりと茶碗を差し出した。

「漬物もください」
「あ、はい」
「あ」
「・・・え・・?」

あーんと口を開けた姿に絶句して、漬物を入れた小皿を持ったまま固まった。

「・・ん?」
「な、何やってんですかッ」
「いいじゃない、偶には」
「・・やですよ、・・・そんな・・」
「誰も見てないでしょ?」

口を開けたままのカカシがそう言ってニヤリと笑う。
誂われてるとわかって、苦虫を噛み潰した顔になったイルカが、乱暴にカカシの口に突っ込んだ。

「馬鹿言ってないでさっさと食べて下さい」
「はいはーい」
「はい、は一回」
「ふふふ」

コリリと小気味良い音をたてて漬物を噛んだカカシが、ご飯をよそおうとしたイルカの手を掴んだ。

「・・・なん、ですか?」
「ねぇ、さっきから目線合わないんだけど」
「・・・・・・」

くそ。やっぱり気づかれてたかとは心の中の言葉だ。
上手くかわそうと首元に視線を合わせていたというのに、やはり相手のほうが一枚上手のようだ。

「妙に緊張してるけど、それって、オレがこんな格好だから?」
「う・・・」

図星で何も答えられない。ただでさえ綺麗な顔の男だ。
それが今日は・・・ーー。
力いっぱい眉をしかめたイルカが、居心地悪げにぷいっと顔をそむけた。

「せんせ」
「わ・・っ・・」

背けた耳元で囁かれ、振り向いた身体ごと畳に押し倒された。
ドサリと倒れこんだ隙を逃さずに、さっさと覆いかぶさってきた男の鼻をつまんで口を尖らす。

「・・・んで、急に押し倒すんですか・・」
「先生がそんな眼で見るからでしょ」

言われて一気に顔に血が昇った。
一体どんな眼で見てたというのか。

「そんな眼って・・っ」
「気になって仕方ない眼」

嬉しそうなカカシにの表情に諦めたようにため息を付いて、眼の前の巻き毛に指を絡ませた。

「・・・食欲と性欲をすり替えんで下さい」

嗜めるように唇を尖らせながら呟いた言葉に、カカシが少しだけ思案して呟く。

「昔はあんまり無かったんだけど」
「・・・え・・・っ・・」

意味がわからず問い返そうとした瞬間、唇が重なった。
ちゅっと音をたてて離れた後、深く口付けられる。
こうなったらイルカだって流されるだけではない。腕を回して引き寄せると、互いの身体をピタリと擦り付けた。

「イルカ先生と一緒だと、抑えがきかないの」
「ははっ・・上忍のくせに」
「その上忍の忍耐力も崩壊させちゃうぐらい魅力的だからね」
「すげー褒め言葉・・っん・・ッ」

頬や鼻先を触れ合わせながら、じゃれあうだけのキスを繰り返していただけなのに。
身体はどんどん熱くなって、気がついたら荒い息を吐きながらカカシに絡めた舌を貪られていた。

「・・はっ・・」

差し出した舌先と、少しだけ離れた唇の間に透明の液体が伝う。
追いかけてそれを舐めとると、カカシの頭を抱き込むようにして縋り付いた。
こんな昼日中から何をやってんだと理性が糾弾しているのに、この男が欲しいと思う。
着るものすべて取っ払って、互いの肌を重ねて混ざり合い、同じ匂いになってしまいたい。

「・・ッ・・今日は積極的だーね・・」
「んっ・・、あなたこそ」
「・・ベッドにいく?」

いつもと違う、だけど甘い声が睦言を囁いた。
熱くなる腰がゾクリと期待に切なく疼く。
喉を鳴らし、頷こうと寝室に視線をやった瞬間。
まん丸な目を更に見開いていこちらを見ているサクヤの視線とぶつかった。

「あ・・・」
「う、ぎゃあああああぁぁぁぁッ!!!!!」

イルカが何か口にする前に叫んだサクヤの声に、驚いてカカシも振り返る。

もう一度言おう。
はたけサクヤは赤ん坊である。
1日の半分は深い夢の中で過ごし、また覚醒中の大半も微睡みの中で暮らす。
今日も今日とてふわふわと、優しい声を子守唄代わりに幸せ気分で眠っていたのだ。
それが。
程よい覚醒に機嫌よく瞳を開けてみれば、見知らぬ黒ずくめの男が大好きなイルカの上に覆いかぶさっているのである。
衝撃だった。
そのあまりの衝撃に、絶叫と号泣は大音量をもって部屋中に響き渡った。

「サ、サクッ! ほら、カカシさんだぞッ!」
「ーーーイッ、テテ・・ッ!」

慌てたイルカが、自分の上に乗っかっているカカシを押しのけて黒髪のカツラを引っ張る。
こぼれ出た銀色に一瞬だけ声が止まるものの、カカシの顔を凝視したサクヤの顔がクシャリと歪んだ。

「うややぁぁぁーーーんッ!!!」
「なんでッ!?」
「眼ですよッ! 眼ッ!!」

隈取のように縁取った目元を指さし、イルカが叫ぶ。
傷を隠すために貼り付けたシールをペリペリとめくってみたものの、一向に泣きやまないサクヤを抱き上げ、イルカが眉を吊り上げて風呂場を示した。

「早くその化粧落としてきてくださいッ!」
「は、はいッ!」

わぁわぁと泣くサクヤをあやすイルカに急かされて風呂場に飛び込んだカカシは、何がなんだかわからないまま顔を洗い、瞳の色を隠すためにつけていたコンタクトを外す。
そうして漸く戻ってきた部屋の中、イルカの腕に抱かれてふぇふぇとまだべそをかくサクヤに手を差し出した。

「おいで」
「・・・う・・」

銀髪、少し暗い右眼と隠された写輪眼、そして・・・口元。
生意気にもそうやって確認し、いまだ怪しんだ表情のまま少しだけ躊躇した後おずおずと手を伸ばす。

「な、カカシさんだったろ?」
「あー」

ダメ押しにスンッと匂いを確認した後ぺたりと胸に頬を押し付けた。

「じゃ、俺片付けちゃいますからお願いします」
「はいはい」
「はい、は一回ですよ」
「ハイ」

腰に手を当てて真面目な顔でそう言ったイルカに笑って、腕の中のサクヤをあやした。

「お前も騙されるなんて、ほんとに良い出来なんだねぇ」
「う?」

実の子が騙されるぐらいなら、まだまだナルト達とも遊んでやれそうだ。
などと、まだ一つにも満たない赤子の弱い認識力に自画自賛し、手際よく片付けるイルカを背後に感じながら、畳に落ちたカツラに手を伸ばす。

「ほーら、サクヤ」

フワリと頭に乗せて、徐々に眼がまんまるになるサクヤにニヤリと笑った。

「・・・・・・ッ・・・うやぁあああーーーんッ!!!」
「ハハッ」

カカシの腕の中、拳を握りしめて身体を固くしたサクヤが驚愕したものの動けずに泣き出す。

「ーーーあんた、何してんですかッ!」

ガツン。背後から容赦無い拳骨を落としたイルカが、仁王立ちでカカシの頭からカツラを毟り取った。

「面白くてつい・・・」
「まったく、・・・困った父ちゃんだな」
「ふぇ・・・」

二人の傍に座り込んで、べそをかくサクヤの頭を撫ぜる。

「でも、たまには新鮮で良いでしょ?」
「・・・・・・」
「今度はサクヤが熟睡してる時にしましょうね」
「・・・・っ・・」

そう言って、悪戯っ子のように笑うカカシにぶつりと頬を膨らませたイルカが小さく頷いたのを、涙で潤んだ黒い瞳は見逃さなかった。
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