風も吹いていないのに、ハラリと落ちてきた一枚の葉を指先で摘んだ。
「・・・テンゾ」
聞こえてきた声色は里長たる男のもので、僅かに走った緊張を一瞬のうちに隠して目線だけを上へとやった。
「伝令かい?」
動揺する素振りは欠片だって見せたくない。
小さなプライドだと笑われようともそれが次の世代を導くものの努めだと思っているから。
なんて嘘だ。
「ちぇー。やっぱり隊長は騙せないか」
「ボクが一体どれだけあの人とツーマンセルを組んでいたと思っているんだい?」
「意外とみんな騙されるもんなんですー。この間のハヤタなんて、ビックリしすぎて腰抜かしたんだから」
誇張だとわかっているが、慌てるハヤタの姿が思い浮かんで頭が痛い。
里で采配を振るっているはずの里長がいきなり潜伏先に現れたら、何かあったかと動揺しない筈がない。
引っかかったと喜ばせるのも癪でなんとか踏みとどまったが、ヤマトとて脳裏を掠めた可能性に僅かだが反応してしまった。
「・・・この件は火影様は当然のこと、イルカさんにも報告させてもらうよ」
常に神経を尖らせていなくてはならない任務の最中に、悪戯など言語道断。
警告を匂わせて放った言葉に、楽しげだった気配が急に慌てたものに変わる。
「わっ! きったねぇ!」
バサーッ。忍びにあるまじき大きな音をたて、枝から逆さ吊りになって顔を出した暗部面に、手にした木の実を弾く。
命中する前に回避したのは流石だが、んべーっとわざわざ面を外して見せた舌がまた小憎らしい。
「サクヤ」
まったく呆れて物が言えないとはこのことだ。
だけどまだ赤ん坊の頃から面倒をみてきた子に、何故か強く出られないのも事実。
「ねぇ、母さんだけは勘弁してよ」
つまり火影になら何を報告しても構わないということか。
父親であり火影でもあるカカシによって何年も里外任務を言い渡されていたサクヤは、里へ戻ってきてからというものイルカにべったりだという噂は本当らしい。
イルカ譲りの真っ黒い瞳をキラキラ潤ませて手を合わせたサクヤに、ため息混じりに天を仰いだ。
「・・・君ってやつは」
伝令一つまともに出来ないのかと、嘆くイルカの姿が目に浮かぶ。
だけどその後に、教育的指導という名の拳骨がサクヤの頭に振り下ろされるのも。
「怒られるのやだよ」
「かわいこぶってもボクには効かないよ」
カカシとそっくりな整った顔。だけど唇を尖らせる仕草は彼が絶対にしない表情だ。
良く言えば感情表現が豊か、悪く言えば子供っぽい。
暗部屈指の実力を誇るサクヤだが、愛嬌ある性格のせいか何をしても許される事が多い。
「一度お灸を据えてもらわないとね」
「えー」
大げさに声を上げ、枝にぶら下がったまま降参とばかりに両手をあげる。
その手に握られた巻物を、ため息混じりに受け取った。
「だって明日は母さんと一緒に過ごすために色々計画たててたってのに、ちょっと行って来いの一言で駆り出されたんだよ」
ぷう。ブラブラと揺れながらも頬を膨らませていたサクヤがくるりと回って地上に降りるのを、読み終えた巻物をもとに戻しつつチラリと目線だけで確認した。
ただ足が速いと言う理由だけで、カカシがここへサクヤをよこしたわけではないことはわかっていたが。
「サクヤ」
一瞬にして変わった気配に、ピクリと身体が反応する。
「日暮れ前までには里から本隊がここへ到着する。それまでに僕らはツーマンセルであの森の中心部に潜伏している敵斥候部隊を殲滅するのが任務だ。・・・出来るかい?」
「はーい」
「・・・それと」
なんとも緊張感のない返事に呆れて。
「火影様から伝言だ」
「父さんから?」
「戻ったら、体術の修行に付き合うそうだ」
「なにそれ。俄然やる気になった」
サクヤの戦闘スタイルは音印に頼り切ったものが多い。膨大なチャクラを有する彼には仕方がないことだが、それ故疎かになった体術が唯一の弱点とも言われている。
ほんと、めちゃくちゃ心外だけど。
体術にも定評のあるカカシが修行をつけてくれるなど、願ってもない好機。
「無茶はしないでくれよ」
「――ヤマト隊長もね」
父親から譲り受けた狗面を付けたサクヤが、そう言って振り返る。
ふいに、なんとも言えない懐かしさがこみ上げてきて、高揚する気持ちを抑えるべくヤマトは小さく息を吐き出した。
「さぁ、行こうか」
*****
「はい、右」
「うわッ!」
「頑張れサクヤッ!」
「かぁさ・・」
「よそ見しない、左がガラ空きだーよ」
「―――ッ!!」
容赦ない突きに、縁側で笑いながら見ていたイルカが思わず立ち上がった。
「サクッ!」
「〜〜〜っ! 大丈夫だってッ!」
心配されるなんて格好悪い。
いつだってイルカには、頼りになる息子だって思ってて欲しい。
そう。
火影である父親に負けないくらい。
「もう一本っ!」
「お前は自分の身体能力を過信しすぎなんだよね〜」
余裕しゃくしゃくの態度が悔しい。
デスクワーク続きで身体が鈍っている、なんてぼやいていたのはどうやら自分を欺くための嘘だったんじゃないかと疑ってしまうほど。
「眼でばかり追わないで音や気配をよむ」
「いって―」
ガツガツと拳を打ち付ける鈍い音。カカシも流石にポケットに両手を突っ込んだままとは言わないが、繰り出されるサクヤの拳や蹴りを難なく交わし、着地したところを狙って足払いをかけた。
「わっ!」
倒れる直前、器用に身体を反転する。勢いのまま爪先で地面を蹴って宙へと飛び上がった。
カカシが体勢を入れ替える前に上半身を反らし、振り上げた踵を頭上めがけて勢い良く振り下ろす。
――決まった。
勝利を確信したサクヤの眼に、ニヤリと笑うカカシの顔が映った瞬間。
「遅いっ!」
「―――・・・ッ!!」
振り下ろしたはずの足が掴まれる。
そのまま思い切り地面に叩きつけられて、声にならない悲鳴が漏れた。
「それまでっ! ・・和解の印を」
制止するイルカの声とともに、印を結んだカカシの手が差し伸べられる。
渋々ながら手を差し出したサクヤに苦笑して、互いの印を結び合わせた。
*****
「お疲れさん」
「・・・」
搾りたての一杯のジュース。
さっぱりとした甘さと酸味が疲れた身体に染み渡る。
無言でコップに口をつけて飲み干したサクヤに、イルカが仕方がないなぁとでもいうような顔で頬杖を付いた。
「カカシさん相手に善戦したじゃねーか」
慰めだってわかってる。
繰り出した拳はことごとくかわされたし、カカシは少しばかり呼吸を乱しただけでさっさとまた火影業に戻ってしまった。
「なーに凹んでんだ」
じわり。潤んだ目を向ければ、仕方がないなぁとばかりにくしゃりと髪を撫ぜられた。
「子供相手に容赦しないとか信じられないよ」
「ハハッ」
思わずついた愚痴は甘えだって自覚してる。
少しでもカカシが手を抜いたなら、多分言い様のない悔しさを爆発させただろうから。
だけど暗部随一と謳われている実力を、イルカの前で見せたかった。
「お前が強いって、俺はちゃーんと知ってるよ」
「・・・?」
だから何やら含みをもたせた物言いに、しょんぼりと机に落としていた顔を上げれば「内緒だけどな」と、イルカが唇の前で人差し指をたてた。
「カカシさんな、ここんとこ火影業の合間をぬってはガイ先生と体術鍛錬に明け暮れてたらしい」
「ガイさんと?」
「そっ。休む暇もないくらい忙しいくせに」
マイト・ガイといえば、カカシをも凌ぐと言われるほどの体術のスペシャリストだ。
「・・・それって」
「わかんねぇか?」
眼をパチパチとさせるサクヤに、イルカがいたずらっ子のような表情でニヤリと笑う。
「あの人、意外と負けず嫌いなんだよ」
「・・・テンゾ」
聞こえてきた声色は里長たる男のもので、僅かに走った緊張を一瞬のうちに隠して目線だけを上へとやった。
「伝令かい?」
動揺する素振りは欠片だって見せたくない。
小さなプライドだと笑われようともそれが次の世代を導くものの努めだと思っているから。
なんて嘘だ。
「ちぇー。やっぱり隊長は騙せないか」
「ボクが一体どれだけあの人とツーマンセルを組んでいたと思っているんだい?」
「意外とみんな騙されるもんなんですー。この間のハヤタなんて、ビックリしすぎて腰抜かしたんだから」
誇張だとわかっているが、慌てるハヤタの姿が思い浮かんで頭が痛い。
里で采配を振るっているはずの里長がいきなり潜伏先に現れたら、何かあったかと動揺しない筈がない。
引っかかったと喜ばせるのも癪でなんとか踏みとどまったが、ヤマトとて脳裏を掠めた可能性に僅かだが反応してしまった。
「・・・この件は火影様は当然のこと、イルカさんにも報告させてもらうよ」
常に神経を尖らせていなくてはならない任務の最中に、悪戯など言語道断。
警告を匂わせて放った言葉に、楽しげだった気配が急に慌てたものに変わる。
「わっ! きったねぇ!」
バサーッ。忍びにあるまじき大きな音をたて、枝から逆さ吊りになって顔を出した暗部面に、手にした木の実を弾く。
命中する前に回避したのは流石だが、んべーっとわざわざ面を外して見せた舌がまた小憎らしい。
「サクヤ」
まったく呆れて物が言えないとはこのことだ。
だけどまだ赤ん坊の頃から面倒をみてきた子に、何故か強く出られないのも事実。
「ねぇ、母さんだけは勘弁してよ」
つまり火影になら何を報告しても構わないということか。
父親であり火影でもあるカカシによって何年も里外任務を言い渡されていたサクヤは、里へ戻ってきてからというものイルカにべったりだという噂は本当らしい。
イルカ譲りの真っ黒い瞳をキラキラ潤ませて手を合わせたサクヤに、ため息混じりに天を仰いだ。
「・・・君ってやつは」
伝令一つまともに出来ないのかと、嘆くイルカの姿が目に浮かぶ。
だけどその後に、教育的指導という名の拳骨がサクヤの頭に振り下ろされるのも。
「怒られるのやだよ」
「かわいこぶってもボクには効かないよ」
カカシとそっくりな整った顔。だけど唇を尖らせる仕草は彼が絶対にしない表情だ。
良く言えば感情表現が豊か、悪く言えば子供っぽい。
暗部屈指の実力を誇るサクヤだが、愛嬌ある性格のせいか何をしても許される事が多い。
「一度お灸を据えてもらわないとね」
「えー」
大げさに声を上げ、枝にぶら下がったまま降参とばかりに両手をあげる。
その手に握られた巻物を、ため息混じりに受け取った。
「だって明日は母さんと一緒に過ごすために色々計画たててたってのに、ちょっと行って来いの一言で駆り出されたんだよ」
ぷう。ブラブラと揺れながらも頬を膨らませていたサクヤがくるりと回って地上に降りるのを、読み終えた巻物をもとに戻しつつチラリと目線だけで確認した。
ただ足が速いと言う理由だけで、カカシがここへサクヤをよこしたわけではないことはわかっていたが。
「サクヤ」
一瞬にして変わった気配に、ピクリと身体が反応する。
「日暮れ前までには里から本隊がここへ到着する。それまでに僕らはツーマンセルであの森の中心部に潜伏している敵斥候部隊を殲滅するのが任務だ。・・・出来るかい?」
「はーい」
「・・・それと」
なんとも緊張感のない返事に呆れて。
「火影様から伝言だ」
「父さんから?」
「戻ったら、体術の修行に付き合うそうだ」
「なにそれ。俄然やる気になった」
サクヤの戦闘スタイルは音印に頼り切ったものが多い。膨大なチャクラを有する彼には仕方がないことだが、それ故疎かになった体術が唯一の弱点とも言われている。
ほんと、めちゃくちゃ心外だけど。
体術にも定評のあるカカシが修行をつけてくれるなど、願ってもない好機。
「無茶はしないでくれよ」
「――ヤマト隊長もね」
父親から譲り受けた狗面を付けたサクヤが、そう言って振り返る。
ふいに、なんとも言えない懐かしさがこみ上げてきて、高揚する気持ちを抑えるべくヤマトは小さく息を吐き出した。
「さぁ、行こうか」
*****
「はい、右」
「うわッ!」
「頑張れサクヤッ!」
「かぁさ・・」
「よそ見しない、左がガラ空きだーよ」
「―――ッ!!」
容赦ない突きに、縁側で笑いながら見ていたイルカが思わず立ち上がった。
「サクッ!」
「〜〜〜っ! 大丈夫だってッ!」
心配されるなんて格好悪い。
いつだってイルカには、頼りになる息子だって思ってて欲しい。
そう。
火影である父親に負けないくらい。
「もう一本っ!」
「お前は自分の身体能力を過信しすぎなんだよね〜」
余裕しゃくしゃくの態度が悔しい。
デスクワーク続きで身体が鈍っている、なんてぼやいていたのはどうやら自分を欺くための嘘だったんじゃないかと疑ってしまうほど。
「眼でばかり追わないで音や気配をよむ」
「いって―」
ガツガツと拳を打ち付ける鈍い音。カカシも流石にポケットに両手を突っ込んだままとは言わないが、繰り出されるサクヤの拳や蹴りを難なく交わし、着地したところを狙って足払いをかけた。
「わっ!」
倒れる直前、器用に身体を反転する。勢いのまま爪先で地面を蹴って宙へと飛び上がった。
カカシが体勢を入れ替える前に上半身を反らし、振り上げた踵を頭上めがけて勢い良く振り下ろす。
――決まった。
勝利を確信したサクヤの眼に、ニヤリと笑うカカシの顔が映った瞬間。
「遅いっ!」
「―――・・・ッ!!」
振り下ろしたはずの足が掴まれる。
そのまま思い切り地面に叩きつけられて、声にならない悲鳴が漏れた。
「それまでっ! ・・和解の印を」
制止するイルカの声とともに、印を結んだカカシの手が差し伸べられる。
渋々ながら手を差し出したサクヤに苦笑して、互いの印を結び合わせた。
*****
「お疲れさん」
「・・・」
搾りたての一杯のジュース。
さっぱりとした甘さと酸味が疲れた身体に染み渡る。
無言でコップに口をつけて飲み干したサクヤに、イルカが仕方がないなぁとでもいうような顔で頬杖を付いた。
「カカシさん相手に善戦したじゃねーか」
慰めだってわかってる。
繰り出した拳はことごとくかわされたし、カカシは少しばかり呼吸を乱しただけでさっさとまた火影業に戻ってしまった。
「なーに凹んでんだ」
じわり。潤んだ目を向ければ、仕方がないなぁとばかりにくしゃりと髪を撫ぜられた。
「子供相手に容赦しないとか信じられないよ」
「ハハッ」
思わずついた愚痴は甘えだって自覚してる。
少しでもカカシが手を抜いたなら、多分言い様のない悔しさを爆発させただろうから。
だけど暗部随一と謳われている実力を、イルカの前で見せたかった。
「お前が強いって、俺はちゃーんと知ってるよ」
「・・・?」
だから何やら含みをもたせた物言いに、しょんぼりと机に落としていた顔を上げれば「内緒だけどな」と、イルカが唇の前で人差し指をたてた。
「カカシさんな、ここんとこ火影業の合間をぬってはガイ先生と体術鍛錬に明け暮れてたらしい」
「ガイさんと?」
「そっ。休む暇もないくらい忙しいくせに」
マイト・ガイといえば、カカシをも凌ぐと言われるほどの体術のスペシャリストだ。
「・・・それって」
「わかんねぇか?」
眼をパチパチとさせるサクヤに、イルカがいたずらっ子のような表情でニヤリと笑う。
「あの人、意外と負けず嫌いなんだよ」
スポンサードリンク