ヒラヒラと飛んできた式に手を伸ばした。

『テンゾウ、いまどのあたり?』
『里に到着次第連絡を』

里外にいるときから受け取り続けてこれで三通目だ。
盛大な溜息を付きながら掌の上で一枚の紙へと変化したそれに視線を落とせば、らしくもなく乱れた筆跡に目を見張った。
書かれている言葉もらしくない。

『そろそろ到着する頃でしょ。向かわせたから後はよろしく』

書きなぐったとしか思えないその文字は、何に慌てているのかと訝しむほどだ。なぜならヤマトの知る彼は、普段ならこんなふうに乱れた字を書く人ではない。
それに・・・。
主語が抜けているじゃないか。
何のことだかおおよその見当はつくものの、その予感が外れることを願って手の中の式を握りつぶしたくなった。
しかし、現実とは悲しいもので、ヤマトの気持ちとは裏腹に物事は確実に前へ進んでいるのである。

「・・・・・」

目の前から、やけに大きな犬がやってくる。
それは紛うことなくヤマトの尊敬する男が使役する忍犬で、名前はそう、ブルだったか。
周りを威嚇するような風貌。どっしりとした見た目そのままにのそりのそりと近づくその上には―――。
太陽の光を浴びてキラキラと光る銀髪が眩しい。父親そっくりだと噂のカカシの子供は、忍犬の背中にちょこんと跨ってフラフラと前後に揺れている。
頭が重いからな・・。
危なっかしい、そんなことを思った矢先だった。ブルがふいに顔を下げたせいで、背中の子供が前に転がり落ちそうになったのは。

「あぶな・・――ッ!!」

思わず声が出たのは、忍犬の首輪のせいだ。
強面に似合いの首輪には、先の尖った鋭い鋲が埋め込まれている。そんなもので眼でも刺したらとんでもないことになるじゃないかと駆け出せば、子供は忍犬のたわんだ皮膚をにぎりしめ、すんでのところで持ちこたえた。

「うやん」
「ワフッ」

忍びの子供なのだから少々の怪我は笑い飛ばせるのだろうが、やはり目の前での負傷となると(カカシに)何を言われるかわかったもんじゃない。それにもう片方の親であるイルカがどれほど悲しむだろうと思うと、何故か暗部所属の者たちは皆落ち着かない気分になるのだ。不思議だけどね。

「あーっ! ヤマ―っ!」

慌てさせた本人と言えば、駆け寄ったヤマトを見つけて嬉しそうに両手を上げる。

コロリ。その勢いで後ろに転がった幼い身体に、それこそ仰天して再び手を伸ばした。
「サクヤ・・―――ッ!!!」 

間一髪、滑りこんでキャッチする。驚いたようにキョトンとした子供は、転がり込んだ腕の中で嬉しそうに声をあげて笑った。

「ヤマ―」
「・・・手を離しちゃ危ないよ、サクヤ」
「う?」

ほーっと息をついて嗜めるヤマトの目の前に、ブルがずいっとその厳つい顔を近づけてきた。

「ひっ!!」
「ぶうー、めぇ!」

穏やかな犬種とはいえ間近では直視できない恐ろしい顔だ。声が出たのは何もヤマトの肝が小さいわけではない。

「ガウウ」
「・・・・?」

グイグイと鼻先を押し付ける仕草に少々戸惑いながら首輪を見ると、手紙が巻きつけてあるのに気づいた。

「ガウ」
「僕宛かい?」
 
返事の代わりに鼻を鳴らしたブルの首輪から巻きついた紙を引き抜くと、そこにも乱れたカカシの字が踊っている。

『先生が病気だから世話は任せる。詳細はリュックを見て』

一瞬の沈黙の後、腕の中の子供と手紙を見比べた。
つまりは・・・。

「う?」

荷物をぱんぱんに詰め込んだリュックを背負った子供にガックリと項垂れた。
酷い。
酷すぎますよ、センパイ。
任務帰りの後輩を捕まえて子供の面倒をみろなんて、あんまりじゃないですか。
しかも今回の任務はかなりハードだった。疲れ果てて里に戻ってみればこの仕打ちかと、愚痴を零そうにも当人であるカカシはここにはいない。
ましてや幼児相手に愚痴ることなど・・・。

「・・・・はぁ・・・」

この任務が終われば暫くぶりの休暇だった。他里まで珍しい建築物でも見に行こうと楽しみにしていた計画は、脆くも崩れ去ったというわけだ。

「・・・・・」

一体何日預かれば良いのだろう。
言いたくはないが、未だ独身を謳歌している身である。
子供の相手は七班が初めてで、こんな赤ん坊だが幼児だかわからないようなふにゃふにゃした生き物の世話などしたこともないのだ。

「ヤマ―?」
「・・・・・」

やれやれだな。
ヤマトの気持ちなど知る由もないサクヤが伸び上がって首を傾げる。その姿はとても愛らしいのに、それだけではなんとも心の靄は晴れそうもない。

「キミも災難だけどね」
「う?」

子供の面倒などみたこともないような僕に預けられて、と。苦笑いを返しながらも我が身に降り掛かった不幸を呪った。



*****



「・・・珍しい組み合わせっすね」

左腕に幼児、足元には大型の忍犬を従えて報告所にやってきたヤマトを見て、イワシは開口一番そういった後「あぁ」と頷いた。

「お疲れ様です」

労りの言葉は、任務帰りの忍びにかけられるもの以外の意味合いが含まれていることなどわかっている。

「よろしく」
「お預かりします」
「わしーっ」
「ようっ、サク坊。ヤマトさんと一緒でご機嫌だな」
 
抱っこしろと手を伸ばすサクヤを軽くいなして書類に眼を走らせる。こう見えて仕事のできる男は、素早く確認した後手慣れた手つきで判を押した。

「一昨日ここでぶっ倒れちまったんで」

ふいに紡がれた言葉に一瞬何のことかと問い返そうとして、いつもここに座っている受付嬢のことだと気づく。

「風邪ひいて具合悪いのも言わねぇから無理させちまって」
「だろうね」

仕事熱心なのは良いことだが、キャパ以上の仕事を抱え込む姿勢はいただけない。
しかし、受付が常日頃から深刻な人手不足なのは事実で、アカデミー教師であるイルカの手を借りなければいけない事情も否定出来ないのだが。

「急いではたけ上忍に式を飛ばしたのは俺っす」
「・・・・・」
「あっという間に任務を片付けて戻られた日には、受付中が拍手喝采でしたよ」

そりゃ何が何でも戻ってくるだろう。
どういった経緯でそうなったかわからないが、子供までつくるほどイルカにベタ惚れのカカシだ。
勿論任務も疎かにしないところが彼の褒められるべきところなのだが、至る所で面倒を被っている者が居ることも忘れてほしくない。
そう、この僕のようにね。

「ヤマ―・・・」

ゴソゴソと胸元を探られて、腕の中をみやる。

「・・・なんだい? サクヤ」
「腹減ってんじゃないっすか?」
「あう」
 
その通りだと言わんばかりに黒い瞳がキラキラと瞬く。
カカシに瓜二つだと言われるサクヤだが、こうしてみるとイルカにもよく似ている。

「そう言われてもね・・」

任務帰りだというのは横においても、幼児が食べられそうな物をヤマトが持っているわけもない。

「リュックの中になんか入ってんじゃないっすか? あー、サク坊。腹減ってるなら煎餅があるぞ」
「う?」
「好きだろ?」

赤ん坊の絵が描かれた包装紙を見せられて、ぱあっと表情が輝く。

「わしー!」

ぷくぷくした手を伸ばすサクヤに煎餅を握らせたイワシが、いい子だなと頭を撫ぜた。

「で、はたけ上忍なんすけど」
「・・・嫌な予感しかしないな」
「ハハッ。そう言わずに」

渋面をつくったヤマトに思わずイワシが吹き出した。
尻拭いとは言葉が悪いが、直属の後輩であるヤマトにとばっちりがくるのは目に見えている。

「溜まっていた休暇を纏めて申請されたので、里は今、任務の振り分けに猫の手も借りたいほどなんす」
「だろうね」
「五代目様からは、カカシの任務は全部ヤマトに任せちまいなっ!・・と・・」
「おいおい、ちょっと待ってくれないか」

思わず口をはさんだ。
この任務が終われば、短いが休暇が与えられるはずだったのだ。
それを楽しみに戻ってきたというのに、カカシの代わりに任務などとてもじゃないが身体が持たない。
それに。任務もそうだが、今のヤマトにはさらに大きな役目がある。

「そう言われると思ってました」

チラリと腕の中で煎餅を齧っているサクヤをみたイワシが、まぁまぁと手で制した。

「流石にそれではあんまりだと受付で話し合いまして、はたけ上忍の任務依頼は手の空いた上忍へ既に振り分け済みです」

ご安心を、と。マイト・ガイを真似てイワシが親指をたてる。

「助かるよ」
「んまぁ、こうなることは目に見えてたんでね」
「え?」
「サク坊預けられんのは誰だって賭けで、俺らヤマトさんに賭けたんすよっ! お陰で高級牛肉ゲットっす」
「・・・キミタチね・・」

呆れて言葉も出ない。
絶対そうなると思ってたと喜ぶイワシの前でガックリと肩を落とした。元締めは間違いなく五代目である綱手だとわかるから表立って文句は言えないが、あんまりじゃないか。

「んーーー・・」
「・・・どうかしたのかい? サクヤ」

返事もしないサクヤが小難しい表情のまま腕の中で眉間にシワを寄せる。心なしか顔も少し赤いような気がして、先程聞いたイルカの風邪を思い出した。
もしかしたらサクヤにもうつっているかもしれないと、一気に青ざめて。
ぷわんと鼻先をくすぐった臭いに固まった。
臭い。
もしかしなくてもこれは・・・。

「う、はぁー」

スッキリした表情のサクヤが、一息つくと手に持ったままの煎餅を再び口に頬張った。

「・・・サクヤ・・? キミまさか・・・」
「あ――、ヤマトさんっ! あんま動かさないほうが良いんじゃ・・・」
「え?」
「いや、はみ出して困るのはヤマトさんじゃねぇかと・・・」
「なんだって・・・?」

何がはみ出すのか教えてくれ。
いや、知りたくなんかない。

「えーっと、報告書に不備はありません。任務お疲れ様っす!」
「ちょ、ちょっとイワシくん・・っ」
「サク坊、またな。次の方~っ!! こっち空いてます~っ!!!」

手を振るイワシにご機嫌でサクヤも手を振り返す。
腕の中の小さな塊が身動きするたびに、イワシの「はみ出す」という言葉が頭の中を駆け巡り、らしくもなく慌てた。
勘弁してくれ。
ボクはまだ、子供をもつどころか結婚すらしていないというのに。
こんもりしたオムツに恐怖を感じたまま、何だか泣きたい気持ちになってヤマトはぐっと奥歯を噛み締めるのだった。



*****



「はたけサクヤ初めてのお泊り」は二日目の朝を迎え、号泣する子供にどうして良いか解らずヤマトは盛大なため息を付いた。

驚愕のおむつ交換から、食事の世話。
イルカ恋しさに愚図りだしたサクヤをブルと一緒に宥めながらお風呂に入れて、漸くヤマトが横になれたのは日も暮れた頃だ。
考えてみれば、子育てなんてものは可愛いだけじゃ済まされない。
Aランク任務よりももっと疲弊するかもしれない子守に、毎日子供と接しているイルカの苦労を思う。
まぁ、自分の子供なのだから気持ちは多少違うかもしれないが、心身ともに疲れることは間違いない。だってコレが毎日なのだと思うと心底ゾッする。
任務帰りということもあり、心底疲れきったヤマトはすやすやと寝息をたてる子供の顔を見つめながら、不覚にも寝落ちしてしまったのだ。
パチパチと頬を叩かれて目覚めてみれば、覗き込むのは思わず微笑んでしまうほどの可愛い顔だった。

「ヤマ―」
「あぁ、サクヤ。起きたのかい?」
「あう」
「・・・まだ六時じゃないか・・」

もう少し寝させてくれないかと言いかけて、キョロキョロと辺りをも見渡す子供の不安そうな顔に起き上がった。

「いー、っこ? 」
「・・イルカ先生かい?」
「あう」
「ここは僕の家で、イルカ先生はいないよ」
「う?」

言ってもわからないと思いつつそう答える。
案の定、可愛らしく小首を傾げた子供は、不安げな表情のままぺたぺたと這いずって大好きなイルカを探し始めた。

「イルカ先生は病気で、家で休んでいるんだ」
「んー?」
「あぁ・・、病気で寝てるって言えばわかるかな?」
「いー、ねんね?」
「そう。だから治るまでキミはここで大人しくしているんだ」
「やーの。サク、えるーのっ」
「うつるかもしれないから駄目だよ」
「ヤマ、やーのっ!」
「嫌でもしかたがないだろう? お願いだから我儘は言わないでくれないかい」
「ぷーっ」

幼児に我儘もクソもないが、任された以上責任がある。
ふくれっつらのサクヤを前に、苦笑しながら手を伸ばした。

「ヤマやーの。きやいーー」
「はいはい。嫌ってもらって結構だよ。でも家に帰すわけにはいかないから」

諭すように伝えれば、悲しそうな顔で俯いた。

「・・・かー・・」
「先輩も看病で忙しいそうだから、キミを迎えには来てくれない」
「うやーんっ!」
「泣いても駄目なものは駄目だよ」
「うややーんっ!!!!」

バタン。床に倒れ込んでさめざめと泣いたかと思えば、ひっくり返っての大号泣である。今まで見守っていたブルがのそりと起き上がって、涙に濡れたサクヤの頬をべろりと舐めた。

「ガウ」

泣かせたな、とでも言うような睨めつける瞳がなんとも恐ろしい。
賢い忍犬達だが、8匹ともサクヤを溺愛しているのは知っている。

「うぇえっ・・・ぶうー・・やーのっ!! うやーんっ!!」
「クゥン」
「ヤマ、めぇーっ!」

号泣しながらすいっと伸ばされた指先が、やっちまえと指示を出す。

「ガルルルッ」

一気に臨戦態勢になった忍犬に、ちょっと待てと後ずさった。
ブルが本気でやりあうとは思わないが、万が一のことがあっては上忍宿舎に甚大な被害が及ぶ。

「わ、分かった。少し様子を窺うだけだよ。イルカ先生の具合が悪かったらまたここへ戻ってくるんだ。良いね?」
「あう」

ベソをかきながら頷いたサクヤにホーッと息を付いた。
だから。
ニンマリ。垂れ下がった忍犬の皮膚に顔を押し付けたサクヤが「してやったり」と笑ったのを、困り果てて肩を落とすヤマトが気づくハズもなかった。



*****



木造建築の家屋はヤマトにとって庭のようなものだ。
そこかしこにトラップが仕掛けてあるものの、その隙間を掻い潜って入り込んだ天井裏からそっと部屋の中を窺った。

『寝てなきゃだめでしょ、せんせ』
『・・ずっと寝ているのも退屈なんですよ』

気怠げな声。
報告所で倒れたと聞いたが、起き上がれるほどに快復した姿を見てホッとした。
ベッドの上に上半身だけを起こしたイルカの傍へカカシが駆け寄ると、そっと額に手を当てる。

『ほら、まだ熱いじゃない』
『もう大丈夫です』
『だーめ。ちゃんと熱を測りましょう』
『や・・・熱・・あがる・・』
『どうして?』

とんでもなく甘い声。暗部連中が耳にすれば白目を剥いて卒倒しそうなくらいだ。

『だって、・・・カカシさんが触るから・・・』
『触るって、こんなふうに?』
『・・・んっ・・・』

いきなり聞こえた艶っぽい声にギクリとした。
熱を測るだけで何をやっているのかと覗き込んでみれば、はだけた着物から見える鬱血の痕に天を仰いだ。
病人相手に何やってんですかセンパイ・・・。
以前、図らずも垣間見てしまった二人の情事が思い出されて、思わず身体が熱くなる。
ギャップというのだろうか。普段は爽やかで、どちらかと言うと男っぽいイルカの色めいた姿は、今も脳裏に焼き付いて離れない。
いや、思い出してはいけないっ!!僕は何も見なかった・・・!

「いー・・・モゴッ!」

忘れられそうもない艶事を振り払っていたヤマトの腕の中で、今まで大人しくしていたサクヤが発した声に慌てて口を塞いだ。

『・・・サク・・・?』
『どうしたの?』
『いま・・サクの声が・・っ・・』
『気のせいだーよ。サクヤはちゃんと信頼できるヤツに預けてあるから』

チラリと天井に視線が投げかけられる。
バレたのか、最初から気づいていたのかは確認しようもないが、カカシは天井裏に忍び込んだ無粋な輩を追い出そうとする気はないらしい。

『信頼できるって・・ヤマトさんでしょ』
『知ってたの?』

頷くイルカに、フンと鼻を鳴らした。

『イルカ先生は余計なことを気にせずに、ゆっくり休んでいれば良いんです』
『でも・・、お忙しい方なのに迷惑をかけては・・』
『いーの、いーの。あいつの面倒は今までオレが見てきたんだから。それより、ちゃんと熱を測りましょう』
『・・あっ、・・・そこや・・』

たかが体温を測るところを見るだけで、何故こんなにいたたまれない気持ちになるのだろう。
さっさと体温計を脇に挟めば良いものを、無抵抗なイルカを良いことにあらぬところに先端を滑らすカカシに頭が痛い。

『動いちゃだめだよ、じっとしてて』
『んっ・・だって・・』

体温計を確認したカカシの表情が曇り、まだ熱は高いのだと知る。

『水枕を変えてくるから、先生は横になってて』
『あ、・・』

立ち上がろうとするカカシの袖を、イルカが思わずと言った風に指先で掴んだ。
病で気が弱くなるとは言うが、そんな仕草を見せられてはたまったものじゃないだろう。
無意識でカカシを煽っているのだから、余計に質が悪いと頭を抱えた。

『なぁに・・?』
『いえ・・あの・・・すみません』

焦って手を離すイルカを捕まえて、ぐったりとした身体を抱き寄せた。
普段は気丈に振る舞っている相手から甘えられるのが嬉しくて仕方ないらしく、イルカの具合が悪いと言うのに浮かれているのが手に取るようにわかる。

『あー・・なんだか新鮮ですねぇ』

こんなにだらしない顔は、イルカ以外きっと他の誰にも見せたことはないだろう。
緩みきった頬を隠しもせずに、熱い息を吐くイルカの顎に手を添えて持ち上げた。

『・・・・・』

唇に触れるだけのキスに、緩く頭を振るイルカの頬を両手で包み込む。

『ダメです』 
『どうして?』
『・・・カカシさんにうつしちまう・・』
『うつしてもいいよ』

そう言って指先が頬を滑り、長い黒髪を撫で付けて愛おしむような口付け。
背中に回されたイルカの手が、ぎゅうと服を掴む。

『・・んぅ・・―――・・・っ・・』

独り身の寂しさだろうか。
互いが大事だと見せつけられているようで、何だか悔しい気持ちになった。
こんなにお熱い様子では、イルカの風邪が完治するのはまだ暫くかかるだろう。

「んちゅー」

腕の中で唇を尖らす幼子の声に、ふと我に返って目隠しをする。

「・・キミは見ちゃダメ」
「うやん」

サクヤをここへ帰すのも、もう少し先になりそうだと途方にくれて。

「まったく」

やれやれだなと、心のなかで呟いた。


そんな木遁上忍の受難は、はじまったばかりである―――。
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