その場面に出くわしたのは本当に偶然だった。
たまたま別の上忍を探して訪れた待機所で、四方をくノ一に囲まれているカカシを見かけたのだ。
さすがエリート。他里のビンゴブックにも名を連ねるコピー忍者のはたけカカシともなれば女にもモテモテだな。なんてやっかみと羨望半々の眼差しを向けて立ち去ろうとしたイルカは、何かに縋るようなカカシの視線に気づいて足を止めた。
顔の殆どを隠しているカカシは、その表情を窺い知ることは難しい。
それなのにどうしてだろう。
彼が心底困惑しているように見えたのは。
「―――はたけ上忍?」
気がつけば、思わず名前を呼んでいた。
その時のカカシの安堵したように綻んだ目元に、なぜだか胸が小さく跳ねるのを感じたのだ。
「はい」
くノ一達にごめんねと謝りながらもこちらへやってくる姿にトクトクと胸が鼓動を打つ。
「あ・・、いえ・・この任務なんですが・・」
「どれ?」
気づけば別の上忍に割り振るはずの任務依頼書をカカシに見せる始末だ。
「・・・・・?」
「あっ、ち・・違いましたよねっ! アハハハハ・・」
首を傾げたカカシに、慌てふためきながらもおもいっきり不審な笑い声をあげる。
だけどその意図を読み取ってくれたカカシに、耳元で小さくありがとうと囁かれて。
落ち着いた少し甘めの優しい声と、困ったような照れ笑い。
その瞬間、まるで空に投げ出されたように俺は恋に落ちたのだ。
*****
狭い部屋の中に鎮座して、黙々と本を読んでいるカカシをチラリと横目で見やった。
彼がここで休暇の大半を過ごすようになってもう随分と経つ。
あの日からなんとなく二人で会話を交わし、食事をし、身体を重ねるまでの仲になった。
だけどこの家でリラックスしている素振りをしながらも、カカシが何かを警戒するように神経をとがらせているのがわかる。
それはけして彼が戦忍だからというわけではない。
「・・・・・」
目の前の答案用紙に眼を走らせながら、資料室で見つけたカカシの父親の記事を思い出した。
木の葉の白い牙。誰もが知ってるその通名の忍びがカカシの父親だ。
伝説の三忍よりも火影に近い男とされながらも、自ら死を選んだ悲しい人。
今ならば、彼の行いは讃えられこそすれ非難されるはずもなかったものをと思うとやりきれない。
コツンと手にした鉛筆を置き、本に眼を走らせるカカシに向かい手を伸ばす。
ほら、また警戒してる。
ピリリと張り詰めた神経が、こちらにまで伝わってくるようだ。
父親が、自ら命を絶った現実に向き合うのはどれほどの衝撃だろう。
悲しみだろう。
痛みだろう。
嘆きだろうか。
その掌は、カカシの髪を撫で手と手をつなぎ、優しく抱きしめたばかりだったやもしれないのに。
だから彼は今も自らに向けられる愛情を疑うのだ。
暖かな手が、次の瞬間には冷えた肉塊へと変わるのを恐れて。
「カカシさん」
「ん――?」
何気なさを装って、気のない返事をするカカシの傍までゆっくりと近づいた。
「・・触ってもいいですか?」
銀髪に触れる一歩手前でそう尋ねた。
少しだけ目を見張って、それから目尻が下がった微笑みに胸が締め付けられる。
優しい人。
強い人。
だけど寂しい人。
甘えるように擦り付けられた髪を撫ぜ、座り込んだカカシの膝の上に身体ごと乗り上げた。
「どうしたの? イルカ先生」
「なんでもありません」
ぎゅうと抱きしめて、その広い背中を撫ぜる。
僅かに戸惑ったカカシの手が、遠慮がちにイルカに触れるのが悲しい。
「今日の晩飯はサンマにしましょうか」
「いいですね」
「味噌汁の具は茄子です」
「オレの好きな物ばかりだーね」
「ちょっと奮発していい酒も呑みましょう」
「・・・何かいいことでもありましたか?」
ククク。耳元で聞こえる楽しげな笑い声にゆっくりと身体を離して、自らの生まれた日すら頓着しない恋人の頬を抓った。
「・・・・?」
「痛いですか?」
「まぁ・・そこそこは」
「これは?」
「・・せんせっ・・?」
抓った指で頬を撫ぜ、軽く啄むだけのキスをする。
されるがままのカカシが少しだけ不思議そうな顔をするのに笑って、頬を擦りあわせた。
「良い事ありましたよ」
「なぁに?」
擽ったそうに首をすくめるカカシの耳元で「まだ秘密です」と呟いた。
今日は、カカシが好きなものをつくって二人で酒を酌み交わそう。
甘いケーキは喜ばないだろうから、とびきり旨い酒を用意するのだ。
恥ずかしいけれど誕生日の歌でも歌おうかな。
こんな家業だからお互い約束はできないけれど「これからもずっとよろしく」と、そう言ったらカカシはどんな顔をするだろう?
笑うだろうか。
いつものように、少しだけ困った顔をするかもしれない。
それでも。
あなたに会えて嬉しい。
生まれてきてくれてありがとうと、伝えたいから。
たまたま別の上忍を探して訪れた待機所で、四方をくノ一に囲まれているカカシを見かけたのだ。
さすがエリート。他里のビンゴブックにも名を連ねるコピー忍者のはたけカカシともなれば女にもモテモテだな。なんてやっかみと羨望半々の眼差しを向けて立ち去ろうとしたイルカは、何かに縋るようなカカシの視線に気づいて足を止めた。
顔の殆どを隠しているカカシは、その表情を窺い知ることは難しい。
それなのにどうしてだろう。
彼が心底困惑しているように見えたのは。
「―――はたけ上忍?」
気がつけば、思わず名前を呼んでいた。
その時のカカシの安堵したように綻んだ目元に、なぜだか胸が小さく跳ねるのを感じたのだ。
「はい」
くノ一達にごめんねと謝りながらもこちらへやってくる姿にトクトクと胸が鼓動を打つ。
「あ・・、いえ・・この任務なんですが・・」
「どれ?」
気づけば別の上忍に割り振るはずの任務依頼書をカカシに見せる始末だ。
「・・・・・?」
「あっ、ち・・違いましたよねっ! アハハハハ・・」
首を傾げたカカシに、慌てふためきながらもおもいっきり不審な笑い声をあげる。
だけどその意図を読み取ってくれたカカシに、耳元で小さくありがとうと囁かれて。
落ち着いた少し甘めの優しい声と、困ったような照れ笑い。
その瞬間、まるで空に投げ出されたように俺は恋に落ちたのだ。
*****
狭い部屋の中に鎮座して、黙々と本を読んでいるカカシをチラリと横目で見やった。
彼がここで休暇の大半を過ごすようになってもう随分と経つ。
あの日からなんとなく二人で会話を交わし、食事をし、身体を重ねるまでの仲になった。
だけどこの家でリラックスしている素振りをしながらも、カカシが何かを警戒するように神経をとがらせているのがわかる。
それはけして彼が戦忍だからというわけではない。
「・・・・・」
目の前の答案用紙に眼を走らせながら、資料室で見つけたカカシの父親の記事を思い出した。
木の葉の白い牙。誰もが知ってるその通名の忍びがカカシの父親だ。
伝説の三忍よりも火影に近い男とされながらも、自ら死を選んだ悲しい人。
今ならば、彼の行いは讃えられこそすれ非難されるはずもなかったものをと思うとやりきれない。
コツンと手にした鉛筆を置き、本に眼を走らせるカカシに向かい手を伸ばす。
ほら、また警戒してる。
ピリリと張り詰めた神経が、こちらにまで伝わってくるようだ。
父親が、自ら命を絶った現実に向き合うのはどれほどの衝撃だろう。
悲しみだろう。
痛みだろう。
嘆きだろうか。
その掌は、カカシの髪を撫で手と手をつなぎ、優しく抱きしめたばかりだったやもしれないのに。
だから彼は今も自らに向けられる愛情を疑うのだ。
暖かな手が、次の瞬間には冷えた肉塊へと変わるのを恐れて。
「カカシさん」
「ん――?」
何気なさを装って、気のない返事をするカカシの傍までゆっくりと近づいた。
「・・触ってもいいですか?」
銀髪に触れる一歩手前でそう尋ねた。
少しだけ目を見張って、それから目尻が下がった微笑みに胸が締め付けられる。
優しい人。
強い人。
だけど寂しい人。
甘えるように擦り付けられた髪を撫ぜ、座り込んだカカシの膝の上に身体ごと乗り上げた。
「どうしたの? イルカ先生」
「なんでもありません」
ぎゅうと抱きしめて、その広い背中を撫ぜる。
僅かに戸惑ったカカシの手が、遠慮がちにイルカに触れるのが悲しい。
「今日の晩飯はサンマにしましょうか」
「いいですね」
「味噌汁の具は茄子です」
「オレの好きな物ばかりだーね」
「ちょっと奮発していい酒も呑みましょう」
「・・・何かいいことでもありましたか?」
ククク。耳元で聞こえる楽しげな笑い声にゆっくりと身体を離して、自らの生まれた日すら頓着しない恋人の頬を抓った。
「・・・・?」
「痛いですか?」
「まぁ・・そこそこは」
「これは?」
「・・せんせっ・・?」
抓った指で頬を撫ぜ、軽く啄むだけのキスをする。
されるがままのカカシが少しだけ不思議そうな顔をするのに笑って、頬を擦りあわせた。
「良い事ありましたよ」
「なぁに?」
擽ったそうに首をすくめるカカシの耳元で「まだ秘密です」と呟いた。
今日は、カカシが好きなものをつくって二人で酒を酌み交わそう。
甘いケーキは喜ばないだろうから、とびきり旨い酒を用意するのだ。
恥ずかしいけれど誕生日の歌でも歌おうかな。
こんな家業だからお互い約束はできないけれど「これからもずっとよろしく」と、そう言ったらカカシはどんな顔をするだろう?
笑うだろうか。
いつものように、少しだけ困った顔をするかもしれない。
それでも。
あなたに会えて嬉しい。
生まれてきてくれてありがとうと、伝えたいから。
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