任務に行きたくないと散々ダタをこねていたカカシが、漸く里をたった。
理由を聞けば、任務期間が少し長いからだそうだ。
そんなに長いのかと受付の特権で調べてみれば、一週間のBランク任務だった。
一週間…そんなに長いとは思わないが、最近のカカシは里を離れることを物凄く嫌がる。
里の誉れが任務放棄など許されないと、コンコンと説得すること数日。
文句タラタラ渋々と用意をし、後ろ髪引かれながらもトボトボ歩いて行く猫背の後姿を、イルカは苦笑しながら見送った。

そんな日から数日。
ひょっこり現れたカカシの忍犬に、イルカは驚きのあまり立ち止った。
玄関の前でちょこんと座って待っている忍犬は、イルカを認めるとギョロリと視線だけを動かす。

「・・・パックン・・」

カカシが使役する忍犬のリーダー犬だ。
彼がここにいるということは。

「カカシさんに、何かあったのか・・?」


まさかと思いながら駆け寄ると、パックンは本当に面倒そうに口を開いた。

「カカシが忘れ物をした」
「は? 忘れ物?」

あんなに準備に時間をかけていたのに?
とにかく上がれと玄関を開けると、パックンはトコトコと部屋へ入り、机の引き出しから一本の巻物を咥えた。
追いかけてきたイルカの前でその巻物を口から放すと、これだとばかりに前足で転がす。

「これ?」

・・・なんで引き出しに入っていたのだろう?
分からないが、彼がこれだというのならそうなんだろう。

「何の巻物だろ」


持ち上げてみてふと、これが何かの術式ならば開いてはいけないと思いたつ。


「・・案内するから届けてやってほしい」
「俺が持っていくのか?」


巻物だけならパックンがくわえていっても構わないと思うのだが。
首を傾げながら問いかけると、パックンもフンッと鼻を鳴らす。
主の命を受けてやってきたのだ。
そういうわけにもいかないのだろう。
まぁ、大した仕事も入ってないし、届けるだけなら2日あれば足りるかと、イルカはカカシの任務内容を頭のなかで思い出しながらフムと考えた。
お使い程度だが、暫く里外に出ていないし気晴らしにもなりそうだ。


「わかった。今から出るか?」

それとも少し休んでいく?
そんな風に問いかけたイルカに、パックンが眉を寄せる。
仕事中だぞ。
諫めるようなそんな顔だ。


「悪い。内勤の悪い癖だな」


ハハハと笑い、イルカは装備を手早く身につけ簡単に用意を済ませる。
報告所に今から里外に出る旨の式を飛ばし、夜の闇の中、里の大門をくぐった。
任務地までは忍びの足で一日、それから任務を遂行するのに4日かかると計算して今カカシはその任務の真っ最中だろう。
忘れ物をするなんて、カカシさんらしくないな。
里内にいる時のカカシさんはいつもエロ本片手にした胡散臭い人だけど、こと任務に関しては完璧で隙のない人なのに。
そんなことを考えながら川べりを走り荒れた岩地を登る。
さすがにカカシが使役する忍犬だけあってスピードも速い。
もちろん犬だから普通の人よりも速くて当たり前なのだが、その動きは上忍クラスだ。
たまにこちらを振り返るパックンに、イルカは苦笑しながらも心配ないと合図する。
月の光だけが輝く暗闇の中、深い木々の生い茂った森を走る。
いくら忍びの目が夜目がきくといっても、白眼のように全てが見通せるわけでもない。
魔の森ほど獣が出るわけでもないが一応用心しながら先を進んだ。
暫く走った後、少し大きな樹の下で、前を走るパックンがゆっくりと立ち止った。


「・・・・・?」
「今日はここで休む」
「まだ走れるぞ?」
「・・・・疲れたから休む」


憮然と言い放つ忍犬がさっさと座り込んでしまったので、仕方なくイルカも樹の下に腰を下ろした。
任務地から走り続けてきたのだ。
確かに疲れているだろう。
ゴロリと横になって、隣に座るパックンに手を伸ばした。
使役されてる途中の忍犬だから、怒るかなと思いつつその毛並みを撫ぜる。
パックンはそんなイルカにちらりと視線をやるだけで、興味が無いようにまたゆっくりと瞳を閉じた。

可愛いな。

イルカはカカシの忍犬達が好きだった。
休みの日は一緒に水浴びをさせたり、ブラッシングをしたりした。
賢くて、カカシによく懐いていてしかも忍犬としても優秀だ。
カカシさんの犬。
不意にそんなことが頭を過ぎり、小さな身体を抱き寄せる。

「あったけぇ」

優しく身体を撫ぜて、少し硬い毛の中に顔をうずめる。
パックンは少し戸惑ったように身動ぎしたが、優しく撫ぜる仕草に諦めたように身体を預けた。
そんな忍犬に、イルカは微笑みながらゆっくりと瞳を閉じた。



野外だというのにぐっすり眠りすぎていたようで、目が覚めたら朝だった。
いや、朝というには日があまりにもてっぺんに来てるような・・・。
ヤバイ、寝過ごしたどころじゃないほどに寝過ごした。
パチリと眼を開いたイルカの目の前に、迷惑そうな顔のパックンがフンフンと鼻を鳴らしている。
見ればガッチリとその身体を抱き込んでいて、身動きができなかったようだ。

「あっ! 悪ぃ・・」

バッと手を解くと、ブルルッとその小さな身体を震わせて毛並みを整える。

「ごめんな」

謝るイルカに、パックンは責めるようにその濡れた眼を向けるばかりだ。


「飯食ったら急いで出立しよう」

そう言って、持ってきた握り飯をパクつく。
パックンにもおすそ分けをすると、警戒もせずに口に入れるとガツガツと咀嚼した。

「うめぇか?」


フフッと笑い、イルカは持ってきた竹筒で水分を補給し、手の中に水を溜めてパックンにも飲ませた。

英気も十分に養ったことだし。

「さぁ、出発だ!」

イルカはそう言って、大地を蹴った。



そんなこんなで、夕方頃にはカカシの任務地に到着した。
小さな里が見渡せる丘の上に立つ主に、軽く尻尾を振って近づいたパックンの頭を撫で、カカシは後ろから現れたイルカに満面の笑みを零す。

「すいません、遅くなりました」

まさか森の中で昼まで寝てましたとは言いにくいのだが、忍犬を通してバレてしまうだろう。
遅れたことを謝罪するイルカに、カカシはいいえと言いながらこんなところまでと逆に謝ってきた。

「これ、巻物です」
「ありがとうございます」

渡した巻物をスルリと解き確認すると小さく頷いた。

「では、俺はこれで」
「え?」
「え? って・・・。俺はこれを届けに来ただけですから」
「あぁいえ。俺ももう任務完了したので、一緒に帰ります」
「は・・・?」

では、その巻物は何だったんでしょう?
ポカンとするイルカに、カカシはその巻物をポケットにしまうとイルカの腰に手を回した。
パックンに視線をやると、都合悪気にサッと視線を逸らされる。
なんだ?
訝しむイルカに、カカシは上機嫌で腰を抱いた。

「月が綺麗に見える場所があるんですよ」


今夜それを見て帰りましょうね。
ニコリと微笑むカカシに、イルカは戸惑いながらも頷く。
巻物の件は、とても聞き出しにくい雰囲気だ。

「大福も買っておいたので、食べましょう」
「はい・・・でもあの」

任務の合間に大福を?
Bランクなので、手練のカカシならば容易い任務だったのかもしれないが、どんだけ楽勝だったんだよ。
これは里に帰ってからもう一度内容を精査しなくてはならない。
仕事の割り振り方を考えて、イルカは強く決意した。



*****




カカシの言っていた月が綺麗に見える場所は、任務地の里から少し離れた森の中に場所にあった。
その場所だけ照らされるような美しさに、イルカは見とれて言葉を失う。

「・・・見事です・・」
「行きしにこの場所を通った時に見つけてね、イルカ先生にも見せたくて」


照れたように笑うカカシに、この人は意外にロマンチストだったなと思う。
でもそんなところも好きだ。
・・・口にはしないけど。

樹の幹に腰をおろして、魅入られたように月を見上げるイルカに、カカシは里で仕入れてきたという大福を取り出した。

「結構有名な和菓子屋のだそうですよ」
「そうなんですか。カカシさんが甘い物を買われるなんて、珍しいですよね」
「・・・イルカ先生が好きだって・・」

キョトンとするイルカに、カカシは恥ずかしそうに頭をかいた。
俺のため?
目元を赤くするカカシの姿を見て、嬉しいとイルカも顔を綻ばす。


「月見というには季節が違いますけど、これもまた良いもんですね」

手を伸ばして一つ取ると、口に頬張る。
たっぷりな餡を包んだ豆大福が優しい甘みと一緒に口の中に広がった。

「美味しい」
「そ、良かった」

ニコニコ笑うカカシも一口頬張る。
途端に無言になるカカシに、イルカがぷっと吹き出した。

「甘いって思ったでしょ」
「・・・いえ・・」
「うそ」

顔をしかめるカカシに、イルカは笑いながらその頬を引っ張った。

「顔にかいてありますよ」
「・・・ちょっとだけです」
「甘いの苦手なくせに」

ふにふに頬を引っ張りながら笑っていると、不意にその手をカカシに取られる。

「・・・・・」

重ねられた手に、指先が絡められた。

「・・・カカシさん・・?」

問いかける声に答えはなくて、ドサリと草の上に押し倒される。


「・・ちょっッ・・!!」
「いいでしょ」
「だめ! 駄目です、こ、こんなところで・・」
「ーーこんな森の中だから・・・」


ハタと見渡せば、互いをぐるりと取り囲むように腰辺りまでの小さな木が生い茂っている。
あれ?
こんなに都合よく木が生えてたっけ・・・?
記憶を探ろうにも、弄るカカシの指や、首筋を這う舌にどんどんと頭が働かなくなってくる。

「・・アッ、ちょっと、カカシさん・・」
「ん~?」
「どこ、触ってんですか・・ッ・・!!」
「・・・どこって・・」
「あぁッ!!」

ネロリと耳の中に舌を入れられて、背筋を這う快感にイルカはギュッと瞳を閉じた。
性急な愛撫に思考が乱されていく。
こんなところで、ダメだ、やめてと思うのに、流されていくままにイルカは切ない声を上げてしまう。
何だか嬉しそうなカカシが、イルカのぽってりとした唇に指を這わす。


「センセッ・・口あけて・・」
「・・・ん・・」

甘く強請る声に、ペロリと指先を舐め、受け入れるためにイルカはゆっくりと唇を開いた。



*****





ヒソヒソと、誰かが小声で話す声で目が覚めた。
朝もやの中で、朝露に濡れた草が少しひんやりと肌を湿らせていく。
イルカの身体を抱き込んで眠っているカカシを目覚めさせないように、そっと静かに身体を起こした。
空耳ではなく確かに誰かの話し声が聞こえると、イルカはクナイを握りしめ声が聞こえる方向へと視線をやる。
取り囲むような小さな木々の中チラチラと白い面が見え隠れしていた。

「・・昨日は凄かったよなぁ・・」
「あんなの見せられて平常心保てって、拷問だろ」
「俺、早く帰って彼女抱きてぇ~」
「それにしても先輩の彼女・・いや、彼か?」
「どっちどもいいだろ」
「・・・君たち、イルカ先生に失礼だよ」
「センセだってッ」
「・・センセってお前、なんかエッロ」
「俺、・・・これから受付覗くたび前かがみになりそ・・」

ヒソヒソと顔を寄せあって話しているのは、獣の面を象った精鋭。
そう、紛れも無く木の葉の暗部達だった。
何かあった時の為にと、握りしめていたクナイがボトリと落ちる。

「ーーーーな、な、なっ・・・」

狼狽する声に、一斉に暗部達が目を見開いたまま口をパクパクさせているイルカの方を向く。
リーダー格であろう猫面が、『散ッ!!』という号令を発したと同時に、彼らは四方八方に霧散した。

「なーーーーーーーッ!!!!!」

一瞬の内に取り残された森のなかで、イルカの絶叫だけが辺り一面に響いた。



*****




あれから一瞬間、カカシはイルカに徹底的に無視されていた。
濡れ場を暗部に覗かれたというのが一番の怒りの原因だが、イルカを任務先に呼び寄せた『忘れ物』がそもそも嘘だったと、犬用最高級缶詰に買収されたパックンによって露見したからだ。
しかも、あの月見に合わせて時間配分まで指示されイルカは術を施されていたらしい。
どうりで昼過ぎまでぐっすりだったハズだよ。
それに、イルカの仕事の予定などとっくに調査済みで、任務に関係ない用件で忍犬を使役してでもあの月を見せたかったと平身低頭謝るカカシに、少しだけほだされた。

「もう二度としないでくださいよ」
「はい」


しょんぼりと俯く様子に、イルカは小さく溜息をつく。
過ぎてしまったことをとやかく言っても仕方ない。
イルカは器の大きな漢だった。
しょぼくれるカカシを急かして一歩踏み出した瞬間、トンっと肩があたり、イルカは慌てて視線を前へ向ける。
あまり見かけない忍びの姿に、眼をパチパチとした後、頭を下げた。


「申し訳ありません」
「・・いえ」
「なによ、テンゾーもうそんな時間?」

背後から、次の任務を厭うカカシの不機嫌な声がする。

「先輩・・・」
「先輩?」

キョトンとして目の前の男を見やる。
まとうチャクラ量からして上忍のようだが、イルカには面識がない。

「暗部の後輩なの」
「ちょっ・・先輩ッ!」

あっさりと素性をばらすカカシに、目の前のテンゾウと呼ばれた男は狼狽した声を上げた。

「この間のBランク、暗部の任務と併用でねぇ」
「・・・この間・・?」

まさかと恐る恐る背後のカカシに視線をやる。

「そう、この間」

平然とカカシは答えながらイルカの肩を抱いた。

「テンゾウは木遁使いだからね」
「ーーーーーッ!!」

嫌な予感が脳裏をよぎる。
聞きたくない。
聞きたくないのにカカシはのほほんと口を開いた。

「あんまり先生が可愛いから、皆がいるのに抑えがきかなくなっちゃって」

照れたように頭をかいたカカシに、イルカはどんどんと血液が頭に登っていくのを止められない。
なんて?
今なんて言った・・・?
恐る恐るテンゾウを見やるイルカが、視線があった瞬間ボンッと赤くなった男にあわあわと口を動かした。

「あんなだだっ広いところで可愛い先生の痴態を晒すわけにはいかないでしょ・・・だから」

ドドンと囲いを作ってもらっちゃいました!

「・・・・・」
「・・・・・」

一人状況を把握していないカカシの唇が、「ごめんね、センセ」とデレデレしながら甘ったるい謝罪のセリフを紡ぎだす中、俯く男たちが約二名。
赤くなったり青くなったりと、非常に気まずい思いをしたことをここに記しておく。
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