「もう疲れた」
涙の滲んだ声にまたかと思った。続く言葉はわかっている。
「だって、私ばっかりカカシのこと好きなんだもん」
「そう言われてもねぇ」
「カカシだって、私のこと好きになってくれるって言ったじゃない」
努力すると言った言葉を歪曲して捉えられるから女はすごい。
第一好きになるのに努力なんて必要ないじゃないとは多分この女には理解できないのだろう。言い争いになるのも億劫で、カカシは結局そのまま押し黙った。
「……もしかして、好きな人でもできたとか…?」
「………」
「そうなんだ。どこの誰っ? 私の知っているくノ一なの?」
何十回と聞いた覚えのあるセリフを言われて天を仰ぎそうになった。
「……私はずっとカカシだけだったのに…っ」
後腐れのない関係。お互いに干渉はしないと決めて付き合ったはずの女に涙ながらに詰られて、カカシは表情を崩すことなく口布の中でそっとため息をついた。
「なによっ!! ため息ばっかりついてっ。どうせ面倒くさい女とでも思っているんでしょうっ!」
バレちゃった? 口にしようとして睨みつける視線の鋭さに思いとどまった。
モテる割に長続きしないのは、そういうところだとアスマに言われたっけ。
「あ〜、ごめんね?」
どうせ口先だけの謝罪だと女もわかっている。
何度もこの言葉で修羅場を切り抜けてきたカカシだけれど、今回ばかりはコレで最後になるだろう。
さめざめと涙を流す女に辟易しながらガリガリと頭を掻く。
いつまでもこの状況を引き伸ばしていても意味なんてない。さっさと家に帰って静かにイチャパラでも読みたい。そんなことを思っていたカカシの視界に、見知った顔が飛び込んできたのは偶然だった。
頭上でひっつめにした黒髪をフリフリと揺らし、鼻歌でも歌っているかのようなのほほんとした表情。平凡を絵に描いたような男の登場に、カカシは思わぬ援軍が現れたとほくそ笑んだ。
「イルカ先生~!」
「あ、こんにちはカカシ先生! こんなところで何をされているんですか?」
瞬間的に手をあげて、こっちへ来いと手招きする。満面の笑顔で近くまでやってきたイルカは、そこで繰り広げられている尋常ならざる雰囲気にひくりと口元を引きつらせた。
まずい場面に立ち会ってしまったと思っているのだろう。
まったくもってそのとおりなのだから否定はできない。そして(イルカには迷惑だろうが)、カカシはちゃっかりイルカを巻き込んでしまう算段をつけてしまっていた。
「あ〜、俺ちょっと急ぎの用がありまして……失礼しま…っ」
「待って」
「ひぃッ!!」
しまったとばかりに慌てて後退りするイルカを、逃すものかとすばやく捕まえる。そのまま耳元に口を寄せると、お願いだから話を合わせてと耳打ちした。
「は!?」
「良いから」
「良いって何がですかっ?」
「なによ、その中忍っ」
こそこそと言い合っている二人の姿に、目の前の女が不機嫌も顕に睨みつける。
中忍ではついぞ落とせなような美女の眼力に慄いて、イルカがビシリと背筋を伸ばすのに笑ってしまった。
「このヒト、うみのイルカさん。知ってるでしょ? 俺の部下の元担任で、受付にも座ってる」
「知っているわよ、だから何?」
関係ない奴はさっさと失せろ。そう言いたげな女の視線に申し訳なさげに声を潜めた。
「あ〜、言いにくいんだけど」
「何よ」
「この人が、オレの好きな人」
「は!?」
「はぁ!? 何言っ──イ、テェッ!!」
素っ頓狂な声を出したイルカの尻を思い切り抓りあげる。尻を押さえて飛び上がったイルカが涙目で抗議するのに、強引に腰を抱いて顔を寄せた。
「っていってもまだオレの片思いなんだけどね」
ねぇ、イルカさんなんて甘い声で囁やけば、赤くなったり青くなったりしたイルカがブンブンと大きく首を左右に振った。
「いいいいや、お、俺は……」
「やだなぁ、恥ずかしがっちゃって。そんなところがまた可愛いんだから」
「か、かわっ!?」
冗談ですよね? と言わんばかりのイルカの皮膚をチクリと刺したのはカカシご自慢の仕込針。耳元に吹き込んだ「黙って頷いてろ」という脅しに、イルカが操り人形よろしくコクコクと頷く。
そのわざとらしすぎる動きに、ついつい吹き出しそうになった。
「嘘よ」
「嘘じゃなーいよ。この間なんて、朝まで一緒に過ごしたんだから。ね、せんせ」
「は、はいぃっ!」
意味深な流し目と、チクリと刺した仕込針にイルカが大声で返事をする。
ちょっとやめてよ。
アンタ本当に忍なの?
笑っちゃうほどの大根役者っぷりに、カカシは口布の中でこみ上げる笑いを必死で噛み殺す。
「そんな…嘘ばっかり……」
一緒に過ごしたのは本当。だけどそれはどちらが酒に強いかなんて馬鹿な飲み比べの末に、二人共酔いつぶれて寝てしまったからなんだけど。
「ほらね?」
「嘘に決まってるわ! はたけカカシが男もイケるなんて、聞いたことないもんっ」
「あのねぇ、普通そんなこと言いふらしたりなんてしないでしょ」
当然嘘だ。子供の頃からエリート街道まっしぐらだったカカシは女に不自由したことはない。もちろん男など抱く必要もなかった。むしろどうしてあんな硬そうな身体を抱きたいのか不思議でたまらなかったほどである。
「アンタが唆したんでしょう?」
「あの、いえ…、俺は何も───」
般若のように釣り上がった瞳。先程までの打ちひしがれた姿は見る影もない。
美女に恨みがましく睨みつけられて、イルカは心底怯えた様子で顔をひきつらせている。
「やめてよ、先生に突っかからないで。オレが勝手に好きになったんだから」
「はは…」
「……ひどい……」
ジリッという地面を擦る音。振り上げた掌を、甘んじて受けてやろうと目を閉じた。
だけど頬を張る凄まじい音が聞こえたのはすぐ隣で。次いで「いってぇっ!!」というイルカの声に驚いて目を見開いた。
「えぇぇ!? イルカ先生っ!?」
「本当にカカシの片思いなのっ!?」
「は!? っていうか、おまえ、なに先生のこと殴ってんのっ!」
「……──や、俺が勝手にとびだしたんで……」
「はぁ? なにやってんですかアンタっ!」
「ごちゃごちゃうるさいっ!! 片思いなのかどうかって聞いてんのよっ!」
「だからそうだって言ってんでしょ。先生、ごめんね」
「はは。このくらいなんともありませんから」
「このくらいって、あざになっちゃってるじゃない」
「なによ……ふたりして私のこと無視して…っ」
「だから悪かったってあやま…」
「私の気持ち、カカシだって味わえばいいんだわっ!!」
とんでもない剣幕。だけどその瞳があまりにも真剣すぎたから、うっかり見入ってしまった。
女が鞄から取り出した何かを浴びせかける。同時に瞳の奥でチカリと火花が散った。
「ッ!?」
「カカシさんっ!?」
「───カカシの馬鹿っ!! アンタなんて大っ嫌いっ!」
言うが早いか女の姿は白煙をあげてその場から消えてしまう。
残されたのは頬を腫らしたイルカと、妙な液体を浴びせられたカカシだけで。
「あの…大丈夫ですか?」
「あ〜先生こそ痛い思いさせちゃってスミマセン。まさかアイツが先生を殴るなんて」
「いえ、俺は良いんですけど、それ…なんの液体でしょう?」
あの馬鹿女、今度会ったらどうしてくれよう。
自業自得でありながらふつふつとこみ上げてくる怒りのままに、心配して覗き込んでくるイルカを真正面から捉えた。
「────ッ!!」
瞬間、雷に打たれたような衝撃が走った。
ビリビリと足の先から頭の天辺まで、凄まじい量の電流が一気に全身へと流れ出す。
とんでもない衝撃だ。眼の前の男が大きな光に包まれて、キラキラと光り輝いて見える。
「あ、ぁ」
「カカシさん!? 」
涼しげな目元にきりりとした眉。ツンと尖った鼻の上を横切る愛らしい傷痕。汗の滲んだ額から立ち上る芳しい匂いに頭がクラクラした。
腫れた右頬が痛々しいのに、健康そうな肌にさした朱色があまりにも艶かしくて。
それも自分をかばって受けた朱色なのだ。
コクリ。無意識レベルで上下した喉に、自分がこの男に欲情したことを知ってしまう。
「やっぱりその液体、ちゃんと調べてもらったほうが良いんじゃ……」
「…いえ」
「でも、カカシさん……」
少し厚ぼったい唇が心配そうにカカシの名前を呼ぶ。
耳をくすぐる可愛い声に、耳から溶かされてしまうんじゃないかと思った。
「あの、イルカ先生」
「はい」
口布を下げ、イルカの手を取る。
ぎょっとするイルカに飛び切りの笑顔を向けて。
「好きです。オレと、結婚を前提にお付き合いしてください」
カカシは人生で初めて愛の告白をした。
涙の滲んだ声にまたかと思った。続く言葉はわかっている。
「だって、私ばっかりカカシのこと好きなんだもん」
「そう言われてもねぇ」
「カカシだって、私のこと好きになってくれるって言ったじゃない」
努力すると言った言葉を歪曲して捉えられるから女はすごい。
第一好きになるのに努力なんて必要ないじゃないとは多分この女には理解できないのだろう。言い争いになるのも億劫で、カカシは結局そのまま押し黙った。
「……もしかして、好きな人でもできたとか…?」
「………」
「そうなんだ。どこの誰っ? 私の知っているくノ一なの?」
何十回と聞いた覚えのあるセリフを言われて天を仰ぎそうになった。
「……私はずっとカカシだけだったのに…っ」
後腐れのない関係。お互いに干渉はしないと決めて付き合ったはずの女に涙ながらに詰られて、カカシは表情を崩すことなく口布の中でそっとため息をついた。
「なによっ!! ため息ばっかりついてっ。どうせ面倒くさい女とでも思っているんでしょうっ!」
バレちゃった? 口にしようとして睨みつける視線の鋭さに思いとどまった。
モテる割に長続きしないのは、そういうところだとアスマに言われたっけ。
「あ〜、ごめんね?」
どうせ口先だけの謝罪だと女もわかっている。
何度もこの言葉で修羅場を切り抜けてきたカカシだけれど、今回ばかりはコレで最後になるだろう。
さめざめと涙を流す女に辟易しながらガリガリと頭を掻く。
いつまでもこの状況を引き伸ばしていても意味なんてない。さっさと家に帰って静かにイチャパラでも読みたい。そんなことを思っていたカカシの視界に、見知った顔が飛び込んできたのは偶然だった。
頭上でひっつめにした黒髪をフリフリと揺らし、鼻歌でも歌っているかのようなのほほんとした表情。平凡を絵に描いたような男の登場に、カカシは思わぬ援軍が現れたとほくそ笑んだ。
「イルカ先生~!」
「あ、こんにちはカカシ先生! こんなところで何をされているんですか?」
瞬間的に手をあげて、こっちへ来いと手招きする。満面の笑顔で近くまでやってきたイルカは、そこで繰り広げられている尋常ならざる雰囲気にひくりと口元を引きつらせた。
まずい場面に立ち会ってしまったと思っているのだろう。
まったくもってそのとおりなのだから否定はできない。そして(イルカには迷惑だろうが)、カカシはちゃっかりイルカを巻き込んでしまう算段をつけてしまっていた。
「あ〜、俺ちょっと急ぎの用がありまして……失礼しま…っ」
「待って」
「ひぃッ!!」
しまったとばかりに慌てて後退りするイルカを、逃すものかとすばやく捕まえる。そのまま耳元に口を寄せると、お願いだから話を合わせてと耳打ちした。
「は!?」
「良いから」
「良いって何がですかっ?」
「なによ、その中忍っ」
こそこそと言い合っている二人の姿に、目の前の女が不機嫌も顕に睨みつける。
中忍ではついぞ落とせなような美女の眼力に慄いて、イルカがビシリと背筋を伸ばすのに笑ってしまった。
「このヒト、うみのイルカさん。知ってるでしょ? 俺の部下の元担任で、受付にも座ってる」
「知っているわよ、だから何?」
関係ない奴はさっさと失せろ。そう言いたげな女の視線に申し訳なさげに声を潜めた。
「あ〜、言いにくいんだけど」
「何よ」
「この人が、オレの好きな人」
「は!?」
「はぁ!? 何言っ──イ、テェッ!!」
素っ頓狂な声を出したイルカの尻を思い切り抓りあげる。尻を押さえて飛び上がったイルカが涙目で抗議するのに、強引に腰を抱いて顔を寄せた。
「っていってもまだオレの片思いなんだけどね」
ねぇ、イルカさんなんて甘い声で囁やけば、赤くなったり青くなったりしたイルカがブンブンと大きく首を左右に振った。
「いいいいや、お、俺は……」
「やだなぁ、恥ずかしがっちゃって。そんなところがまた可愛いんだから」
「か、かわっ!?」
冗談ですよね? と言わんばかりのイルカの皮膚をチクリと刺したのはカカシご自慢の仕込針。耳元に吹き込んだ「黙って頷いてろ」という脅しに、イルカが操り人形よろしくコクコクと頷く。
そのわざとらしすぎる動きに、ついつい吹き出しそうになった。
「嘘よ」
「嘘じゃなーいよ。この間なんて、朝まで一緒に過ごしたんだから。ね、せんせ」
「は、はいぃっ!」
意味深な流し目と、チクリと刺した仕込針にイルカが大声で返事をする。
ちょっとやめてよ。
アンタ本当に忍なの?
笑っちゃうほどの大根役者っぷりに、カカシは口布の中でこみ上げる笑いを必死で噛み殺す。
「そんな…嘘ばっかり……」
一緒に過ごしたのは本当。だけどそれはどちらが酒に強いかなんて馬鹿な飲み比べの末に、二人共酔いつぶれて寝てしまったからなんだけど。
「ほらね?」
「嘘に決まってるわ! はたけカカシが男もイケるなんて、聞いたことないもんっ」
「あのねぇ、普通そんなこと言いふらしたりなんてしないでしょ」
当然嘘だ。子供の頃からエリート街道まっしぐらだったカカシは女に不自由したことはない。もちろん男など抱く必要もなかった。むしろどうしてあんな硬そうな身体を抱きたいのか不思議でたまらなかったほどである。
「アンタが唆したんでしょう?」
「あの、いえ…、俺は何も───」
般若のように釣り上がった瞳。先程までの打ちひしがれた姿は見る影もない。
美女に恨みがましく睨みつけられて、イルカは心底怯えた様子で顔をひきつらせている。
「やめてよ、先生に突っかからないで。オレが勝手に好きになったんだから」
「はは…」
「……ひどい……」
ジリッという地面を擦る音。振り上げた掌を、甘んじて受けてやろうと目を閉じた。
だけど頬を張る凄まじい音が聞こえたのはすぐ隣で。次いで「いってぇっ!!」というイルカの声に驚いて目を見開いた。
「えぇぇ!? イルカ先生っ!?」
「本当にカカシの片思いなのっ!?」
「は!? っていうか、おまえ、なに先生のこと殴ってんのっ!」
「……──や、俺が勝手にとびだしたんで……」
「はぁ? なにやってんですかアンタっ!」
「ごちゃごちゃうるさいっ!! 片思いなのかどうかって聞いてんのよっ!」
「だからそうだって言ってんでしょ。先生、ごめんね」
「はは。このくらいなんともありませんから」
「このくらいって、あざになっちゃってるじゃない」
「なによ……ふたりして私のこと無視して…っ」
「だから悪かったってあやま…」
「私の気持ち、カカシだって味わえばいいんだわっ!!」
とんでもない剣幕。だけどその瞳があまりにも真剣すぎたから、うっかり見入ってしまった。
女が鞄から取り出した何かを浴びせかける。同時に瞳の奥でチカリと火花が散った。
「ッ!?」
「カカシさんっ!?」
「───カカシの馬鹿っ!! アンタなんて大っ嫌いっ!」
言うが早いか女の姿は白煙をあげてその場から消えてしまう。
残されたのは頬を腫らしたイルカと、妙な液体を浴びせられたカカシだけで。
「あの…大丈夫ですか?」
「あ〜先生こそ痛い思いさせちゃってスミマセン。まさかアイツが先生を殴るなんて」
「いえ、俺は良いんですけど、それ…なんの液体でしょう?」
あの馬鹿女、今度会ったらどうしてくれよう。
自業自得でありながらふつふつとこみ上げてくる怒りのままに、心配して覗き込んでくるイルカを真正面から捉えた。
「────ッ!!」
瞬間、雷に打たれたような衝撃が走った。
ビリビリと足の先から頭の天辺まで、凄まじい量の電流が一気に全身へと流れ出す。
とんでもない衝撃だ。眼の前の男が大きな光に包まれて、キラキラと光り輝いて見える。
「あ、ぁ」
「カカシさん!? 」
涼しげな目元にきりりとした眉。ツンと尖った鼻の上を横切る愛らしい傷痕。汗の滲んだ額から立ち上る芳しい匂いに頭がクラクラした。
腫れた右頬が痛々しいのに、健康そうな肌にさした朱色があまりにも艶かしくて。
それも自分をかばって受けた朱色なのだ。
コクリ。無意識レベルで上下した喉に、自分がこの男に欲情したことを知ってしまう。
「やっぱりその液体、ちゃんと調べてもらったほうが良いんじゃ……」
「…いえ」
「でも、カカシさん……」
少し厚ぼったい唇が心配そうにカカシの名前を呼ぶ。
耳をくすぐる可愛い声に、耳から溶かされてしまうんじゃないかと思った。
「あの、イルカ先生」
「はい」
口布を下げ、イルカの手を取る。
ぎょっとするイルカに飛び切りの笑顔を向けて。
「好きです。オレと、結婚を前提にお付き合いしてください」
カカシは人生で初めて愛の告白をした。
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