そろそろ飯でも作るかと腰を上げて、熱心に愛読書を読みふけるカカシさんを見やった。
物静かで口数少ないカカシさんのことを俺はずっと寡黙な人だと思っていたのだが、どうやらそれは勘違いらしい。
らしいというのは、カカシさんが饒舌に語っているところを見たことがないので本当のところはよくわからないからだ。
第一カカシさんが家に転がり込んできたのも、任務帰りに報告所にやって来た姿があんまりにもくたびれ果てていたから、少しでも元気になってもらおうと食事に誘ったのがきっかけだった。
それ以来だろうか? 気づけばいるというくらいに入り浸られて、いつの間にやら空気みたいに居ついてしまった。
まぁ俺も、カカシさんと居ると一人暮らしの寂しさが紛れてちょうどよかったのだが。
カカシさんは寡黙に加えてとても恥ずかしがり屋だ。
何を聞いても「ん」とか「いいよ」しか言わないし、会話をしようとすると何故か視線をそらされる。でもそれは面倒で避けているという感じでもなく、思春期の頃に味わった甘酸っぱい思い出を彷彿とさせてくれるから、俺もなにやら照れくさい思いをしてしまうのだ。
カカシさんと色っぽい関係になったのは、家に転がり込まれて少し経った頃だろうか。
なにやらもじもじしているなぁなんて、せんべいを齧りながら炬燵でまったりしていたら、音も立てずににじり寄ってきたカカシさんが、そっと口布を下げたのだ。
あれは本当にびっくりした。
一緒に暮らしていると言ってもカカシさんは里の誉れと讃えられている上忍だから、四六時中一緒に居るわけでもないし、朝起きたら畳に転がっていたとか、俺が寝ている間に出立した後だったりしてカカシさんの素顔を拝む機会なんてほとんどないに等しかった。
それがである。
何の予告もなしに目に飛び込んできた端正な素顔に、俺は一瞬放心していたと思う。
カカシさんの色っぽい口元や、けぶるような銀色の睫毛があんまりにも綺麗で、俺はすっかり見惚れてしまっていた。
男とか女とか関係なく、綺麗な顔の威力って本当に凄いよな。
そんな状態の俺だったから、カカシさんが何かボソボソと言っているのも上の空で、認識したのは「…いい?」という言葉だけ。
いい?
何が良いんだろう?
先にお風呂に入っていい?
それとも、あれか。
俺が今食べているせんべいを一枚貰っていい、かな?
とにかくカカシさんの「…いい?」に答えるべく反射的に頷いた俺は、目にも留まらぬ速さでのしかかってきたカカシさんに、とんでもないところをあれやこれやと弄くり回されて、筆舌に尽くしがたい快感の海に流されたのである。
あぁぁ! あの時のことは、今思い出しても恥ずかしくてどうにかなってしまいそうだ。
何故あんなことになったのか。
息も絶え絶えのまま布団の上に転がされた俺が最後の力を振り絞って聞いた「なぜ?」の言葉に、寡黙なカカシさんが顔を真赤にしたまま答えた言葉はたった一言。
『だって恋人でしょ』
へぇ、俺たちって恋人同士だったんだ。
いつからだろう。
知らなかったなぁ。
まだ何か挟まっている様な感覚がある場所をジンジンさせながら考えていたら、カカシさんがそっと俺の髪を撫ぜた。
そりゃあ愛しそうに何度も、なんども。
その仕草が本当に優しくて、こんなに高名でかっこいい人が恋人だって言うんだから、もうそれでもいいかと俺はヘラヘラ笑いながら思った。
あれから幾月を経て今である。
「そんなところに座っていたら、うっかり踏んづけちまいますよ」
足元にちょこんと鎮座したパックンへ声をかければ、カカシさんの忍犬は尻尾をふりふり「今日の飯は何か」と聞いてくる。
「そうですねぇ」
寒いから鍋かな、なんて思いながらも、何かいいたげな忍犬の表情に首を傾げた。
「パックンは何がいいと思います?」
「ワシとしては、脂ののった魚なんていいと思うのじゃが」
「…魚か」
思い出す限り、魚の買い置きなんてなかった気がするが。
確認するべく冷蔵庫を開けば、普段は隙間だらけの庫内に忍ばされた贈り物。それが誰からなんて考えるまでもないこと。
「さきほどカカシと買い物に行ったら、旨そうな秋刀魚があってな」
カツカツと爪先で冷蔵庫を引っ掻いた忍犬の目配せに、またかと思わず顔が綻んでしまう。
「ではせっかくなので、今夜は秋刀魚を焼きますか」
「うむ」
軽くウィンクして答えた俺に、忍犬は満足そうに頷くと、いそいそと隣の部屋へと消えていく。
ついで聞こえる話し声に、思わず顔が綻んだ。
「おいカカシ、今夜の飯は秋刀魚になったぞ」
「…そ」
「作戦通りじゃな」
「ありがと、パックン」
耳を澄ませずとも聞こえてくる主従の可愛い内緒話。俺は吹き出すのを堪えつつ「ついでに茄子の味噌汁もつけちゃおうかなぁ」なんて大きな独り言を話すのだ。
「やったな、カカシ! お主の…むぐっ」
「しーっ!! 声が大きいよ、パックン!」
慌てたカカシさんの声に、俺はとうとう我慢できずに声を上げて笑ってしまう。
「茄子の味噌汁も大好物でしたよね、カカシさん」
台所から顔を覗かせてそう聞けば、忍犬の口を必死で塞ぐカカシさんの姿が飛び込んできた。
その姿が上忍らしくなく慌てふためいていたから、俺の胸はまた「キュン」なんて初々しい音をたてはじめるんだ。
『なんでもいいよ』
『先生の作る飯が食べられるだけで幸せ』
俺の前では寡黙なカカシさんがいつも口にする精一杯な言葉。それが嘘だなんて思わないけれど、遠回しにしか食べたいものも伝えられない不器用な恋人が可愛くてたまらないなんて。
きっとまた真っ赤になってしまうだろうカカシさんには、口が裂けても言えない。
物静かで口数少ないカカシさんのことを俺はずっと寡黙な人だと思っていたのだが、どうやらそれは勘違いらしい。
らしいというのは、カカシさんが饒舌に語っているところを見たことがないので本当のところはよくわからないからだ。
第一カカシさんが家に転がり込んできたのも、任務帰りに報告所にやって来た姿があんまりにもくたびれ果てていたから、少しでも元気になってもらおうと食事に誘ったのがきっかけだった。
それ以来だろうか? 気づけばいるというくらいに入り浸られて、いつの間にやら空気みたいに居ついてしまった。
まぁ俺も、カカシさんと居ると一人暮らしの寂しさが紛れてちょうどよかったのだが。
カカシさんは寡黙に加えてとても恥ずかしがり屋だ。
何を聞いても「ん」とか「いいよ」しか言わないし、会話をしようとすると何故か視線をそらされる。でもそれは面倒で避けているという感じでもなく、思春期の頃に味わった甘酸っぱい思い出を彷彿とさせてくれるから、俺もなにやら照れくさい思いをしてしまうのだ。
カカシさんと色っぽい関係になったのは、家に転がり込まれて少し経った頃だろうか。
なにやらもじもじしているなぁなんて、せんべいを齧りながら炬燵でまったりしていたら、音も立てずににじり寄ってきたカカシさんが、そっと口布を下げたのだ。
あれは本当にびっくりした。
一緒に暮らしていると言ってもカカシさんは里の誉れと讃えられている上忍だから、四六時中一緒に居るわけでもないし、朝起きたら畳に転がっていたとか、俺が寝ている間に出立した後だったりしてカカシさんの素顔を拝む機会なんてほとんどないに等しかった。
それがである。
何の予告もなしに目に飛び込んできた端正な素顔に、俺は一瞬放心していたと思う。
カカシさんの色っぽい口元や、けぶるような銀色の睫毛があんまりにも綺麗で、俺はすっかり見惚れてしまっていた。
男とか女とか関係なく、綺麗な顔の威力って本当に凄いよな。
そんな状態の俺だったから、カカシさんが何かボソボソと言っているのも上の空で、認識したのは「…いい?」という言葉だけ。
いい?
何が良いんだろう?
先にお風呂に入っていい?
それとも、あれか。
俺が今食べているせんべいを一枚貰っていい、かな?
とにかくカカシさんの「…いい?」に答えるべく反射的に頷いた俺は、目にも留まらぬ速さでのしかかってきたカカシさんに、とんでもないところをあれやこれやと弄くり回されて、筆舌に尽くしがたい快感の海に流されたのである。
あぁぁ! あの時のことは、今思い出しても恥ずかしくてどうにかなってしまいそうだ。
何故あんなことになったのか。
息も絶え絶えのまま布団の上に転がされた俺が最後の力を振り絞って聞いた「なぜ?」の言葉に、寡黙なカカシさんが顔を真赤にしたまま答えた言葉はたった一言。
『だって恋人でしょ』
へぇ、俺たちって恋人同士だったんだ。
いつからだろう。
知らなかったなぁ。
まだ何か挟まっている様な感覚がある場所をジンジンさせながら考えていたら、カカシさんがそっと俺の髪を撫ぜた。
そりゃあ愛しそうに何度も、なんども。
その仕草が本当に優しくて、こんなに高名でかっこいい人が恋人だって言うんだから、もうそれでもいいかと俺はヘラヘラ笑いながら思った。
あれから幾月を経て今である。
「そんなところに座っていたら、うっかり踏んづけちまいますよ」
足元にちょこんと鎮座したパックンへ声をかければ、カカシさんの忍犬は尻尾をふりふり「今日の飯は何か」と聞いてくる。
「そうですねぇ」
寒いから鍋かな、なんて思いながらも、何かいいたげな忍犬の表情に首を傾げた。
「パックンは何がいいと思います?」
「ワシとしては、脂ののった魚なんていいと思うのじゃが」
「…魚か」
思い出す限り、魚の買い置きなんてなかった気がするが。
確認するべく冷蔵庫を開けば、普段は隙間だらけの庫内に忍ばされた贈り物。それが誰からなんて考えるまでもないこと。
「さきほどカカシと買い物に行ったら、旨そうな秋刀魚があってな」
カツカツと爪先で冷蔵庫を引っ掻いた忍犬の目配せに、またかと思わず顔が綻んでしまう。
「ではせっかくなので、今夜は秋刀魚を焼きますか」
「うむ」
軽くウィンクして答えた俺に、忍犬は満足そうに頷くと、いそいそと隣の部屋へと消えていく。
ついで聞こえる話し声に、思わず顔が綻んだ。
「おいカカシ、今夜の飯は秋刀魚になったぞ」
「…そ」
「作戦通りじゃな」
「ありがと、パックン」
耳を澄ませずとも聞こえてくる主従の可愛い内緒話。俺は吹き出すのを堪えつつ「ついでに茄子の味噌汁もつけちゃおうかなぁ」なんて大きな独り言を話すのだ。
「やったな、カカシ! お主の…むぐっ」
「しーっ!! 声が大きいよ、パックン!」
慌てたカカシさんの声に、俺はとうとう我慢できずに声を上げて笑ってしまう。
「茄子の味噌汁も大好物でしたよね、カカシさん」
台所から顔を覗かせてそう聞けば、忍犬の口を必死で塞ぐカカシさんの姿が飛び込んできた。
その姿が上忍らしくなく慌てふためいていたから、俺の胸はまた「キュン」なんて初々しい音をたてはじめるんだ。
『なんでもいいよ』
『先生の作る飯が食べられるだけで幸せ』
俺の前では寡黙なカカシさんがいつも口にする精一杯な言葉。それが嘘だなんて思わないけれど、遠回しにしか食べたいものも伝えられない不器用な恋人が可愛くてたまらないなんて。
きっとまた真っ赤になってしまうだろうカカシさんには、口が裂けても言えない。
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