狭い半個室の中で顔つき合わせて数時間。
ストレス発散どころかまるで通夜のような状況に、すっかり冷めてしまったビールを口に含んだ。

「そんな、悩むことでもねぇんじゃねぇの?」
「考え過ぎは良くないぞ」

コテツが言えば、すかさずイズモもそのとおりだと頷く。

「わかってるよ」

ひょんなことから知ってしまった古い友人の性別が、里でも珍しいオメガだった。それはそれで驚きこそしたものの、だからといって差別するつもりなんてない。
むしろ受付でアルファ達がやたらこの友人を構いたがったのは、そういう理由だったのかと妙に納得したくらいである。
それが晴れて里の誇るアルファと番になったというのだから、めでたい意外になんの不安があるというのか。

「お前のことだから、どうせカカッさんには聞いてねぇんだろ?」
「………」

無言は肯定の証。黙り込んだイルカの表情は果てしなく暗い。

「おいおい」

気に病みすぎだろと軽く叩いた肩に、泣き出しそうな表情をしていたイルカが無理やり笑顔を作るのに眉を潜めた。
良く言えば朗らか(悪く言えば大雑把)な友人が、意外と自分の事には思い悩むタイプであるということを知っているのは付き合いの長さ故。だから余計にこの状態のイルカは放っておけないと、残り少なくなったビールを飲み干しておかわりを注文する。

「取り敢えず、今日は呑め」

イルカにもそう促して、冷えたジョッキとともに現れた新しいビールをグビリと喉に流し込んだ。
カカシとイルカが番になって暫く経つが、こんな相談をまさか友人から受けるとは思わなかった。
男同士の笑い話としてシモネタを話すことはあるものの、何と言ってもイルカはオメガだ。
所謂受け入れる性についてなんとアドバイスして良いものやらと、アルコールの回った頭で考えながら、イワシはチラリと隣のイルカを盗み見る。
つまみの枝豆に齧りつきジョッキを煽る姿は男そのもので、カカシがどうしてこんな無骨な男を番に選んだのか理解に苦しむ。
だってよぉ、色気なんてこれっぽっちも感じないねぇもんな。
友人としての付き合いが長いせいか、はたまたイワシがベータだからか。イルカがオメガだと知った今でも何かの間違いではないかと思ってしまう。
第一ヒートにでも当てられてなきゃ、男とセックスしようなんて気になるわけないんじゃねぇか?
自分がガチガチの固定観念に縛られていることを理解しているからこそ口にはしないものの、思い悩んでいる様子のイルカを見捨てられないのも事実なのだ。

「その…、誘ってみたりとかしたのかよ」
「………」

うっと言葉に詰まったイルカが恥ずかしげに視線を彷徨わせる。
いくらイルカがオメガとは言え、こんな男同士の生々しいアレの話はしたくない。イズモも同じなのだろう、勘弁してくれとばかりにうわぁ…っと天を仰ぐ。
しかしそんな二人とは対照的に、ツマミを漁っていた箸でコテツがイルカを指した。

「ってかお前下手くそなんじゃねぇの?」
「コテツッ!」

ガツリと拳骨を御見舞されたコテツが頭を抱えて蹲る。

「イッてぇなイズモッ! こういうことをはっきり言ってやるのが友達ってもんだろっ!」
「友達でも言って良いことと悪いことがある」
「じゃあイルカが下手くそのままでも良いってのかよっ! 俺ならよぉ、彼女がしてして~なんて迫ってきたら、そりゃもう一晩中だって」
「お前と一緒にするなっ」
「はぁ? なんだそりゃ。じゃあお前は違うってのかよ」
「俺だって疲れてしたくねぇ時くらいある」
「んだよ、スカしやがってっ! モテますアピールかよ」
「待て待てお前ら」
「うるせぇっ! お前はどうなんだよイワシ!」
「お、俺の話はいま関係ねぇだろ」

仲裁に入れば思わぬとばっちりを受けて、声が上ずった。

「…そうだよな」

ぐすん。顔をくしゃりと歪めたイルカが涙混じりに鼻をすするのに、ピタリと三人の動きが止まる。

「発情期にしか求められないなんて、おかしいと思ってたんだよ」
「いやいや、イルカ。お前が下手だって決まったわけじゃ…」
「はっきり言ってやれよ、イワシっ」
「コテツッ! お前はちょっと黙ってろっ!」

これ以上刺激するなと怒鳴りつけるも時既に遅し。底辺まで凹んだらしいイルカがじとりとした恨みがましい視線でこちらを見ていた。

「…でもよ。カカシさんみてたらなんかこうムラムラするし」

確かに見た目はイルカよりも綺麗だ。
色も白いし、何と言っても匂い立つような色気を感じることもある。(だからといって欲情したりはしないけど)

「発情期以外でもしたいな、なんて思っちゃいけないのかよ」
「イルカ…」

これ以上は聞きたくない。だけどこうして相談を受けてしまった以上聞かねばならぬジレンマに、ヒクリと口元が引き攣った。

「んなこと考えるなんて、…俺がめちゃくちゃ性欲強いみたいじゃねぇか…ッ!!」

男だから普通だろと言ってやりたいが、突っ込まれる側の感覚を知らないから言葉に詰まる。
うわーんと机に突っ伏したイルカの背中を撫ぜながら、カカシの飄々とした姿を思い出す。
性豪という様な風貌ではないが、何と言ってもそこは歴戦の雄である上忍だ。
それに、イルカと番になる前のカカシの艶っぽい噂話は嫌というほど耳に入ってきている。

………アッチが弱いわけがない。

「ほ、ほら、お前の身体を気遣ってるのかもしれねぇだろ」

オメガの身体のことはアカデミーで習った程度のことしかわからないが、もともと男の体は受け入れるようには出来ていない。
経験したこともないし、想像なのだが、やはりかなりの苦痛を伴うのでないだろうか?

「カカシさん、俺の身体に不満があるのかな…」

どうしてそんな話になるんだ。
そもそも不満だったらわざわざ男を番になんて選ばないだろう。

「俺が、セ…セックス下手くそだから……ッ!!」
「ちょっ!!」

あからさまな言葉に、今まで騒がしかった店の中が一瞬にしてシーンとなった。

「だって、誘い方なんてわっかんねぇよっ! 経験だって数えるほどしかねぇし、ましてやカカシさんを喜ばせる方法な……んぐッ!」
「わかったわかったからちょっと黙れって」

興味津々。
辺りが耳を澄ませているのをひしひしと感じながら、掴んだ唐揚げでイルカの口を塞ぐ。
まだモゴモゴと何か言いかけるのに、もう一つおまけとばかりに口の中に突っ込んだ。

「あ、こんなところにいた」
「ヴーッ!」
「「「はたけ上忍っ!!」」」

助かった。
ひょっこり顔を覗かせた話題の張本人に、思わず安堵の声が漏れる。 

「おや…随分呑んでますね」

机の上に並んだジョッキをちらりと見て、唐揚げを口に突っ込まれた状態のイルカにぷっと吹き出した。
パンパンに膨れた頬に涙混じりの酷い顔。そんな姿でも愛しいと、視線だけでそう言ってカカシが酔っ払ったイルカの手をつかむ。
腰を抱えるようにして抱き寄せて、首筋や耳に顔を寄せた。スンっと匂いを嗅ぐ仕草。イワシたちにはわからないが、カカシに匂いを嗅がれたイルカが一気に顔を赤くする。

「やっぱりそろそろですよね、発情期」
「カカ…ッ!」

アワアワと慌てふためくイルカが、漸くのことで口の中の唐揚げを飲み込んだ。

「巣作り、しておきましたよ。…先生に気に入ってもらえると良いな」
「ふぁ」

耳元でこっそりと囁かれた睦言に、目を白黒させるイルカをカカシが安々と抱え上げる。
と言うかバッチリ聞こえてますから、はたけ上忍。
何が発情期以外求められないだよ。待ちに待たれてるじゃねぇか、アホくせぇ。

「あー…、迷惑かけたみたいでごめんーね」 

バツが悪そうな含み笑いに、気にしないでくださいと両手を振る。

「勘定はもつから、好きに呑んで」
「サンキュっす」
「よっ! はたけ上忍太っ腹――イッテッ!」

寧ろありがたいと、拝みだす勢いのコテツの太ももをイズモが思い切り抓った。
その様子に笑ったカカシがイルカを抱えたまま白煙を上げて消えていく。

一瞬の沈黙の後。

「…なんか、良かったよな」

ボソリと呟いたイズモの言葉に、乾杯とばかりに三人でジョッキを打ち鳴らした。
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