「ただいま」

ガチャリと扉を開けて見たものの、返事のない室内にはて?と思う。
今日は休日でイルカの仕事は休みのはずだし、サクヤをつれて散歩にでも出かけたのだろうかと思い、ドサリと背負っていた鞄を下ろす。
見渡した部屋の中はどこもかしこもイルカとサクヤの気配がいっぱいで、カカシは帰ってこられた安堵感にホッと息をついた。
不意に子供のはしゃぐ声がして庭先に眼をやると、イルカが何やら一人で懸命に木を立てようと奮闘している最中だった。

「危ないからそこでじっとしてるんだぞ」
「う」

まだ歩くのはおぼつかないが、ことハイハイに感しては物凄いスピードをほこるサクヤだ。
木が倒れでもしたら大変だと背後に気を配りながらも打ち込んだ杭の中に先端を埋めた。

「出来た」

満足気に呟くイルカが、空を見上げてにじみ出た汗をグイッと拭った。
この季節にしては高い気温に、上気した頬が赤く染まっている。

「かー」

イルカのまわりをウロウロとしていたサクヤが、縁側までやってきたカカシに気づいてパチパチと手を叩く。
つられてイルカも振り返った。

「あっ! おかえりなさい、カカシさん」

ニコリと微笑まれて、カカシも微笑み返す。
どこにでもあるような挨拶一つにも幸せを噛み締めてしまう。

「何してるんですか?」
「あ~、こどもの日なので」

そう言って、チョイチョイと縁側においてある箱を指差す。
色鮮やかな魚達がきちんと折りたたまれて収納されていた。

「・・・これ?」
「鯉のぼりです」

てとてとと歩くサクヤの手を引いて縁側まで戻ってきたイルカが、目の前でバサリと広げてみせる。

「ギョー」
「違うだろ、まぁ、魚だけどこれは鯉のぼり」

あまりの大きさに、サクヤがすっぽりと入ってしまいそうだ。
実際、ほらっと鯉のぼりの中にサクヤを入れて、口から顔を出すのを見て楽しそうに笑っている。

「大きいですね」
「なんせ、初めてなので」
「ん?」
「奮発しました」

カカシさんから頂いた生活費でと、小さく呟いてすいませんと両手を合わす。

「構いませんよ」

普段、どうしてそんなに節約するのかと思うほど慎ましい暮らしをする倹約家のイルカだ。
カカシの通帳を渡してはいるものの、ほとんど引き出した形跡は見られない。

「今月は予算オーバーなので、厳しくなりますけど・・・」
「え!? これは特別経費で良いじゃないですか」
「そういうわけには」

ブンッと首を左右に振って、腕を組んだ。
どうやら本気で節約生活を実践するらしい。
これは毎日もやしとかになるんじゃないだろうなと、カカシは少し不安げに眉をひそめた。

「大丈夫ですよ。外食を控えるだけですから」
「外食って、一楽でしょ」
「う・・・」
「まーたオレのいない間に入り浸ってませんでしたか?」

藪蛇だったのか、疑るような視線に慌てて首をふる。

「サクヤがいるのに、そんなことしませんよ」
「じゃあ・・・、毎日カップラーメン食べてたんじゃないでしょうね」

ズバリと切り込んだカカシに、ウッと言葉をのむ。

「バランスの良い食事をしないと身体に悪いって言ったじゃないですか」
「さ、サクヤにはちゃんとした食事を・・・」
「あなたも」

チョンっと鼻先をつつくと、両目を閉じたイルカが大仰に掌で覆った。

「すいません・・・」

チラリと上目遣いで謝られて、呆れたように微笑んだ。

「ま、次の任務まではオレが腕をふるいます」
「そんな、カカシさんに食事を作らせるなんて」
「器用なの知ってるでしょ」
「それはまぁ・・・」
「期待してて」

美味しいの作るからと言って、鯉のぼりの口から顔を覗かせているサクヤを救出した。

「うあっ」

楽しかったのだろう、鯉のぼりと同じように口を開けてカカシにかぶりついて来る。
カプリと小さな唇が頬に当たるのに、カカシは声をあげて笑った。



*****



悠々と大空を泳ぐ鯉のぼりを見上げながら、出来立ての柏餅をパクリと一口。
うまっと呟くイルカが嬉しそうに顔を綻ばす。
こぼれ出た餡をすくってサクヤの口に放り込んだ。

「うまー」
「旨ぇなぁ」

頷き合う姿に自然に笑みが零れた。

「助かりました」
「一番大変だったの、イルカ先生でしょ」

なんせ、支柱をたてるのが一番の力仕事だ。
土遁が使えないイルカだから、さぞかし骨が折れたことだろう。

「俺も、こうやって父ちゃんが揚げてくれてたんで」

ボソリと口にした言葉に、頷いた。
どこか懐かしんでいるような表情に、思わず抱きしめたくなる。

「また来年も一緒に揚げましょう」

縁側に隣同士で腰掛け、肩を抱いてそう呟いた。

「はい」

答えるイルカが嬉しそうに表情を輝かす。
庭では空を舞う鯉のぼりを見つめてサクヤがはしゃいで嬌声をあげている。

「ギョー」
「違うだろ、鯉のぼりだって」

笑うイルカが呆れながら訂正するのにもお構いなしに、その小さな手を空へと伸ばした。
捕まえようとでも思っているのか。
そんなサクヤの幼い仕草に、二人は顔を寄せあって微笑みあった。
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