いったい何が悪かったのかなぁ。
わからないままぼんやりと、教員室の窓越しに青い空を見上げた。
突き抜けるように晴れ渡った空とは反対に、イルカの心はまるで暗くて深い沼のようだ。
あの日から数週間経つが、カカシを見かけることは無くなってしまった。
イルカも教師の仕事が立て込んでいたので受付に座ることも少なくなり、彼が何の任務に付いているのか把握することが出来ないでいた。
まぁ、暗部の任務に就いていたとすれば、イルカなどが知る術もないのだが。
「・・・・・」
いつもひょっこりと現れるカカシの姿を思い出す。
あれはきっと偶然なんかじゃなくて、わざとイルカの前に姿を見せていたのだと、会えなくなった今ならわかる。
もしかしなくても避けられてるのかな・・。
脳裏に浮かんだ言葉に胸がキュッと締め付けられた。
いや、そんなことねぇ。きっと気のせいだ。
不安な気持ちを振り払うように首を振って、任務で忙しいのだと自分に言い聞かせる。
そうだ。正規部隊と暗部を兼任するトップクラスの上忍だぞ。
今まで里に常駐していたのが不思議なぐらいなのだ。
だけど・・、と。言い知れぬ不安は拭い去ることも出来ず、つい重苦しい溜息をついてしまう。
机の上に広げた弁当はさっきから少しも減ることもなく、貴重な休憩時間が無駄に過ぎていくばかりだ。
そんな風に思い悩んでいたものだから。
「食べねぇの?」
「へっ・・?」
不意にかけられた声にも反応できず振り返れば、気安く近づいてきた同僚の姿に少しばかり驚いた。
「ぼんやり空ばかり見てよぉ」
「あー・・、最近食欲なくて」
「珍しいこともあるもんだな。いつも旨そうに食ってんのに」
「そ、そうか・・?」
「満面の笑みでな。そういやちょっと痩せたか?」
「・・・っ」
ひょいと覗きこむ視線から逃れるように視線を逸した。
確かに少し痩せたかもしれない。なんせここ数日あまり食べられていないのだから。
「ちょっと腹の肉が気になってな。鍛錬を兼ねてダイエット中」
「鍛錬してるなら余計にちゃんと食えよ。あ、これ来月の課外授業の日程表な。必要なら演習場の予約とっとけ」
ガハハと笑いながらプリントを手渡された。
受け持っているクラスの授業の進み具合を鑑みて、空いている場所に目星をつける。
そろそろ卒業を控えている子供たちは扱う術の威力も増しているから広めの演習場が必要だと、持っていた箸を鉛筆に持ち替えて名前を書き込んだ。
「ねぇ! あれ、はたけ上忍じゃない?」
「うそ? どこ?」
「ほらあそこっ!」
わぁっと聞こえたくノ一たちの喧しい声に、ピクリと鉛筆を持つ手が強張る。
「あー・・、まーた別の女かよ」
「え・・?」
カカシの名前と、別の女という言葉に嫌でも身体が反応してしまう。そんなイルカにフンッと鼻を鳴らした同僚が、口元をへの字に曲げた。
「最近お盛んなんだよな~」
「・・お盛んって・・何の話だ?」
「お前知らねぇの? 至る所で女ぶら下げて。俺が見た中でもう3・・いや、4人目か?」
「嘘だろ?」
てっきり暗部の任務で里には居ないと思っていたのに。
妬み半分で呟いた同僚が顎で示す場所を辿れば、木陰の下にカカシの姿を見つけて思わず握っていた鉛筆に力が入った。
尖った鉛筆の芯が、ボキリという音とともに紙の上で小さく砕ける。
それすらも構わずに、陽の光に照らされてキラキラと輝く銀髪を視線で追った。
「あ・・」
「上忍様はとっかえひっかえで羨ましいよなぁ」
「・・・・・」
「暫く浮いた噂話もなかったってのに・・ってかあれ、巴先生じゃね?」
言われて眼を見開いた。
カカシの姿しか眼に入っていなかったが、確かに彼と顔を寄せあって楽しげに話しているくノ一は巴だった。
「そう、だな・・」
「嬉しそうに。いったい何を話してんのかねぇ」
「・・仕事の話じゃないか?」
「んなわけねぇだろ。あのヒトまだ上忍師でもないし」
関わりがないと言い切られて、思わず口ごもった。同僚の言うとおり、卒業した子供たちは、彼の手によってことごとくアカデミーに送りかえされている。
「変な詮索するなよ」
「あぁ? 気になんねぇの?」
「ならねぇよ、んなこと」
「なーに怒ってんだよ、イルカー」
何を話しているのか。詮索するなはと言ったものの、気にならないわけがないじゃないか。
眉を顰めるイルカの肩を抱いた同僚が、額当てごと頭を鷲掴んだ。そのまま髪をグシャグシャと撫ぜられる。
「怒ってねぇ! 触んなっ」
「んだよ照れちゃって。かわいいなー」
「はな、・・せっ!!」
ゲラゲラ笑う同僚の頬を手で押しやった瞬間、カカシの指が巴の髪に触れるのが見えた。
爪の先まで整えられた長くて綺麗な指先が自分ではない人に触れる。その事実に思わず声が漏れた。
嫌だ。そう口にしても、彼には届かないというのに。
「――――・・ッ!」
そっと耳元に顔を寄せたカカシが何かを囁くと、うっとりと見上げる巴の唇が「あとで」と動く。
互いに笑い合い、はにかんだ巴の顔が赤く染まるのに言葉を失って。
「・・・・・」
イチコロだなー、と。呆れたように呟く同僚の声に頷くことも出来なくて、そっと顔をそむけた。
二人の姿を見ていたくないのに、気配だけは必死で追っている自分が嫌になる。
「しっかし、直ぐに相手にされなくなるってのに、女ってのはなんていうかタフだよなぁ」
「・・・あんまジロジロ見んなよ」
「良いじゃねぇか、別に」
見せつけるためにあんなところでイチャついてんだよと、誂うような口調の同僚に、あぁそうかと何かがストンと胸の中に落ちた。
「・・そいうやお前、はたけ上忍と懇意にしてたんじゃ・・・」
「してねぇ」
「は? よく呑みに行ったりしてたじゃねーか」
「教師が珍しくて、声かけてもらってただけだよ」
そうだ。
直ぐに相手にされなくなるって、今だって言っていたじゃないか。
ほんの少しの興味本位で手を出されて、こっちが本気になった頃には既に飽きられてる。
彼にとってはただの毛色の変わった遊び相手。邪魔になればいつでも捨てることの出来る使い捨ての道具と一緒なのだ。
そんな男に翻弄されて、あまつさえ好きになったなんて。
バカバカしい。
そう思っているのに、ジンと眼の奥が熱くなるのを止められない。
「・・・それだけだ」
振り絞って出した声は、震えていないだろうか?
表情は?
俺は普段と変わりなく振る舞えているか?
戻ってきた巴の浮き立った様子と、その周りを囲んだくノ一達の囃し立てる声にどす黒い何かが胸に渦巻いていく。
嫌だ。聞きたくない。
「イルカ?」
ノロノロとした緩慢な動きで立ち上がると、訝しげに名前を呼ぶ同僚にも振り返らずに教員室を後にする。
折れて砕けた鉛筆の芯が、まるで自分の心のようだと思った。
わからないままぼんやりと、教員室の窓越しに青い空を見上げた。
突き抜けるように晴れ渡った空とは反対に、イルカの心はまるで暗くて深い沼のようだ。
あの日から数週間経つが、カカシを見かけることは無くなってしまった。
イルカも教師の仕事が立て込んでいたので受付に座ることも少なくなり、彼が何の任務に付いているのか把握することが出来ないでいた。
まぁ、暗部の任務に就いていたとすれば、イルカなどが知る術もないのだが。
「・・・・・」
いつもひょっこりと現れるカカシの姿を思い出す。
あれはきっと偶然なんかじゃなくて、わざとイルカの前に姿を見せていたのだと、会えなくなった今ならわかる。
もしかしなくても避けられてるのかな・・。
脳裏に浮かんだ言葉に胸がキュッと締め付けられた。
いや、そんなことねぇ。きっと気のせいだ。
不安な気持ちを振り払うように首を振って、任務で忙しいのだと自分に言い聞かせる。
そうだ。正規部隊と暗部を兼任するトップクラスの上忍だぞ。
今まで里に常駐していたのが不思議なぐらいなのだ。
だけど・・、と。言い知れぬ不安は拭い去ることも出来ず、つい重苦しい溜息をついてしまう。
机の上に広げた弁当はさっきから少しも減ることもなく、貴重な休憩時間が無駄に過ぎていくばかりだ。
そんな風に思い悩んでいたものだから。
「食べねぇの?」
「へっ・・?」
不意にかけられた声にも反応できず振り返れば、気安く近づいてきた同僚の姿に少しばかり驚いた。
「ぼんやり空ばかり見てよぉ」
「あー・・、最近食欲なくて」
「珍しいこともあるもんだな。いつも旨そうに食ってんのに」
「そ、そうか・・?」
「満面の笑みでな。そういやちょっと痩せたか?」
「・・・っ」
ひょいと覗きこむ視線から逃れるように視線を逸した。
確かに少し痩せたかもしれない。なんせここ数日あまり食べられていないのだから。
「ちょっと腹の肉が気になってな。鍛錬を兼ねてダイエット中」
「鍛錬してるなら余計にちゃんと食えよ。あ、これ来月の課外授業の日程表な。必要なら演習場の予約とっとけ」
ガハハと笑いながらプリントを手渡された。
受け持っているクラスの授業の進み具合を鑑みて、空いている場所に目星をつける。
そろそろ卒業を控えている子供たちは扱う術の威力も増しているから広めの演習場が必要だと、持っていた箸を鉛筆に持ち替えて名前を書き込んだ。
「ねぇ! あれ、はたけ上忍じゃない?」
「うそ? どこ?」
「ほらあそこっ!」
わぁっと聞こえたくノ一たちの喧しい声に、ピクリと鉛筆を持つ手が強張る。
「あー・・、まーた別の女かよ」
「え・・?」
カカシの名前と、別の女という言葉に嫌でも身体が反応してしまう。そんなイルカにフンッと鼻を鳴らした同僚が、口元をへの字に曲げた。
「最近お盛んなんだよな~」
「・・お盛んって・・何の話だ?」
「お前知らねぇの? 至る所で女ぶら下げて。俺が見た中でもう3・・いや、4人目か?」
「嘘だろ?」
てっきり暗部の任務で里には居ないと思っていたのに。
妬み半分で呟いた同僚が顎で示す場所を辿れば、木陰の下にカカシの姿を見つけて思わず握っていた鉛筆に力が入った。
尖った鉛筆の芯が、ボキリという音とともに紙の上で小さく砕ける。
それすらも構わずに、陽の光に照らされてキラキラと輝く銀髪を視線で追った。
「あ・・」
「上忍様はとっかえひっかえで羨ましいよなぁ」
「・・・・・」
「暫く浮いた噂話もなかったってのに・・ってかあれ、巴先生じゃね?」
言われて眼を見開いた。
カカシの姿しか眼に入っていなかったが、確かに彼と顔を寄せあって楽しげに話しているくノ一は巴だった。
「そう、だな・・」
「嬉しそうに。いったい何を話してんのかねぇ」
「・・仕事の話じゃないか?」
「んなわけねぇだろ。あのヒトまだ上忍師でもないし」
関わりがないと言い切られて、思わず口ごもった。同僚の言うとおり、卒業した子供たちは、彼の手によってことごとくアカデミーに送りかえされている。
「変な詮索するなよ」
「あぁ? 気になんねぇの?」
「ならねぇよ、んなこと」
「なーに怒ってんだよ、イルカー」
何を話しているのか。詮索するなはと言ったものの、気にならないわけがないじゃないか。
眉を顰めるイルカの肩を抱いた同僚が、額当てごと頭を鷲掴んだ。そのまま髪をグシャグシャと撫ぜられる。
「怒ってねぇ! 触んなっ」
「んだよ照れちゃって。かわいいなー」
「はな、・・せっ!!」
ゲラゲラ笑う同僚の頬を手で押しやった瞬間、カカシの指が巴の髪に触れるのが見えた。
爪の先まで整えられた長くて綺麗な指先が自分ではない人に触れる。その事実に思わず声が漏れた。
嫌だ。そう口にしても、彼には届かないというのに。
「――――・・ッ!」
そっと耳元に顔を寄せたカカシが何かを囁くと、うっとりと見上げる巴の唇が「あとで」と動く。
互いに笑い合い、はにかんだ巴の顔が赤く染まるのに言葉を失って。
「・・・・・」
イチコロだなー、と。呆れたように呟く同僚の声に頷くことも出来なくて、そっと顔をそむけた。
二人の姿を見ていたくないのに、気配だけは必死で追っている自分が嫌になる。
「しっかし、直ぐに相手にされなくなるってのに、女ってのはなんていうかタフだよなぁ」
「・・・あんまジロジロ見んなよ」
「良いじゃねぇか、別に」
見せつけるためにあんなところでイチャついてんだよと、誂うような口調の同僚に、あぁそうかと何かがストンと胸の中に落ちた。
「・・そいうやお前、はたけ上忍と懇意にしてたんじゃ・・・」
「してねぇ」
「は? よく呑みに行ったりしてたじゃねーか」
「教師が珍しくて、声かけてもらってただけだよ」
そうだ。
直ぐに相手にされなくなるって、今だって言っていたじゃないか。
ほんの少しの興味本位で手を出されて、こっちが本気になった頃には既に飽きられてる。
彼にとってはただの毛色の変わった遊び相手。邪魔になればいつでも捨てることの出来る使い捨ての道具と一緒なのだ。
そんな男に翻弄されて、あまつさえ好きになったなんて。
バカバカしい。
そう思っているのに、ジンと眼の奥が熱くなるのを止められない。
「・・・それだけだ」
振り絞って出した声は、震えていないだろうか?
表情は?
俺は普段と変わりなく振る舞えているか?
戻ってきた巴の浮き立った様子と、その周りを囲んだくノ一達の囃し立てる声にどす黒い何かが胸に渦巻いていく。
嫌だ。聞きたくない。
「イルカ?」
ノロノロとした緩慢な動きで立ち上がると、訝しげに名前を呼ぶ同僚にも振り返らずに教員室を後にする。
折れて砕けた鉛筆の芯が、まるで自分の心のようだと思った。
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【恋は銀色の翼にのりて】
恋は銀色の翼にのりて
恋の妙薬
とある晴れた日に
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Home Sweet Home
もう一度あなたと恋を
夜に引き裂かれても
恋は銀色の翼にのりて
恋の妙薬
とある晴れた日に
【Home Sweet Home】
Home Sweet Home
もう一度あなたと恋を
夜に引き裂かれても
2頁目
【幼馴染】
幼馴染
戦場に舞う花
【白銀の月よ】
白銀の月よ
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それゆけ!湯けむり木の葉会
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【その他】
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