手のひらサイズの小瓶を一振り。

はたけカカシはそれをじっと見つめて逡巡した後、小さく小首を傾げた。

「大丈夫なの?これ」

明らかに怪しい液体が入った小瓶を日にすかして、カカシは目の前の人物に疑り深い視線をやった。

団子を口にしたまま、女は少しムッとした顔で口を尖らす。

「最近発見された大蛇丸の研究所から入手した秘薬ですよ」

「それがまた…」

怪しいんじゃないの。
とはなかなか口にはしにくい。
一体、どんな人体実験が行われて作られた薬なんだ。

分析結果の一覧はこれですと、渡された書類に目を通して、カカシは薬と女を交互に見やる。

「今のカカシさんには喉から手が出るほど欲しい物じゃないですか?」

ニンマリ笑う顔は、悪戯をしでかす前の子供のようだ。
いや、この女に限ってそんな可愛いものでもないのだが。

「いらないなら返してください」

伸ばされた手を、サッとよけるとカカシはそれをカバンにしまい込む。

「・・・面白いじゃない」

そう言って、カカシもまた口布の下で共犯者の微笑を浮かべて見せた。

同じ木の葉の里の忍、みたらしアンコよりもたらされたそれは、いわば魔法の薬だった。
言わずもがなカカシにとっては、だ。

ただそれを使うかどうかは、神のみぞ…ではない。



・・・はたけカカシのみぞ知る。



*****



「ねーねー、イルカ先生、お願いしますよ」

のどかな昼下がり、満腹になったお腹をさすっているところにやっていた上忍は、いつもの如く無理なお願いを繰り返した。

「もう術の解読も出来たし、簡単でしょ」

猫撫で声を出してへりくだる里のエリートに冷たい一瞥を向けて、しがないアカデミー教師うみのイルカは声を荒げた。

「嫌です!」
「そんな・・・ッ!センセったら冷たい!!!」

今にも泣き出しそうに眉をヘニョリと下げて、カカシはイルカの腕に縋った。

生徒に【お色気の術】をくらい、女体化した術が解けなくなったイルカを元に戻したのが縁で、めでたく恋人になったカカシには、小さな夢がある。

それは・・・。
もう一度、あの時の女体化したイルカに出会いたい…というものだ。

腕の中にすっぽりと埋もれる小さな身体。
少し濡れたような真っ黒な瞳。
バラ色の頬に桜の花びらのような唇。
腕の中で震えて泣いていた事を思い出すと、今でも股間にグッとくる。

もちろんカカシは本来のイルカを愛してる。
キリッとした眉毛、チャームポイントの鼻傷、朗らかな笑顔、性格だってその心根の優しさは申し分ない。
・・・こんなこと言うのもアレだが、身体も好きだ。

こんなに好きなんだから、彼の全てを愛したいと思うのは、別におかしいことじゃないと思うのだが。
このつれない恋人は、カカシの願いをけして叶えてくれようとはしないのだ。


「お願いします!一回だけで良いですから!!!」

イルカの忍服の袖を引っ張り、腰を低くしたカカシは、飲み会で一夜限りの関係を望む男のようなことを言った。
そんなカカシを見て、唇を噛んで眉を顰める恋人は、頑固そうな表情のままプイッと顔を背けた。

「嫌ですよ、そんなの」
「ケチッ」
「なっ!!」

ボソリと口に出したカカシに、イルカがムッとした顔をする。
こんのエロ上忍!
多分そんな事を思っているんだろうか?握りしめた拳が小さく震えてる。

「そんな変な事ばかり言う人、知りません!」

ぷりぷり怒ってそう言うと、カカシに向かって舌を出した。

そんな子供っぽいところも可愛いんだけどねぇ~とは口に出さず、にカカシは口布の下でニヤニヤと笑った。
顔を赤くして膨れてる顔なんて、今すぐどこかに連れ去って抱きしめてキスでもしたいぐらいだ。
それももう、腰が砕けるくらい濃厚なヤツを。

こんな感じでここのところ毎日のように女体化攻防戦が繰り広げられてはいるが、イルカとの恋人関係はとりあえず順調だ。

五代目火影である綱手からは『痴話喧嘩は家でやれ!』と一喝されるぐらい、里内でのイチャイチャは止まらない。

…まぁ、そう思ってるのはカカシだけで、女体化については、イルカは本当に嫌がっているわけだが。
暴漢に襲われかけたトラウマが、イルカの心に深い傷を負わせてしまっている。
かくいうカカシも、女体化イルカとのアレは未遂に終わっているのだ。
イルカには悪いが、ほんと悔いが残る。
だから、何としてもまたあのイルカに会いたいと、ついつい掻き口説く言葉にも力が入ってしまうのは仕方のないことなのだと思うのだが、愛しい恋人は頑として頷いてはくれなくて。

さて・・・どうするべきかねぇ。

もはや不毛の争いとなっているこの言い合いに、そろそろ決着をつけたいものだと、おかんむりの恋人を見やってカカシは眉を顰めた。



*****



すっかり日も暮れた木の葉の里の居酒屋【木の葉な亭】のカウンターで、カカシは酒をチビチビやりながら、悩ましげに唸った。

あれから本気で怒ってしまったイルカは、カカシがいくら機嫌を取ろうとしても口すらきいてくれないのだ。
全くあの頑固者には困ったものだ。
このままでは、一週間は透明人間の扱いを受けるに違いない。

「う~ん」

「…さっきからなんですか」

唸りながら酒を舐めるカカシに、胡乱げな視線を向けて、隣に座っていたヤマトはついつい声をかけてしまう。

「お前みたいな朴念仁にはわからない話なの、テンゾウ」

「今はヤマトです」

ツンっと顎を突き出すカカシに、ヤマトは真面目な顔で指摘する。
あぁ、もうどっちでも良いじゃないとため息まじりに呟くのだが、彼にとってはそうはいかないようだ。

「それと、僕は朴念仁でもありません」

ちゃんと人の心の機微にも敏感ですよ、先輩と違って。なんて小憎たらしいことを言いながらカカシを睨む。

「あ、そ」

カカシは酒をグイッと煽り、まん丸い目を爛々と輝かせて言いつのる後輩との会話を打ち切った。

「カカッさん、今日は朝までっすか?」

同じく酒を煽るゲンマが陽気に笑いながら干された盃に酒を注ぐ。

「・・・そうね」

どうせ帰っても、怒り心頭な恋人はカカシを暖かく迎えてはくれないだろう。それどころか、『なんでお帰りになったんですか』とか言って氷のような一瞥をくれるのだ。
愛しい恋人に冷たくされるとさすがに堪える…と、カカシはまた長い溜息をつく。

そういや…と、ゲンマが唐揚げを口に放り込みながら、奥の座敷を指差す。

「中忍達の飲み会もここでやってるらしいっすよ」

「えっ!?」

驚くカカシに、ゲンマは咀嚼した唐揚げをビールで流し込んでニッと唇を歪めて笑う。

カカシ達のいるカウンターの斜め後ろ側に大部屋の座敷が数部屋あり、何件かの宴会が開かれていた。
確かに、店内はいつもより少し騒がしい気もしたが、なんせここは居酒屋だ。皆羽目を外して呑みたい事もあるんだろうと、カカシは気にも止めていなかったのだ。

「イルカも多分」

中に…と、視線だけをチラリと座敷の方へやる。

「あ、じゃあ僕ちょっと挨拶に…」
「ちょっとまて、テンゾ」
「ヤマトです」

いちいち訂正するヤマトの肩を押して座らせ、カカシは少しだけ開いている奥の座敷へ視線を飛ばした。

大分と前から呑んでいたのか、かなり出来上がった様子の宴会は、いい具合に盛り上がっていた。


「イルカー、この間のアレやってくれよ!」
「俺も、見てぇ!頼む頼む!!!」
「馬鹿言うな!」
「ノリ悪りぃぞ、イルカ~!」

そうだ、そうだ!という声と、女体化ッ!それ、女体化ッ!と囃し立てる声が響き渡っている。

絶対嫌だ!と抵抗する声が聞こえていたが、あまりに熱望する同僚達に、しばらくして『仕方ねぇな』と苦みばしったイルカの声を耳にする。
そして、変化の声と共にボフンッと煙幕が舞い上がり。
煙幕の中から現れたのは・・・カカシが恋い焦がれたイルカの、女体変化した姿だった。

途端に響く大歓声と手を叩く音、はたまた食器を箸で打ち鳴らす行儀の悪い音で座敷は大変な騒ぎになる。
「イルカちゃーん!!!」と、妙な声援まで飛んだ。

とうのイルカといえば、ビール瓶片手に仁王立ちの膨れっ面で周りを睨みつけていた。
よほど意に添わなかったのだろう。
いつもカカシに強請られていても、あれほど拒絶していた女体変化だ。
ただ、その膨れっ面すら恋に目が眩んだカカシには愛おしく思える。
女の身体に変わり、もともと着ていた服がブカブカになってズリ下がってる姿がまたなんとも言えず可愛い。

「イルカちゃーん、ビール注いで~」
「あ、俺も、俺も!!!」

と、次々と差し出されるコップに、イルカは憮然として瓶を傾ける。
しかし、悲しいかな元は男だ。
手は添わされることなく、鷲掴みのままドボドボとビールが注がれていく。
泡だらけになってグラスから溢れるビールを、同僚たちは慌てて口をつけて啜った。

「ちゃんとやれ、イルカー!」
「俺も、お酌してくれ~」
「五月蝿えお前ら、俺にも飲ませろ!」

囃し立てる同僚達に、怒鳴るイルカが手酌でグラスにビールを注ぐと、一気に煽る。

ゴクゴクと喉を鳴らし、プハーっと息を吐き出して、イルカはアルコールで潤んだ目で同僚たちを見渡し、極上の笑みを浮かべた。

「ウマー!」

微笑んだ顔の殺人的な可愛さに、同僚たちは頬を染めてボゥッとし、少し前屈み気味でモジモジとする。



「・・・チッ」

カカシは思わず舌打ちして酒を流し込んだ。
なんだアレは。
カカシが必死に頼んだ時は頑なに拒否したクセに、同僚に言われるがままに変化したイルカに、言いようのない憤りを感じる。
しかもあんな可愛い顔を自分以外の男達に晒すなんて!

「…まぁまぁ、落ち着いて」

面白がるゲンマが高楊枝を上下に揺らしてカカシの肩を叩く。

「確かに可愛いですね」
「お前は見なくていいのよ」

キッと厳しい視線をヤマトに向けて、カカシがイライラと頭を掻いた。

「はぁ」

ヤマトはイライラするカカシを尻目に黙々と食べ物を口に運び、静かに酒を呑む。

我関せず。そんなスタンスだ。

そうこうするうちに、追加の酒を持ってきた店員が座敷の障子を大きく開ける。

一回り小さくなったイルカの華奢な背中が見えた。囃し立てる同僚の声に、立ち上がったまま腰に手を当ててビールを煽る姿は、か弱そうなその身にはそぐわない。

風呂上がりの牛乳かよ、と思った瞬間、酔っ払った同僚がフラリとイルカの背後に忍び寄り、ベストの上からグイッと胸を掴んだ。

「ギャッ!!!」

叫ぶイルカが胸を揉まれたまま後ろの同僚を睨みつける。

「てめっ!どこ揉んでやがる!!!」

怒鳴るイルカが身体を捻ってその腕の中から逃れようともがく。

「おぉ!柔け~!!」
「馬鹿、やめろって!!!」

もがけばもがくほど、後ろから胸を弄る力が強くなり、イルカの身体が男の腕の中に埋もれていく。

「色っぽくねーぞ、イルカ!」
「いや、ちょっと唆るかも!」
「あぁん、とか言えよ~!!!」

酔っ払いとは恐ろしい。
こんな状況に大興奮である。

「あぁん」

胸を揉まれたままのイルカも、その場のノリに乗って恥じらって見せた。
大爆笑に包まれた中忍達の宴会は、今や最高潮だった。



「・・・・・・」

もはやセクハラとしか言いようがないような狂宴に、カカシはポロリと箸を落とした。
胸を揉まれたままジタバタと暴れるイルカの姿が頭に焼きついてクラクラする。
今、見ている現実が信じられない。

「あ~…カカッさん…」

絶句するカカシに、ゲンマが苦笑いしながらカカシの目の前で手をプラプラと振る。

「ふっ・・・ふふ・・・」

乾いた笑いを口に出し、立ち上がる。
フラリと座敷に向かって歩き出す後ろ姿を、ヤマトやゲンマは為す術もなく見送るしかない。
途端に炸裂する凄まじい殺気を浴びて、居酒屋【木の葉な亭】は激震に震えた。
騒音と言えるほど賑わっていた店内が、一瞬にしてシンッと静まり返る。

「あ・・・」

とんでもない殺気をぶつけられたイルカの同僚は、酔いも一気に吹き飛び、胸を掴んだまま真っ青になってガタガタと震えだした。

「・・・こんばんは」

座敷の前で立ち止まったカカシが、殺気を纏ったままゆっくりと目を細める。

「…はたけ、上忍…」
「カカシさん…なんで…」

ここに?と唇が小さく動く。

ポケットに両手を突っ込んだまま、恐怖に硬直した中忍達を見やったカカシは、呆然とするイルカに視線を移す。

「イルカ先生」

それは、穏やかな優しい声色だったけれど。
けして笑ってはいない眼が彼の怒りを物語っているようで、イルカは強張っていく身体を止めることが出来なかった。
ゆっくりと伸ばされた手に腕を掴まれる。
ビクリと震えて逃げ出そうとする身体を許さず、圧倒的な力で引き寄せられ、イルカはつんのめって一歩足を踏み出した。

「帰りましょ」

ニコリと笑うカカシに、イルカは顔をヒクリとさせ、唇を噛んで俯く。
促され、掴まれた腕を引かれて歩くイルカに、事の成り行きを見守っていた居酒屋の面々は、ホッとしたように話を始め、凍りついた座敷にも安堵の吐息が漏れる。

「中忍相手に、大人気ねぇ…」

売られていく子牛のようにトボトボと歩いていくイルカの後ろ姿に、ゲンマが哀れみを込めて呟いた。

「本当に」

振り返ったゲンマに、ヤマトが会計伝票をヒラヒラとさせる。

「あっ!!」

ほんっとあの人、大人気ねぇよなぁとヤマトの肩を叩き、ゲンマがジョッキに残ったビールを一気に呑み干した。
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1頁目

【恋は銀色の翼にのりて】
恋は銀色の翼にのりて
恋の妙薬
とある晴れた日に

【Home Sweet Home】
Home Sweet Home
もう一度あなたと恋を
夜に引き裂かれても

2頁目

【幼馴染】
幼馴染
戦場に舞う花

【白銀の月よ】
白銀の月よ
愛しい緑の木陰よ
それゆけ!湯けむり木の葉会

あなたの愛になりたい

3頁目

【その他】
Beloved One(オメガバース)
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