パチパチと火の粉が舞う焚き火を囲みながら、疲れきった身体を隠そうともせずにカカシはボンヤリとその炎を見つめていた。
任務について、もう三ヶ月になる。
なかなか進まない戦況に、同僚達も疲弊の色を隠せないでいた。
獣面が焚き火を囲んで顔を突き合わせていると、話は大体いつも同じものになる。

「こう長引くと、里が恋しくなるよなぁ」

一人がそんなことを言い出すと、我も我もと続く。

「母ちゃんに会いてぇ」
「子供がそろそろ歩き出す頃なんだよ」
「彼女、俺のこと忘れて浮気してんじゃないかなぁ…」
「諜報部の情報、間違ってるんじゃねぇか?」
「俺も思ってた。こんなに長引くなんてありえないよな」

などと、里を恋しく思うが故の愚痴も止まらなくなる。
また、任務が長引くとあれこれと生理的な欲求も溜まってくるのも事実だ。

「・・・俺、ちょっと行ってくるわ」
「またかよ~」
「しつけーと女に嫌われるぜ」
「俺もちょっと・・・」
「若いな、お前ら」

長引く任務のおかげで、色を紛らわすための専任のくの一が数日前から派遣されていた。
そそくさと色を求めて焚き火を後にする同僚達を見送って、空を見上げる。

「・・・お前は? 行かなくて良いのか?」

ふとそんなふうに問われて、声のする方を見ると残った酉面の同僚が弱くなってきた焚き火に枯れ木を放り込むところだった。

「別に」

感情の含まれない声が小さく響く。

「一度試したきりか?」
「・・まぁね」
「くの一達が嘆いてたぞ。お前が連れねぇって」

含み笑いで話されて、カカシはフンっと鼻を鳴らす。
そのまま獣面を横にずらして溜息を付いた。
暗部の中でただ一人、その目立つ髪色から素顔を晒すことを咎められない男は、物憂げな顔をして焚き火を見ている。

「・・・恋人でもいるのか?」

からかうような声ではない。
ただ、尋ねただけ。
そんな同僚の声に、カカシは少しだけ目を見開くとその瞳を優しく細めた。
ほう。
そんな女がこの男にいるのかと、酉面が隠された面の中で含み笑う。

「喧嘩中なんだけどね」

ボソリと呟かれた言葉は酷く弱気だ。

「お前に喧嘩をふっかけるたぁ、気が強いんだな」

なんといっても写輪眼のカカシだ。
冷血、非業、そんな言葉が他里にも轟くほどだというのに、彼の恋人は恐れもしないらしい。

「もう何年も会ってない」
「はぁ?」

焚き火を見つめたまま、拗ねたように紡がれた言葉に、酉面は驚いた声を上げた。

「・・・お前、暗部は兼任で、正規部隊にも所属してるよな?」
「まぁね」
「ってことは、今回は暗部の任務で里外だが、普段は里にも常駐してるんだろ?」

酉面の言葉に、コクリと頷く。
憮然とした表情は変わらず、いや、少しだけ眉が潜められているか。
里に居ても会わないということは・・・。

「・・・里外の女か?」

もしかして、忍びでなく、一般の女。
それともまさか他里の?
勘ぐる酉面に、カカシは憮然とした表情のまま唇を尖らせた。

「んなわけ無いでしょ。里の中忍だよ」
「ーーー中忍? なんて名前だ?」
「・・・なんでそんなこと教えなくちゃいけないのよ」

カカシのような男と付き合うからには、てっきり上忍、若しくは特別上忍かと思っていたが、まさか中忍とはと、酉面は驚いて思わず問い返した。もちろん直ぐに拒否されたが。

「正規部隊と兼任するために火影に呼び出し食らった時にね、初めて会ったの」
「へぇ」

まさか馴れ初めから話してくれると思わなかったと、興味津々で相槌を打つ。

「最初はなんていうの? いつものオレの噂に対する憧れっていうか」

苦笑するカカシがクシャクシャと頭を掻いた。
よく聞く話だ。
里の誉れと言われるカカシに懸想する女は多い。
遊ばれて捨てられるとわかっていても自分だけは違うと思うらしい。

「暑苦しそうな奴だし、垢抜けないししかもドン臭い」
「おぉ・・・」
「しかも、内勤だからのほほんとしてて、初めて会った時はイライラした」

思い出してでもいるのか、綺麗な顔が険しく歪む。
酷い言われようだ。
でもまぁ、第一印象が悪いと後は昇っていくだけだって言うしな。

「こんな平和ボケな中忍、どうにかして痛い目合わせてやれって思うでしょ」
「・・・・・」

そこまでは思わない。
内勤の忍びだって里の為に働いているのだから。
酉面はそう思いながらもカカシを促すために言葉を謹んだ。

「報告所で会うたびにウザいな~、面倒くさいって感じだったんだけど…オレって外面がいいじゃない」
「まぁ、しかもそのツラだしな」

男が見ても整った顔だ。
女がいれこむのもわからないでもない。

「依頼書受けとる時とか、提出するとき。ほんのり顔を赤らめたりなんかして可愛いわけよ」

報告所ねぇ。
そんな可愛い素振りのくの一がいたかね?
暗部にしか所属していない酉面は、うろ覚えな報告所の面々を思い浮かべようとして失敗した。

「だから、ちょっと味見してみようかなぁ~なんて思ってたら」
「へっ」

楽しそうなカカシの顔に、酉面も仮面の内側で笑った。

「報告所出たところで告白されちゃって」

いつも冷淡な顔をしている男の、照れたような顔を初めて見た。
ちゃんと歳相応の顔ができるんじゃないか。
酉面はまるで子供を見守る親のような気持ちで目を細めてそんなカカシを見やった。

「速攻花街の宿に連れ込んだの」
「はぁ?」

うふふと笑うカカシに、思わず突っ込んだ。
いやいや、付き合ってすぐに花街たぁいったいどういう了見だ。
酉面は思わず突っ込みながら微笑みを浮かべるカカシの顔をマジマジと見つめた。
そういえば、幼い頃から戦場育ちだ。
彼の師である四代目はかなり常識からぶっ飛んだ人だったし、女性に対する扱いなんかは教えなかったのかもしれない。

「そしたらもう、フェラは下手くそだし、女と違って身体は柔らかくないし」
「ーーなんだって!?」

今、とんでも無いことを聞いた気がする。
女じゃない!?
大きな声を出した酉面は、シッと唇に人差し指を当てたカカシに睨まれて、言葉を飲み込んだ。

「ちょっと突っ込んだぐらいでヒィヒィ言って泣いちゃうんだよ」
「おいおい」

やや引き気味の酉面の言葉を気にすることもなく、カカシが「でもねぇ・・」と呟く。

「なんかあったかいの」
「・・・そうかよ」

思い出してでもいるのか、ほやんと目尻を下げるカカシを呆れたように見やる。
女にモテてモテて仕方ない彼が、まさか同性の男に走るなんてと、衝撃に言葉が出ない。
面の中であんぐり口を開ける酉面を尻目に、カカシは少しだけ眉を顰めた。

そう言えば、いつも泣いていた。
あんまりにも叫んで泣くから、聞いてるこっちが辛くなって声を出すなと顔をシーツに押し付けた。
それからのセックスも、苦痛に喘ぐ声を聞きたくなくて、酷いことを言った気がする。

「ベタ惚れじゃねぇか」
「ん~」

そんな酉面の言葉に、カカシは煮え切らない返事を返して頭を抱えた。

「なんだよ」
「やっぱり怒ってんのかなぁ」
「・・・怒らせることでもしたのか?」

頭を抱えたまま、チラリと酉面に視線を向ける。
そのまま盛大な溜息を付いたカカシから、何かやらかしたようだと容易に想像できた。

「・・・女と一緒の所を見られた」
「お盛んなことで」
「何もしてないって。ただ話してただけ」

そう。
話していただけだ。
だけど、酷く傷ついたような顔をしていた。
まぁ、その前辺りから少し変だとは思っていたが。

「ちゃんと言い訳したのか?」
「しないよ。だって何も聞かれなかったし」

第一何もなかったと再度言い張る。

「お前なぁ・・・」
「あれから抱かせてくれなくなったんだよねぇ」
「・・・おい」

そんな生々しい話は聞きたくないぞと、酉面は思わず耳をふさいだ。
カカシといえば、ボンヤリと炎を見つめて頬杖を付いている。
今のは独り事のようだ。

「それが原因で喧嘩中ってわけか?」

何年も?
それはちょっとおかしくないかと言いかけて、カカシの顔が険しくなっているのに気づく。

「暗部の任務でオレがチャクラ切れ起こしたの、覚えてる?」
「お前のチャクラ切れは日常茶飯事だろ」

いつのチャクラ切れかなんて覚えてるかと答えると、カカシが苦笑する。

「任務に出る前に変な感じだったから、帰ったらちゃんと話しあおうって思ってたのに酷い任務内容で」
「暗部の任務なんていつも酷いもんじゃねぇか」
「まぁ、そうだけど・・・あの日は仲間が何人も死んで、オレも里に帰るので精一杯だったから」

やっとの事で恋人のところまで戻ってきたのに、気がついたら病室だった。
側で眠りたかったのにと呟くカカシに、酉面が眉を潜めて指摘する。

「それって、嫌われたんじゃねぇのか?」
「は? んなわけないじゃない。心配だから病院に運んだんでしょ」

心外だと言うようなカカシが唇を尖らせた。

「それから何年も音信不通なんだろ? 自然消滅狙って態と連絡取らなかったってーー」
「ーーーそんなッ!」

酉面の言葉を遮って叫んだカカシは、自分の声に驚いたように眼を見開いて、それからウロウロと視線を彷徨わせた。

「・・・だって、好きだって言ってたし」
「気持ちは変わるだろ」
「ーーー好きじゃなきゃ、男に抱かれるわけないでしょ?」
「中忍が上忍、しかも暗部に逆らえるか?」

酉面のセリフに、再度「だって」と力なく呟いたカカシはそのまま視線を地面に向ける。
閉じ込められた病室に、彼は一度たりとも姿を現さなかった。
カカシは扉が開くたびに彼が入ってくるかと胸を高鳴らせて待っていたのに。
何度も飛ばした式は、行方知れずで一度も戻っては来ず、チャクラが回復したカカシはその後も任務に追われ続けてはや数年だ。

「・・・・・」

黙り込んだカカシに、小さくため息を付いて。
酉面は弱くなってきた炎を見つめた。
気づけば随分と長く話していたようだ。

「ーーーセンパイ」

背後に立つ気配に、炎を見つめたままカカシがピクリとだけ眉を動かす。

「・・・なに?」

紡ぎだす声は、先ほどとは打って変わって感情の一切を排除した冷たいものだった。

「敵が動き出しました。ここから南へ数キロ先、移動している所を確認」
「ーーー了解」

弱まった炎につま先で砂をかけて明かりを消す。
獣の面でその氷のような顔を隠したカカシは、ゆっくりと振り返り膝をつく猫面の男にすれ違いざまに小さく囁く。

部隊の招集と作戦の決行。
小さく頷いて音もなく消え去った猫面の姿を確認し、酉面も立ち上がると前を歩くカカシの後を追った。



*****



「お主に受け持ってもらいたい下忍がおる」

漸く完遂した任務の後、呼び出された火影室でプカリと紫煙を吐き出しながらそういった火影の顔を、カカシはぼんやりとした顔で見つめた。
すでにアカデミーの上忍師となって、二年になる。
卒業した生徒たちは、下忍認定試験の後正式な忍びとなるが、カカシは一度も合格者を出していなかった。
上忍師というのは肩書だけで、カカシは今も暗部と正規部隊の兼任の忍びだ。

「今年は、ナルトとうちはの生き残りがおってな・・・」

ナルト、と呟いてカカシは脳裏に懐かしい顔を思い出す。
木の葉の厄災のおり、腹に九尾を封印された師匠の忘れ形見だ。
それにうちはの生き残り・・・。

「・・・オレに務まりますかね」

感情のこもらない淡々とした声で、カカシは三代目の顔を見た。

「お主にしか務まらんじゃろ」

断言されて笑った。
構わない。見込みが無いとわかったら、今まで通りアカデミーに突っ返せばいいのだ。
了解しましたと答えて、カカシは資料を受け取る。
師匠の子供のくせに、アカデミーでの成績は芳しくない。
これはすぐにでもアカデミーへ直行かなと考えて、探るような火影の視線とかち合った。

「暗部はそろそろ引退じゃな」
「こき使って頂きましたから」
「お主が離れんかっただけじゃろ」

何をそんなにしがみついていたのかと、暗に匂わせられ頭を掻いた。

「性に合っていたんですかね」
「・・・逃げていただけじゃろうに」

手厳しい言葉に、カカシは苦笑した。
そうかもしれない。
だけれども、そこにしか逃げ場がなかったのも事実だ。
闇に属するモノから、日向へと引き上げてくれようとする三代目の気持ちはありがたいが、カカシにはそれがまた気が重かった。

「お主はもっと胸を張っていい」
「・・・褒められる生き方なんてしてませんけどね」

笑うカカシに、三代目は苦虫を噛み潰した顔をする。

「悪かったと思っておる」

大戦や、厄災で疲弊した里を立て直すために、酷使してきた。
里を背負って立つべき世代の忍び達が一斉に命を落とし、まだ子供だったカカシにその重責の数々を背負わせた。

「別に三代目に謝ってもらいたいわけではありませんよ」

飄々とした表情で、カカシは何でもないことのように言い放った。
あの頃ならともかく、今はそれが理解できない歳でもない。
ただ、長く浸りすぎていただけだ。

「・・・任せたぞ」

告げる言葉に無言で頭を下げた。
扉を出て行くカカシの背を見つめながら、老いた火影は黙って紫煙を燻らす。
パタリと音をたてて閉じられた扉に、少し考えこむような素振りを見せて、ゆっくりとその瞳を伏せた。
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【恋は銀色の翼にのりて】
恋は銀色の翼にのりて
恋の妙薬
とある晴れた日に

【Home Sweet Home】
Home Sweet Home
もう一度あなたと恋を
夜に引き裂かれても

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【幼馴染】
幼馴染
戦場に舞う花

【白銀の月よ】
白銀の月よ
愛しい緑の木陰よ
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あなたの愛になりたい

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【その他】
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