「眩しッ…」

照りつける太陽を見上げて、イルカは額あてを外し、額に滲んだ汗をグイッと服の袖で拭った。

動いている間はそうでもないが、少し立ち止まると途端に噴き出てくる汗が背中を伝っていく。

下忍になっての数度目の里外長期任務は、中規模野営地の後方支援だった。
いくつかある後方支援地の中で、戦略部が所属する部隊の炊き出しや医療人の手伝いなどで、イルカが戦闘に加わることはないが、そこそこに長引いた戦は集められた忍び達の荒んだ空気でギスギスとした雰囲気を漂わせている。

「今日の飯、何にする?」

隣で同じように額の汗をぬぐっていたヒビキが、長い寸胴鍋を再度抱えようと腕まくりをする。

「そうだな~」

膠着状態が続き、食材の残りもかなり少なくなっている。
次の支援物資が届くまで、全員の腹を満たしながらも食材は持たせなければならない。

ま、最悪兵糧丸さえあれば食材が足りなくなっても一週間ほどならなんとかなるのだが、やはりそれだけでは味気ないとイルカは思うのだ。

「とりあえず、米と汁物は必要だしな~」

具材にする根菜の数を思い浮かべてイルカはため息をついた。

「はぁ…肉、食いてぇ」
「贅沢言うな」

ぼやくイルカをヒビキが小突く。

「いっそウサギでも狩りに行くか?」
「一羽やそこらじゃ足りねーぞ」
「じゃあ川で魚釣り」
「イルカ、水遁得意なんだろ?ドカンと一発大漁やってくれよ」
「バーカ、デカイ術なんか使ったら敵に居場所を教えるようなもんだろ」

笑うイルカにヒビキもそうだよなぁ~と笑いながら天を仰いだ。

同じ日に任務に就いたヒビキとは、下忍同士というのもあって、少し話しただけで仲良くなった。
何度も戦場を渡り歩いているらしく、まだまだ戦地は新米のイルカの面倒もよく見てくれる気さくな奴だ。

戦場といっても後方の比較的安全な場所にいるイルカ達は、そうやって食事の心配などをしながら戦の終結を待っている状態だった。

「おい!お前らッ!モタモタせずにさっさと持ち場に戻れ!」

のんびり顔を見合わせて笑いあっていると、部隊長の厳しい怒鳴り声が飛んでくる。

ビクリと身体を強張らせたイルカは、隣のヒビキの緊張した顔を見て小首を傾げる。

「なんだよ」
「・・・部隊がおかしいぞ」

呟く声に、イルカは野営地の方へ視線をやった。

確かに人の出入りが激しく、隊長及び部隊長クラスの忍び達がどんどんと集まってきていた。

「なんだろ?」

経験の少ないイルカは、そう呟きながら滑り落ちそうな寸胴鍋をよいしょと抱え直す。

「…前線部隊が撤退してきてる。ここが前線に近い野営地になるんだ」
「撤退…?」

硬い声でヒビキは言うと、緊張した面持ちのままイルカに向き直った。

「気を引き締めないと、ヤバイな」

それは、下忍ながらも戦忍の顔つきで、イルカは知らずゴクリと喉を鳴らした。

イルカとて、修羅場をくぐり抜けて来なかったわけじゃない。
高ランクの任務も、上忍師付きだが一応はこなしてきた身だ。
しかし、戦となると話は別だ。
何故か戦場への任務があまり割り当てられなかったイルカは、圧倒的に経験値が少なく、これからここがどうなるのかすら想像できなかった。

その夜は、簡易だがそこそこ使える調理場で、大量の食事を賄った。
ヒビキの言った通り、続々と集まる戦忍達のおかげで、残り少なかった食材もあれよあれよと言う間に無くなっていく。
これは本当に明日食材調達に行かなきゃならねぇなぁ~と思っていたところに、食器を片付けにヒビキがやってきた。

「イルカ、もう飯食ったか?」
「いや、まだだ。これから残り物で飯」

そう言って、底が見えてきた寸胴鍋を斜めにして見せる。

「下っ端は侘しいな」

笑うヒビキも同じ下っ端なので大して量は食べられていない。

「…どうやら戦局が変わりそうだぜ」

不意に表情を引き締めて、ヒビキがイルカに向き直る。
大きな寸胴鍋をひっくり返して、残りの具材をなんとか皿に入れようとしていたイルカは、そんなヒビキの声に動きが止まる。

「さっき、部隊長が話してるのを聞いたんだけどよ。…暗部が投入されるみたいだ」

動かない戦局に、依頼主がとうとう痺れを切らしたようだ。

大局に紛れて向こうの大将の首を取りに行くのか、はたまたこの戦を暗部が仕切るのかはわからないが、どうやらここ数日の間で話はどんどん変わってきてるらしい。

暗殺戦術特殊部隊。
通称、暗部…。
イルカは小さく呟いて、噂でしか聞かない火影直属の部隊を想像した。
獣の面を被り、噂では、顔を見たものは殺されるとか、けして身分を明かさないとか…。
下忍の、しかもあまり長期に渡って里外に出ることのなかったイルカには、彼らは眉唾ものの存在だった。

「忙しくなりそうだ」

飯の支度がと、キリッとした顔でイルカが言うと、笑うヒビキがそういやと、イルカに耳打ちする。

「この戦場も長いから、そろそろ始まるぜ」

ニヤニヤと笑うヒビキに、イルカはキョトンと首を傾げた。

「何が?」
「何がって・・・おまっ・・・それマジか・・・」
「だから何だよ」

訳の分からん言葉遊びをしてる暇はないと、イルカは残り物の味噌汁を流し込む。
僅かに残った芋を味わい、満腹にもならない腹を撫ぜた。

「だーからな、アレだよ」

言葉が通じないヒビキが、イラついたように小指を立てた。

「・・・・・・ッ!!!」

首を傾げていたイルカが、意味を理解した途端にボッと赤くなる。
あぁ、噂に聞く【伽】ってヤツかと、下忍には割り当てられることもない女たちの柔肌を想像して鼻血が出そうになる。

「夜になるとな…あちこちから聞こえてくんだよ、ヨガる声が。それがまた腰にきて堪らないっていうか…」
「わゎっ!」

下品なヒビキの言葉に、イルカは上を向いて鼻をつまむ。

「・・・お前、初心だなぁ」

呆れたような物言いのヒビキの声も、想像力を働かせているイルカには届かない。
里外任務が多いヒビキにはありふれた話だが、この箱入り忍びには刺激が強すぎたようだ。
イルカに、長期の任務がなぜ振り分けられなかったのかを微妙に納得してヒビキは小さく頷いた。

「ま、俺らもはやく昇級して良い目みようぜ」

悪戯っ子のようにウインクし、ヒビキは顔を真っ赤にしているイルカの肩を叩いてそう言った。

あぁ、女抱きたい~と呟きながら食器を片付けるヒビキをチラリと見て、イルカも鼻を摘んでいた指を離す。
確かにヤりたい盛りのお年頃だ。
長期の任務で溜まっていないこともないが…、ヒビキのあからさまな言い様には少し抵抗のあるイルカだった。



*****


翌朝、食材が足りなくなった旨を所属している部隊長に報告し、イルカは、野営地より少し離れた山の上までヒビキと食料調達に出かけることにした。

閑散としていた後方支援部隊の集まる野営地は、続々と集まってきた戦忍達の天幕でかなり手狭になっている。

とは言っても、イルカたちは元々一つのテントに数名詰め込まれた雑魚寝状態だから、なんら変わることもないのだが。

険しい山を登り、木の実や山菜を摘んではいるものの、腹が膨れるような大物には出会えそうもない。

「肉~、肉、肉!!!」
「うるせー」

肉、肉と騒ぐイルカに、ヒビキが笑って毟った草を投げた。

「こうやって口に出してると、ひょっこり現れるかもしれないだろ」
「何だそれ、子供のおまじないか」

馬鹿にするヒビキに、イルカは頬を膨らませた。

「言霊って言うんだよ」
「言霊ねぇ~」

ニヤニヤ笑うヒビキが、ガサリと草木が動く音に敏感に視線を走らせた。

「当たりだ、イルカッ!」

クナイを投げ、音のする方へ向かって走り出す。
イルカも続いて駆け出した。
ものすごい速さで跳躍し逃げる獣を、二人は前後しながら追っていく。
向こうも生死をかけた疾走なので少々傷を負わせたぐらいじゃ倒れてはくれない。

「ヒビキッ!そのまま追ってくれ!」

イルカは獣の逃走経路を確認し、木の上から獣めがけて飛び降りた。

ドンっという鈍い音とともに、クナイが肉に入り込むなんとも言えない手応えを感じる。
ビクビクと痙攣して力尽きていく獣の鼓動に、イルカはグッと唇を噛み締めた。

「やったな!イルカッ!!」

駆けつけたヒビキが息絶えた獣の毛を火遁で焼き切り、血抜きを手早く済ませる。
イルカは荒い息を吐いてブンッとクナイに着いた獣の血を振り落とした。

そこそこに大きい獲物だったので、今日は肉にありつけると、喜び勇んで下山した二人は、シンッと静まり返った野営地に顔を見合わせた。

「…何だ?」

訝しげに顔を寄せてヒビキに尋ねようとしたイルカは、その視界の端にキラリと光る何かを見つけてヒュッと息を飲んだ。

数多の戦忍達の向こう側。
異様な獣面の集団の中に、その男は居た。
里では珍しい銀の髪。
イルカはその髪色を持つ者を二人しか知らない。
はたけサクモと・・・。

「ーーカカシッ!!!」
「おいっ待て!イルカッ!」

ヒビキの引き止める声も聞こえず、ドサリと食材を落としてイルカは男へと走り出す。
まさか、そんなと、考えるより先に身体が動く。
幼い頃、理由も知らされることなく離れ離れになった幼馴染。
カカシは上忍だったから、あの忌まわしい九尾の事件で両親と同じように、もしかしたら亡くなったのかも知れないと思いながらも諦められなかった。
それがこんなところで・・・!

戦忍達を掻き分け、イルカはその銀の髪の男に手を伸ばす。
もう少しで手が届くというところで、ピリッと頬に熱いものが走った。

掌で触れると、ヌルリとした感触と鉄の匂いがしてイルカは目の前の狐面を呆然と見る。

「・・・は・・」

男の右手に握られたクナイから、鮮やかな血が滴っていた。
斬り付けられたと思うより先に、狐面の暗部がそのクナイをイルカの忍服になすりつけるように拭う。

「…何? あんた」

冷たい、感情のこもらない声だった。

「イルカッ!」

慌ててやってきたヒビキが声を出すことも出来ないイルカを背にかばう。

「申し訳ありません!」

狐面を見つめたまま微動だにしないイルカの頭を押さえつけて、ヒビキは一緒に頭を下げた。
急に暗部に飛びかかったイルカに、冷や汗が止まらない。

「なんで下忍がこんなとこにいるのよ」

心底馬鹿にしたような男の声に、騒ぎを聞きつけてやってきた部隊長も慌てたように頭を下げる。

「使い物にならない子はさっさと里に帰しちゃって」

斬り付けられた頬から流れる血が、皮膚を伝ってポタポタと地面に落ちていく。
目の前で自分達を蔑む狐面が、突っ立ったままのイルカ達に鼻を鳴らして背を向ける。
カッとなったイルカは、激情のままに口を開いた。

「使い物にならないか、あんたにはわからないだろッ!」
「イッ!!!」

ギョッとするヒビキが思わず両手でイルカの口を塞ぐが、その言葉に立ち去ろうとしていた暗部が振り返った。

へぇ…と言いながら、狐面が近づいてくる。
その卑しい仮面の下は、きっとニヤついているに違いないと、イルカは怒りを込めて歯を食いしばった。

「生意気だーね。そんなに言うなら最前線に放り出してやろうか」

背筋がゾクリとするほどに冷たい声。
下忍に対して脅しとも取れる暗部の言葉だった。
別にそれでも構わない。
どうせもう天涯孤独の身だ。
イルカが死のうが生きようが、誰も構いはしないのだ。
ただ、もしかしたら…。
もしかしたらカカシが生きていて、どこかで逢えたならとこれまでやってきたのに。

見つけた男は、懐かしい幼馴染とは似ても似つかない横柄な男で。
違う。
カカシはこんな奴じゃなかった。
イルカの覚えているカカシは、綺麗で優しくて、でもどこか寂しそうな眼をしてて…それから…。
遠い記憶を呼び戻して目の前の男と照らし合わせても、銀色の髪以外似てるところは見つからない。

やりゃ良いだろと、吐き捨てるように口に出そうとした瞬間、別の暗部が狐面の肩を掴んだ。

「そこらで止めておけ」
「なによ」

気安く触るなと、狐面がその手を払う。

取り囲むようにこの騒ぎを傍観している忍び達をクイっと顎で示した暗部は、再度男の肩を掴んだ。

「行くぞ」
「・・・チッ」

舌打ちする狐面が、指先で部隊長を呼び寄せると何かを耳打ちした。

「えっ!?」

驚いた顔で狐面を凝視すると、部隊長はゆらりと視線を彷徨わせ、突っ立っているイルカを見やる。

「お願いね」

妙に機嫌のいい声で狐面はそう言うと、漸くイルカ達に背を向けて歩き出した。

「・・・マズイな・・」

隣で苦々しげに呟くヒビキが、暗部を睨みつけたままのイルカの纏めた髪を引っ張った。

「イテッ!」
「ったく、…急に暗部に向かって飛びかかるからビックリするじゃねーか」
「悪りぃ…知ってるヤツかと思ったんだ」

全然違ったけど…と、イルカは俯いて唇を噛んだ。
そうだ。
全く違う。
カカシとは似ても似つかない。
紛らわしい髪色しやがって!

思い出すだけでムカムカしてきたイルカは、遠ざかっていく狐面の姿を憎々しげに睨んだ。
少し固まりかけていた傷に触れ、ピリリとした痛みに顔をしかめたイルカが、苛立たしげにつま先で地を蹴る。

「・・・っ」
「とりあえずその傷の手当が先だな」

宥めるヒビキがテントに帰ろうと促すのに、部隊長が重々しい声でイルカを呼びつける。

とても言い出しにくい、そんな表情で。
部隊長は重い口を開いた。

「夕食の後、暗部が逗留している天幕へ行け」
「え?」
「あの狐面がお呼びだ」
「やっぱりな…」

キョトンとするイルカに、ヒビキが苦々しい声で呟いた。

沈みかけた太陽が、地をゆっくりと茜色に染めていき、夕暮れ時を知らせている。
あの狐面が何の用だか知らねぇが、行ってやるよと意気込んで、とりあえず肉だ!とイルカは勇んでテントに歩き出す。
その後ろ姿を、ヒビキと部隊長は複雑な表情で見つめていた。
せめて無事で帰って来いよと、戦闘地域での生活が長い二人は、世間知らずな下忍の行く末をただ案じることしか出来なかった。
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【恋は銀色の翼にのりて】
恋は銀色の翼にのりて
恋の妙薬
とある晴れた日に

【Home Sweet Home】
Home Sweet Home
もう一度あなたと恋を
夜に引き裂かれても

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【幼馴染】
幼馴染
戦場に舞う花

【白銀の月よ】
白銀の月よ
愛しい緑の木陰よ
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あなたの愛になりたい

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【その他】
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