チュンチュンと、スズメの鳴く声が耳をくすぐる。
開けっ放しの窓が風を含んでふわりと舞うたびに、優しい朝の煌めきが部屋に光をさす。

「・・・ん・・・」

ゆっくりと眼を開いたイルカは、隣にあるはずの温もりを探してベッドの中で右手を彷徨わせる。

何度か彷徨わせても、探し人は見つからなくて。

「・・・・・」

ぼんやりとする眼をこすりながら右側を伺った。

決して広くはないベッドには自分しかいない。

くゎあっと欠伸を一つ、イルカは起き上がって大きく伸びをした。

「…カカシィ?」

呼んでも応えはない。

立ち上がって寝室の隣の襖を開けるが、部屋の隅には丸められた毛布が無造作に置かれているだけで、かぶっていた人物はもういない。

またこんな所で寝て…。

もぬけの殻の部屋に、イルカは大きな溜息をついた。

「何でこっちに入ってこねーんだよ」

一人ごちてみるが、返事が返ってくるわけもなくて。

毛布を片付けようとして、畳についた血糊を見つけ、息を止める。

「…怪我してんのか?」

返り血か、はたまた受けた傷か。
もし後者なら、具合はどんなものだろう。
ちゃんと治療はしたのか?

自分のことにはてんで無頓着で、無茶ばかりする男の事を思って、イルカはギュッと毛布を握りしめた。

もう家を出たということは、また任務だろうか?

カカシが帰ってきたことに全く気づかなかった自分の愚鈍さに情けなくなるが、相手は上忍だ。
イルカに気配を気取らせないぐらい朝飯前なのだ。

ただでさえイルカを甘やかしてばかりのあの男は、イルカの安眠を妨げることを殊更嫌う。

一度、深夜でも構わないから戻ってきたら起こしてほしいとカカシに訴えた時、

「幸せそうに寝てるイルカを起こせるわけないでしょ」

と、さも当然とばかりに返された。

昨夜も多分、イルカの寝顔だけを見て少しの仮眠をとったのだろう。

「俺だって、顔合わせてお帰りぐらい言いてぇのに」

銀髪の、美貌の幼馴染。
一見冷たそうに見えるその顔が、イルカだけに見せる穏やかな笑みを思い出してキュッと胸が痛くなる。

カカシと一緒に暮らしだして、もうどれぐらいになるだろう。
九尾の事件で両親を失ったイルカは、三代目の庇護のもと暫くは火影邸に身を寄せていた。
両親を亡くした者はたくさんいたが、イルカのように縁者すらいないものは少なかったからだ。

あの頃の自分は、親を亡くした寂しさを紛らわせるため、馬鹿をやったり迷惑をかけたりと、三代目や他の大人達の手を煩わせていた。

カカシに再会したのは、そんなイルカが下忍になった頃だ。

「暗部…だったんだよなぁ…」

どういった経緯で暗部に入隊したのか、カカシは話したがらないが、音信不通だった幼馴染を戦場で見つけた衝撃は忘れられない。

それからすったもんだの末、今じゃ恋人として一緒に暮らしてるなんて、人生なんてどこでどうなるかわかったもんじゃない。

畳についた血の跡を濡れた雑巾で拭って、イルカは姿を見せない男を思った。
今でも暗部と兼任しているのか、任務の詳細は受付のイルカですら全て把握出来ていない。

「…大丈夫だよな?」

イルカが心配するのも烏滸がましいほど、他国にもその名を轟かす超絶エリートだ。

茶色く変色した雑巾の染みを見つめながら、イルカはそう呟いた。



*****



「やっぱねぇか…」

アカデミーの授業終了後、一目散に報告所までやってきて依頼書の束をゴソゴソ探っていたイルカは、そう呟いて溜息をついた。

「おいおい、また職権乱用か?」

呆れた同僚の声に、イルカはバツが悪そうに笑う。

幼馴染で一緒に暮らしていることを知ってる数少ない同僚ササミは、そんなイルカを揶揄う事はあっても、責めはしない。

危険な任務に従事する者を待つ身の辛さは、同じ立場の者なら誰でも覚えがあるものだ。

「もう里に帰ってきてるハズなんだけどよ…」

姿を見せない幼馴染に、不安だけが募る。
やはり、怪我でもして病院送りにでもなったのだろうか?
それならば自分に連絡がこないのはおかしいではないか。

不安ばかりがグルグルと頭を回る中、入口近くにいた同僚の呑気な声が報告所に響く。

「はたけ上忍ならさっき火影室の前で見かけたぜ~」
「三代目と分厚い風呂敷包み抱えて火影室に入ってったけど」

なぁ、と顔を見合わせて頷きあう。

・・・分厚い風呂敷包み?

はて?と、イルカは首をかしげる。
任務で大福でも大量に貰ったか?

「…それってあれじゃねぇか?」

訝しむイルカに、ササミがボソリと呟いた。

「見合い写真」

「はぁ!?」

集まってきた同僚達が、一斉に声を上げた。



*****



ササミが言うにはこうだ。

ここ数年を遡って、忍び達の生還率を調べていた三代目が、木の葉の里の将来を憂えてこう言ったそうだ。

『伴侶でもおれば生還率も上がるかのぉ』

煙管を、コンコンと机に打ち付けての独り言かと思ったが、すぐさま彼は近くにいる事務方に指示を飛ばした。

即ち、火の国全土から妙齢の女性達の写真及び釣書を集めろと・・・。

「・・・・・」

三代目の考えは、あながち的外れでもない。

死を目前にして、愛しい者の存在を思い出さない者がどこにいるだろう。
還りたい、何としても…と、我武者羅に生へと執着するだろう。

でも反対に、遺してしまう事への懺悔から、愛する者を持とうとしない忍びもいる。

いつも、少しだけ切ないような表情で任務に向かう銀髪の戦忍の姿が脳裏をよぎる。
幼かったイルカが、あの表情の意味を知ったのは、随分と後の話で…。

「…つーわけで、今、里には火の国中から見合い写真の束が集められてるって噂よ」

「在位期間なげーからな、三代目は。顔の広さは五大陸一!」

感傷に浸っていたイルカは、そんな同僚達の話に我にかえる。

「で、先ずは独身の上忍からってか?」

「俺達にも回ってくっかな~?」

彼女いない歴、早数年のイワシが悶えながら言うと、

「おれ、綺麗系より可愛い系が良いな」

などと、同じく彼女いない歴ン年の同僚が拳を握りしめて力説した。

「イルカは?」
「何系が好み?」

グルンと振り返られ、目が星になった同僚達に問われて、イルカは目をパチパチとさせた。

「…俺は…」

眼に浮かぶのは銀髪の麗人。
優しくて、とてつもなく強くて…さらには稼ぎもべらぼうに良い里の誉れの姿。
でも、そんな事は後付けでしかない。
そばにいるだけで安心できる、ホッと息のつける恋人。

「おいおい、想像しすぎて鼻血噴くなよ~」
「おっぱいだろ?おっぱい大きい娘か?」

ボウっと赤くなったイルカに、同僚の下世話な声が聞こえた。

「馬鹿言うな!!!」

確かにおっぱいは嫌いではないが、イルカにはもう恋人がいる。
秘密だけど。
しかも男だけど。

「しかし、火影室に呼ばれたって事は、はたけ上忍もとうとう年貢の納め時か~」
「てか、はたけ上忍ってフリーだっけ?」
「取っ替え引っ替えって噂だからなぁ」
「結婚なんか決まったら、くノ一がそこら中で死ぬぜ」

言いたい放題の同僚達が、不意にヒシッと手を握り合う。



『はたけ上忍!結婚するなんて嘘でしょ!?』
『…火影様の命令ですから…』
『嫌よ!嫌……わぁぁぁぁん!!!』



【はたけカカシとくノ一ごっこ】をする同僚の姿を見ながら、イルカはスッと血の気が下がっていくのを感じていた。

結婚。
そうだ。
カカシ程の忍びなら、里にそう望まれても仕方ない。

そもそも何の取り柄もない、しかも女でもないイルカと恋人同士であること自体おかしいのだ。

カカシが自分から背を向けて、知らない誰かと歩いて行く姿を想像して、イルカは知らず息を止めた。



*****



あれからどっと押し寄せた報告所のピークに話は流れたのだが、同僚達の馬鹿馬鹿しい【はたけカカシとくノ一ごっこ】が頭をチラついたせいで、イルカは何度もミスを連発した。

任務帰りで殺気立つ忍び達の気配に、ジワリと額と掌に汗をかきながら、ひたすら冷静にと依頼書を確認したが、怒鳴られる事も度々で、本当に散々な目にあった。

結局、肝心のカカシは報告所には現れなかった。

本当に、三代目からの見合い話を受けたのだろうか?

悪い方に考えたくはないのに、ドス暗くなってくる自分の気持ちを抑えきれない。

だから、家の扉を開いた先の居間で、のんびり忍具の手入れをするカカシの姿が見えた時、咄嗟に言葉が出なかった。

「・・・・・」

「おかえり」

扉を開ける前から気づいていたのだろうカカシが優しく笑う。

口布も、額あてもない素顔。
左眼を縦に走る傷さえもその美貌を損なってはいない。

「…おぅ」

イルカが言いたかった言葉は、先にカカシの唇から紡がれた。

「夕飯は?」

「…まだ。カカシは?」

「イルカを待ってた」

お腹ペコペコ。
鳩尾を撫ぜなる仕草に、イルカは冷蔵庫を開ける。
そろそろ任務から帰って来る頃だと思っていたから、冷蔵庫の中身は詰まっている。

「和食でいいか?」

「ん。茄子の味噌汁つけて」

近づいてきたカカシが、冷蔵庫を覗き込むイルカを後ろから抱きしめる。

フワリと香るカカシの薄い体臭に、血の臭いは混ざってはいない。

返り血だったのか。
心配が杞憂に終わり、少しだけ身体から力が抜ける。

「二週間ぶり」

ふふふとカカシが耳元で笑う。
幼い頃からの癖が抜けないのか、カカシはこうやってイルカを腕の中に抱き込むのが好きだ。
もう、同じくらいの体格になったのに、離れている時間が長いとこうやってイルカを小さい子供のように扱う。

「ひっついてたら飯作れねぇだろ」

グイッと額を押して、身体を離す。

途端に不満そうな顔をするカカシが唇を尖らせた。

「久しぶりなのに、冷たいねぇ」

「腹減ってんだろ?ちゃちゃっと作るから、座って待ってろ」

「・・・ッ!」

デコピン一つ。

攻撃なら拳すら掠らせないのに、イルカからのものはあえて受けるカカシが、小さく顔をしかめ少しだけ赤くなった額を擦りながら居間に戻って残りの忍具の手入れを始める。

そんな姿を横目に見ながら、イルカは聞くことのできない問いを投げかける。

今回はどんな任務だった?

三代目の用件は?

・・・見合い、するのか・・?

口に出せない問いかけを飲み込んで、イルカは包丁を握る。

「・・・クソっ」

モヤモヤとした思いを断ち切るように、まな板の上の魚に向かって刃を叩きつけた。



*****


結局、肝心な事は何も聞き出せず、ベッドの上で待ち構えていたカカシに美味しくいただかれたイルカは、痛む腰に手をやって机に手をついた。

あの、絶倫男め…。

任務じゃしょっ中チャクラ切れを起こしてぶっ倒れてるくせに、閨においてはその精力は衰えることを知らないんじゃないかと、昨夜の所業にギリリと歯をくいしばる。



「・・・やっ!・・んッ、明日、仕事・・って・・・!!!」

「まだいけるでしょ・・もっと・・」

散々焦らされて漸く受け入れたのに、また更に我慢を強いられ何度も穿たれる。

二週間ぶりの情事はイルカが朦朧とするほど濃厚だった。

仕事だからと抵抗していた手はカカシの背に回り、無意識に爪を立てる。

その痛みにすらカカシは嬉しそうな笑みを浮かべた。

「…あ、アン…ん、ん…あぁぁ!!」

絡められた舌と、繋がっている部分を同じ動きで擦られて、イルカはあられもない声をあげた。

何も考えられない。

肌の温度と荒い息、左右違いのカカシの眼…グチュグチュと卑猥な音を立てる部分が過ぎる快感にギュッと締め付けた。

「・・・ッ・・・!!!」

奥歯をくいしばるカカシが、押し寄せる波をやり過ごす。

「…やぁぁ!…カ、カカシ、カカシ!もう…イキたぁ…」

根元を輪にした指で締め付けられ、堰き止められる苦しさに、涙を零してイルカは訴えた。

ずくずくと奥を穿ち、かと思えば感じる浅い部分を何度も擦りあげられ、快感に泣きじゃくるイルカの身体を蹂躙しつくした男は、愛しさを滲ませてイルカを抱きしめる。

「ん・・・もう、イク・・・?」

耳元で囁かれた悪魔の声色に、イルカはコクコクと頷いた。

「そ、…可愛いね」

堰き止められていた指が解かれる。

「は…あ、あぁ…あぁん、ン、ン!!」

口付けられて、身体の最奥を突かれた瞬間、イルカは腹の上にドロリとした白濁を垂らした。



何度でも言おう。

・・・あの、絶倫男め!!!

スッキリして熟睡する男の横で、悶々とする思いを抱えたまま碌に眠れなかったイルカは、ぼんやりと窓へと視線をうつす。

いい天気だなぁ~
昨夜の爛れた世界が嘘みたいだよ。
そんな自らの自虐的なぼやきについ笑ってしまう。

「なんだよイルカ、眼の下に隈なんて作って」

ほいっと渡されたコーヒーの良い香りに、サンキュと返して一口。

口の中に広がる苦味が鬱々としていた気持ちに程よいスパイスだ。

「そういやイルカって、はたけ上忍と仲良いよな?」

「グッ…!!!」

不意にそんな事を言われて、コーヒーが気管に入ったイルカはゲホゲホと咳き込んだ。

「おいおい、大丈夫か?」

慌てた同僚が、咳き込むイルカの背を撫でる。

「あぁ…、すまん…気管に…」

喉を潤すために、コーヒーをまた一口。

「…で、カカシがなんだって?」

「そうそう! この間よぉ、今のアパートの契約更新に木の葉不動産まで行ったら、はたけ上忍が来ててさ」

「・・ほう・・・」

「はたけ上忍、家買うみたいだぜ」

「へ!?」

想像もしない言葉に、イルカはキョトンと同僚を見やった。

家?
なんで?

頭の中が『?』で埋め尽くされる中、同僚がニヤリと笑う。

「俺が思うに、そろそろ身を固めるつもりなんじゃねーの?」

広い庭つきの平屋建て一軒家、良いよなぁ~稼ぎのいい上忍様は。
俺なんて六畳一間のアパートだぜ!チクショウ!

同僚のそんな言葉が、ぼんやりとした頭に響いていく。

もともと戦場で過ごすことの多い戦忍は、定住する家を持たないことが多い。
家の手入れが行き届かないとか、帰ってもまたすぐに中、長期の任務に駆り出されるので、身体を休めるならそれこそ上忍専用の簡易な寮や廓で過ごす者も少なくはない。

カカシもそんな戦忍の一人だ。

今でこそイルカと一緒に暮らしてはいるが、それだってもともとイルカのアパートにカカシが転がり込んで来ただけなのだ。

そのカカシが庭付きの一軒家を。
あぁ…本当に、結婚するのか…。

湯気の上がるマグカップを掌で包みながら、イルカは視線を落とす。

何も言ってくれない幼馴染を思い、鼻の奥がツンッと痛む。

可愛い、大事だよ…と。
幼い頃からの口癖を囁きながらイルカ抱いて眠るカカシの気持ちがわからない。

捨てられるのが怖くて、見合い話の有無さえ聞き出せないイルカは、同僚に聞こえないように、小さな溜息を落とした。
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【恋は銀色の翼にのりて】
恋は銀色の翼にのりて
恋の妙薬
とある晴れた日に

【Home Sweet Home】
Home Sweet Home
もう一度あなたと恋を
夜に引き裂かれても

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【幼馴染】
幼馴染
戦場に舞う花

【白銀の月よ】
白銀の月よ
愛しい緑の木陰よ
それゆけ!湯けむり木の葉会

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【その他】
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