あれから、結局カカシの家に泊まることになったイルカは親子三人川の字で寝るという毎日を過ごしている。
ベッドで共にと強請るカカシを無視し、サクヤの隣に寝転がっていたら、業を煮やしたカカシが隣に布団を敷いて寝だしたからだ。

「・・・・・」

部屋に出入りしていたくの一の存在は、あれから一度も見ていないが、カカシには聞き出せないでいた。
あまり見かけないくの一だったけど、優しそうな人だったなとイルカは思う。
イルカを目の敵にするようなくの一じゃなく、綺麗でほんわかとした女性だった。
あの人ならサクヤの事も可愛がってくれるかもしれないと、ふとそんな風に考えて頭を振った。
弱気になっていると、自分でもわかっている。
相変わらずカカシはいたって普通だし、意識しているのはイルカだけだ。
夜中に遠慮がちに触れてくる手にも、わざと気づかないふりをしている。
サクヤの病気が治るまで。
それがイルカが決めた期限だった。
ありがたいことに2、3日かかるだろうと言われていた熱は直ぐにひいて、痒みを引き起こす発疹にムズがって泣くことはあるが、大体は機嫌も良い。
イルカが仕事に出ている時は、たいていカカシと忍犬がお守りをしてくれているようだ。
彼らがカチカチと牙を鳴らす音を、歯が生えてきたサクヤが時折真似するのをイルカは微笑ましく見守っていた。
忍犬達に相手をしてもらいながらも毛並みに埋もれている我が子は抱きしめたくなるほど可愛くてたまらない。
場所が変わっただけでイルカがカカシを追い出す前と殆ど変わらない生活。
けれども胸のつかえはとれてはいない。

「・・・で・・良いのか・・・?」
「へ?」

考え事をしていたせいで、全く聞いていなかったイワシの言葉に驚いた。
上の空だなとぼやかれて自覚はあると謝罪する。
毎日がモヤモヤとした気持ちで仕方ないのだ。

「・・・気づいてねぇなら構わねぇけど」
「なんだよ」
「いやぁ~」

珍しく歯切れの悪いイワシの言葉に、眉を潜めた。
なんでもズカズカ言ってくるのがイワシの悪いところでもあり良いところでもある。
そんなイワシの言葉に何度助けられたかわからない。

「あれ」

チョイチョイと指差す方向、報告所のソファーに座っていたのは以前サクヤを泣かせたくの一の集団だった。

「げっ」

思わず口にしたイルカに、イワシが苦笑する。

「え~ッ!! 嘘でしょ?」
「間違いないよッ! はたけ上忍を見間違うわけないじゃん」
「どこのくの一よ?」
「かなりショックなんですけどッ!!」

などと喧しく騒ぐ様子にイルカも眉を顰める。
カカシがどうかしたのだろうかと窺うものの、くの一達の話には取り留めがない。
その中に、『・・・ン上忍がサクちゃんと一緒に』という言葉が聞こえて、ピクリと肩が震えた。
はっきり言ってカカシはモテる。
凄腕の上忍なのに物腰は柔らかいし、目下の者にも親切だ。
四分の一しか見えていない胡散臭いいでたちなのに整っているとわかる顔もまた魅力の一つなのだ。
だからくの一と一緒にいてもイチイチ目くじらを立てても仕方ないとわかっている。

だけどもだ。
サクヤと一緒というのは聞き捨てならない。
あのくの一だ、と。
イルカは直感でそう思った。

食い入るように見つめているイルカに気付いたくの一が、意地悪くクスリと笑うのが見えた。
コソコソと女同士で囁きあい、チラリとイルカを見ては含み笑う。
嫌だな・・・。
女性はこういうところがあるから苦手だと、思わず溜息をつく。

「聞こえるように言ってんだよ」
「・・・イワシ・・」

気にするなと背中を叩かれて、笑顔を貼り付けた。
くの一達の嫌がらせは無視できるとしても、サクヤやカカシと一緒にいるというくの一の存在は捨て置けない。
陰鬱になる気持ちにため息を付いて、イルカは書類を見つめた。



*****



扉の前でウロウロ。進んではまた戻るを繰り返してはや数刻。
何度も開こうと思うのだが勇気がなくてドアノブに手をかけることが出来ないでいた。

「・・・しっかりしろ」

バチンッと両手で頬を叩いてイルカはそっと玄関の扉を開いた。
自分でも気が小さいと思うが、こっそり覗いた部屋の中にあのくの一が居たらそのままそっと自分の家に帰ろうと思っていたのだ。

「おかえり」
「りー」
「わっ!」
「いつまでたっても入ってこないから、そろそろこっちから開けようと思ってたのよ」

ずっと右往左往していたのを気配で悟られていたようだ。
恥ずかしくなって後ずさった。

「い~」
「駄目だよ、ちゃんと部屋に入ってから」

イルカに手を伸ばすサクヤを諌めて、部屋に戻ろうと背を向ける。
チラリと振り返って、佇んだままのイルカに首を傾げた。

「イルカ先生?」

入らないの?と瞳が告げてる。
曖昧に頷いて、イルカは三和土をまたいだ。
心配していたくの一の気配はない。
部屋に漂ういい匂いにつられて、お腹がくぅっと鳴った。

「今日はサクヤの体調も良くなってきたから、ついでに買い物にも一緒に行ってね」

奮発してみましたと特上肉が鎮座する食卓に、言葉もなくカカシを見つめた。

「・・・サクヤを連れて出かけたんですか?」

報告所で聞いた話が間違いであってほしいと思いながらも、わかっていたことだ。
こんな派手な風貌の男、見間違うわけがない。

「えぇ・・・どうかしましたか・・?」

訝しむカカシに奥歯を噛んだ。

「まだ本調子でもないのに」
「大丈夫ですよ」
「ーーどうしてわかるんですかッ!」

怒鳴るイルカに、驚いたようにサクヤがビクリと身体を震わせた。

「・・・この間から思っていたんですけど・・」

いつもそうだ。
イルカが激昂すると、カカシは反対にとてつもなく冷静になる。
いっそ冷徹と言っていいかもしれない。
その冷たい表情と声に、イルカは怯んだようにグッと息を詰めた。

「いったい何が気に入らないんだか」
「・・べ、・・べつに俺は・・・」
「うそ。あなた、わかりやすいんですよ」

呆れたような物言いに、イルカもカチンとする。
そうだ。気に入らない。
なんでもわかったような顔をして。

「ま、いいですけど。・・・とりあえず食べましょう」

ふえぇと涙を浮かべるサクヤを手渡され、肉を焼きだしたカカシを見ながらイルカはサクヤを宥めるために身体を揺すった。



嫌な気分で食べた夕食だったが、さすが特上肉で作るすき焼きは、文句なしに旨かった。
ついつい頬が緩んでしまうイルカに、カカシも満足そうに微笑んでいたし、家族三人の食卓は見た目だけなら団欒と呼んでも良いほどだっただろう。

いつものようにゴロリと川の字で寝転んだ先。
強引に抱き寄せられてイルカはギクリと身体を強張らせて背後のカカシを振り返った。
川の字といえば、子供を挟んで両親というのが定番だが、何故かここではイルカが真ん中だ。
一番最初の夜にそうしたことで決まった定位置は、それ以降ずっと変わらない。

「な、・・何ですか・・?」
「さっきの続き」

やはり、忘れていなかったようだ。
意外とネチコイ性格に、イルカはこっそりと溜息を付いた。
もちろんイルカだって昼間の意地悪くの一達のうわさ話を忘れたりしていない。
ただ、あまりにも胃が満足しすぎてちょっと幸せな気分になっていただけだ。
恐るべし特上肉マジック!

ゴロリと力ずくでサクヤの方からカカシへと向きを変えられて、目の前の美貌に息を呑む。
綺麗な顔は心臓に悪い。
カカシと付き合うようになって痛感したことだ。
この顔で責められたり強請られたりしたら、抵抗できなくなる。
それに、改めてじっくり見るカカシの顔がイルカはやっぱり好きだった。

「・・・で、何が気に入らないの?」
「・・べ、別に・・・」
「昨日今日の話じゃないでしょ」
「・・・・・」

子供に嫉妬して、拗ねていましたなんて恥ずかしくて絶対に言えない。
それに、もう今はそんな事よりも噂のくの一の事が気になって仕方なかった。

「・・・カカシさん・・・」
「ん~?」

のんびりした声に、戦闘開始と身構える気分が削がれる。

「・・・子供、欲しいですか・・・?」
「・・何の話・・?」

突然告げられた疑問に、カカシは疑問で返した。
思いつめた顔をしているから、冗談で言っているわけじゃなさそうだ。
そりゃ欲しいけれどと思うものの、望めないこともわかってる。

「・・・サクヤは、見ての通りトロいですし・・」
「まぁねぇ」

思わず笑ってしまう。
そのおっとり具合が愛しいのだと、目の前の恋人はわかっているのだろうか?

「出来が悪いって言われてるの、知ってますか・・・?」
「へぇ」

誰が言ってるのよ、そんなこと。
見つけたら即雷切であの世行きだねとカカシは頭の片隅で固く決意した。

「・・だから・・・」

唇を噛んで目をそらす仕草に、嫌な予感がする。

「・・あなたが、別の女性と子供を・・」
「ーーー待ってッ!」

思いつめたイルカの表情に、思わず大きな声が漏れた。
ピシリと凍った空気に、イルカが息を飲む。
うぅんと寝返りをうつサクヤに気付いたイルカが慌てて背を撫でて眠りを促す。

「何を言い出すの?」
「・・・だって」
「だって何?」

冷えた口調と怒りのこもった表情。
口ごもるイルカがもごもごと何か言おうとするのを乱暴に抱き寄せた。

「わ・・・」
「他の女でいいなら、こんな面倒なことワザワザしないでしょ」

薬を使って騙したことをしれっと言い放って、カカシはイルカの耳元に口を寄せた。
弱いとわかっていて耳たぶに甘く歯をたてる。

「・・やッ・・」

声を漏らすイルカが、両手を突っぱねるようにしてカカシから距離をとった。
このままなし崩しにと目論んでいたカカシの眼に、今にも泣き出しそうなイルカが飛び込んできて、ハタと動きを止める。
そういえば、肝心な話を聞いてなかった。
目の前に恋人がいれば、ついつい手を伸ばしてしまうのは仕方ないとはいえ、悪い癖だ。
これが女なら簡単に流されてくれるだろうが、イルカは男である。
ため息一つついて。

「・・・トロかろうが鈍かろうが関係ないでしょ。それともなに? 他人の言う出来のいい跡継ぎ? そんなもののためにオレに女をあてがうつもり?」
「・・う・・・」

絶対に由とはしないけど、とりあえず聞いてみる。
自分のような無表情な子供が欲しいなんて、一度だって思ったことなんてない。

「・・・・・」

イルカだとて眉を寄せる表情からは、そんなことは望んでいないとわかるのに気持ちは強情だ。

「ーーーだって・・・ッ!」
「なによ?」

頭の下に手を突っ込んで、視線を逸らせようとするイルカの顔を自分に向けて固定した。
整った大好きな顔に射すくめられて、イルカはユラユラと瞳を揺らがせる。

「く、・・くの一を部屋に連れ込んでたくせに・・・ッ!!」
「ーーは?」

ギュッと目を閉じたイルカの耳に、なんとも間の抜けた返事が帰ってきた。
一瞬だけ思案して、一人のくの一の存在を思い出す。

「・・・あぁ・・・」

頷くカカシに、イルカの責めるような視線が投げられる。
燃えるような眼差しに、ゾクリとした。
この人でもこんな表情をするのだと、嬉しくて笑ってしまいそうだが本当に笑ったら多分またへそを曲げてしまうだろうと思い、グッと我慢する。

「リンですか?」
「・・・・・」

答えないイルカの表情が悲しげに歪められた。
誤解して、怒って拗ねて可愛いなぁと知らず知らずのうちに頬が緩んでしまうのもつかの間。
ポロリと黒い瞳から零れた涙に、ギョッとした。
こんな顔を見られるぐらいなら、何度だって試してみたいなどと邪な気持ちを抱いてた自分を殴ってやりたい。

「ご、誤解です」
「・・・言い訳なんてしなくていいです」

震える声に、後悔した。
自分たちは普通の恋人同士ではないのだと、わかっていたつもりだったのに配慮がなかった。
強引に恋人関係に持ち込んだのはカカシだが、イルカは身体の変化や慣れない環境に不安でいっぱいだったのに。

「リンは医療忍でね」
「・・・・・」
「昔のよしみでサクヤの熱が下がるように、特別に治療してもらったんですよ」

言い募る声にも疑いの視線は晴れない。

「ーー今日も会ってたそうじゃないですか」
「だから、サクヤを診てもらってたの」
「サクヤをつかってまで誤魔化そうなんて、卑怯者。里の誉れらしくない」
「えーーー・・・っと・・・」

これはかなり頑なになっているようだ。
泣いている自分に腹が立つのか、イルカは畜生と悪態を尽きながら男らしく涙を拭った。

「あのね、イルカ先生」

このままじゃ埒が明かないと、力いっぱい抱き寄せる。

「わっ・・!!」

シーツに縫い付けたイルカの上に覆いかぶさって、カカシは憮然とした表情で目の前の恋人を見つめた。
科せられた報復任務で約半年。
サクヤが産まれてからもイルカの身体が心配で、ずっと我慢してきた。
浮気なんて絶対許さないという性格をわかっているからこそ、郭にもいかずに自分の右手だけで耐えた上忍の忍耐力を彼はいったいなんと思っているのか。
そう。
カカシは物凄くご無沙汰だったのだ。

「ーーーごちゃごちゃ言う前に、嫁の努めをはたしてもらおうじゃない」
「え・・?・・よ、嫁・・・・?」
「浮気云々疑ってるなら、その身体で試してみてよ」
「あ・・、あの・・・」

いったい何がと狼狽えるイルカを押さえつけて。

「うんと濃いのを味あわせてあげる」

カカシはその綺麗な唇をニィっと歪めてみせた。
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【恋は銀色の翼にのりて】
恋は銀色の翼にのりて
恋の妙薬
とある晴れた日に

【Home Sweet Home】
Home Sweet Home
もう一度あなたと恋を
夜に引き裂かれても

2頁目

【幼馴染】
幼馴染
戦場に舞う花

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【その他】
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