生きていますか? という合図を込めた数回のノックの後、しばしその場に待機する。一向に返ってくることのない返事に焦れてドアノブをひねった。
「……相変わらず不用心だな」
簡単に開いた扉をくぐった瞬間襲ってきたなんとも言えない異臭に眉をしかめ、薄暗い部屋の中を息を止めながら一目散に窓へと向かう。
締め切ったカーテンに手をかけて勢いよく開くと、一気に窓を全開まで開け放った。
ふわりと頬を撫ぜる風が、頭の天辺でひっつめた髪を揺らしてかろやかに吹き抜けていく。
澱んだ部屋の空気を一掃するような爽やかさ。イルカはそれを鼻から思い切り深く吸い込んだ。
陽はすでに高く昇り、里人の活気に満ちた気配がそこかしこから聞こえてくる。
まるでこの部屋とは別世界のような明るさに、勢いよく振り返えったイルカはみぞおち深くまで吸い込んだ空気を一気に爆発させた。
「いい加減、さっさと起きろ―――ッ!!!」
教師として鍛えた喉だ。
下忍クラスの忍であれば驚いて飛び上がるほどの。
しかし怒鳴られた先にある布団の山は、僅かに動いて更に丸くなった。
「おらっ! いつまで寝てんですかっ!」
布団の山を引っ掴み、鼻息荒く引っ剥がす。
中から出てきたのは小さい犬を抱えた小汚い男で。眩しそうにしかめた目を半眼に開くと、再び小型犬の毛皮へと顔を埋めた。
「……うるさい……」
「煩いじゃねぇ。 あっ、アンタまた風呂にも入らずに布団で寝やがったなっ! 床も布団も泥だらけじゃねぇか!」
床に散らばった砂埃が裸足の足にザラザラと纏わりつく。汚れた銀髪は鈍色にくすみ、身体に浴びた血痕が錆びた色へと変わっている。大事そうに抱えている犬の毛皮にも、乾いた泥がこびりついているのが見て取れた。
「あれほど風呂に入ってから寝ろって言ったのにっ」
それでもイルカが日々口を酸っぱくして言い聞かせているせいか、装備だけは布団へダイブする前に脱ぎ去ったらしい。しかし丸めて床に捨てられたベストや外套は、洗濯すればまた着られるといった有様ではなかった。
「毎回毎回、なんでこんなにボロ雑巾みたいになるんだよ」
それだけ凄惨な任務に就いていると言えばそうなのかもしれないが、それにしてもイルカがこの男と知り合ってから、手配した装備品は両手両足の指の数を足しても足りないぐらいだ。なんせこの男ときたら、イルカが手配しなければボロボロに破れてヘタレたベストでも平気で着用して任務に出かけてしまうのだ。
身を護ってこその装備品だと言うのに、破れていたら意味がないだろう。
そのせいで負傷リスト入りしたなどと言われては寝覚めが悪く、そもそもこの男との初めての出会いが「里の真ん中で行き倒れ」という珍しい状況だったご縁で、以降イルカはなんとなくこの男の面倒を見るようになっていた。
「酷いこと言いますねぇ…装備が仕事をしたおかげでこうして無事に戻って来れたんですから良いじゃない」
ふあぁ。なんて声まで聞こえそうな盛大なあくび。
その身体がどす黒く変色した血で染まっていなければ、なんてのどかな光景だと思うぐらい。
「そうは言いますけどね、ものには限度ってもんがあるんですよ」
そう毎度まいど新品を支給される忍がどこに居る。
言われた張本人はいまいちピンときていないのか、ガリガリと頭を掻きながら布団から起き上がった。
「そんなもんですかね」
「そんなもんですって……あっ、ちょっと!! 布団の上で頭を掻くなっ!!」
男が髪を掻くたびに、砂埃がポロポロと布団の上に舞い落ちる。男とともに眠っていた小型犬も、飼い主同様毛を逆立てながら身体を震わせるのに、イルカは天を仰ぎ見た。
最悪だ。
シーツは捨てて、掛け布団は丸洗いするしかない。
「あー、掃除すれば一緒でしょ」
嘘をつけ。
そう言って、この男が部屋を掃除をしているところなんて一度たりとも見たことない。
放っておいたら多分このまま砂と泥にまみれた部屋で生活をするのが目に見えているし、イルカも知ってて素知らぬフリができる性格ではなかった。
お人好し。そんな言葉がふわっと脳裏をよぎる。
がっくりと肩を落しながら半分諦めに似た気持ちで浴室を指差した。
「洗ってきてください」
「え~~」
めんどくさ。そう呟いて再び寝そべろうとする寝汚い男を強引に布団から追い出し、パタパタと短いしっぽを振る犬を捕まえて、こいつも連れて行けと押し付けた。
「頭の天辺から足の爪先まで――ピッカピカになるまで風呂から出てくんじゃねぇっ!」
「……相変わらず不用心だな」
簡単に開いた扉をくぐった瞬間襲ってきたなんとも言えない異臭に眉をしかめ、薄暗い部屋の中を息を止めながら一目散に窓へと向かう。
締め切ったカーテンに手をかけて勢いよく開くと、一気に窓を全開まで開け放った。
ふわりと頬を撫ぜる風が、頭の天辺でひっつめた髪を揺らしてかろやかに吹き抜けていく。
澱んだ部屋の空気を一掃するような爽やかさ。イルカはそれを鼻から思い切り深く吸い込んだ。
陽はすでに高く昇り、里人の活気に満ちた気配がそこかしこから聞こえてくる。
まるでこの部屋とは別世界のような明るさに、勢いよく振り返えったイルカはみぞおち深くまで吸い込んだ空気を一気に爆発させた。
「いい加減、さっさと起きろ―――ッ!!!」
教師として鍛えた喉だ。
下忍クラスの忍であれば驚いて飛び上がるほどの。
しかし怒鳴られた先にある布団の山は、僅かに動いて更に丸くなった。
「おらっ! いつまで寝てんですかっ!」
布団の山を引っ掴み、鼻息荒く引っ剥がす。
中から出てきたのは小さい犬を抱えた小汚い男で。眩しそうにしかめた目を半眼に開くと、再び小型犬の毛皮へと顔を埋めた。
「……うるさい……」
「煩いじゃねぇ。 あっ、アンタまた風呂にも入らずに布団で寝やがったなっ! 床も布団も泥だらけじゃねぇか!」
床に散らばった砂埃が裸足の足にザラザラと纏わりつく。汚れた銀髪は鈍色にくすみ、身体に浴びた血痕が錆びた色へと変わっている。大事そうに抱えている犬の毛皮にも、乾いた泥がこびりついているのが見て取れた。
「あれほど風呂に入ってから寝ろって言ったのにっ」
それでもイルカが日々口を酸っぱくして言い聞かせているせいか、装備だけは布団へダイブする前に脱ぎ去ったらしい。しかし丸めて床に捨てられたベストや外套は、洗濯すればまた着られるといった有様ではなかった。
「毎回毎回、なんでこんなにボロ雑巾みたいになるんだよ」
それだけ凄惨な任務に就いていると言えばそうなのかもしれないが、それにしてもイルカがこの男と知り合ってから、手配した装備品は両手両足の指の数を足しても足りないぐらいだ。なんせこの男ときたら、イルカが手配しなければボロボロに破れてヘタレたベストでも平気で着用して任務に出かけてしまうのだ。
身を護ってこその装備品だと言うのに、破れていたら意味がないだろう。
そのせいで負傷リスト入りしたなどと言われては寝覚めが悪く、そもそもこの男との初めての出会いが「里の真ん中で行き倒れ」という珍しい状況だったご縁で、以降イルカはなんとなくこの男の面倒を見るようになっていた。
「酷いこと言いますねぇ…装備が仕事をしたおかげでこうして無事に戻って来れたんですから良いじゃない」
ふあぁ。なんて声まで聞こえそうな盛大なあくび。
その身体がどす黒く変色した血で染まっていなければ、なんてのどかな光景だと思うぐらい。
「そうは言いますけどね、ものには限度ってもんがあるんですよ」
そう毎度まいど新品を支給される忍がどこに居る。
言われた張本人はいまいちピンときていないのか、ガリガリと頭を掻きながら布団から起き上がった。
「そんなもんですかね」
「そんなもんですって……あっ、ちょっと!! 布団の上で頭を掻くなっ!!」
男が髪を掻くたびに、砂埃がポロポロと布団の上に舞い落ちる。男とともに眠っていた小型犬も、飼い主同様毛を逆立てながら身体を震わせるのに、イルカは天を仰ぎ見た。
最悪だ。
シーツは捨てて、掛け布団は丸洗いするしかない。
「あー、掃除すれば一緒でしょ」
嘘をつけ。
そう言って、この男が部屋を掃除をしているところなんて一度たりとも見たことない。
放っておいたら多分このまま砂と泥にまみれた部屋で生活をするのが目に見えているし、イルカも知ってて素知らぬフリができる性格ではなかった。
お人好し。そんな言葉がふわっと脳裏をよぎる。
がっくりと肩を落しながら半分諦めに似た気持ちで浴室を指差した。
「洗ってきてください」
「え~~」
めんどくさ。そう呟いて再び寝そべろうとする寝汚い男を強引に布団から追い出し、パタパタと短いしっぽを振る犬を捕まえて、こいつも連れて行けと押し付けた。
「頭の天辺から足の爪先まで――ピッカピカになるまで風呂から出てくんじゃねぇっ!」
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1頁目
【恋は銀色の翼にのりて】
恋は銀色の翼にのりて
恋の妙薬
とある晴れた日に
【Home Sweet Home】
Home Sweet Home
もう一度あなたと恋を
夜に引き裂かれても
恋は銀色の翼にのりて
恋の妙薬
とある晴れた日に
【Home Sweet Home】
Home Sweet Home
もう一度あなたと恋を
夜に引き裂かれても
2頁目
【幼馴染】
幼馴染
戦場に舞う花
【白銀の月よ】
白銀の月よ
愛しい緑の木陰よ
それゆけ!湯けむり木の葉会
あなたの愛になりたい
幼馴染
戦場に舞う花
【白銀の月よ】
白銀の月よ
愛しい緑の木陰よ
それゆけ!湯けむり木の葉会
あなたの愛になりたい
3頁目
【その他】
Beloved One(オメガバース)
ひとりにしないで(オメガバース)
緋色の守護者(ファンタジー)
闇を駆け抜ける力(人外)
特別な愛の歌(ヤマイル風カカイル)
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