どれほど長い沈黙だろう。
特殊部隊である暗部に扉外を守らせた火影室。大きな窓の外に広がる里の風景を見つめながら、イルカはただぼんやりと目の前の人物が重い口を開くのを待っていた。
差し込む光が逆光になってその表情を窺い見ることは出来ないけれど、うつむき加減の顔に刻まれた皺は更に深く、濃い影を落としている。
申し訳ありません。
そう口にしようとしてぐっと唇を噛みしめる。
目の前の里長を更に困惑させることがわかっているからこそ、イルカはその言葉を無理やり喉の奥に飲み込んだ。
誰が悪いのでもない。
ましてや誰をも責めることをしないと、もう決めたのだ。
カツン。深い溜息とともに皺だらけの細い指先が煙管を打ち付ける。
それは普段より随分と頼りない音で、円熟した里長をこうも困惑させる事態を引き起こした自分をイルカは恥じた。
「…これから、どうするつもりか」
カサついた唇から発せられる嗄れた声にホッと息を吐き出す。
どうやら進退去就を選ぶ権利は与えられたらしい。情に脆い里長に感謝しつつ、イルカは顔をあげ、揺るぎない意思を示すべく里長へと視線を合わせた。
「今までと変わらず、教職を全うしたいと思っています」
許されるなら。
言外に秘めた言葉に、老いて凹んだ瞳がまっすぐにイルカを見つめた。
まるでイルカの決意を見定めようとでもするかのように眼光が鋭く瞬き、ゆっくりと細められる。
それは幼いころ、九尾の災厄で両親を失ったイルカに向けた眼差しと変わらぬ優しさで、この歳になってもこの老人にいらぬ心労をかけているかと思うと情けない気持ちになった。
だけど、この気持ちだけは譲ることは出来ない。イルカは自らに言い聞かせるように言葉を続けた。
「今は発情を抑える薬も開発されていると聞いています。気をつけてさえいれば、今回のようなことにはならないはずですっ」
「イルカよ」
「三代目…ッ!」
否定されるであろう言葉を、聞かされる前に遮る。
苦虫を噛み潰した顔をして顎髭を扱く火影に、縋るような気持ちで薄い唇が開くのを息を詰めて待った。
「随分と痩せたようじゃの」
「それは…っ」
番を解消されて、初めてのヒートだった。半狂乱になったイルカを見つけたのが、番持ちのアルファだったのはせめてもの救いといえるだろう。
結局、ヒートがおさまるまでの一週間、イルカは任務という名目で火影邸の一室に監禁されたのだ。
その苦しみが、どれほどだったか。
「………」
身体中に残った裂傷の中には、癒えることもない深い傷痕が刻み込まれている。
これが、これから先死ぬまで続くのだ。
「こちらへ」
深い慈愛を湛えた瞳が青ざめたまま立ち尽くすイルカを手招きする。
枯木の如く節くれだった手に包まれて、堪らず瞼の奥からぶわりと熱いものが溢れ出した。
「……っ…、……」
鼻の奥が熱を持ったようにツンと痛む。堪らえようと必死になればなるほど、ヒッヒッという浅い呼吸を止められずにしゃくりあげた。
零れ落ちそうな涙を隠すべく、天井へ向けて顎を引き上げる。そうでもしないと、子供みたいに泣き出してしまいそうだった。
「本来なら、復帰は認めるべきではないのかもしれん」
未だ迷いが滲む声に唇を噛みしめる。
こんなふうにあなたを困らせるために忍になったわけじゃない。
たとえ最前線で戦えなくとも、火の意思を説くあなたの役にたちたいとずっと願ってきたのに。
これではいつまでたってもあの頃と変わらないじゃないか。
「お主が続けたいと言うなら、止めはせぬ」
「じっちゃ…っ…!」
「イルカよ」
笑われて、温かな手が幼い子供にするように優しく頭を撫ぜた。
この人の手を煩わせないように。
生きていくのだ。
たとえどれほど苦しもうとも、自分で選んだ道なのだから。
「甘いと叱られるかのう」
苦い笑みを浮かべる火影の脳裏には、いまも幼いイルカの姿が焼き付いている。
「……ッ…」
当時のイルカは、両親を失った寂しさを紛らわすために、数限りない悪戯を仕掛けて世間の気を引きたがる子供だった。
少しでも自分を見てほしくて、周囲が呆れるぐらい馬鹿なことも沢山した。
どんな感情でもいい。誰かに気にかけてもらえることが嬉しかったのだ。
そんなイルカのことを、一番理解し可愛がってくれたのが里長である三代目だった。
「ふむ」
ぷかりと煙管から煙を吐いた火影が、扉近くに控えたアスマと猫面の暗部へ視線を動かす。
「困ったことがあれば、あやつらを頼るといい」
ヒートに陥り、前後不覚になったイルカを保護してくれた男は、壁に持たれかけさせた身体を少しばかり揺すると僅かに目配せをする。そこには彼のポーズでもある何事にも億劫そうな素振りは少しも見当たらない。
その横には猫面を被った暗部の姿。正体こそ知り得ないが、この場所に同席しているということは火影が信頼を置く人物なのだろう。
「ご迷惑をおかけすることになるかもしれませんがよろしくお願いします」
「水臭ぇことを言うな」
「…アスマさん」
「お前はなんも気兼ねすることなんてねぇ」
幼い頃から兄とも慕うアスマの言葉に、鼻の奥がまたツンと痛くなった。
同時に少しばかりの希望を持って、イルカは頷いたのだ。
大丈夫。
この場所で生きていけると。
特殊部隊である暗部に扉外を守らせた火影室。大きな窓の外に広がる里の風景を見つめながら、イルカはただぼんやりと目の前の人物が重い口を開くのを待っていた。
差し込む光が逆光になってその表情を窺い見ることは出来ないけれど、うつむき加減の顔に刻まれた皺は更に深く、濃い影を落としている。
申し訳ありません。
そう口にしようとしてぐっと唇を噛みしめる。
目の前の里長を更に困惑させることがわかっているからこそ、イルカはその言葉を無理やり喉の奥に飲み込んだ。
誰が悪いのでもない。
ましてや誰をも責めることをしないと、もう決めたのだ。
カツン。深い溜息とともに皺だらけの細い指先が煙管を打ち付ける。
それは普段より随分と頼りない音で、円熟した里長をこうも困惑させる事態を引き起こした自分をイルカは恥じた。
「…これから、どうするつもりか」
カサついた唇から発せられる嗄れた声にホッと息を吐き出す。
どうやら進退去就を選ぶ権利は与えられたらしい。情に脆い里長に感謝しつつ、イルカは顔をあげ、揺るぎない意思を示すべく里長へと視線を合わせた。
「今までと変わらず、教職を全うしたいと思っています」
許されるなら。
言外に秘めた言葉に、老いて凹んだ瞳がまっすぐにイルカを見つめた。
まるでイルカの決意を見定めようとでもするかのように眼光が鋭く瞬き、ゆっくりと細められる。
それは幼いころ、九尾の災厄で両親を失ったイルカに向けた眼差しと変わらぬ優しさで、この歳になってもこの老人にいらぬ心労をかけているかと思うと情けない気持ちになった。
だけど、この気持ちだけは譲ることは出来ない。イルカは自らに言い聞かせるように言葉を続けた。
「今は発情を抑える薬も開発されていると聞いています。気をつけてさえいれば、今回のようなことにはならないはずですっ」
「イルカよ」
「三代目…ッ!」
否定されるであろう言葉を、聞かされる前に遮る。
苦虫を噛み潰した顔をして顎髭を扱く火影に、縋るような気持ちで薄い唇が開くのを息を詰めて待った。
「随分と痩せたようじゃの」
「それは…っ」
番を解消されて、初めてのヒートだった。半狂乱になったイルカを見つけたのが、番持ちのアルファだったのはせめてもの救いといえるだろう。
結局、ヒートがおさまるまでの一週間、イルカは任務という名目で火影邸の一室に監禁されたのだ。
その苦しみが、どれほどだったか。
「………」
身体中に残った裂傷の中には、癒えることもない深い傷痕が刻み込まれている。
これが、これから先死ぬまで続くのだ。
「こちらへ」
深い慈愛を湛えた瞳が青ざめたまま立ち尽くすイルカを手招きする。
枯木の如く節くれだった手に包まれて、堪らず瞼の奥からぶわりと熱いものが溢れ出した。
「……っ…、……」
鼻の奥が熱を持ったようにツンと痛む。堪らえようと必死になればなるほど、ヒッヒッという浅い呼吸を止められずにしゃくりあげた。
零れ落ちそうな涙を隠すべく、天井へ向けて顎を引き上げる。そうでもしないと、子供みたいに泣き出してしまいそうだった。
「本来なら、復帰は認めるべきではないのかもしれん」
未だ迷いが滲む声に唇を噛みしめる。
こんなふうにあなたを困らせるために忍になったわけじゃない。
たとえ最前線で戦えなくとも、火の意思を説くあなたの役にたちたいとずっと願ってきたのに。
これではいつまでたってもあの頃と変わらないじゃないか。
「お主が続けたいと言うなら、止めはせぬ」
「じっちゃ…っ…!」
「イルカよ」
笑われて、温かな手が幼い子供にするように優しく頭を撫ぜた。
この人の手を煩わせないように。
生きていくのだ。
たとえどれほど苦しもうとも、自分で選んだ道なのだから。
「甘いと叱られるかのう」
苦い笑みを浮かべる火影の脳裏には、いまも幼いイルカの姿が焼き付いている。
「……ッ…」
当時のイルカは、両親を失った寂しさを紛らわすために、数限りない悪戯を仕掛けて世間の気を引きたがる子供だった。
少しでも自分を見てほしくて、周囲が呆れるぐらい馬鹿なことも沢山した。
どんな感情でもいい。誰かに気にかけてもらえることが嬉しかったのだ。
そんなイルカのことを、一番理解し可愛がってくれたのが里長である三代目だった。
「ふむ」
ぷかりと煙管から煙を吐いた火影が、扉近くに控えたアスマと猫面の暗部へ視線を動かす。
「困ったことがあれば、あやつらを頼るといい」
ヒートに陥り、前後不覚になったイルカを保護してくれた男は、壁に持たれかけさせた身体を少しばかり揺すると僅かに目配せをする。そこには彼のポーズでもある何事にも億劫そうな素振りは少しも見当たらない。
その横には猫面を被った暗部の姿。正体こそ知り得ないが、この場所に同席しているということは火影が信頼を置く人物なのだろう。
「ご迷惑をおかけすることになるかもしれませんがよろしくお願いします」
「水臭ぇことを言うな」
「…アスマさん」
「お前はなんも気兼ねすることなんてねぇ」
幼い頃から兄とも慕うアスマの言葉に、鼻の奥がまたツンと痛くなった。
同時に少しばかりの希望を持って、イルカは頷いたのだ。
大丈夫。
この場所で生きていけると。
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1頁目
【恋は銀色の翼にのりて】
恋は銀色の翼にのりて
恋の妙薬
とある晴れた日に
【Home Sweet Home】
Home Sweet Home
もう一度あなたと恋を
夜に引き裂かれても
恋は銀色の翼にのりて
恋の妙薬
とある晴れた日に
【Home Sweet Home】
Home Sweet Home
もう一度あなたと恋を
夜に引き裂かれても
2頁目
【幼馴染】
幼馴染
戦場に舞う花
【白銀の月よ】
白銀の月よ
愛しい緑の木陰よ
それゆけ!湯けむり木の葉会
あなたの愛になりたい
幼馴染
戦場に舞う花
【白銀の月よ】
白銀の月よ
愛しい緑の木陰よ
それゆけ!湯けむり木の葉会
あなたの愛になりたい
3頁目
【その他】
Beloved One(オメガバース)
ひとりにしないで(オメガバース)
緋色の守護者(ファンタジー)
闇を駆け抜ける力(人外)
特別な愛の歌(ヤマイル風カカイル)
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