木の檻に閉じ込めた上忍達を送還し、地面に倒れ伏したままのイルカに駆け寄った。
平気ですか? と尋ねれば、殴打されてぐちゃぐちゃになった顔で彼は小さく頷くと、悔しげに地面の土を握りしめた。
木の葉の領域で、同胞同士の私闘は厳禁だ。
イルカも手を出した以上、両成敗で何らかの沙汰が火影からくだされるだろう。

「・・また、ヤマトさんにカッコわりぃとこ見せちまった・・」

ハハッと、乾いた笑い声を出したイルカが、殴られて切れた口の端に滲む血を指先で拭う。
身体中に受けた打撲と裂傷は見るも無残で、彼が無理をして笑っているのがわかるだけに、ヤマトは表情を引き締める。

「無茶な事を」

咎められたと思ったのか、硬い声に一瞬だけ息を止めたイルカが静かに俯いた。
けして長くはないが、瞼を覆うように生える睫毛にも黒ずんだ血がこびりついている。

「任務帰りのところ、手間をお掛けして・・」
「謝罪の言葉が欲しくて言ってるんじゃないよ」
「・・・そ、そうですよね」
「まったく、あなたって人は」

見るからにしょんぼりとした声を出すイルカに、盛大な溜息をついた。
見たところ、骨は折れていないようだが、思ったよりも出血が多い。
複数の上忍を相手にして急所を避けたところは上出来だが、それでも身体のダメージは深いのだろう。
今は意識がしっかりしているが、このままでは近いうちにショック症状に陥る危険性を感じて、ヤマトは式を飛ばした。

「医療忍術は苦手でね」
「・・・っ、・・」

ボソリと呟けば、知っているとばかりにクスリと笑われる。
その顔が、とても頼りなくて不安になった。
どうしてイルカがこの里の外れとも言える魔の森の近くにいたのか。問いただしたいのに、今はそれを聞くことも出来ない。
痛みに顔を歪めるイルカが、浅く息を吐くのを横目に見ながら、鞄から増血丸が入った袋を取り出した。

「とりあえず飲んで」
「はっ・・」

受け取ろうとして、指先に力が入らないのか地面に袋ごと落ちた。

「・・・あれ・・?」

信じられないように目を見張り、何度も瞬きする。

「お、かしいな・・・」

拾おうとするものの、震える指先がそれを阻むのを見てヤマトは眉を顰めた。
まずいな。外傷よりも臓器の損傷の方が酷いのかもしれない。

「失礼」
「え・・?」

地面に落ちた袋を拾い、中から数個の増血丸を摘む。ぼんやりと自分に目線だけを動かしたイルカの唇をこじ開けて、無理やり口の中に突っ込んだ。

「んんっ」
「飲み込めますか?」
「・・・・っ・・」

しきりに喉を動かして飲み込もうとするが、嚥下出来ないのをみやり水を含む。そのままイルカの後頭部を掴んで上向かせ、ヤマトはその唇に自らの唇を重ねて口内の水を注ぎ込んだ。

「・・・・」

ゴクリ、と。喉が上下するのを感じる。
しかし重ねた唇は離さないまま、そっと舌先を忍び込ませた。

「・・ンッーー!!」

驚愕に目を見開いて抵抗しようとするイルカの身体を押さえつけ、差し入れた舌で口内に残った鉄の味を味わう。
もっと深く、強く。
抵抗されればされるほど、嗜虐心に火が付いた。
差し出された生け贄にしゃぶりつく獣のような激しさで倒れこんだ地面の上、悲痛な呻き声を上げたイルカにギクリとする。

「ーーーッ・・・!」

身体を引き離し、荒い息を吐きながら地面に倒れ伏すイルカを見た。
・・・何をしたのか。
自らの行動の意味を理解しかねて首を振り、イルカの目線から逃れるように顔を背けた。
一時とはいえ衝動にかられた自分が信じられない。

「ヤ・・マトさん・・?」

弱々しい声で名前を呼ばれ、伸ばされた手がヤマトのベストを握った。
いつもは溌剌とした男の、少し掠れた声に胸がざわつく。
カカシはこんな声を耳元で聞きながら、この男を抱いていたのだろうか? そんなことを考える自分に、心のなかで嘲笑する。
一体何を考えているというのか。眉を寄せ、小さく首を左右に振った。
伸ばされたイルカの手をとって、痛みに歯を食いしばる身体を腕の中に抱き寄せる。

「ーー・・少し移動します。掴まって」

森のなかに耳を澄ませ、微かに聞こえる水の音を確認すると、小さく頷いたイルカを抱えて跳んだ。
本当なら、あまり身体に影響がないように運んでやりたいところだが、そうもいかない。
ふらつく身体を抱き込んで、ヤマトは水辺へと急ぎ枝を蹴る。
振動で何度も気を失いそうになるイルカを揺すって水辺までたどり着くと、広げたマントの上にその身体を横たえた。
濡らした手ぬぐいで汚れた身体を拭い清め、ジクジクと血が滲み出している場所をきつく縛り上げる。

「・・うっ・・」
「少し我慢して」

出来るだけ感情を抑えた声で言い放ち、医療忍が到着するまでの処置を施す。
含ませた増血丸のおかげか少しだけ顔色に赤身がさしてきたのに安堵して、殴打されて腫れ上がった頬を撫ぜた。

「・・冷た・・」
「水を触っていたからね」
「ーー・・気持ちいいです」

黒い睫毛が震え、ゆっくりと瞼が閉じられる。
ふいに。どうしようもない劣情がこみあげてくるのを自覚した。
お願いだから、そんな無防備な姿を晒さないでください。そう言いたいのに、これはチャンスではないのかと別の声が耳元で囁く。
イルカは先程の行為をどう捉えているのだろう? まさかアレを医療行為だと勘違いするほど初心だとは思えない。
それならば、自分にもーーー・・!

「イル・・ッ」
「・・・カカシさんのっ」
「・・・?」
「カカシさんの・・、行方を探していました」
「ーーー・・・ッ!!」

ポツリと呟かれた声に、口の先から零れそうになった言葉を飲み込んだ。

「消息を絶った辺りまで行けば、何か手がかりがあるかもしれないって・・」
「イルカさん」

諦めていないのだ。
閉じられたままの瞳に力が入り、寄せられた眉が僅かに震えた。
涙で溶けて薄紅色になった血を指先で拭えば、堪え切れない嗚咽が漏れた。
酷い傷を負っても、けして流さなかった涙が皮膚を伝っていく。
忍びだから。けして一人にしないと約束なんてくれなかったけれど。

「・・信じているんです」

それは祈りだろうか?
いや、しっかりとした確信を持って告げられた言葉にはきっと霊が宿るのだろう。

「そうだね」

応えた声に、ホッと小さな溜息。それだけで、イルカが先ほどの行為に対して牽制をかけていたのだとわかる。
暗部で上忍で。同じような道を歩いてきたのに、求める太陽には選んでは貰えない。
不公平さに歯噛みして、気づかなければ良かったのにと後悔しても後の祭りだ。
傷つき、浅い呼気を吐き出す唇に指先でそっと触れた。
その刺激にピクリと震えたイルカは、それでも瞳を閉じたままその指先を受け入れてくれる。

今だけなら、こうして触れることを彼の人は許してくれるだろうか。

にわかに騒がしくなる森に視線を彷徨わせた。医療忍が近づいてくる気配を肌で感じながら、そんな馬鹿なことを思った。
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