付き合っていた頃のことを思い出す。
少し寂しそうな眼でイルカを見ながら名前を呼んだ。
それはほんとうにふいに発せられるから、イルカはいつもそんなカカシ言葉を回避することができないでいたのだ。
あぁ、またか・・・。
なんて一欠片も思ってもいない顔で、むしろ態とおどけて返事をした。
途端に困った顔に変わるカカシが、それでも会話をやめようとしないことは少しだけ不満だったけれど、どこか思いつめたような表情に、聞きたくないとはけして口に出来なくて。
ポカポカと温かだった体の芯が、一瞬にしてつま先まで凍っていくような瞬間。
抱き合った後や食事の後の何気ない会話の中で、繰り返し語られる言葉を聞きながら、何度も泣きたくなった。
肉の盛り上がった鼻の上の傷に触れる、カカシの綺麗に整えられた指先が好きだった。
少し低い声や整った顔、均整のとれた鍛えられた身体も。
そして。
悲しげに歪んだ笑い顔は、いまも頭の中にこびりついている。
*****
仮眠室で手を引かれて連れだされたあの日から、時間があるときはヤマトと過ごすことが多くなった。
上忍の彼にそんなに自由な時間があるとも思えなかったが、報告書で誘われる度に連れ立っていろんな場所を飲み歩いた。
それはまるであの人と共に過ごした日々のようで。
同年代なのに落ち着いたヤマトと過ごす時間は、とても懐かしく穏やかでイルカにとっても心地いいものだった。
幾度目かの乾杯の掛け声とともに、グラスを少しだけ当ててグイッと煽る。
ゴクゴクと音を鳴らして飲み干した後は、喉の奥に流れる炭酸と、口内に残る苦味にくーっと思わず声が出た。
「美味しそうに呑みますね」
「そりゃ旨いですからッ!」
そう言って、店主におかわりと声をかける。
グラスまでキンキンに冷えたビールは火照った身体を一気に冷やしていった。
「やっぱ身体を冷やすのは内からに限ります」
「?」
小首を傾げるヤマトに、イルカがポリポリと鼻の頭を書きながら自分の服を指差す。
「いま、アカデミーで水遁の実習をしてるんですけど、今日なんて暴発した生徒の術で頭からびしょ濡れですよ」
「へぇ」
「あの時期の子供はとにかく派手な技を使いたがるんで、こっちもヒヤヒヤしちまって」
「チャクラコントロールは?」
「まだまだです。まずは基礎からって口をすっぱくして言ってんですけど全然聞かねぇし」
「先生も大変ですね」
「まぁ、でも可愛いんです」
へへっと笑うイルカにつられて、ついついヤマトも相好を崩す。
「だもんで、替えの忍服は勿論、下着まで毎日持参です」
「ハハッ」
「笑い事じゃないですよ、全く」
洗濯モンばっかり増えて大変だとボヤくイルカが揚げ物をビールで流し込んだ。
「あー、旨いッ! 腹に染みるってこういうこと言うんだなぁ」
「染みますか?」
「染みます! ・・・あ、そっか。ヤマトさんも薬物耐性で酒には酔わないんでしたよね」
ヤマトさんも。
その言葉に気づかぬふりで、ヤマトもグラスに手をかけた。
「まぁ、ボクはそれなりに酔いますよ」
「はい嘘。ヤマトさんのそんなところ見たこと無いです」
「酔いつぶれないように律してますから」
「何で!?」
「・・・何ででしょう?」
ふふっと笑って目の前に並ぶ品に箸をのばす。
出汁を吸って柔らかくなったナスがじんわりと口の中でとろけた。
「んん~? 明日任務ですか?」
「いえ」
「教えて下さいよ」
「別に大した意味は無いので」
「意味深だなぁ。酔っちゃいけないわけがあるんでしょう?」
「・・・イルカさん、回ってきてますね?」
「はいッ!! しがない内勤の楽しみは酒だけですから! いつでもどこでも酔いますよー」
そんなわけはない。
内勤の忍びだとて、火急の際にはいつだって臨戦態勢になれるように訓練されている。
それでも、ケラケラ笑いながら杯を重ねるイルカには何も言わない。
「美味しいですよねぇ、ヤマトさん」
「ええ」
「今日はヤマトさんも酔っちゃいましょう」
「・・・っ・・」
杯を空けるように促されて、笑いながら煽る。
冷えたビールの喉越しと爽快感に思わず声が出そうになったのを堪えた。
「あれ? くーっは?」
「言いません」
「言いましょうよ」
「言いません」
「ーーー意外と頑固なんだ」
俺なんて毎回言っちゃうな。そう言って、頷きながらも再度黄金色の液体を流し込む。
そんな様子を見つめるヤマトの視線の先で、ぽやんとした瞳が潤んでゆっくりと弧を描いた。
「あ、今更だけど実はビールが苦手とか」
アルコールでとろとろの顔が、悪戯を思いついたようにニンマリと口の端をあげる。
「そんなことは」
「じゃあ次、日本酒いきますか」
「良いですね」
「ちくしょう、上忍の余裕だなぁ」
「えぇ?」
「今日は俺、ヤマトさんを酔わせたい気分なんです」
へへっと笑って勝手に酒を選び出すイルカの横顔を見つめた。
「辛口で良いですか?」
「そうだね。イルカさんの好みは?」
「俺はもうこうなったら酒ならなんでもいいんで」
甘口辛口どんと来いなんてご機嫌に歌って、カウンターの前にずらりと並んだ中の一本を指さした。
『喝采』
悪くないチョイスだ。
「ではあらためてー、カンパーイッ!!」
軽やかな金属音を鳴らすグラスに、潤んだ瞳が微笑む。
スルリと喉を滑る冷酒からは、ほんのりと穀物のような薫りがした。
「うめぇ」
「たしかに」
「さー、どんどん呑んじゃいましょう」
「ペース早いですよ、イルカさん」
「そりゃあ、ヤマトさんを酔わせるつもりですから」
クイッと軽快に傾ける杯は、みるみるうちに空になった。
酔わせたいんじゃなくて、酔い潰れたいのだと気づいたのは後になって。
「あー、楽しいッ! ヤマトさんと呑む酒は最高です」
「それはどうも」
「ヤマトさんも楽しかったら良いな」
「・・・それは勿論」
「ホントですか~? 」
今一瞬、間があったよなぁ。なんて言いながらカウンターに突っ伏して楽しげにゲラゲラ笑っていたイルカの顔が、ふと真顔になってクシャリと歪められた。
「・・俺、なんで笑ってんだろ・・」
「・・・・・」
「ーー・・・カカシさんを失ったのに」
ボソリと零れた言葉は、居酒屋の喧騒の中でも消えずにヤマトの耳に滑り込んだ。
少し寂しそうな眼でイルカを見ながら名前を呼んだ。
それはほんとうにふいに発せられるから、イルカはいつもそんなカカシ言葉を回避することができないでいたのだ。
あぁ、またか・・・。
なんて一欠片も思ってもいない顔で、むしろ態とおどけて返事をした。
途端に困った顔に変わるカカシが、それでも会話をやめようとしないことは少しだけ不満だったけれど、どこか思いつめたような表情に、聞きたくないとはけして口に出来なくて。
ポカポカと温かだった体の芯が、一瞬にしてつま先まで凍っていくような瞬間。
抱き合った後や食事の後の何気ない会話の中で、繰り返し語られる言葉を聞きながら、何度も泣きたくなった。
肉の盛り上がった鼻の上の傷に触れる、カカシの綺麗に整えられた指先が好きだった。
少し低い声や整った顔、均整のとれた鍛えられた身体も。
そして。
悲しげに歪んだ笑い顔は、いまも頭の中にこびりついている。
*****
仮眠室で手を引かれて連れだされたあの日から、時間があるときはヤマトと過ごすことが多くなった。
上忍の彼にそんなに自由な時間があるとも思えなかったが、報告書で誘われる度に連れ立っていろんな場所を飲み歩いた。
それはまるであの人と共に過ごした日々のようで。
同年代なのに落ち着いたヤマトと過ごす時間は、とても懐かしく穏やかでイルカにとっても心地いいものだった。
幾度目かの乾杯の掛け声とともに、グラスを少しだけ当ててグイッと煽る。
ゴクゴクと音を鳴らして飲み干した後は、喉の奥に流れる炭酸と、口内に残る苦味にくーっと思わず声が出た。
「美味しそうに呑みますね」
「そりゃ旨いですからッ!」
そう言って、店主におかわりと声をかける。
グラスまでキンキンに冷えたビールは火照った身体を一気に冷やしていった。
「やっぱ身体を冷やすのは内からに限ります」
「?」
小首を傾げるヤマトに、イルカがポリポリと鼻の頭を書きながら自分の服を指差す。
「いま、アカデミーで水遁の実習をしてるんですけど、今日なんて暴発した生徒の術で頭からびしょ濡れですよ」
「へぇ」
「あの時期の子供はとにかく派手な技を使いたがるんで、こっちもヒヤヒヤしちまって」
「チャクラコントロールは?」
「まだまだです。まずは基礎からって口をすっぱくして言ってんですけど全然聞かねぇし」
「先生も大変ですね」
「まぁ、でも可愛いんです」
へへっと笑うイルカにつられて、ついついヤマトも相好を崩す。
「だもんで、替えの忍服は勿論、下着まで毎日持参です」
「ハハッ」
「笑い事じゃないですよ、全く」
洗濯モンばっかり増えて大変だとボヤくイルカが揚げ物をビールで流し込んだ。
「あー、旨いッ! 腹に染みるってこういうこと言うんだなぁ」
「染みますか?」
「染みます! ・・・あ、そっか。ヤマトさんも薬物耐性で酒には酔わないんでしたよね」
ヤマトさんも。
その言葉に気づかぬふりで、ヤマトもグラスに手をかけた。
「まぁ、ボクはそれなりに酔いますよ」
「はい嘘。ヤマトさんのそんなところ見たこと無いです」
「酔いつぶれないように律してますから」
「何で!?」
「・・・何ででしょう?」
ふふっと笑って目の前に並ぶ品に箸をのばす。
出汁を吸って柔らかくなったナスがじんわりと口の中でとろけた。
「んん~? 明日任務ですか?」
「いえ」
「教えて下さいよ」
「別に大した意味は無いので」
「意味深だなぁ。酔っちゃいけないわけがあるんでしょう?」
「・・・イルカさん、回ってきてますね?」
「はいッ!! しがない内勤の楽しみは酒だけですから! いつでもどこでも酔いますよー」
そんなわけはない。
内勤の忍びだとて、火急の際にはいつだって臨戦態勢になれるように訓練されている。
それでも、ケラケラ笑いながら杯を重ねるイルカには何も言わない。
「美味しいですよねぇ、ヤマトさん」
「ええ」
「今日はヤマトさんも酔っちゃいましょう」
「・・・っ・・」
杯を空けるように促されて、笑いながら煽る。
冷えたビールの喉越しと爽快感に思わず声が出そうになったのを堪えた。
「あれ? くーっは?」
「言いません」
「言いましょうよ」
「言いません」
「ーーー意外と頑固なんだ」
俺なんて毎回言っちゃうな。そう言って、頷きながらも再度黄金色の液体を流し込む。
そんな様子を見つめるヤマトの視線の先で、ぽやんとした瞳が潤んでゆっくりと弧を描いた。
「あ、今更だけど実はビールが苦手とか」
アルコールでとろとろの顔が、悪戯を思いついたようにニンマリと口の端をあげる。
「そんなことは」
「じゃあ次、日本酒いきますか」
「良いですね」
「ちくしょう、上忍の余裕だなぁ」
「えぇ?」
「今日は俺、ヤマトさんを酔わせたい気分なんです」
へへっと笑って勝手に酒を選び出すイルカの横顔を見つめた。
「辛口で良いですか?」
「そうだね。イルカさんの好みは?」
「俺はもうこうなったら酒ならなんでもいいんで」
甘口辛口どんと来いなんてご機嫌に歌って、カウンターの前にずらりと並んだ中の一本を指さした。
『喝采』
悪くないチョイスだ。
「ではあらためてー、カンパーイッ!!」
軽やかな金属音を鳴らすグラスに、潤んだ瞳が微笑む。
スルリと喉を滑る冷酒からは、ほんのりと穀物のような薫りがした。
「うめぇ」
「たしかに」
「さー、どんどん呑んじゃいましょう」
「ペース早いですよ、イルカさん」
「そりゃあ、ヤマトさんを酔わせるつもりですから」
クイッと軽快に傾ける杯は、みるみるうちに空になった。
酔わせたいんじゃなくて、酔い潰れたいのだと気づいたのは後になって。
「あー、楽しいッ! ヤマトさんと呑む酒は最高です」
「それはどうも」
「ヤマトさんも楽しかったら良いな」
「・・・それは勿論」
「ホントですか~? 」
今一瞬、間があったよなぁ。なんて言いながらカウンターに突っ伏して楽しげにゲラゲラ笑っていたイルカの顔が、ふと真顔になってクシャリと歪められた。
「・・俺、なんで笑ってんだろ・・」
「・・・・・」
「ーー・・・カカシさんを失ったのに」
ボソリと零れた言葉は、居酒屋の喧騒の中でも消えずにヤマトの耳に滑り込んだ。
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1頁目
【恋は銀色の翼にのりて】
恋は銀色の翼にのりて
恋の妙薬
とある晴れた日に
【Home Sweet Home】
Home Sweet Home
もう一度あなたと恋を
夜に引き裂かれても
恋は銀色の翼にのりて
恋の妙薬
とある晴れた日に
【Home Sweet Home】
Home Sweet Home
もう一度あなたと恋を
夜に引き裂かれても
2頁目
【幼馴染】
幼馴染
戦場に舞う花
【白銀の月よ】
白銀の月よ
愛しい緑の木陰よ
それゆけ!湯けむり木の葉会
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幼馴染
戦場に舞う花
【白銀の月よ】
白銀の月よ
愛しい緑の木陰よ
それゆけ!湯けむり木の葉会
あなたの愛になりたい
3頁目
【その他】
Beloved One(オメガバース)
ひとりにしないで(オメガバース)
緋色の守護者(ファンタジー)
闇を駆け抜ける力(人外)
特別な愛の歌(ヤマイル風カカイル)
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