響く爆音に、振り向いた。
辺りが業火の炎に包まれる中、怒号と悲鳴だけが鼓膜を刺激する。

「・・・状況はッ!?」
「小隊の消息がわかりませんッ!!」

隣を駆ける獣の面に確認し、返って来た答えに舌打ちする。
撤退時を狙われた総攻撃だった。
どこかで情報が漏れたのか、それとも・・・。

「はたけ上忍が救出に向かわれたまま行方が・・ッ」
「カカシ先輩が・・ッーーー!?」

言葉を濁す男を横目に見やる。
再度問い返そうと口を開いた瞬間、背後から迫り来る熱風が勢いを増して身体を舐めた。

「ーーッ!」

チリリと肉の焦げる臭いが鼻をつく。
駆けるスピードを更に速めると、ヤマトはひたすらに合流地点を目指した。
その瞬間、凄まじい雷鳴と眼の眩むような雷撃が辺り一面を照らす。
まさかと振り返るヤマトの視界は、そのまま爆音と共に暗転した。
防御の体勢を整えるだけが精一杯で、息もできないままに吹き飛ばされ、身体中のあちこちを打ち付けられる。
痛みと衝撃に歯を食いしばり、転げ落ちたその先の光景に呆然として膝をついた。
草木が焼け落ちた大地は岩肌が露出し、幾重もの煙が噴き出している。
見渡すかぎりの焼け野原となったその哀れな姿に、思わずヤマトは唇を噛んだ。

その日、木の葉の大隊が被った打撃は甚大で、ほうぼうの体でたどり着いた僅かな生還者の中に、はたけカカシの
名前はなかった。



*****



コツン。真上から降ってきた小さな木の実に顔を上げた。
見上げれば、口元を覆った銀髪の忍びの瞳がゆっくりと弧を描く。

「・・・先輩」
「おつかれ」

労る声が、少し掠れている。
この人でも、さすがに疲労の色は隠せないかと少しだけ安堵した。
見張りのために僅かばかりの火を灯し、ヤマトもカカシの元へと一気に木の枝へ飛び移る。

「こんなところで何を?」
「んー・・、休憩」

不安定な木の上だ。とても疲れた身体を休める事などできるとは思えない。

「休憩なら天幕でどうぞ」
「そうだーね」

気のない返事。
珍しく月明かりの美しい夜。気づけば魅入られた様に輝く月を見つめている。
ぼんやりと月を見上げながらの会話には、気持ちは入っていないらしい。
どうやらお邪魔のようだと立ち上がった所で、月を見つめたままのカカシが、そういえば、と口を開いた。

「・・お前、大事にしたい人っているの?」
「は?」

一体何を聞こうと言うのだろう。
バカなことをと振り返ったヤマトに、カカシがフワリと笑う。

「・・まさか・・センパイ・・?」
「ふふっ」

一夜限りは当たり前、頑なに特定のパートナーを持とうとしないこの男のセリフとは思えなくて、再び枝へと座り込んだ。

「先輩に引っかかるなんて、お気の毒な」
「失礼だね、テンゾウ。これでも相思相愛なんだから」
「ご冗談を」

そう問いかけながらも頭の中はグルグルとカカシが手を付けた女の顔を模索する。
もしや花街の女かと問い詰めようとした所で、だらしない顔をしたカカシが頭を掻きながら口を開いた。

「アカデミーの・・」
「・・・・?」
「中忍なんだよね」
「・・・・・」

アカデミー、ということは教師というわけだ。しかも中忍。
・・・はっきりいって吊り合わない。
はたけカカシといえば、幼少の頃から忍びとしての才覚を現し、里の誉れと謳われ、他里のビンゴブックにも名を連ねる男だ。
中忍を卑下するわけではないが、そんな男の相手が務まるわけがないというのがヤマトが最初に思った感想だった。

「イルカ先生」
「ーーーーは!?」

うっとりと呟かれた人名に仰天した。
うみのイルカ。確かにアカデミー教師だ。
だがしかし、その人は・・・。

「ボクの記憶では、あの方は確か男性だったかと?」
「んー、まぁ、そうだね」

そっちの方もイケたのか。
まさか雑食だとは思わなかったと焦るヤマトを横目に、カカシがノロケともいうべきセリフを吐いた。

「あの人、何でも一生懸命でね、曲がったことが大嫌い。オレにも躊躇なく突っかかってくんのよ」
「先輩に楯突くなんて無謀な」
「今回も、これが最後かもしれないなんて言ったら、力いっぱい殴りつけられるしさ」

その後泣いちゃうのよ。
クククっと笑う姿がとても楽しそうだ。

「よく笑って、怒って。表情がクルクル変わるから目が離せなくって」
「・・・・・」
「あと、声がやたらと大きい」

それって忍び失格じゃないだろうかと思うものの、デレた顔のカカシが珍しく、黙ってその続きを聞くことにした。

「何だか、あの人の傍にいると安心する」
「・・・・・・」

だからね、と呟いてヤマトに視線を向けたカカシの穏やかな表情に息を呑んだ。

「もしオレに何かあったら、お前がイルカ先生を見守って」
「・・・今まさにこんな状況で、よくそんな縁起の悪いことが言えますね」
「こんな状況じゃなくても、何があるかわからないでしょ」

こんな稼業なんだからと呟くカカシに眉を寄せた。

「それでもです」
「頭固いね、テンゾ」
「ーーなッ!」

反論しようとしたヤマトを制し、カカシが優しく笑う。

『・・・あの人は強い人だけど・・・』


ーーーーーあの時、カカシは何と言っただろう。


ぼんやりと虚ろに思い返しながら、ヤマトはただ黙ってイルカの目の前に立ち、報告書を差し出した。
任務失敗。
死傷者及び行方不明者の書かれた列をなぞり、カカシの名前のところでピクリと指先が震える。
弾かれたように顔を上げたイルカに、静かに首を左右に振ると、彼が奥歯を噛みしめるのがわかった。
何かに耐えるように眉間に深く皺が寄る。
このまま泣き出すんじゃないかと覚悟した瞬間。

「不備はありません」

よく通る声だと思った。
慣れた手つきで乱れた書類を纏めると、几帳面に両端を整える。
受付印を押す手はもう震えていないけれど。
じっと見つめるヤマトを見上げる瞳にまるで責められているようで、視線を逸らすことが出来なかった。

「・・・・・」
「あの・・・」
「・・・・?」
「・・いえ、・・お疲れ様でした」

労るような声がするりと潜り込んでくる。
ニコリと笑った顔に眼を見開いて、この言葉を受け取るはずだった人を思い出す。
どうして。
ここにいるのがあの人でないのだろうかと。
気丈に振る舞うイルカの姿に、胸騒ぎを感じたままヤマトは小さく頷くと報告所を後にするのだった。



*****



「こらーッ!! お前ら、こんなところで術を使うんじゃないッ!!!」
「ヤベッ!! イルカ先生だッ」
「逃げろッ」
「あぁん、待ってよ」
「何やってんだ、急げッ!!」
「待て、お前らッ!! 逃すかッ」

怒鳴り声と共に、子供たちの嬌声と駆けまわる音が廊下に木霊する。
必死で逃げる子供を追いかけ、ひっ捕まえて怒鳴る姿にはあの日の悲壮な表情はない。
べーっと舌を出す子供の頬をつねって、額に青筋をたてたイルカが力いっぱい怖い顔をする。

「やるなら演習場でと言っただろっ!!」
「だって、イルカ先生」
「だってもくそもないッ!!!」
「やだー」
「しかも仲間を置いて逃げるとは何事だッ!!」

ゴツンッと続けざまに子供たちの頭に拳骨を投下して、しゃがみこんだ。
子供の目線で向き合って、ベソをかく一人ひとりの頭を撫ぜる。

「まだちゃんとチャクラを練る修行もしてないのに、教室で暴発したら危ないだろ?」
「・・・うぇぇ・・・」
「大事な友達に怪我を負わせたら、お前たちだってきっと哀しいぞ」
「・・ごめん、なさい・・イルカせんせぇ・・」
「わかったらそれで良い。それから廊下は走っちゃ駄目だ」

小さな子供たちに言い聞かせて、教室に戻るべく手を差し出す。
我先にとその手を掴もうとする子供たちの姿に笑った。
子供たち三人がそれぞれ話しかける言葉に、律儀に答えるイルカを木の上から見送って、ヤマトはゆっくりと彼らが今まで居た場所に降り立った。

「・・・元気そうですよ。センパイ」

そう呟いて、遠くで揺れるしっぽを見やる。
カカシに託されたからではないが、あの日受付で報告をした日から、里に居るときはこうしてイルカを見守ることが常になっていた。
彼はカカシの言った通り、曲がったことが大嫌いで何にでも一生懸命だ。
理不尽だと思うことがあれば上層部にだって噛み付く姿にはさすがに驚いたが、それでも上役には疎まれてはいないらしい。
人柄だといえばそれまでだが、彼には何だか惹き付けられるモノがあった。
そう言えば、あのカカシにも中忍試験の際には楯突いていた事を思い出し苦笑する。

『あと、声がやたらと大きい』

そう言って笑ったカカシの顔を思い返す。
その姿は今も鮮明に脳裏に残っているのに。

「・・・先輩が仰った通り、本当に強い人ですね」

カカシの喪失を嘆く素振りは微塵も感じさせないイルカの姿を遠くに見ながら、ヤマトは今はもう隣にいない男を思った。



*****



「おいッ! イルカ見なかったか?」
「さっきまでここに居たけど、どっか行きやがったッ!」
「便所じゃねーか?」
「いねぇ、確認しに行った」
「便所までかッ!?」
「急ぎなんだよ、この合同演習の件、イルカが担当してて詳しいことがあいつじゃねーとわかんねぇの」

報告書を提出に立ち寄った受付で、イルカの名前を耳にし、ふと声のする方を見やった。

「それぐらいお前が何とかしろよッ!」
「こっちだってあいつが消えて受付回らねぇんだよ」
「なんとか出来るならしてるってッ!!」

任務帰りの報告で長い列が出来ている報告所で、焦った様子のアカデミー教師と受付が怒鳴り合っている。
そういえば、先ほどすれ違ったと思い口を開こうとした瞬間、分厚い書類を机に叩きつける音に振り返った。

「・・・・・?」
「・・黙って仕事しろ」
「ーーーイワシッ!! こっちは急ぎなん・・ーーーーッ!!!」

怒鳴る同僚達に一枚の紙を突きつける。
それは、今日の任務で死亡もしくは行方知れずとなった者達の名簿だった。

「ーーーそれ・・」
「さっきイルカが受け付けた書類だ」
「あーー・・・」
「察してやれよ」

溜息混じりにそう言うイワシの言葉に、受付の面々が黙って机につく。

「お騒がせしてすみません、ヤマト上忍」
「いや・・」

お預かりしますと手を出すイワシに報告書を提出し、ヤマトは先ほどイワシが提示した行方不明者名簿を見つめてふむと腕を組んだ。



*****



チャクラをたどれば彼がどこに行ったのか、おおよそ見当がついた。
報告所の仮眠室。
ただ、この扉を開くのが躊躇われるのは、内側から漏れる乱れたチャクラと堪えきれない密かな嗚咽が聞こえるからだ。

「・・・・・」

それでもそのまま放っておくわけにもいかないと、ヤマトは意を決してドアノブに手をかけた。

「・・・イルカさん・・?」

声をかけても返事はない。
思い切って簡易ベッドしか置いていない狭い部屋の中に足を踏み入れると、ベッドの上ではなく、床に蹲っているイルカを見つけ思わず駆け寄った。

「イルカさんッ!?」
「ーーー・・・・ッ!!」

掴んだ腕は、想像していたより酷く骨ばっていた。
驚いて顔をあげたイルカの表情は涙でグチャグチャで、戸惑ったようにその黒い瞳を瞬かせた後、慌てて顔を背け、袖口で濡れた瞼を力いっぱい拭う。

「・・大丈夫ですか?」
「あ・・・はい・・あの、すみません」
「・・・・・・」

震える指先が、掴んだ腕を離すようにと促す。
まるでそれが他人を拒否するような仕草で、胸が傷んだ。

「大丈夫ですから・・」
「本当に?」

覗きこむヤマトに、鼻をすすり、赤く腫れた瞼や鼻を隠すように俯いて立ち上がる。
フラリと傾く身体を支えて初めて、その身体が異常に痩せていることに驚いた。

「イルカさん・・」

カカシが行方不明との知らせを聞いても、この人は普段と何も変わらないと思っていたけれど、それは。

「・・・見苦しい所をお見せして、申し訳ありませ・・」
「失礼ですが、あまり食べてないんじゃないですか?」
「え・・?」

キョトンとするイルカの腕を強引に掴んだ。
腕を引かれて戸惑ったように身体を引こうとするイルカに構わず、足を進める。

「余計なお世話かも知れませんが、忍びは体力勝負なので」
「あ、はい」
「今から一緒に食事をしてもらえませんか」
「・・・・へ・・?」
「ボクの行きつけの店で構いませんよね」

有無を言わせずそう言い放つと、ヤマトは戸惑うイルカを引っ張って仮眠室を出たのだった。
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。

1頁目

【恋は銀色の翼にのりて】
恋は銀色の翼にのりて
恋の妙薬
とある晴れた日に

【Home Sweet Home】
Home Sweet Home
もう一度あなたと恋を
夜に引き裂かれても

2頁目

【幼馴染】
幼馴染
戦場に舞う花

【白銀の月よ】
白銀の月よ
愛しい緑の木陰よ
それゆけ!湯けむり木の葉会

あなたの愛になりたい

3頁目

【その他】
Beloved One(オメガバース)
ひとりにしないで(オメガバース)
緋色の守護者(ファンタジー)
闇を駆け抜ける力(人外)
特別な愛の歌(ヤマイル風カカイル)
拍手文