どうにも腑に落ちないことがある。
書斎の机に頬杖ついて、目線は文字の羅列をなぞりながらも頭は他のことを考える。
初めて身体を繋げた日。好きだよと、そう伝えたカカシに、イルカもまんざらではない様子だったように思うのに、何故かあれ以来一線引かれているように感じるのだ。
それでも強引に抱きしめれば、カカシを映すその瞳はいつだって蕩けるように甘く潤むというのに。

「・・・・・」

そんなことを思い出して、ふと何か引っかかることに気がついた。
イルカがカカシを見る時。
その瞳は何故だかとても切ないような色をしているように感じる。
それは、イルカもカカシのことを好いていてくれるからだとばかり思っていたのだが、それがもしや自惚れだったのではと思いたち、秀麗な眉間に少しばかりの皺が寄せる。
あの朝カカシの腕の中に抱かれたまま、イルカは不思議な気持ちになると言っていた。
以前にも感じたことがあるとも。
そんな言葉になにやら面白く無い気分で銀髪に指を突っ込むと、ガリガリと音をたてて掻き、盛大なため息を一つ。
近くでそんなカカシを見つめるヤマトの視線にも頓着することなく、手に持ったままの万年筆をコツコツと机に打ち付けた。
ーーーイルカが何者で、どこから来たのか。
調べるまいと決めていた気持ちが、心の中であっさりと翻される音を聞く。
知りたい。
それは、彼を思う気持ちがカカシの中で一番の優先事項に変わった瞬間だった。



*****



書類を見つめたままはや数十分。
ぼんやりしたり顔を顰めたり。あるいはイライラと落ち着かなかったり。
書類こそ見つめているが、一向に仕事は進んでいない。
そんな主を横目にチラリとみて、ヤマトは小さな溜息をついた。
なにしろ集中力が欠けている。
西の離れから帰ってから、魂が抜けてどこかに置いてきてしまったのではないだろうか?
そんなことを思いながら、今は何かを考え込んでいるカカシの眼の前に新しい書類を差し出した。

「センパイ」
「・・・・・」

聞こえているはずなのに、返事は態と返してこない。

「ーーカカシさん!」
「・・・なに」

思い切って声を張ってみれば、銀髪の隙間から覗く瞳が剣呑な色をなす。
付き合いはほぼ赤ん坊の頃からだ。そんなことでは怯まない後輩は、カカシの視線をしらっと受け流して束になった書類を机の上に重ねた。

「今日中に目を通してサインしておいてくださいね。それから・・・」
「こんなに? お前が決済出来るものは代わりにしておいてよ」
「しておいてこれだけです。最近は西の離ればかりに行ってサボっているからツケが回ってくるんです」
「・・チッ・」
「わかったらさっさとサインをして下さい。それから舌打ちは行儀が悪いですよ」
「・・これが終わったら離れに行ってもいいんだよね」
「おっしゃっている意味がボクにはわかりかねますが」

とても一日では終わらないだろう書類の束を見つめながら口を開く。
その言葉に、主が思いっきり不満気な顔になる。

「毎日机にかじりついてサインばっかりなんて、ジジィじゃあるまいし」

駄々をこねた子供のような言い分に苦笑した。
だいたい主はカカシだというのに、ヤマトの意見を尊重してくれる事に感謝しながらも唇は反対の言葉を紡ぐ。

「机にかじりつくのがあなたの仕事じゃないですか。あ、この案件ですが、領地境で揉め事が起こっているようなので、後で視察もお願いします」
「えぇ!?」
「聞こえません」
「ヤマト」
「聞こえません」
「だって、今日は一度もイルカ先生の顔を見てないんだから・・・」

何がそんなに主を惹きつけるのか理解し難いが、カカシが突然現れたあのうみのイルカという男にご執心なのは傍目にも明らかだ。
確かに気持ちのいい人ではあるが。と、空の下で健康的に笑ってた男を思い出すものの、とてもカカシのような気持ちにはなれそうもなかった。

「イルカさんなら、今日こちらに来られると伺いましたが」
「え!?」
「先日、調べたいことがあるから本を貸して欲しいと申し出がありまして、お貸ししていたんです」
「いつの話よ?」
「先輩が視察に出向かれた日だったかと」
「・・・へぇ・・・」

そういえば、イルカを追い詰めた時も書庫だったかと思い出す。
どうして屋敷の書庫に興味があるのかは知らないが、まさかお宝でもと考えて、ありえないと首を振った。
代々続く読書家の家系であるはたけ家の屋敷には、確かに溢れんばかりの蔵書はあるが、いかんせんそこまで価値のあるものはないハズだ。
かく言うカカシの愛読書と言ったら人目を憚る恋愛小説である。

「オレに直接頼んでくれればいいのに」

思わず愚痴っぽい声が出れば、目の前のヤマトの含み笑う声がする。

「警戒されてるんじゃないですか?」
「お前ねぇ」

チクリと刺される嫌味に辟易し、椅子の背もたれに凭れ掛かった。
いちいち的を射ているのがまた腹立たしい。

「まぁ、そういうわけなので今日は西の館には行かずにここでみっちり仕事をしていて下さい」
「フン」

それまでは一歩もここから出しませんよと言わんばかりの眼圧に鼻を鳴らす。
目を光らせているつもりのようだが、それもイルカがここを訪れるまでだと心の中で悪態をつきつつ、カカシは書類に筆先を滑らせるのだった。



*****



「こんにちは」
「ようこそ」

ペコリと頭を下げ、出迎えたヤマトに微笑んだ。
腕に抱えた分厚い本の山が重そうだ。

「お持ちしましょうか」
「いえ・・っ、これは・・」

遠慮しているのだろうかと思いきや、まるでヤマトの腕を避けるように後ずさる。
相変わらず奥ゆかしい人だと、ヤマトはあまり気にも止めずに屋敷の中へと促した。
書庫へと続く長い廊下を歩く道すがら、何かを探すようにキョロキョロ辺りを見渡すイルカが、並んで歩くヤマトへ声をかけた。

「・・・あの、今日はカカシさんは・・」
「缶詰にして監禁しています」
「は?」
「いつも逃げられてばかりいるので、強行手段にでたんですよ」

フフフと笑いながら目を見開くと、大きな眼球がぎょろりとする。
思わず仰け反るイルカに、ニヤリと片側の口角をあげた。

「なんて、嘘です。今日はイルカさんが来られるというので、大人しく書斎で仕事をされています」

そんな餌がなければ、あのカカシが黙って仕事をするわけがない。
付き合いが長い分、互いのことが手に取るようにわかるところが悲しい。
だから。もうすぐ現れるはずだと踏んでいた主の姿を書庫の扉の前で見つけた時、ヤマトは少しだけ笑ってしまった。

「イルカ先生!」
「あっ・・、こんにちは」
「いらっしゃい」

華やかな女性遍歴を誇るカカシの蕩けるような笑顔は、ヤマトが今まで見たことのないものだった。こんな顔も出来るのかと内心驚きつつ、挨拶を交わす二人の顔を観察した。

「さぁ、どうぞ」
「失礼します」

書庫の扉を開いて中に招き入れると、天井まで届く本棚の中にははたけ家代々から集められた本がぎっしりと詰め込まれている。
途端に眼を輝かせるイルカが、分厚い本を抱えたまま足早に本棚へと向かった。
貸していた本を棚に戻し、また新しい本を手に取る。
何が楽しいのかと思わないでもないが、終始ニコニコと満面の笑みをたたえたままのイルカの姿は旗から見ても微笑ましいものだった。

「調べ物って、授業で使うんですか?」
「え?」
「違うの?」
「あー・・まぁ・・」

分厚い蔵書を見て回るイルカに声をかければ、なんとも煮え切らない返事が返る。

「授業に使うなら、もっと簡単なモノのほうが良くないですか?」
「・・・そうですね・・でも、児童書は・・・ここだったかな」

そう口にしながら、スタスタと歩いて行く姿に少しばかりの違和感を覚えた。
隣りにいたカカシもそう思ったのか、秀麗な眉がピクリと動く。
そんな主と目線がかち合ったのは一瞬のことで、あっという間にカカシの視線はイルカの背中に戻された。

「これなんて面白く無いですか?」
「不思議の国、ですか」

子供向けながらも美しい色彩に彩られた本を手にとって、その表紙を撫でる。
二人して床の上に座り込み、少し古びた児童書を開いた。

「綺麗な絵だからサクラが好きそうですね」
「そうだね。他の子は・・・」

などと本を間にして見つめ合う姿は微笑ましい事この上ないが。
放っておいたらいつまでもこのままなんじゃないかと思いたち、心を鬼にして間に分け入った。

「先輩。そろそろ仕事に戻っていただかないと」
「・・・お前ねぇ」

一気に剣呑な声に変わるカカシにも、無表情を貫いた。
こんなことで怯んでいては、仕事は一向に減りはしないのだ。

「今日中に終わらせる約束でしたよね」
「・・・・・」
「あの、カカシさん。お邪魔でしたら俺・・」
「いいの、先生はこのまま選んでてよ。ーーほんっと無粋なんだから」

そう言って、溜息を付きながらカカシが腰を上げた時、ワイシャツのポケットから万年筆がこぼれ落ちた。
カツンと音をたてて転がってきた物を拾い上げ、差し出した手に乗せた瞬間。
ひんやりとした体温に思わず声が出た。

「寒いんですか?」
「は?」

何を言っているのかと言わんばかりに顔をしかめたかカシの手を、万年筆ごと掴んだ。

「ち、ちょっと! なに人の手を掴んでんのよ」

ギョッとするカカシが慌てて振り払おうとするのも構わず強引に握りこむ。

「・・・こんなに冷たいなんて」
「はぁ?」

ドサリ。床に落とされた児童書がたてる派手な音に振り返れば、転がった本と自分たちを見つめるイルカの蒼白な顔。

「ーーーイルカ先生・・?」
「・・・・・」
「イルカさんっ!?」
「あっ! ・・いえ、あの・・スミマセン、落としちまって・・」
「それは構わないけど・・ってヤマト、いつまでオレの手を握ってんのよ、気持ち悪い」
「あぁ、そうですね。それより早く仕事に戻って下さい」

ヤマトだとていつまでも男の手を握る趣味はない。
あたふたと本を拾い上げるイルカが自分たちに背を向けて本棚に向き合うのを確認し、カカシを促した。
イルカの傍へ戻ろうとするカカシの背中を強引に押して書庫から追い出す。

ーーーだから二人は気づかなかったのだ。

背中を向けたイルカの手や身体が、小刻みに震えていたことに。
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【恋は銀色の翼にのりて】
恋は銀色の翼にのりて
恋の妙薬
とある晴れた日に

【Home Sweet Home】
Home Sweet Home
もう一度あなたと恋を
夜に引き裂かれても

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幼馴染
戦場に舞う花

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白銀の月よ
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Beloved One(オメガバース)
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