招待状を手に門の前に佇むイルカの姿を、窓の中から眺めていた。
そう言えば、遠い記憶のなかにそんな光景があったかとも思ったが、それも彼が門の扉に手をかけた瞬間に霧散してしまう。
迎えに出たヤマトに導かれるように屋敷の中へと入っていくるイルカの姿を確認して、カカシは出迎えるべく窓際に背を向けた。

「いらっしゃい、先生」
「今日はお招きいただいて・・・」
「あぁ、堅苦しい挨拶は抜きで」

初めて入ったであろう屋敷に足を踏み入れても、周りを見回しもしないイルカの様子を確認し、カカシは気安い調子で声を掛け奥の部屋へ招き入れた。
大広間では堅苦しいだろうと、今日はサロンでの食事にしようと考えていたのだ。

「どうぞ」

軽く会釈し、案内された椅子に腰掛けるイルカの前に料理人がこの日のためにと腕をふるった料理が並ぶ。
ヤマトの給仕でワインが運ばれ、軽くグラスを掲げてからグラスに唇をつけた。

「・・美味しい」
「良かった」

少し甘い食前酒だが、これぐらいならカカシも眉をひそめないとヤマトが選んだものだった。
美しく盛りつけられた色鮮やかな前菜に舌鼓を打ち、アスパラを潰して濾した暖かいスープを掬って口に運ぶ。
パンはもちろん焼きたてだ。
一つ一つ口にするたびにほわんと幸せそうな顔をするイルカに、カカシもついつい幸せな気分になる。
餌付けするってこういうことかな、なとど妙なことまで考えた。
一通りの食事が終わった後、用意された小さなお菓子と紅茶で一息ついた。

「は・・、お腹一杯です」
「それは良かった。この後トランプでもしましょうか。それとも葉巻でも?」
「え? あ、はい・・。でもその前に」

失礼しますと立ち上がり部屋を後にするイルカの背中を見送って、カカシがチラリとヤマトを見やる。

「ーーーヤマト」
「はい」
「イルカさんにレストルームの場所を教えた?」
「いえ・・そういえば・・」

イルカの後を追おうとするヤマトを制して、立ち上がった。

「オレにまかせて、お前は後片付けでもしてて」
「任せてって、何を・・」

戸惑ったヤマトの声を背中に聞きながら、カカシも足早に部屋を後にする。

「ーーーやっぱり、ね」

いないと確信してはいたが、一応レストルームを確認し、イルカの気配がないことに頷いてそう口にした。
イルカがこの屋敷に足を踏み入れた時から気になっていたことだ。
彼は、初めて入ったであろうこの屋敷の中を見渡さなかった。
それが不躾だと教育される地位にはない事を知っているから、答えは一つだ。
彼は、この屋敷を知っている。
まさかイルカが盗賊だとは思わないが、さてどこに行ったものやらと思案していると、ひょっこり壁の端から顔を出した愛犬が小さく吠えた。

「パックン」

およそカカシが飼っているとは思いがたい潰れた顔をした愛犬が鼻を鳴らす。

「そっち?」
「ワウッ」

そうだと言わんばかりにくるりと背中を向けて歩き出した後を追う。
音をたてずに長い廊下を足早に進むと、目当ての黒髪が揺れるのを見つけた。

「ウゥッ・・」
「しー、パックン」

唇に人差し指をたててそう口にし、見上げる愛犬の頭を撫ぜる。
ありがとうと優しく微笑むと、あっさりと唸るのをやめた愛犬がさっさと来た道を戻るのに苦笑して、カカシはイルカの様子を伺った。
立ち止まったのは、天井まである高い扉の前だ。
先祖代々から収集した膨大な量の蔵書がつめ込まれているその場所は、カカシも頻繁に出入りしているはたけ家の書庫だった。

「・・・なんであんな場所」

スルリと吸い込まれていく後ろ姿を見つめてボソリと呟く。
けして迷い込んだわけでもなく、イルカが意図を持ってその場所を目指したことが不思議だった。



*****



潜り込んだ部屋の中、眼の前に広がる書物の山にイルカは小さく微笑んだ。
普通なら、これだけの蔵書をみれば歓声のひとつも上がるものである。
だが、イルカは声を上げるでもなくただ懐かしいと言わんばかりの表情で書棚に立てられた本の背表紙を撫ぜた。
ズラリと並んだ様々な書物の配置に視線を巡らせ、少しは場所を変えただろうかと確認しがてら指先を滑らせていく。
懐かしい名前に微笑みながら何度もその指を止め、金箔で箔押しされた豪華な本の名前を口にする。
年代物の書物は僅かながらも黄みを帯びていたけれど、どれも保存状態はよく丁寧に保管されているようだった。
目当ての書物は確か書棚の上の辺だ。
顎を上げて爪先立ちし、視線はひとつひとつ本の背表紙を確認する。

「・・・あった・・!」

イルカはそう口にすると、臙脂色の本に手を伸ばした。
皮で作られた表紙は今も柔らかく、しっとりと指先に吸い付くようだ。
二人で共に作成し合ったその書物は、イルカの思い出であり彼の人の日記という名の遺言状、そして研究の結果でもある。
以前と変わらない場所にきちんと収納されている書物に、イルカははやる気持ちを押さえて背伸びする。
あと少しもう少しと手を伸ばし、つまみ出そうとした瞬間。

「こんなところで何をしているの? 先生」

不意に聞こえた声に、背伸びをしたまま振り返ったイルカは、背を扉にもたれかからせたままこちらを見ているカカシの姿にギクリと身体を強張らせた。

「・・・あ、の・・・」
「迷い込んだわけでもなさそうだけど」

誤魔化そうとした言葉は、先手をとって否定されてしまう。
見つめる視線はどこかいつものカカシらしくなく懐疑に満ちていて、イルカはギュッと唇を引き結んだ。
扉の前のカカシに向きあい、どうしようかと思考を巡らせた時。

「顔の傷はどうしたんですか?」

不意にカカシの口から飛び出した言葉に、イルカは慌てて顔を掌で覆った。
しかし、今のイルカの顔に傷痕などあるはずもなく。
カマをかけられたことに気づいたイルカが信じられない様にこちらを見るのを、カカシは鼻で嗤った。
カツンッと冷たい音をたてて大理石の床が鳴る。
ゆっくりと、しかし確実に獲物を追い詰める肉食獣のような優雅さでこちらに近づいてくるカカシを、イルカは書棚に背を預けてただ見つめるしかない。
何故カカシが顔の傷を知っているのか?
この半年間を思い出し、何度反芻してみても思い当たることはない。
ではサクモがカカシに話したのだろうか?
そう考えて違うと首を振る。もしも話していたのなら、今になってカカシがイルカをこんな眼で見ることはないはずなのだから。

「・・なぜ知ってるのか分からない。そんな顔ですね」
「カカシ、さん・・」

書棚に背を押し付けたまま、眼の前に迫ったカカシが逃げ場のないイルカの顎を持ち上げた。
顔を横切る傷痕を指先が正確になぞるのに目を見開いて、イルカは唇をわななかせる。

「あなたの寝室に押しかけた時ですよ」
「えーーー・・?」

何かを確かめるように何度も往復するのを振り払おうとすれば、力づくで顎を掴まれた。
目を見開くイルカの前に、カカシの顔が迫ってくる。

「やめっ・・んーーーっ・・・」

無理やり合わした唇だったが、しっかりと歯を噛みあわせたイルカによって舌先の侵入を阻止された。

「・・口あけて」

唇を合わせたまま話すカカシが、頑固に歯を食いしばっているイルカの鼻先をベロリと舐める。

「・・わ・・っ・・・」

ビックリして少しだけ空いた口の中へ、すかさず入ってきた舌先が慌てて逃げるイルカの舌を追いかけて動きまわった。

「・・うー・・っ!!」

離せと硬い銀髪を引っ張って抵抗するのに、それをものともしないカカシに唇を合わせたまま笑われて。
悔しくて開いた視線の先に、自分を見つめる暗い灰色の瞳を見つけてドキリとした。
それは、イルカが会いたくてたまらない人と同じ色の瞳で。
不意に身体中の体液が沸騰したように熱くなる。
抵抗をやめて大人しくなったイルカを訝しく思いながらも、これを好機とばかりに抱きしめて、口付けはさらに深くなる。

「あぁ・・」

合間に漏れる吐息とも喘ぎともつかない声にカカシも直ぐにたまらない気持ちになった。
向きを変えるべく唇を少しだけ離すと、唾液が糸を引いて互いの間に垂れる。
トロリとした黒い瞳が次第に焦点を無くしゆらゆらと揺らめくのを見つめていると、変化は唐突に訪れた。
上気した頬を横切るように、うっすらと盛り上がってくる引き攣れが、醜い傷痕の形に変わっていく。

「せんせ・・」
「・・ふ・・っ・・」

カカシがその傷痕にキスをすると、イルカの身体が腕の中でブルリと震えて声をあげる。

「・・、さんだ・・・め・・・」
「ーーー?」

呟くイルカのひんやりとした指先がカカシの頬に触れ、そのままスルリと滑って背中に回った。
スンっと、以前と同じようにカカシの匂いを嗅いで、何度も興奮したように舌先で首筋を舐めては荒い吐息を零す。
首筋に冷たい唇が触れるのを感じながら、カカシはイルカの腰ごと自分の身体を密着させると、つややかな黒髪を指に絡ませて愛撫した。
ぺたりともたれかかってくる肉体は、とても柔らかくて人間そのもののようなのに、体温だけがまるで感じられない。

「ねぇ・・、イルカ先生」
「・・・ん・・?」
「あなたは、いったい何者なの?」

そう口にした瞬間。
ぼんやりとしていた瞳が収縮し、カカシの姿をはっきりと認識するのが見て取れた。

「・・・ーーーーッ!!!」

鼻の上の傷を掌で隠して逃げようとするのを許さず、書棚に身体ごと押し付けたカカシが力ずくでその手を顔から引き離した。

「・・っ、その傷と・・あなたがこうなるのは何か関係が?」
「こう、なるって・・?」
「覚えてないーー?」

ならばと顎を掴んで上を剥かすと、強引に唇を押し付けた。

「ヤァ・・ーーッ!!」

顔を振って逃げようとするイルカを押さえつけて無理やり口付けを強要する。
さっきまでとは様子の違うイルカに驚きながらも、どうしてこんなに衝動的な気持ちになるのか分からなくて。
イルカの背中が書棚を伝ってズルズルと重力に引きずられていくのに合わせて、カカシも片膝を付いた。

「うぅ・・ふっ・・・ンン・・」

荒い息を吐くイルカとの間で唾液を絡ませ合う音が鳴る。
黒い瞳からボロボロと零れた涙を舐め、盛り上がり引き攣れを起こした傷痕に唇を落としてその顔を肩口へと抱き寄せた。

「泣かないでよ」
「・・・やっ・・・」
「ねぇ、イルカせんせ」
「・・はなしてっ・・・」
「ーーーッ・・、このッ!」

逃げようとするイルカの指が、カカシの目元を引っ掻いた。
さっきまでカカシに身体を預けていたくせに、この変わり様はどういうことだろう。
拒絶の言葉を吐いてカカシの身体を突っぱねようとする姿に、嗜虐心だけが沸き起こってくる。
そうだ。
この目の前の生き物は、ヒトではないと頭の片隅で悪魔が囁く。
自分を見つめるイルカの怯えたような瞳にわけもなく興奮した。

「おしえてよ、イルカ先生」
「・・はなしてください・・」
「あなたの身体はどうしてこんなに冷たいの?」
「カカシ、さん・・」

涙まみれの頬がくしゃりと歪められる。
離して、と震えながら口にするイルカの姿に、例えようもなく身体の奥が熱くなった。
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