ーーーここより少し話は遡る。
「お待ちくださいッ! 木の葉丸様ッ!!」
普段は静まり返っている館内をバタバタと廊下を走る音と、女官達の咎める声が扉を隔てても聞こえてくる。
「離せッ!! 俺はジジイに話があるんだコレッ!!」
「いけませんッ! 三代目様は今は・・」
「煩いッ!!」
声の主は、我が孫のようだ。
お気に入りの煙管の細工を眺めながら、微笑みを零す。
バタンと大きな音を立て、コノハ宮殿内にある一室に転がり込むように飛び込んできた可愛い孫の姿に、元火影である猿飛ヒルゼンは呆れたような表情をしたまま煙管の先からプカリと紫煙を吐き出した。
こんな事は日常茶飯事なのだろう。驚いた様子はない。
ただ、息も絶え絶えに床に這いつくばった孫の姿に、訝しげに眉をピクリとだけ動かす。
「・・・騒々しいの」
「申し訳ありません・・・」
つられて飛び込んできた女官に笑いながら、手で外へ出るように促す。
ついでに人払いを告げるとゆっくりと煙管に唇を付けた。
プカリプカリと漂う紫煙は、ドーナツ型だ。
これはまだ、この可愛い孫がもっと幼いころにせがまれてしていた遊びだ。
尋常ではない様子に、少しでも場を和ませようとした所業であったが、如何せん的はずれであった。
「ジジイッ!!」
未だ息も整わぬまま叫んだ木の葉丸は、ふらつく足取りで祖父の足元まで駆け寄った後、その老いた老木のような足に縋り付いた。
「イルカがッ!! イルカが攫われたぞ、コレッ!!」
それだけ言うと、小さい肩を震わせて滂沱の涙を零す。
「・・・・・」
ヒクヒクと、しゃくりあげる小さな背中を優しく撫ぜて、ヒルゼンは今度は大きく息を吐いた。
「そう言えば、今日は祭じゃったな・・・城外へ出たのか・・・?」
尋ねる声に責める響きはない。しかし、祖父の穏やかな声故の緊迫感が幼い耳に突き刺さった。
コクリと頷く孫の頭を撫ぜて閉じられた扉に視線をやると、小さく名前を呼ぶ。
音もなく部屋に足を踏み入れた男の姿を確認し、ヒルゼンは軽く頷いた。
「姿は見たか? 木の葉丸」
「み、見たぞコレ」
「申してみよ」
涙を滲ませる孫の瞼を拭って優しく微笑む。
頼りになる祖父の嗄れた手が、何度もその小さな頭を撫ぜた。
「か・・髪は銀色で・・・、うっ・・・片目が無い・・・」
ひく付きながら答える孫の言葉に、ヒルゼンの眉間に深い皺が刻まれる。
「あと・・、口を隠してたぞコレ」
拳を握りしめて力説し、どうかイルカを助けてくれと懇願する。
可愛い孫の言葉に頷きながら、視線だけを眼の前の男にやると、同じように眉を顰める様子に溜息を付いた。
「場所は?」
「路地裏で・・・」
そう言って首を傾げる。
元々城外に出ることも少ない木の葉丸だ。地理にはあまり詳しくない。
ふむ。そう言いながら下顎を撫ぜると考えるようにしてヒルゼンは視線を宙に彷徨わせた。
「助けを呼ぶ声が聞こえて、イルカが走って・・・」
必死に思い出して伝える木の葉丸の言葉に、先を促すように頷く。
「俺が追いついた時にはイルカはもう馬に乗せられてたぞコレ」
「・・・報告はあがっておるか?」
言葉は木の葉丸に向けられたものではない。
男も勿論心得ていて、小さく頷いた。
「市街地での襲撃で、女、子供が数名攫われています。・・・それと、従者が・・・」
子供の前だと憚り、言葉を濁す。
不安げに見つめる孫に微笑むと、目線の高さまで屈みこんでその柔らかな頬を撫ぜた。
「俺が、ちゃんと止めてたら・・・俺が・・」
再び涙を浮かべた木の葉丸が、顔をクシャリと歪めて祖父にしがみつく。
幼いなりにもイルカが離宮から出ることを禁じられている事を知っていたのだろう。
そして、あろうことか攫われてしまったのだ。子供ながらに責任も感じているらしい。
「イルカの心配はせんでいい」
「ジジィ、助けてくれるのかコレ」
任せておけと優しく微笑んで、ヒルゼンはその小さな身体を抱きしめた。
*****
どうやって救出するのかとしつこく尋ねる木の葉丸を曖昧に躱し部屋を追い出したヒルゼンは、愛用の煙管を咥え直して一息つくと、目の前に控えたままの男を見やる。
「・・・カカシか・・・」
「おそらく」
呟かれた名前に即答する。
木の葉丸が伝えた風貌からして間違いないだろう。
「あやつは今どこに?」
「詳細な場所は不明です・・・。居所を点々としているか、あるいは」
「幻術か?」
「ありえない話ではないかと」
困ったヤツじゃと呟いて、ヒルゼンは窓の外へと視線をやる。
のどかな風景に目を細めるものの、表情は険しいままだ。
表向きは平穏そのもののコノハでも、暗躍の陰は其処此処に僅かな火種を見せている。
ふむ・・とお気に入りの煙管を手にとって、コンコンと机を叩く。
「・・離宮に潜入したというのは?」
攫われた養子を思って難しい顔になるヒルゼンに、男はただ無表情で控えている。
「目的はわかりかねます。確かに三代目の張られた結界に綻びが合ったことは事実ですし、警告だった可能性も考えられます」
「・・・そちとは知らぬ仲でもなかったはずじゃが」
チラリと向けられた視線に、ピクリとだけ眉を動かして男は小さく頷いた。
「随分昔ですが、同じ部隊に」
「・・・呼び出すことは可能か?」
「三代目のご命令とあれば」
黒々とした瞳を逸らさずに返答した男は、頷いたヒルゼンに向けて一礼すると部屋を後にするべく踵を返した。
「・・・イルカさんは・・・」
二、三歩足を進めたところで立ち止まり、少し逡巡する様子を見せた後、振り返ることなく名前を紡ぐとそのまま押し黙ってしまう。
「・・・・・」
シンっと静まり返った部屋で、ヒルゼンの煙管を口にする音だけがやけに大きく響いた。
「・・・カカシの傍に居ることはわかっておるんじゃ。アレもイルカ相手に無茶はせんだろう」
ふうっと長い溜息と共に吐出された言葉に歯噛みして、男は無意識に掌を握りしめる。
三代目には、先日カカシが行った不埒な所業は報告してはいない。
それ故、イルカ救出に向けて早急な手をうとうとしない元火影に苛立ちは募る。
「心配か。ヤマト」
その言葉は、けして誂う響きなど含んではいなかったというのに。
振り返ったヤマトの視線は、明らかに怒気を含んで燃えていた。
どちらかと言うと穏やかな性質の男だ。
こんな表情は珍しいと、ヒルゼンは一瞬呆気にとられたものの直ぐ様ニヤリと口元を歪めてみせた。
「・・・阻止できなかった自分に腹が立っているだけです」
「・・・・・」
押し殺したような声に、静かな怒りを感じ取る。
それは、自らに対するものかそれとも。
足早に部屋を後にしようとするヤマトの背中に、あぁ、それとと声をかける。
「・・・ナルトにはなるべく内密に」
イルカが攫われたとわかった途端、飛び出していきかねんからなとボヤく言葉に、小さく頷いてヤマトはヒルゼンの居室を後にしたのだった。
*****
ボンヤリと並べられた食事を前にして、行儀よく食前の祈りを捧げる子供たちを見つめた。
少年と少女。
年の頃は多分ナルトと同じぐらいだ。
年の割には少し大人びている少女の名前はサクラ。
先ほど男が呼んでいたから間違いない。
恥ずかしい話だが、あの男に辱められて嘆くイルカの世話をし、宥めてくれたのもこの少女だ。
広い湯殿で汚された身体を真っ赤になるほど洗い、温い湯に浸かって心を癒やした。
ブクブクと頭まで浸かりながら、少しだけ泣いてしまったのは自分だけの秘密だ。
用意された清潔な服は、誂えたようにイルカにピッタリだった。
「・・・に感謝します」
祈り終えた少女が、いまだ呆けたようにしているイルカに視線を移しニコリと笑う。
目の前に並べられたのは、温かなスープと焼きたてのパン。美しく盛られた色とりどりのサラダと、メインにはソテーした白身魚。
「どうぞ、召し上がれ」
勧められたものの、喉をとおりそうもない。
辞退するつもりで口を開きかけて、昨夜から何も食べていない腹がくぅと鳴った。
現金な話だが、身体は正直なようだ。
ボッと顔を赤くして、俯く。
途端に破顔した少女達に促されるまま口にした食事は、けして豪華なものではなかったが、新鮮でそれぞれ簡単そうに見せかけながらも手が込んでいて美味しかった。
「・・・ご馳走様でした・・・」
行儀よくそう言って、片付けられていく食器たちを見送る。
さて、食事をしたからといって、これから何もすることはない。
なんせイルカは囚われの身というやつだ。
離宮からここに場所を移しただけで、閉じ込められている状況は以前と変わらない。
親切にしてくれてはいるが、この子供たちはいわゆるイルカの監視役ということなのだろう。
剣の手入れをする少年が、時折イルカの動向に鋭い視線を向けてくるのを肌で感じる。
・・・子供に監視役など。
侮られたものだ。
男には敵わなかったが、イルカだって剣術には自信があるし、宮殿の将校クラスには引けをとらないと自負もしている。
今だって、変化を解いて子供から剣を奪うことだって出来ないわけじゃない。
しかし、子供相手に強引な真似はしたくなかった。それがたとえ自分の身に危険が及ぶことであっても。
多分、足元を見られているのだろう。
ニヤニヤと笑うあの男のだらしない顔を思い出すと、途端に腹立たしくなった。
「んーっと・・・」
やることもなく椅子に座ったままのイルカの隣で、サクラが分厚い本を開いて首をかしげる。
チラリと見ると、なにやら表紙に絵柄の描いてある書物のようだ。
このくらいの少女によく読まれているものなのだろう。
「・・・かし・・草むら・・? んー、何だろ・・」
しきりに首を傾げる様子に身を乗り出す。
「読めないのか?」
かけられた言葉に、顔をあげたサクラが恥ずかしそうに微笑んだ。
「ここの文字、難しくて」
「どこ?」
指さした文字を覗き込み、文字の羅列を追う。
「アスティールはクレーナを拐かし、草むらに連れ込むとその柔肌に顔を埋め思う存分その・・・」
「キャッ!!」
・・・・かどわかしッ!? 連れ込むッ!?・・この先はとても口には出来ない・・・。
見間違いかと本の中に顔を突っ込んだイルカに、サクラが驚いて小さく叫ぶ。
取り上げた本の表紙を見て、絶句した。
【イチャイチャパラダイス】
「サ、サクラ・・・コレは・・・」
思わず顔がヒクつく。
コノハでは青少年健全法により、適用年齢以降しか読むことを許されてはいない書物だ。
イルカだって実は一度たりとも読んだことはない。
「カカシ先生の愛読書なんです。この文字って〈かどわかす〉って読むんですね。・・・どういう意味?」
「あー、人を騙して連れてきたり・・・っていうかっ!」
愛読書!? この有害図書がッ!?
「こんなものは子供が読んではダメだッ!」
「えーっ、いいところなのにッ!!」
取り上げるイルカに、サクラが頬を膨らませる。
絶対ダメだと取り合わないイルカが、本を持ったまま立ち上がって手を上に上げサクラに渡すまいとした。
「もう、良いわよ。他の本にするから」
諦めが早くてありがたい。
手を上げたままのイルカに、サクラがニコリと微笑んだ。
「そうしたら、また読めない字を教えてくれますか?」
「いいぞ。このシリーズ以外なら」
もっと健全な本をと答えるイルカにフフッっと可愛い顔で笑う。
「本当に先生ね」
「ん?」
「カカシ先生がね、あなたのことイルカ先生って呼べって」
男の名前を出されて、途端にイルカはムッとした顔になった。
「あの男・・・何が先生だ。こんな本を子供に読ませるなんて・・・あんな残虐で非道な・・、人の皮を被った悪魔が・・・」
ついつい憎々しげに吐き捨てた言葉に、子供たちがピリリと顔を強張らせた。
「お前たちもあの男に誘拐されて連れて来られたんじゃないのか?」
きっとそうに違いない。
警備兵を警戒していたし、お天道さまに顔向け出来ない後ろ暗い生活をしているハズだ。
第一、あの従者を手に・・・。
酷い現場を思い出し、顔をしかめたイルカに子供たちの非難の視線が刺さる。
「・・・?」
「誤解です」
「なにがだ・・・?」
「カカシ先生は残虐でも非道でもありません。悪い人をやっつけたり、攫われた子供達を助けてくれたり・・・」
「・・・・・」
「私もそうですけど、サスケくんもその助けられた一人なんです」
サスケと呼ばれた黒髪の少年が、剣を磨きながらピクリと指先を跳ねさせる。
「ーーお前たちはあの男に騙されてるじゃないか? じゃなきゃ何故ここに・・?」
「・・私達は・・親がいないから・・・」
「カカシがここに居ろって」
初めて口を開いた少年が、それだけ言ってプイッと顔を背ける。
「・・・カカシ先生があなたにしたこと・・・、私も許せません。でも、本当のカカシ先生は違うんです」
だから誤解しないでと、クリクリした瞳で懇願されて、イルカは黙り込んだ。
初めて会った時から、男にはいい感情を持ったためしがない。
無理矢理ここに連れて来られ、許しがたいことに強姦されたし、二度目に路地裏で出会った時はこと切れた従者を手にしていた。
「・・・・・」
サクラの語る男と、イルカが見た傍若無人な悪魔のような男。
どちらの顔が本当だというのだろう。
子供たちがどんなに男を養護したとしても、誘拐や人身売買に関しては【オロチ】の疑いだって晴れてはいない。
黙り込んだまま、イルカは何度もあの男のことを考え、結局途方に暮れた。
*****
「ぼんやりして」
不意にかけられた声のする方に顔を向けた。
闇夜に月がかかるようになった頃に戻ってきた男を瞳に映し、イルカは小さく息をつく。
相変わらずイルカに対して警戒心は全く無いようだ。
無造作に置かれた剣を横目に、黙ったまま近づいてくる男を見つめた。
「遅くなってスイマセン」
そんな風に言って眉尻を下げた男が、ベッドの上に座り込んだままのイルカの頬に手をのばした。
誰が待ってなどいるものか。
「触らないでください」
ピシャリと撥ね付けて、顔を背けるイルカに苦笑する。
「ご機嫌斜めですね」
一体誰のせいだと思っているのだろう。
ヘラヘラ笑う男が、不機嫌そのもののイルカに構うことなくベッドに身体を横たえると、強引に細い腕を引っ張る。
「わっ・・」
グラリと揺れる身体を抱きこまれそうになり慌てて体勢を整えると、ベッドの隅まで逃げた。
「何で逃げるんですか?」
理解できないとばかりにキョトンとして、男が小首を傾げる。
「当たり前でしょうッ!」
思わず大声を出したイルカが、身体を起こし四つん這いで迫ってきた男から逃げようと更に後ずさる。
「オレの帰りを待ってたのに?」
都合よくベッドの上で。
そんな言葉に、カッとなった。
共寝をするためにここに居たわけじゃない。
この部屋は余りにも人の住んでいる気配がなくて、腰を落ち着かせる場所がこのベッドの上だけしかなかったからだ。
「行き止まりですよ」
笑う男が迫ってくるのに、先ほど机に置かれた剣の位置を目端で確認する。
伸ばされた指先が、触れるか触れないかの距離になって、イルカは素早く印を結んだ。
「ーーー解ッ!」
叫んだものの、何も起こらない。
「あれ? ・・・解ッ!! 解ッ!・・・あ、あれ・・・?」
「・・・何をやってるんですか?」
一心不乱に印を結ぶイルカに、ポカンとした表情のままカカシが尋ねた。
・・・女体化した身体が、元に戻らない。
「・・・・」
一瞬にしてイルカは青ざめた。
どういうことだろう。
長らく女体化していたとはいえ、元々変化はうみの一族の特異体質だ。
印を間違えるはずもないし、ましてや解術出来ないなんてことは幼い頃から一度もなかった。
これは、もしや・・・・。
術が固定されていたのか?・・誰に・・・いつ、どこで・・?
そう考えて、ただ一人それが出来る人物に思い当たる。
イルカが男性体に戻ることを禁じていた人物。
しかも、離宮をまるごと結界内に留めることが出来るほどチャクラに溢れているその人は・・・。
「ーーー・・っんだいめ・・・」
振り絞るような声を口に出したイルカに、カカシが胡乱な視線を向けた。
「なにやら怪しいですねぇ・・・」
隻眼を細めて小さく呟く。
こうなったら仕方ない。
机の上に無造作に置かれた剣を奪うべく、ベッドから飛び降りようとした瞬間、カカシの腕が目にも留まらぬ速さでイルカの身体を抱き込んだ。
「ーーーう、わっ・・・!!」
ベッドに押し倒され、ギュウギュウと抱きすくめる力には、女の体では到底太刀打ちが出来ない。
昨夜の行為を思い出し、腕を突っぱね腹の底から沸き上がってくる恐怖に叫びながら力いっぱい瞼を閉じた。
「ヤ・・ッ!!」
「・・・暴れたら抱きますよ」
耳元で囁かれる冷たい声に、恐る恐る瞳を開く。
相変わらず鋭利な刃物のような瞳だ。
ゴクリと喉を鳴らして、イルカは捕らえられた小動物よろしくコクコクと頷いた。
「いい子だーね」
途端に和らぐ気配に、戸惑う瞳が不安気に瞬く。
先ほどのサクラの言葉が何度も脳裏を過っては消える。
まるで裏と表のようだ。この男の本当の顔は、一体どこにあるというのだろう。
「大人しくしていたら、今日はしません」
言い聞かせる言葉に頷いて、今日は?と首を傾げるものの、とりあえず目先の安心をイルカは選んだ。
片手に抱き寄せたままズルズルとベッドの頭上まで細い身体をを引きずってきたカカシは、柔らかい羽毛ごとイルカを包み込んでしまう。
整った顔が目の前に晒されて、イルカは小さく息を吐き出した。
あと少し近づいたら、唇が触れ合ってしまうような距離だ。
「・・・・・」
見開いた大きな黒い瞳に映る自分に笑って、カカシはまだガチガチに固まったままの背中を撫ぜる。
それはまるで宥めるように優しい仕草で。
思わず狼狽えたイルカが身動ぎした。
「・・・今日はちょっと酷い現場で・・」
ボソリと呟かれた言葉に、答えるためだけにただ瞳をパチパチとだけさせる。
「さすがに疲れました」
弱音とも聞き取れる言葉が、薄い唇から紡がれる。
昨夜は、この唇が重なったのだ。
そう考えると、次第に頬が赤くなるのを感じた。
何を考えてるんだ。ダメだ、考えるな。
何か別のことでも・・・と視線を彷徨わせるものの、結局視線は眼の前の整った顔に戻ってきてしまう。
「変な顔」
ふふふと笑うカカシの指先が、赤くなったイルカの頬を撫ぜる。
悪かったな変な顔でと、むっとするものの楽しそうなカカシの表情に、怒るに怒れず苦虫を噛み潰した顔になる。
「さっきの訂正」
「・・・え?」
あーもう駄目と強い力で抱き寄せられて、のしかかってきたカカシがニヤリと笑った。
「キスだけ」
「えぇ・・わ・・ッ!!」
背けようとする頬を大きな手で固定されて、迫ってきた顔に固く目を瞑った。
「んんッ」
チュッと軽く音をたてて重なった唇に、小さな吐息を漏らす。
恐る恐る瞳を開いたイルカの眼の前で銀髪が揺れた。
「あなた可愛すぎです」
「・・・・・」
つい先程〈変な顔〉と言った口で、何を言うか。
ムッとするイルカに笑いながら更に唇を寄せる。
固く引き締めたままのイルカの唇を舌で舐めて促すと、隙間から強引に侵入してきた。
「んーーーッ」
逃げまわる舌を追いかけられて擦られる。
舌先で上顎を何度も刺激されるだけで、身体が不用意にビクビクと震える。
イルカは必死でカカシの背中に縋った。
「あぁ・・ぁ・・ッ・」
どうしよう。
嫌なのに気持ちいいなんて可笑しいだろ。
瞳を開けば、同じように潤んだ眼をしたカカシが、熱に浮かされたようなイルカの表情をじっと見ていた。
「やぁ・・」
「あんまりやり過ぎると止められなくなるから、少しだけね・・」
もうやり過ぎなんじゃないかと思うのに。
力強い腕に抱きすくめられ、イルカが感じる部分を舌先が探して口腔内を動きまわる。
下肢が甘く濡れていくような感覚に、イルカは思わずモジモジと腰を揺らした。
怠く重くなるような刺激に何度も泣き出しそうになりながら、カカシが満足して眠るまでイルカは押し寄せる快感に耐えたのだった。
「お待ちくださいッ! 木の葉丸様ッ!!」
普段は静まり返っている館内をバタバタと廊下を走る音と、女官達の咎める声が扉を隔てても聞こえてくる。
「離せッ!! 俺はジジイに話があるんだコレッ!!」
「いけませんッ! 三代目様は今は・・」
「煩いッ!!」
声の主は、我が孫のようだ。
お気に入りの煙管の細工を眺めながら、微笑みを零す。
バタンと大きな音を立て、コノハ宮殿内にある一室に転がり込むように飛び込んできた可愛い孫の姿に、元火影である猿飛ヒルゼンは呆れたような表情をしたまま煙管の先からプカリと紫煙を吐き出した。
こんな事は日常茶飯事なのだろう。驚いた様子はない。
ただ、息も絶え絶えに床に這いつくばった孫の姿に、訝しげに眉をピクリとだけ動かす。
「・・・騒々しいの」
「申し訳ありません・・・」
つられて飛び込んできた女官に笑いながら、手で外へ出るように促す。
ついでに人払いを告げるとゆっくりと煙管に唇を付けた。
プカリプカリと漂う紫煙は、ドーナツ型だ。
これはまだ、この可愛い孫がもっと幼いころにせがまれてしていた遊びだ。
尋常ではない様子に、少しでも場を和ませようとした所業であったが、如何せん的はずれであった。
「ジジイッ!!」
未だ息も整わぬまま叫んだ木の葉丸は、ふらつく足取りで祖父の足元まで駆け寄った後、その老いた老木のような足に縋り付いた。
「イルカがッ!! イルカが攫われたぞ、コレッ!!」
それだけ言うと、小さい肩を震わせて滂沱の涙を零す。
「・・・・・」
ヒクヒクと、しゃくりあげる小さな背中を優しく撫ぜて、ヒルゼンは今度は大きく息を吐いた。
「そう言えば、今日は祭じゃったな・・・城外へ出たのか・・・?」
尋ねる声に責める響きはない。しかし、祖父の穏やかな声故の緊迫感が幼い耳に突き刺さった。
コクリと頷く孫の頭を撫ぜて閉じられた扉に視線をやると、小さく名前を呼ぶ。
音もなく部屋に足を踏み入れた男の姿を確認し、ヒルゼンは軽く頷いた。
「姿は見たか? 木の葉丸」
「み、見たぞコレ」
「申してみよ」
涙を滲ませる孫の瞼を拭って優しく微笑む。
頼りになる祖父の嗄れた手が、何度もその小さな頭を撫ぜた。
「か・・髪は銀色で・・・、うっ・・・片目が無い・・・」
ひく付きながら答える孫の言葉に、ヒルゼンの眉間に深い皺が刻まれる。
「あと・・、口を隠してたぞコレ」
拳を握りしめて力説し、どうかイルカを助けてくれと懇願する。
可愛い孫の言葉に頷きながら、視線だけを眼の前の男にやると、同じように眉を顰める様子に溜息を付いた。
「場所は?」
「路地裏で・・・」
そう言って首を傾げる。
元々城外に出ることも少ない木の葉丸だ。地理にはあまり詳しくない。
ふむ。そう言いながら下顎を撫ぜると考えるようにしてヒルゼンは視線を宙に彷徨わせた。
「助けを呼ぶ声が聞こえて、イルカが走って・・・」
必死に思い出して伝える木の葉丸の言葉に、先を促すように頷く。
「俺が追いついた時にはイルカはもう馬に乗せられてたぞコレ」
「・・・報告はあがっておるか?」
言葉は木の葉丸に向けられたものではない。
男も勿論心得ていて、小さく頷いた。
「市街地での襲撃で、女、子供が数名攫われています。・・・それと、従者が・・・」
子供の前だと憚り、言葉を濁す。
不安げに見つめる孫に微笑むと、目線の高さまで屈みこんでその柔らかな頬を撫ぜた。
「俺が、ちゃんと止めてたら・・・俺が・・」
再び涙を浮かべた木の葉丸が、顔をクシャリと歪めて祖父にしがみつく。
幼いなりにもイルカが離宮から出ることを禁じられている事を知っていたのだろう。
そして、あろうことか攫われてしまったのだ。子供ながらに責任も感じているらしい。
「イルカの心配はせんでいい」
「ジジィ、助けてくれるのかコレ」
任せておけと優しく微笑んで、ヒルゼンはその小さな身体を抱きしめた。
*****
どうやって救出するのかとしつこく尋ねる木の葉丸を曖昧に躱し部屋を追い出したヒルゼンは、愛用の煙管を咥え直して一息つくと、目の前に控えたままの男を見やる。
「・・・カカシか・・・」
「おそらく」
呟かれた名前に即答する。
木の葉丸が伝えた風貌からして間違いないだろう。
「あやつは今どこに?」
「詳細な場所は不明です・・・。居所を点々としているか、あるいは」
「幻術か?」
「ありえない話ではないかと」
困ったヤツじゃと呟いて、ヒルゼンは窓の外へと視線をやる。
のどかな風景に目を細めるものの、表情は険しいままだ。
表向きは平穏そのもののコノハでも、暗躍の陰は其処此処に僅かな火種を見せている。
ふむ・・とお気に入りの煙管を手にとって、コンコンと机を叩く。
「・・離宮に潜入したというのは?」
攫われた養子を思って難しい顔になるヒルゼンに、男はただ無表情で控えている。
「目的はわかりかねます。確かに三代目の張られた結界に綻びが合ったことは事実ですし、警告だった可能性も考えられます」
「・・・そちとは知らぬ仲でもなかったはずじゃが」
チラリと向けられた視線に、ピクリとだけ眉を動かして男は小さく頷いた。
「随分昔ですが、同じ部隊に」
「・・・呼び出すことは可能か?」
「三代目のご命令とあれば」
黒々とした瞳を逸らさずに返答した男は、頷いたヒルゼンに向けて一礼すると部屋を後にするべく踵を返した。
「・・・イルカさんは・・・」
二、三歩足を進めたところで立ち止まり、少し逡巡する様子を見せた後、振り返ることなく名前を紡ぐとそのまま押し黙ってしまう。
「・・・・・」
シンっと静まり返った部屋で、ヒルゼンの煙管を口にする音だけがやけに大きく響いた。
「・・・カカシの傍に居ることはわかっておるんじゃ。アレもイルカ相手に無茶はせんだろう」
ふうっと長い溜息と共に吐出された言葉に歯噛みして、男は無意識に掌を握りしめる。
三代目には、先日カカシが行った不埒な所業は報告してはいない。
それ故、イルカ救出に向けて早急な手をうとうとしない元火影に苛立ちは募る。
「心配か。ヤマト」
その言葉は、けして誂う響きなど含んではいなかったというのに。
振り返ったヤマトの視線は、明らかに怒気を含んで燃えていた。
どちらかと言うと穏やかな性質の男だ。
こんな表情は珍しいと、ヒルゼンは一瞬呆気にとられたものの直ぐ様ニヤリと口元を歪めてみせた。
「・・・阻止できなかった自分に腹が立っているだけです」
「・・・・・」
押し殺したような声に、静かな怒りを感じ取る。
それは、自らに対するものかそれとも。
足早に部屋を後にしようとするヤマトの背中に、あぁ、それとと声をかける。
「・・・ナルトにはなるべく内密に」
イルカが攫われたとわかった途端、飛び出していきかねんからなとボヤく言葉に、小さく頷いてヤマトはヒルゼンの居室を後にしたのだった。
*****
ボンヤリと並べられた食事を前にして、行儀よく食前の祈りを捧げる子供たちを見つめた。
少年と少女。
年の頃は多分ナルトと同じぐらいだ。
年の割には少し大人びている少女の名前はサクラ。
先ほど男が呼んでいたから間違いない。
恥ずかしい話だが、あの男に辱められて嘆くイルカの世話をし、宥めてくれたのもこの少女だ。
広い湯殿で汚された身体を真っ赤になるほど洗い、温い湯に浸かって心を癒やした。
ブクブクと頭まで浸かりながら、少しだけ泣いてしまったのは自分だけの秘密だ。
用意された清潔な服は、誂えたようにイルカにピッタリだった。
「・・・に感謝します」
祈り終えた少女が、いまだ呆けたようにしているイルカに視線を移しニコリと笑う。
目の前に並べられたのは、温かなスープと焼きたてのパン。美しく盛られた色とりどりのサラダと、メインにはソテーした白身魚。
「どうぞ、召し上がれ」
勧められたものの、喉をとおりそうもない。
辞退するつもりで口を開きかけて、昨夜から何も食べていない腹がくぅと鳴った。
現金な話だが、身体は正直なようだ。
ボッと顔を赤くして、俯く。
途端に破顔した少女達に促されるまま口にした食事は、けして豪華なものではなかったが、新鮮でそれぞれ簡単そうに見せかけながらも手が込んでいて美味しかった。
「・・・ご馳走様でした・・・」
行儀よくそう言って、片付けられていく食器たちを見送る。
さて、食事をしたからといって、これから何もすることはない。
なんせイルカは囚われの身というやつだ。
離宮からここに場所を移しただけで、閉じ込められている状況は以前と変わらない。
親切にしてくれてはいるが、この子供たちはいわゆるイルカの監視役ということなのだろう。
剣の手入れをする少年が、時折イルカの動向に鋭い視線を向けてくるのを肌で感じる。
・・・子供に監視役など。
侮られたものだ。
男には敵わなかったが、イルカだって剣術には自信があるし、宮殿の将校クラスには引けをとらないと自負もしている。
今だって、変化を解いて子供から剣を奪うことだって出来ないわけじゃない。
しかし、子供相手に強引な真似はしたくなかった。それがたとえ自分の身に危険が及ぶことであっても。
多分、足元を見られているのだろう。
ニヤニヤと笑うあの男のだらしない顔を思い出すと、途端に腹立たしくなった。
「んーっと・・・」
やることもなく椅子に座ったままのイルカの隣で、サクラが分厚い本を開いて首をかしげる。
チラリと見ると、なにやら表紙に絵柄の描いてある書物のようだ。
このくらいの少女によく読まれているものなのだろう。
「・・・かし・・草むら・・? んー、何だろ・・」
しきりに首を傾げる様子に身を乗り出す。
「読めないのか?」
かけられた言葉に、顔をあげたサクラが恥ずかしそうに微笑んだ。
「ここの文字、難しくて」
「どこ?」
指さした文字を覗き込み、文字の羅列を追う。
「アスティールはクレーナを拐かし、草むらに連れ込むとその柔肌に顔を埋め思う存分その・・・」
「キャッ!!」
・・・・かどわかしッ!? 連れ込むッ!?・・この先はとても口には出来ない・・・。
見間違いかと本の中に顔を突っ込んだイルカに、サクラが驚いて小さく叫ぶ。
取り上げた本の表紙を見て、絶句した。
【イチャイチャパラダイス】
「サ、サクラ・・・コレは・・・」
思わず顔がヒクつく。
コノハでは青少年健全法により、適用年齢以降しか読むことを許されてはいない書物だ。
イルカだって実は一度たりとも読んだことはない。
「カカシ先生の愛読書なんです。この文字って〈かどわかす〉って読むんですね。・・・どういう意味?」
「あー、人を騙して連れてきたり・・・っていうかっ!」
愛読書!? この有害図書がッ!?
「こんなものは子供が読んではダメだッ!」
「えーっ、いいところなのにッ!!」
取り上げるイルカに、サクラが頬を膨らませる。
絶対ダメだと取り合わないイルカが、本を持ったまま立ち上がって手を上に上げサクラに渡すまいとした。
「もう、良いわよ。他の本にするから」
諦めが早くてありがたい。
手を上げたままのイルカに、サクラがニコリと微笑んだ。
「そうしたら、また読めない字を教えてくれますか?」
「いいぞ。このシリーズ以外なら」
もっと健全な本をと答えるイルカにフフッっと可愛い顔で笑う。
「本当に先生ね」
「ん?」
「カカシ先生がね、あなたのことイルカ先生って呼べって」
男の名前を出されて、途端にイルカはムッとした顔になった。
「あの男・・・何が先生だ。こんな本を子供に読ませるなんて・・・あんな残虐で非道な・・、人の皮を被った悪魔が・・・」
ついつい憎々しげに吐き捨てた言葉に、子供たちがピリリと顔を強張らせた。
「お前たちもあの男に誘拐されて連れて来られたんじゃないのか?」
きっとそうに違いない。
警備兵を警戒していたし、お天道さまに顔向け出来ない後ろ暗い生活をしているハズだ。
第一、あの従者を手に・・・。
酷い現場を思い出し、顔をしかめたイルカに子供たちの非難の視線が刺さる。
「・・・?」
「誤解です」
「なにがだ・・・?」
「カカシ先生は残虐でも非道でもありません。悪い人をやっつけたり、攫われた子供達を助けてくれたり・・・」
「・・・・・」
「私もそうですけど、サスケくんもその助けられた一人なんです」
サスケと呼ばれた黒髪の少年が、剣を磨きながらピクリと指先を跳ねさせる。
「ーーお前たちはあの男に騙されてるじゃないか? じゃなきゃ何故ここに・・?」
「・・私達は・・親がいないから・・・」
「カカシがここに居ろって」
初めて口を開いた少年が、それだけ言ってプイッと顔を背ける。
「・・・カカシ先生があなたにしたこと・・・、私も許せません。でも、本当のカカシ先生は違うんです」
だから誤解しないでと、クリクリした瞳で懇願されて、イルカは黙り込んだ。
初めて会った時から、男にはいい感情を持ったためしがない。
無理矢理ここに連れて来られ、許しがたいことに強姦されたし、二度目に路地裏で出会った時はこと切れた従者を手にしていた。
「・・・・・」
サクラの語る男と、イルカが見た傍若無人な悪魔のような男。
どちらの顔が本当だというのだろう。
子供たちがどんなに男を養護したとしても、誘拐や人身売買に関しては【オロチ】の疑いだって晴れてはいない。
黙り込んだまま、イルカは何度もあの男のことを考え、結局途方に暮れた。
*****
「ぼんやりして」
不意にかけられた声のする方に顔を向けた。
闇夜に月がかかるようになった頃に戻ってきた男を瞳に映し、イルカは小さく息をつく。
相変わらずイルカに対して警戒心は全く無いようだ。
無造作に置かれた剣を横目に、黙ったまま近づいてくる男を見つめた。
「遅くなってスイマセン」
そんな風に言って眉尻を下げた男が、ベッドの上に座り込んだままのイルカの頬に手をのばした。
誰が待ってなどいるものか。
「触らないでください」
ピシャリと撥ね付けて、顔を背けるイルカに苦笑する。
「ご機嫌斜めですね」
一体誰のせいだと思っているのだろう。
ヘラヘラ笑う男が、不機嫌そのもののイルカに構うことなくベッドに身体を横たえると、強引に細い腕を引っ張る。
「わっ・・」
グラリと揺れる身体を抱きこまれそうになり慌てて体勢を整えると、ベッドの隅まで逃げた。
「何で逃げるんですか?」
理解できないとばかりにキョトンとして、男が小首を傾げる。
「当たり前でしょうッ!」
思わず大声を出したイルカが、身体を起こし四つん這いで迫ってきた男から逃げようと更に後ずさる。
「オレの帰りを待ってたのに?」
都合よくベッドの上で。
そんな言葉に、カッとなった。
共寝をするためにここに居たわけじゃない。
この部屋は余りにも人の住んでいる気配がなくて、腰を落ち着かせる場所がこのベッドの上だけしかなかったからだ。
「行き止まりですよ」
笑う男が迫ってくるのに、先ほど机に置かれた剣の位置を目端で確認する。
伸ばされた指先が、触れるか触れないかの距離になって、イルカは素早く印を結んだ。
「ーーー解ッ!」
叫んだものの、何も起こらない。
「あれ? ・・・解ッ!! 解ッ!・・・あ、あれ・・・?」
「・・・何をやってるんですか?」
一心不乱に印を結ぶイルカに、ポカンとした表情のままカカシが尋ねた。
・・・女体化した身体が、元に戻らない。
「・・・・」
一瞬にしてイルカは青ざめた。
どういうことだろう。
長らく女体化していたとはいえ、元々変化はうみの一族の特異体質だ。
印を間違えるはずもないし、ましてや解術出来ないなんてことは幼い頃から一度もなかった。
これは、もしや・・・・。
術が固定されていたのか?・・誰に・・・いつ、どこで・・?
そう考えて、ただ一人それが出来る人物に思い当たる。
イルカが男性体に戻ることを禁じていた人物。
しかも、離宮をまるごと結界内に留めることが出来るほどチャクラに溢れているその人は・・・。
「ーーー・・っんだいめ・・・」
振り絞るような声を口に出したイルカに、カカシが胡乱な視線を向けた。
「なにやら怪しいですねぇ・・・」
隻眼を細めて小さく呟く。
こうなったら仕方ない。
机の上に無造作に置かれた剣を奪うべく、ベッドから飛び降りようとした瞬間、カカシの腕が目にも留まらぬ速さでイルカの身体を抱き込んだ。
「ーーーう、わっ・・・!!」
ベッドに押し倒され、ギュウギュウと抱きすくめる力には、女の体では到底太刀打ちが出来ない。
昨夜の行為を思い出し、腕を突っぱね腹の底から沸き上がってくる恐怖に叫びながら力いっぱい瞼を閉じた。
「ヤ・・ッ!!」
「・・・暴れたら抱きますよ」
耳元で囁かれる冷たい声に、恐る恐る瞳を開く。
相変わらず鋭利な刃物のような瞳だ。
ゴクリと喉を鳴らして、イルカは捕らえられた小動物よろしくコクコクと頷いた。
「いい子だーね」
途端に和らぐ気配に、戸惑う瞳が不安気に瞬く。
先ほどのサクラの言葉が何度も脳裏を過っては消える。
まるで裏と表のようだ。この男の本当の顔は、一体どこにあるというのだろう。
「大人しくしていたら、今日はしません」
言い聞かせる言葉に頷いて、今日は?と首を傾げるものの、とりあえず目先の安心をイルカは選んだ。
片手に抱き寄せたままズルズルとベッドの頭上まで細い身体をを引きずってきたカカシは、柔らかい羽毛ごとイルカを包み込んでしまう。
整った顔が目の前に晒されて、イルカは小さく息を吐き出した。
あと少し近づいたら、唇が触れ合ってしまうような距離だ。
「・・・・・」
見開いた大きな黒い瞳に映る自分に笑って、カカシはまだガチガチに固まったままの背中を撫ぜる。
それはまるで宥めるように優しい仕草で。
思わず狼狽えたイルカが身動ぎした。
「・・・今日はちょっと酷い現場で・・」
ボソリと呟かれた言葉に、答えるためだけにただ瞳をパチパチとだけさせる。
「さすがに疲れました」
弱音とも聞き取れる言葉が、薄い唇から紡がれる。
昨夜は、この唇が重なったのだ。
そう考えると、次第に頬が赤くなるのを感じた。
何を考えてるんだ。ダメだ、考えるな。
何か別のことでも・・・と視線を彷徨わせるものの、結局視線は眼の前の整った顔に戻ってきてしまう。
「変な顔」
ふふふと笑うカカシの指先が、赤くなったイルカの頬を撫ぜる。
悪かったな変な顔でと、むっとするものの楽しそうなカカシの表情に、怒るに怒れず苦虫を噛み潰した顔になる。
「さっきの訂正」
「・・・え?」
あーもう駄目と強い力で抱き寄せられて、のしかかってきたカカシがニヤリと笑った。
「キスだけ」
「えぇ・・わ・・ッ!!」
背けようとする頬を大きな手で固定されて、迫ってきた顔に固く目を瞑った。
「んんッ」
チュッと軽く音をたてて重なった唇に、小さな吐息を漏らす。
恐る恐る瞳を開いたイルカの眼の前で銀髪が揺れた。
「あなた可愛すぎです」
「・・・・・」
つい先程〈変な顔〉と言った口で、何を言うか。
ムッとするイルカに笑いながら更に唇を寄せる。
固く引き締めたままのイルカの唇を舌で舐めて促すと、隙間から強引に侵入してきた。
「んーーーッ」
逃げまわる舌を追いかけられて擦られる。
舌先で上顎を何度も刺激されるだけで、身体が不用意にビクビクと震える。
イルカは必死でカカシの背中に縋った。
「あぁ・・ぁ・・ッ・」
どうしよう。
嫌なのに気持ちいいなんて可笑しいだろ。
瞳を開けば、同じように潤んだ眼をしたカカシが、熱に浮かされたようなイルカの表情をじっと見ていた。
「やぁ・・」
「あんまりやり過ぎると止められなくなるから、少しだけね・・」
もうやり過ぎなんじゃないかと思うのに。
力強い腕に抱きすくめられ、イルカが感じる部分を舌先が探して口腔内を動きまわる。
下肢が甘く濡れていくような感覚に、イルカは思わずモジモジと腰を揺らした。
怠く重くなるような刺激に何度も泣き出しそうになりながら、カカシが満足して眠るまでイルカは押し寄せる快感に耐えたのだった。
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【恋は銀色の翼にのりて】
恋は銀色の翼にのりて
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もう一度あなたと恋を
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