んんっと寝ぼけた声を上げて眼を覚ましたイルカは、見慣れぬベッドにぼんやりと視線を彷徨わせた。
天蓋付きのベッドの上からは、部屋の様子は淡いベールに包まれていて朧気だ。

「・・・・」

キョロキョロと辺りを見回す前に飛び込んできた銀色の輝きに、一瞬視線が止まる。
人形のように整った顔の男だ。
閉じられた瞳に影を落としているのは、髪と同じ色の銀糸。
通った鼻筋と薄い唇は、女と並んでも遜色ないほどの美しさなのに、左眼を縦に走る傷跡が繊細な男の顔を精悍に変貌させていた。
頭が覚醒しないまま、ただその顔を眺めていると、小さく睫毛が震えて男がゆっくりと瞼を開く。
瞳の色は深いダークブルーだ。
傷を負っている左眼はやはり潰れてしまっているのだろうか?
勿体無いな・・・なんてそんなことがチラリと脳裏をよぎる。

「おはよ」

あ、人形が喋った。
寝ぼけた頭でそう思った途端、ガラス球のような右眼がニコリと弧を描いた。

「ーーーーーッ!!!」

瞬間的に思い出した昨夜の行為に、イルカは物凄い勢いで飛び起きて男を指さすと、動揺して口をパクパクとさせた。

「あ、あああ・・・」
「ん~、落ち着いて」
「ーーーわっ!!」

飛び起きた勢いに、身体の中からドロリと何かが流れて股間を濡らし、思わず声を漏らしながら慌てて下腹部に視線を飛ばす。
なにか出た。
何かって・・・そうだ。
信じられない思いでベッド寝そべったまま肘をついてイルカを眺めている男を見やる。
男といえば、顔面蒼白でわなわなと震えるイルカを楽しそう見つめ、のんびりと起き上がると大きく伸びをした。

「一応、身体は拭いておきましたよ」
「あ、ありがとうございます」

そう言えばサラリとしている。
身体に触れて確認したものの、そこで初めて自分が何も身につけていないことに仰天した。
この状態で、何をお礼なんて言ってるんだ。
もう頭がぐちゃぐちゃでまともな思考が持てない。

「あぁ、内はさすがに大変で」
「・・・へ・・?」

気絶したあなたを抱えて、浴室での後始末は無理でした・・・などと、悪びれた様子もなく話す男に言葉を失う。
内・・・それはつまり。
今流れでたこれは・・・、この男の・・・。

「ま、男と違って後始末しなくても腹を壊したりしませんしね」

むしろ女の体のほうが後々大変なことになるというのに、そう言ってヘラリと笑う。

「・・ふ、ふざけ・・ーーーあっ!!」

身体を動かそうとして、また体外に排出される感覚にギュッと身体を振り絞る。
じんわりと湿っていくシーツに、一気に頭の天辺まで血流が登りつめた。

「拭いてあげましょうか?」
「ーーー結構ですッ!!」

叫ぶイルカが涙目になって手元にあったシーツをたぐり寄せると、それを頭から被ってベッドに突っ伏した。
なんという不埒で不躾な男なのだろう。
怒りがこみ上げてくるが、身体を小さく丸めて縮こまっている間も、じわりと体内から流れていく気持ち悪さにイルカは短く呻いた。
変化しているだけで実際は男なのだから、こんな感覚はイルカにとって初めての体験である。

「イールーカーさーん」

脳天気に名前を呼ぶ男が、シーツをめくろうとするのを必死で握りしめて抑え込む。
何故名前を知っているのかという疑問が一瞬頭を過ったが、それよりもこの最後の砦というべきシーツを守ることのほうが重要だった。

「この、人殺しッ! 誘拐犯ッ!! ーーー強姦魔ッ!!!」
「ちょっと、なんてこと言うんですか」

あの時の従者の死体は濡れ衣だ。
犯人は別にいると言っても、この状態では聞く耳は持ってもらえないだろう。
それにしても、シーツを被って丸まっているイルカの姿の方が気になった。

「イルカさんって」
「ーーー触るなッ! 変態ッ!!」

変態とは穏やかではない。
むしろ昨夜はイルカだって楽しんだはずだ。

「恥ずかしがっちゃって」

あまりの抵抗に少々辟易したのか、男がふうっと短い溜息をつく。
恥ずかしいとかそんな陳腐なもんじゃない。イルカの自尊心や尊厳の問題だ。
シーツの中で歯噛みするも、ここは男の屋敷で、イルカは囚われの身だ。
丸腰どころか全裸のイルカには、男に対抗する術がなかった。
シーツの中で歯を食いしばって涙を堪えるイルカに、男の楽しげな声は続く。

「初めてのくせに、あんなにヨガってイキまくってたらそりゃ恥ずかしいですよねぇ」

俺は気にしませんよ。
むしろ嬉しいです。
語尾に音符までつけそうな口調で話しかけられて、イルカはガバリとシーツから顔を出した。

「初めてとは思えないほどグショグショに濡れてましたし」
「な、な、な・・・ッ!!!」

顔は真っ赤で、茹でダコのようだ。
ふふふと笑う男がベッドの上で胡座をかいたままニタリと笑う。

「気を失うほど良かったですか?」
「ーーな、んてことを・・」

辱める言葉にきつく唇を噛む。
鼻の奥がツンと染みるように痛くなり、シーツを握りしめた手が怒りにブルブルと震えた。

「貞淑ぶった深窓の令嬢が見る影もありませんね」
「やめろ」
「あなたの乱れる姿、アイツにも見せてやりたかったなぁ」

咥え込んだまま気絶なんて、最高でしたよ。
クククッと笑う姿に眉を顰める。
どうしてこんな酷いことが言えるのだろう。
グッと、眉を寄せて睨みつけるイルカに、せせら笑うように男はフンっと鼻を鳴らす。

「淫乱なイルカさんは、もうヤマトの元へは戻れない」

穢れた女なんて、望まれないよ。
そう言い放つ声は笑っているのに、瞳は違った。
まるで捕食者の様な冷酷な視線に射すくめられて、身動き出来ないままイルカの涙腺は崩壊した。
ボタボタと音を立てて溢れ落ちる涙に、さすがの男も驚いたように身を乗り出す。

「ち、ちょっと・・」
「・・・・・」

言葉もなく、ただ涙だけが頬を伝ってシーツに染みを作っていく。
黒曜石を思わせる大きな黒い瞳から零れるそれを、男は魅入られたようにじっと見つめていた。

「・・・・・」

涙を拭おうと伸ばされた男の手を避けるように身体を背けると、くしゃりと顔を歪ませる。
そんな表情を隠すかのように掴んだシーツの中に再び身体を潜り込ませると、身体を震わせながら小さな嗚咽を漏らした。

「・・・イルカ・・・」

シーツの上から触れる指先に、怯えたようにビクリと跳ねて、増々縮こまってしまう。
悲しげな泣き声に、さすがの男も少しだけ困った顔になる。

「ーーーカカシ先生」

不意に天蓋の外から聞こえる声に振り返ると、呆れたような表情の少女が腕組みをしたまま仁王立ちになっていた。

「サクラ」
「時間です」
「もうちょっと待って」
「だーめ。遅刻は厳禁です」

布の隙間から手を差し入れたサクラが、動こうとしないカカシの腕を掴むと物凄い力でベッドから引きずり下ろす。

「サ、サクラッ・・!!」
「急いでください」

一刻も早くここから引き離したいのだろう少女の静かな怒りに、男は眉を下げて情けない表情をした。
カカシが昨夜イルカにした所業は、この少女にとっても許しがたいものなのだろう。
降参とばかりに両手を上げて、眉をしかめるサクラの頭を優しく撫ぜた。
どれだけ激怒していようが、少女は所詮カカシのやることに口出しはできない。

「仕方ない。任せたよ」

困ったような微笑みに、咎める視線のまま頷く。
手早く出かける準備をする男は、自分より一回りほどは歳上なのに、たまに子供のように思える時があった。
今回の件もそうだ。
少女は大仰に溜息をついて、未だシーツに包まったままのイルカを天蓋の布の隙間からみやった。

「湯浴みの用意と、彼女に新しい服を」
「はい」
「あと、何か食事も」

ニコリと微笑まれ、溜息を付きながら何度も頷く。
シーツを被ったまま嗚咽を漏らす女性とは裏腹に、カカシは至ってご機嫌だった。
こんなを姿を見るのは初めてかもしれないと驚きつつ、同じ女として憤りを感じている。

「なんてお呼びすれば?」
「んー」

丸い塊を指さしてそう言ったサクラに、少しだけ逡巡した後、子供のように破顔した。

「イルカ先生」
「先生?」
「そ。オレと一緒」

良いでしょ?
出かける支度を整え、仕上げとばかりに佩刀したカカシが嬉しそうに笑う。

「じゃ、サクラ。よろしくね」

そう言いながらも、未練がましく天蓋の中を窺おうとするカカシを扉まで追いやって、サクラは渋々歩き出す背中に声をかけた。

「カカシ先生」

何?と振り返ったカカシに、これ以上ないほど思いっきり顔を顰めてみせる。

「ーーー最低ッ!」

言い放たれた言葉に一瞬だけ驚いた顔をしたカカシは、頭を掻きながら足早に屋敷を後にしたのだった。
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恋は銀色の翼にのりて
恋の妙薬
とある晴れた日に

【Home Sweet Home】
Home Sweet Home
もう一度あなたと恋を
夜に引き裂かれても

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戦場に舞う花

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