幾ばくかの月日が流れた。
その日は朝からぐずついた空模様で、木の幹がしなるほどの激しい風が何度もカカシの頬をなぶった。
今にして思えば、なにやら胸騒ぎのする、そんな一日の始まりだった。
他国との国境にある森の中を、暴風に注意しながら駆け抜け、カカシはコノハへの帰郷を急いでいた。
いつもなら、ミナトと共にイルカの屋敷へ行っているはずだったのに、今日に限って別の任務を割り当てられたのだ。
風で飛ばされてきた木の枝が頬を掠める。
厚い鈍色の雲は大空一面を覆い尽くし、程なくして大粒の雨を伴って激しく大地を吹き荒らした。
気休め程度のフードを被り、勢い良く大地を蹴る。
何故だか気持ちばかりが急いて思うように進まない身体に苛立ちが募る。
降り注ぐ雨粒は激しさを増すばかりで、視線の先の景色すら容易に認識できなくなっていた。
「チッ」
舌打ちし、役に立たないフードを取り払うと、渾身の力を込めて大木へと飛び上がる。
不穏な音をたて、大地に鋭い矢を射る空を睨みつけ、目的の屋敷の方向に目を凝らした。
その時、カカシの視線の先で巨大な火の手があがった。
ドクリ、と。
心臓の鼓動が大きく跳ねる。
この吹きすさぶ豪雨の中でもはっきりと認識できるほどの業火。
それは紛れも無く、カカシが目指す屋敷からあがった火の手だった。
*****
走る。
ただひたすら。
駆け抜け、行く手を阻む分厚い雨のカーテンを突き破り、遮二無二。
そこには守るべき者がいるから。
数日前に出産を終えたばかりの火影の妻と、そしてなによりイルカ。
コノハに黄色い閃光ありと謳われる四代目が側にいる。
だから何も心配することなどないのだと言い聞かせるものの、胸騒ぎは何時までたっても収まることはない。
だから、ずぶ濡れの濡れネズミで飛び込んだ屋敷の中、炎に焼けつくされて焦げ付いた室内と死体の山に、カカシは言葉をなくして立ち尽くした。
全てがドス黒く染められた空間。
ズルリと滑る床が、血溜まりだと気付いて視線を走らせた先で、ギクリと身体を強張らせた。
目線の先に、折り重なるように倒れている肉塊は。
「・・・・・」
ゴクリと生唾を飲み込み、喉元から掠れたような息が漏れた。
駆け寄ろうとぬるつく足を滑らせた時、微かな泣き声が耳を掠め、カカシは確認するまでもなくその声めがけ駈け出した。
「ーーーーーッ!!」
握りしめた剣が雨水と汗で滑る。
固く閉ざされた扉を蹴破り、勢い良く飛び込んだ室内で、顔面を血で真っ赤に染めたイルカの姿に激昂した。
「ーーイルカッ!!」
「・・カ、カシ・・ッ・・来ん、な・・ッ」
涙と血液でぐしゃぐしゃな顔。
恐怖に震えながら、それでも離すものかと抱えているのは何だ?
「まーだガキが隠れてやがった」
「さっさと済ませろ、こっちも大分とヤラれちまったんだからよぉ」
「おら、お前はそのガキ離せ」
「ウァッ!!」
ガツッという鈍い音と共に、イルカの小さな身体がゴム毬のように床に転がった。
それでも腕の中のモノを離さないイルカに、狂気を帯びた男達が群がる。
「しぶてぇガキが」
「・・・ナルトは・・・俺が守るっ! お前たちになんて・・っ!」
「はっ、威勢のいいこった」
ゲラゲラと笑う男が、一瞬にして真顔になり、その切っ先を突きつける。
「お坊ちゃまは、その顔の傷だけじゃご不満のようだ」
幾人もの血を吸って、どす黒く染まる剣がイルカの喉元を切り裂こうとした瞬間、物凄い力で身体を引っ張られた。
「ーーーカカシッ!!」
「ーーッ!!」
真っ赤に染まった視界に、一瞬何が起こったのか理解できなかった。
その後にやってくる焼けつくような痛み。
呻き声をあげながら床に転がり、ぬるつく顔を拭って漸くそれが鮮血だと理解する。
「カカシ、カカ・・っ! 眼が・・ッ!!」
「ーーー大、丈夫・・」
泣き叫ぶイルカの声を背後に聞きながら、カカシは呼吸を整えるべく長い息を吐いた。
「ガキがいくら集まったって一緒なんだよ」
「おい・・・そいつは・・」
ニヤけた顔で剣を振り上げた男の脇腹に、抜身の剣を振りぬいた。
ドオっという音とともに倒れた男の情けない悲鳴が響き渡る中、カカシは小さく舌打ちする。
効き目を失ったわけではないが、少し外した。
完全に急所を狙うには、もう少し照準を合わせなければならない。
「こいつッ!!」
「ーー殺せッ」
向かってくる敵を凄まじい勢いで容赦なく駆逐する。
荒い息を吐きながら、最後の一人に向けて足を踏みしめた瞬間、床を流れるおびただしい血液の海に足を取られた。
「ーーーッ!」
まるで時が止まったように、命を奪おうとする切っ先がはっきりと視えた。
物凄い形相の男が、何かを喚きながらこちらへと突っ込んでくる姿も。
体勢を整えようと藻掻くのに、疲弊した身体が言うことをきかなくてカカシはもどかしさに歯を食いしばる。
だめだ、もう間に合わない。
せめてイルカだけでもーーーー。
「カカシッ!!」
「ーーー・・ルカ・・・ッ!!」
衝撃は、訪れなかった。
渾身の力で突き飛ばされ、顔をあげたその先の状況に言葉を失ってゴクリと息を呑んだ。
狂気に我を忘れたような男が、イルカの背中に剣を突き立て嗤っていた。
痛みに呻きながらも伸ばされた指先が示すのは、小さな金色の塊。
ーーーナルト。
もう声にもならない音を紡ぎながら、それでも必死で手を伸ばす。
「・・邪魔すんじゃねぇよ」
そんなイルカを嘲笑うかのように男が床に唾を吐くと、ビクビクと震えるイルカの背から突き立てた剣を引き抜いた。
噴き出す血潮に身体中の血液が沸騰する。
とどめを刺すべく踏み出した男の首めがけ、カカシは渾身の力を込めて剣を薙ぎ払った。
*****
それからの記憶はかなり曖昧だ。
気がついたのは、全てが白で統一された小さな一室だった。
警戒し、見える片目だけを動かしながら部屋を見渡すカカシの頭上で、ユラリと影が動く。
「気づいたか」
「三代目・・どうしてここに・・。ーーイルカは・・っ!!」
飛び起きたカカシを制し、先の火影である三代目猿飛ヒルゼンが首を振る。
「三代目ッ!!」
「そう焦るな、イルカは無事じゃ」
そんなヒルゼンの言葉にホッとしたのもつかの間、自分がこの場所に連れて来られた理由が分からずに眼の前のヒルゼンを見やった。
「カカシ、お前は良くやってくれた」
「・・・・・」
「まさかあやつらがここを嗅ぎつけていようとは・・・」
「何の話ですか?」
硬い声色に、ヒルゼンが小さく笑う。
「そう・・、そうじゃな。お前には話しておかねば・・ーーークラマの話は耳にしたことはあるか?」
クラマ。
それは、世界を統べる力を持ち、富と栄誉をもたらすという。
「・・伝説の・・?」
「伝説ではない」
「・・・・・」
「クラマとは、強大なチャクラの塊の呼称じゃ」
やや誇張されてはいるがな、と付け加え、ヒルゼンは手にした杖を指先でなぞる。
「それが何か」
「都合の良いように伝わってはいるが、あれは諸刃の剣でな。与えることもあれば奪うこともある」
「・・・・・?」
「それ故、誰の手にも渡らぬように、平時はうずまき一族によって封印されておる」
うずまき一族とは、四代目の妻であるクシナの事だ。
ということは。
それがこのコノハに存在するというのか。
「その一族には、守護者と呼ばれる一族がおってな・・・それが・・」
「・・・うみの」
呟いた言葉に、ヒルゼンが視線だけで頷いた。
「うみのは、うずまき一族に有事があった際、一時的にスペアの役割をするのじゃが・・」
ただ・・・、と眉をしかめ重苦しい息を吐きながら、ヒルゼンはコツンと手に持った杖で床を打ち鳴らした。
嫌な予感に胸騒ぎを覚えながら、カカシは固唾を呑んでヒルゼンの言葉を待つ。
「クラマを封印するには、ナルトは産まれたばかり。ましてやイルカはまだ幼すぎて、全てをその身に受け入れることはかなわん」
「・・・それでは・・、クシナ様は・・・?」
「・・・・・」
沈黙は長く続いた。
焦れて身体を起こしたカカシの眼の前で、ヒルゼンはただ瞳を伏せるだけだ。
それだけで、最悪な状況を察したカカシは、思わずガバリとベッドから飛び起きた。
そんな。
あそこには、コノハの黄色い閃光と謳われた四代目がいた。それに、イルカの両親だって。
まさかと声にする前に、飛び込んだ屋敷の中で見た、折り重なる屍の山が脳裏をよぎる。
「・・・そんな・・・」
漏れでた声は、自らの耳にも頼りなく響いた。
傷ついた左眼に走る刺激に顔を顰めながら、まっすぐに自分を見つめるヒルゼンへと視線を返す。
「・・・あの屋敷で生き残った者は、お前を含めて三人だけじゃ」
それは、全ての感情を削ぎ落した静かな声だった。
そうして呆然とするカカシの気持ちなどお構いなしに、暫定的にコノハを統べることとなった先の火影は、残酷な決定を口にする。
クラマのチャクラは、うみのイルカと・・・カカシの左眼に封印したーーーと。
*****
「そういうわけで、オレも封印を負う身になったわけです。もちろんオレにはチャクラを封印する力なんてありませんから、紅玉に封じ込めたチャクラをココに」
面倒ですよねぇ。
やけに軽い口調でそう言って、カカシは左眼を指さす。
「・・・そんなこと・・」
信じられるわけもない。
イルカにはそんな記憶すらないのだから。
しかし、その左眼の文様は紛れも無くクラマの封印で。
何度も信じられないと呟きながら首を振るイルカの頬に、カカシの冷たい指先が触れた。
「次の襲撃から逃れるために、三代目はクラマの封印を一箇所に留め置くことに難色を示しました」
暗部だったカカシは使命を請けて国外へ。
そして、身寄りをなくしたイルカは三代目の庇護下に。
イルカを女へと变化させたのもオロチの眼を晦ます為だったのだろう。
「あなたの記憶を操作したのはオレです」
「・・・・え・・?」
あの後、カカシが連れて行かれたのはもうひとつの白い部屋だった。
襲撃の恐怖と、背中と顔面に負った痛み。
本来なら受け入れるはずもない、強大なクラマのチャクラに怯えて半狂乱になったイルカがそこに居た。
身体中で拒否反応を示したイルカの、まだ幼い心が壊れてしまわないように、カカシはクラマの力を使ったのだ。
「ただオレも初めてだったので、どうやら不完全だったようですね」
頬に触れる手が、微かに震えていた。
何かに耐えるような顔。
記憶も朧気なイルカには、どうしてカカシがそんな顔をするのか解らなくて、ゆっくりとその指先に自分のそれを重ねあわせた。
「イルカ・・」
名前を呼ばれ、誘われるように指先でカカシの瞳の傷に触れる。
記憶はない。
けれど、サスケが襲われた時、確かにその光景を何処かで見たと思った。
それがこの男の言う失った記憶なのだとしたら・・・。
「結界の綻びを知らせるために離宮に忍び込んだ時、あなたの姿を見つけました」
草の上に寝転んで。
小さな小鳥の姿を笑いながら眺めていた。
变化して性別は変わってしまっていたけれど、幼いころを彷彿とさせるイルカの姿に、知らずカカシ自身もあの頃に引き戻されたような気がして。
気がついたら、傍へと降り立っていた。
「最初はただ、見ているだけのつもりだったのに、どうしても我慢できなくて」
触れたい。
抱きしめたい。
幼い頃のように、気安く名前を呼び合いながら笑って、そして。
「それなのに、イルカさんったらヤマトの腕なんかに抱かれちゃって」
「ーーーあれは、あなたがッ!」
遮ったイルカの声に、微笑みが返る。
「城外で再開した時は、もう運命だって思いましたよ」
くくっと笑った顔が、悲しげに歪められた。
「・・それなのにオレは、あなたに酷い事を・・・」
言葉もなく見つめるイルカの前で、瞳を伏せるカカシが悔いるような言葉を口にする。
「・・・・」
それは、けして許されることではないということの覚悟の言葉。
事実、この男に攫われて、無理矢理身体を繋げられた。
初めての行為に、怒って、泣いて、そしていつの間にかーーー。
「・・イルカさん」
手をとって、指先に口付けるカカシの顔を見上げた。
この人はとても強いのに、どうしてこんなに不安そうな顔をするのだろう。
声に出して尋ねたいのに、頭が混乱して言葉が出ない。
「明日、あなたを離宮へ返します」
「・・・え・・・?」
だから、最後に・・と、縋るように抱きすくめる男の腕を、イルカは振りほどくことが出来なかった。
その日は朝からぐずついた空模様で、木の幹がしなるほどの激しい風が何度もカカシの頬をなぶった。
今にして思えば、なにやら胸騒ぎのする、そんな一日の始まりだった。
他国との国境にある森の中を、暴風に注意しながら駆け抜け、カカシはコノハへの帰郷を急いでいた。
いつもなら、ミナトと共にイルカの屋敷へ行っているはずだったのに、今日に限って別の任務を割り当てられたのだ。
風で飛ばされてきた木の枝が頬を掠める。
厚い鈍色の雲は大空一面を覆い尽くし、程なくして大粒の雨を伴って激しく大地を吹き荒らした。
気休め程度のフードを被り、勢い良く大地を蹴る。
何故だか気持ちばかりが急いて思うように進まない身体に苛立ちが募る。
降り注ぐ雨粒は激しさを増すばかりで、視線の先の景色すら容易に認識できなくなっていた。
「チッ」
舌打ちし、役に立たないフードを取り払うと、渾身の力を込めて大木へと飛び上がる。
不穏な音をたて、大地に鋭い矢を射る空を睨みつけ、目的の屋敷の方向に目を凝らした。
その時、カカシの視線の先で巨大な火の手があがった。
ドクリ、と。
心臓の鼓動が大きく跳ねる。
この吹きすさぶ豪雨の中でもはっきりと認識できるほどの業火。
それは紛れも無く、カカシが目指す屋敷からあがった火の手だった。
*****
走る。
ただひたすら。
駆け抜け、行く手を阻む分厚い雨のカーテンを突き破り、遮二無二。
そこには守るべき者がいるから。
数日前に出産を終えたばかりの火影の妻と、そしてなによりイルカ。
コノハに黄色い閃光ありと謳われる四代目が側にいる。
だから何も心配することなどないのだと言い聞かせるものの、胸騒ぎは何時までたっても収まることはない。
だから、ずぶ濡れの濡れネズミで飛び込んだ屋敷の中、炎に焼けつくされて焦げ付いた室内と死体の山に、カカシは言葉をなくして立ち尽くした。
全てがドス黒く染められた空間。
ズルリと滑る床が、血溜まりだと気付いて視線を走らせた先で、ギクリと身体を強張らせた。
目線の先に、折り重なるように倒れている肉塊は。
「・・・・・」
ゴクリと生唾を飲み込み、喉元から掠れたような息が漏れた。
駆け寄ろうとぬるつく足を滑らせた時、微かな泣き声が耳を掠め、カカシは確認するまでもなくその声めがけ駈け出した。
「ーーーーーッ!!」
握りしめた剣が雨水と汗で滑る。
固く閉ざされた扉を蹴破り、勢い良く飛び込んだ室内で、顔面を血で真っ赤に染めたイルカの姿に激昂した。
「ーーイルカッ!!」
「・・カ、カシ・・ッ・・来ん、な・・ッ」
涙と血液でぐしゃぐしゃな顔。
恐怖に震えながら、それでも離すものかと抱えているのは何だ?
「まーだガキが隠れてやがった」
「さっさと済ませろ、こっちも大分とヤラれちまったんだからよぉ」
「おら、お前はそのガキ離せ」
「ウァッ!!」
ガツッという鈍い音と共に、イルカの小さな身体がゴム毬のように床に転がった。
それでも腕の中のモノを離さないイルカに、狂気を帯びた男達が群がる。
「しぶてぇガキが」
「・・・ナルトは・・・俺が守るっ! お前たちになんて・・っ!」
「はっ、威勢のいいこった」
ゲラゲラと笑う男が、一瞬にして真顔になり、その切っ先を突きつける。
「お坊ちゃまは、その顔の傷だけじゃご不満のようだ」
幾人もの血を吸って、どす黒く染まる剣がイルカの喉元を切り裂こうとした瞬間、物凄い力で身体を引っ張られた。
「ーーーカカシッ!!」
「ーーッ!!」
真っ赤に染まった視界に、一瞬何が起こったのか理解できなかった。
その後にやってくる焼けつくような痛み。
呻き声をあげながら床に転がり、ぬるつく顔を拭って漸くそれが鮮血だと理解する。
「カカシ、カカ・・っ! 眼が・・ッ!!」
「ーーー大、丈夫・・」
泣き叫ぶイルカの声を背後に聞きながら、カカシは呼吸を整えるべく長い息を吐いた。
「ガキがいくら集まったって一緒なんだよ」
「おい・・・そいつは・・」
ニヤけた顔で剣を振り上げた男の脇腹に、抜身の剣を振りぬいた。
ドオっという音とともに倒れた男の情けない悲鳴が響き渡る中、カカシは小さく舌打ちする。
効き目を失ったわけではないが、少し外した。
完全に急所を狙うには、もう少し照準を合わせなければならない。
「こいつッ!!」
「ーー殺せッ」
向かってくる敵を凄まじい勢いで容赦なく駆逐する。
荒い息を吐きながら、最後の一人に向けて足を踏みしめた瞬間、床を流れるおびただしい血液の海に足を取られた。
「ーーーッ!」
まるで時が止まったように、命を奪おうとする切っ先がはっきりと視えた。
物凄い形相の男が、何かを喚きながらこちらへと突っ込んでくる姿も。
体勢を整えようと藻掻くのに、疲弊した身体が言うことをきかなくてカカシはもどかしさに歯を食いしばる。
だめだ、もう間に合わない。
せめてイルカだけでもーーーー。
「カカシッ!!」
「ーーー・・ルカ・・・ッ!!」
衝撃は、訪れなかった。
渾身の力で突き飛ばされ、顔をあげたその先の状況に言葉を失ってゴクリと息を呑んだ。
狂気に我を忘れたような男が、イルカの背中に剣を突き立て嗤っていた。
痛みに呻きながらも伸ばされた指先が示すのは、小さな金色の塊。
ーーーナルト。
もう声にもならない音を紡ぎながら、それでも必死で手を伸ばす。
「・・邪魔すんじゃねぇよ」
そんなイルカを嘲笑うかのように男が床に唾を吐くと、ビクビクと震えるイルカの背から突き立てた剣を引き抜いた。
噴き出す血潮に身体中の血液が沸騰する。
とどめを刺すべく踏み出した男の首めがけ、カカシは渾身の力を込めて剣を薙ぎ払った。
*****
それからの記憶はかなり曖昧だ。
気がついたのは、全てが白で統一された小さな一室だった。
警戒し、見える片目だけを動かしながら部屋を見渡すカカシの頭上で、ユラリと影が動く。
「気づいたか」
「三代目・・どうしてここに・・。ーーイルカは・・っ!!」
飛び起きたカカシを制し、先の火影である三代目猿飛ヒルゼンが首を振る。
「三代目ッ!!」
「そう焦るな、イルカは無事じゃ」
そんなヒルゼンの言葉にホッとしたのもつかの間、自分がこの場所に連れて来られた理由が分からずに眼の前のヒルゼンを見やった。
「カカシ、お前は良くやってくれた」
「・・・・・」
「まさかあやつらがここを嗅ぎつけていようとは・・・」
「何の話ですか?」
硬い声色に、ヒルゼンが小さく笑う。
「そう・・、そうじゃな。お前には話しておかねば・・ーーークラマの話は耳にしたことはあるか?」
クラマ。
それは、世界を統べる力を持ち、富と栄誉をもたらすという。
「・・伝説の・・?」
「伝説ではない」
「・・・・・」
「クラマとは、強大なチャクラの塊の呼称じゃ」
やや誇張されてはいるがな、と付け加え、ヒルゼンは手にした杖を指先でなぞる。
「それが何か」
「都合の良いように伝わってはいるが、あれは諸刃の剣でな。与えることもあれば奪うこともある」
「・・・・・?」
「それ故、誰の手にも渡らぬように、平時はうずまき一族によって封印されておる」
うずまき一族とは、四代目の妻であるクシナの事だ。
ということは。
それがこのコノハに存在するというのか。
「その一族には、守護者と呼ばれる一族がおってな・・・それが・・」
「・・・うみの」
呟いた言葉に、ヒルゼンが視線だけで頷いた。
「うみのは、うずまき一族に有事があった際、一時的にスペアの役割をするのじゃが・・」
ただ・・・、と眉をしかめ重苦しい息を吐きながら、ヒルゼンはコツンと手に持った杖で床を打ち鳴らした。
嫌な予感に胸騒ぎを覚えながら、カカシは固唾を呑んでヒルゼンの言葉を待つ。
「クラマを封印するには、ナルトは産まれたばかり。ましてやイルカはまだ幼すぎて、全てをその身に受け入れることはかなわん」
「・・・それでは・・、クシナ様は・・・?」
「・・・・・」
沈黙は長く続いた。
焦れて身体を起こしたカカシの眼の前で、ヒルゼンはただ瞳を伏せるだけだ。
それだけで、最悪な状況を察したカカシは、思わずガバリとベッドから飛び起きた。
そんな。
あそこには、コノハの黄色い閃光と謳われた四代目がいた。それに、イルカの両親だって。
まさかと声にする前に、飛び込んだ屋敷の中で見た、折り重なる屍の山が脳裏をよぎる。
「・・・そんな・・・」
漏れでた声は、自らの耳にも頼りなく響いた。
傷ついた左眼に走る刺激に顔を顰めながら、まっすぐに自分を見つめるヒルゼンへと視線を返す。
「・・・あの屋敷で生き残った者は、お前を含めて三人だけじゃ」
それは、全ての感情を削ぎ落した静かな声だった。
そうして呆然とするカカシの気持ちなどお構いなしに、暫定的にコノハを統べることとなった先の火影は、残酷な決定を口にする。
クラマのチャクラは、うみのイルカと・・・カカシの左眼に封印したーーーと。
*****
「そういうわけで、オレも封印を負う身になったわけです。もちろんオレにはチャクラを封印する力なんてありませんから、紅玉に封じ込めたチャクラをココに」
面倒ですよねぇ。
やけに軽い口調でそう言って、カカシは左眼を指さす。
「・・・そんなこと・・」
信じられるわけもない。
イルカにはそんな記憶すらないのだから。
しかし、その左眼の文様は紛れも無くクラマの封印で。
何度も信じられないと呟きながら首を振るイルカの頬に、カカシの冷たい指先が触れた。
「次の襲撃から逃れるために、三代目はクラマの封印を一箇所に留め置くことに難色を示しました」
暗部だったカカシは使命を請けて国外へ。
そして、身寄りをなくしたイルカは三代目の庇護下に。
イルカを女へと变化させたのもオロチの眼を晦ます為だったのだろう。
「あなたの記憶を操作したのはオレです」
「・・・・え・・?」
あの後、カカシが連れて行かれたのはもうひとつの白い部屋だった。
襲撃の恐怖と、背中と顔面に負った痛み。
本来なら受け入れるはずもない、強大なクラマのチャクラに怯えて半狂乱になったイルカがそこに居た。
身体中で拒否反応を示したイルカの、まだ幼い心が壊れてしまわないように、カカシはクラマの力を使ったのだ。
「ただオレも初めてだったので、どうやら不完全だったようですね」
頬に触れる手が、微かに震えていた。
何かに耐えるような顔。
記憶も朧気なイルカには、どうしてカカシがそんな顔をするのか解らなくて、ゆっくりとその指先に自分のそれを重ねあわせた。
「イルカ・・」
名前を呼ばれ、誘われるように指先でカカシの瞳の傷に触れる。
記憶はない。
けれど、サスケが襲われた時、確かにその光景を何処かで見たと思った。
それがこの男の言う失った記憶なのだとしたら・・・。
「結界の綻びを知らせるために離宮に忍び込んだ時、あなたの姿を見つけました」
草の上に寝転んで。
小さな小鳥の姿を笑いながら眺めていた。
变化して性別は変わってしまっていたけれど、幼いころを彷彿とさせるイルカの姿に、知らずカカシ自身もあの頃に引き戻されたような気がして。
気がついたら、傍へと降り立っていた。
「最初はただ、見ているだけのつもりだったのに、どうしても我慢できなくて」
触れたい。
抱きしめたい。
幼い頃のように、気安く名前を呼び合いながら笑って、そして。
「それなのに、イルカさんったらヤマトの腕なんかに抱かれちゃって」
「ーーーあれは、あなたがッ!」
遮ったイルカの声に、微笑みが返る。
「城外で再開した時は、もう運命だって思いましたよ」
くくっと笑った顔が、悲しげに歪められた。
「・・それなのにオレは、あなたに酷い事を・・・」
言葉もなく見つめるイルカの前で、瞳を伏せるカカシが悔いるような言葉を口にする。
「・・・・」
それは、けして許されることではないということの覚悟の言葉。
事実、この男に攫われて、無理矢理身体を繋げられた。
初めての行為に、怒って、泣いて、そしていつの間にかーーー。
「・・イルカさん」
手をとって、指先に口付けるカカシの顔を見上げた。
この人はとても強いのに、どうしてこんなに不安そうな顔をするのだろう。
声に出して尋ねたいのに、頭が混乱して言葉が出ない。
「明日、あなたを離宮へ返します」
「・・・え・・・?」
だから、最後に・・と、縋るように抱きすくめる男の腕を、イルカは振りほどくことが出来なかった。
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【恋は銀色の翼にのりて】
恋は銀色の翼にのりて
恋の妙薬
とある晴れた日に
【Home Sweet Home】
Home Sweet Home
もう一度あなたと恋を
夜に引き裂かれても
恋は銀色の翼にのりて
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2頁目
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白銀の月よ
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3頁目
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闇を駆け抜ける力(人外)
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