シュルリと丸めた巻物を紐解いて。
ところどころを虫が喰い、掠れて滲んだ文字に視線を這わせ、見つめた地図を指先でなぞる。

とある世界の地図上に存在する、火影が統治する王国【コノハ】には、世界の全てを手にすることができると言われる伝説の獣【クラマ】が存在するという。
詳しい記述はないが、それは九つの尾を持ち、強大なチャクラを有するという恐ろしい獣。
世界を統べる力を持ち、富と栄誉を導き出すそれを、人々は手にすることを夢見、求め、手に入るならば力づくでもと策略を巡らす。
巻物には、【クラマ】を意のままにするための条件が密かに記されている。
それはコノハにのみ隠された秘密。
守護者と呼ばれるその存在を、男は知っていた。
かつて【クラマ】をめぐって争われてきた数々の戦争を記した巻物を巻き直し、男はクククッと笑った。

「何見てるんですか?」

可愛い少女の声に、男はゆっくりと視線を向ける。
逆光で輪郭しか見えない男の表情は少女にはうかがい知れない。
楽しげな含み笑いが聞こえていたのだから、きっと上機嫌なのだろうと考えて、少女はまた外へと視線を向ける。
小鳥が窓辺に飛んできて可愛い声でチチチと鳴いた。
少女もチチチと口真似をして小鳥を見つめる。
それは、切り取られた一枚の絵画のように微笑ましい光景だった。

開かれた赤い瞳を閉じ、巻物を机の上の小箱にしまいながら、男は唇を歪める。
時は満ちた。
さぁてと呟いて、男はゆっくりと立ち上がると重い扉を開け、少女に向かって行くよと声をかけると、足を一歩進ませた。



*****



コノハの国の宮殿には、小さな小さな離宮がある。
そこに住むのはうみのイルカ。
コノハを統治する先々代の火影、猿飛ヒルゼンに引き取られた養子である。
この離宮の『主』という名目で軟禁されているのだが、イルカはとても幸せだった。
花は咲き乱れ蝶が舞い小鳥たちが美しい囀りを奏でる。
変わらぬ環境、安寧という名の確立された生活の中で時間だけがただゆっくりと流れていく。
手入れされた庭園の中心にあるガセボのベンチに腰掛け、風にヒラリと舞うドレスの裾を持ち上げると、イルカは思いっきり溜息をついた。

「・・・そろそろキツくねぇか・・・?」
「これ、言葉遣いに気をつけよ」

向かい合わせに座っていた三代目が、ジロリと咎める視線を投げる。
目の前には黒目がちな大きな瞳、薔薇色の頬、花びらのような唇の可憐な女が座っている。
とても先だってのセリフを吐いたとは思えない可愛らしさだ。
顔に横一文字の傷があるのが残念だが、それがまた美しく見えすぎないという理由で、チャームポイントにも見える。

「だって・・」
「だってもクソもない。その格好をしている時は特に気をつけるんじゃ」

睨まれて、イルカはフーっと息を吐いた。
体を締め付けるコルセットはキツイし、足元はスースーする。
自分ももう20代も半ばだ。
そろそろこんな格好も止めたいなぁと思うのだが、目の前のご隠居様はまだもう少しと許してはくれない。
三代目の趣味じゃねーのか?
などとふと考えて、そんなことはお見通しだとばかりに煙管で頭をコツンと殴られた。

「いてぇ」
「全くお前というやつは」

呆れたように呟いた三代目は、頬を膨らますイルカをチラリと見やる。
申し分ない美貌なのだが、生来の性格ゆえか美人というより可愛いと評される養子は、持ち上げたドレスの裾を疎ましげに持ち上げては足をブラブラとさせていた。
イルカがドレスを疎ましく思うも無理はない。
こんな姿をしているものの、イルカは本来男なのだから。
今は途絶えた特殊な一族の生き残りであるイルカは、男女どちらにも『変化』することが出来た。
ならば元々の性のままでもいいのではないかと思うのだが、こんな格好をしているのにも理由がある。

「イルカ先生ーッ!!」

遠くから聞こえる声に、目の前のイルカの表情がパァッと明るくなり、立ち上がって大きく手を振る。

「ナルトッ!!」

名前を呼ばれたのはうずまきナルト。
不慮の事故で死亡した前の火影、波風ミナト夫妻が残した唯一の遺児だ。
黄金の髪に空色の瞳。
いたずら好きの表情は、まだまだ子供っぽさを抜けきれていない。
後ろから追いかけるお目付け役を置き去りに、物凄いスピードで走ってきたナルトは、待ち構えていたイルカに思いっきり飛びついた。

「わぁッ!!」

子供とはいえもう大きい。
女の姿のイルカは、飛びつかれた勢いそのままにグラリと後ろへと倒れかかる。

「・・・っと」

追いかけてきた男が慌ててその背に手を添えると、ナルトもろともその腕の中で支えた。

「・・・すいませんッ!」
「ナイスッ! ヤマト隊長!!」
「・・・ナルト。危ないからイルカさんに飛びついてはいけないといつも言ってるよね」

黒々とした眼を見開いて迫るヤマトに、ナルトはうげっと声を上げてイルカの後ろに隠れる。

「ごめんってばよ。イルカ先生」
「かまわねー・・・や、・・・大丈夫」

慌てて取り繕いホホホと笑うイルカに、三代目が顔を背けて笑いを堪える。
震える肩にイルカは顔を思いっきりしかめた。
イルカとて、好きで変化しているわけじゃない。
出来ることならもうそろそろ男に戻りたいと思っているのだ。
それを震えて笑っている三代目に禁じられているからこそ我慢しているというのに、本当に酷い話である。
ギンっと睨みつけるイルカに、三代目はゴホンッと咳払いをしイルカの背中に隠れているナルトに声をかけた。

「ナルト、ちゃんと修行はしてきたのか?」
「もちろんだってばよ!」

張り切る声に偽りはない。
呆れたようにナルトを見やるヤマトの表情さえなければ。

「まだまだ集中力がたりないね」
「あ! 告げ口するなって言ったってばッ!」

怒るナルトにヤマトが肩をすくめた。

「まぁまぁ。今日は何の修行を?」

笑いながらイルカはナルトの黄金色に輝く髪を撫ぜる。
フワフワした感触がとても気持ちよかった。

「剣と、組手と・・・」

もごもごと言い募るのは、苦手な修行を何とか誤魔化したいからだ。

「・・・チャクラコントロールは?」

尋ねるイルカに、ナルトは舌を出した。

「うまくいかねぇってば」

地面をつま先で蹴るナルトに、イルカは苦笑する。

「ヤマトさんにちゃんとコツを習わないとな」
「おう!」
「イルカさんの前ぐらい殊勝な心がけだと僕も助かるな」

ニヤリと笑うヤマトがイルカに目配せする。
困ったやつめと笑って、イルカはナルトの目線まで腰を落とすと、膨れる頬をつねった。

「ヤマトさんはお忙しいのにお前の修行をみてくださってるんだぞ。あんまり面倒かけるなよ」

コノハの宝石とも謳われる黒曜石の瞳が微笑むのに、ナルトは顔を赤くして頷いた。
幼いころに両親を亡くしたナルトを育てたのはイルカだ。
ショックで夜ごとチャクラを暴走させるナルトに、親代わりとして必死になだめ、側にいた。
同じように両親を亡くした自分を慰めるように。
傷を舐め合う関係だと言われても、イルカはナルトが可愛かったし、ナルトも母親代わりのイルカによく懐いた。
あまりにも幼くして母を亡くしたナルトに、良かれと思って变化した女体化が現在も続いてる事にちょっとした後悔を覚えないでもないが、今となってはそんなことを言っても仕方がない。
ナルトがちゃんと自分でチャクラをコントロールできるようになるまでは、変化の術を解くことは許されない。
精神面の安定のためと三代目から言いつけられたその任務をイルカは今でも忠実に守っている。

「じゃ、今日はコノハの歴史の勉強だな」

親代わりの他に家庭教師も務めているイルカが、張り切って専門書を持ちだすのにナルトはうへぇと舌を出した。

「ちゃんと勉強しないと、立派な火影になれないんだぞ」
「・・・わかってるってば」
「じゃ、つべこべ言わず部屋へ戻るか」

邪魔になる裾の長いドレスをがばりと持ち上げたイルカに、三代目が頭を抱える。

「イッ・・・イルカさんッ!!」

慌てるヤマトがイルカの腕を掴んで押しとどめた。

「は?」
「あ、上げすぎです・・・」

見れば赤くなったヤマトがドレスの裾を掴んで下に引っ張ろうとしているところだった。
むちっとした太ももの、ちょうど際どいところにナルトの目線がある。

「ーーーーーッ!!」

バサリと専門書ごとドレスを手放して、イルカは真っ赤になったヤマトと見つめ合った。

「スゲー。イルカ先生、パンチラだってば」
「うるさい!」
「大丈夫です。大事なところは見えていないかと・・」
「そっか、そりゃよ・・」

良かったではない。
見れば無作法をカンカンに怒っている三代目の煙管が飛んでくるところだった。

「うわぁッ!!」
「危ないッ!!」

イルカを庇いながら瞬間その煙管を素手で受け止めたヤマトが、ホッとした息を吐く。

「・・・乱暴ですよ、三代目」
「全くこやつはいつまでたっても・・・・」

といいつつも、元々イルカは男なのだから仕方ないと苦虫を噛み潰した顔になる。
それでもそれを隠しておきたい三代目は、叱るような視線をイルカに向けた。
しょんぼりとうなだれるイルカは、ヤマトに庇われながら専門書を拾い上げるとひっそりと溜息をつく。
あぁ・・・いつになったら男の姿に戻れるのかと、足にまとわりつくドレスを片手で少しだけつまみながら、反対の指先を差し出されたヤマトの掌に乗せる。
にっこりと笑うヤマトに照れ笑いをして、今度は静々と離宮に向かって歩き出した。
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1頁目

【恋は銀色の翼にのりて】
恋は銀色の翼にのりて
恋の妙薬
とある晴れた日に

【Home Sweet Home】
Home Sweet Home
もう一度あなたと恋を
夜に引き裂かれても

2頁目

【幼馴染】
幼馴染
戦場に舞う花

【白銀の月よ】
白銀の月よ
愛しい緑の木陰よ
それゆけ!湯けむり木の葉会

あなたの愛になりたい

3頁目

【その他】
Beloved One(オメガバース)
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闇を駆け抜ける力(人外)
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