夜に引き裂かれても1
火影室の机を力いっぱい叩いて、五代目火影は眼の前に立つ老人達を睨みつけた。
先代の頃から強い権勢を誇る、所謂ご意見番と呼ばれるお歴々だ。
いくら火影といえども、彼らにかかればまだ小娘と舐めてかかられるのも解らないでもない。
しかし、ここで怯むわけにはいかなかった。
「馬鹿な事を言うんじゃないよ」
ことさら低い声を出して威嚇する。
それでも表情を変えない老人たちは、毛を逆立てて怒る綱手の事などなんとも思っていない様子で言葉を紡いだ。
「馬鹿とな」
「ええ、そうです。あなた方は一体何を考えておいでか」
「何を・・とは」
「さっき告げたとおりじゃが」
「そんなことがまかり通るとでも思っているんですか?」
「通らぬはずが無いだろう」
しれっと答える姿に歯噛みする。
歳ばかり重ねた老人というものは、どうしてこうも人の話を聞こうとしないのだろう。
先程から同じ話で堂々巡りだ。
苛ついたほうが負けとわかっていながら、綱手は爆発しそうな怒りを必死で押し留めた。
「カカシには、もう伴侶というべき者がおります」
「・・・・伴侶とは」
「お主こそ馬鹿を言うでない、綱手。アレらは同性同士」
呆れた調子でそう言って、さも汚らわしげに眉をしかめた。
「はたけの血を残すという約定も、カカシはちゃんと果たした筈です」
そう言った綱手に、老人達が顔を見合わせた。
「とは言っても、たった一人ではのう」
「もともとサクモはカカシ一人しか残さんかったからな」
「優秀な忍びの血は増えてこそ望ましい」
さも当然というように頷く老人達の姿に、唇を噛みしめる。
揃いも揃ってくえない輩ばかりだ。
「その伴侶とかいう男、なんという名じゃったかな?」
「・・うみのイルカです」
「うむ。そのイルカも両親は共に上忍と言うではないか。別のくノ一を添わせれば、また優秀な忍びを残すのでは?」
「・・・何を仰りたいのですか・・・?」
「わからぬか、綱手。同性同士など、うまくいくわけもない」
「どうせ別れるならはやいほうが互いのためじゃと申しておる」
「―――・・・ッ!」
もう少しで、机を真っ二つにへし折るところだった。
どいつもこいつも言いたい放題で、怒りだけしか湧いてこない。
掌を力いっぱい握りしめながら、ぐるりとお歴々の顔を見渡す。
「そもそもカカシは将来火影にもなろうかという男。その伴侶が同性とは」
「他里に示しもつかぬ」
「・・・では、子はどうするおつもりか?」
そうだ。サクヤがいる。
誰がなんといっても子供と親を引き離すことなんて出来はしない。
そう言い放つ綱手に、老人たちは何をというような顔をした。
「暗部で面倒をみればよいではないか」
「もともとカカシも暗部の出。異論は無いはず」
「・・・あなた方は、本当にそんなことがまかり通ると、本気で思っておいでですか?」
「間違ったことを正すのも、ご意見番の役目でな」
ニヤリと笑う老人の醜悪な姿に、ぞっとした。
何を言っても聞き入れられないことに歯噛みして、盛大なため息を漏らす。
こんなことを、あの二人に告げることなんて絶対にできない。
そもそもあの二人が固い絆で結ばれていることぐらい、里の者は皆知っているというのにだ。
「わかったな、綱手・・いや、五代目よ」
促す声に首を左右に振る。
ここで誰が頷くものかと瞳に力を込めて睨みつけた。
「おぉ! 怖い、怖い。そのような顔、我らに向けるものでは無いぞ」
「まぁ、いずれわかろうというものだ」
「・・・それは、どういう・・」
「所詮ままごとの延長のような関係じゃろうて」
「糸の結び目は緩い、ということだよ」
それぞれが意味深なセリフを吐いて笑いあう。
背を向けて火影室を後にする老人達の姿に何やら不穏な空気を感じながら、綱手はドカリと身体を椅子に沈み込ませるのだった。
*****
たまごボーロは大好物だ。
生えかけの歯で噛むとホロリとこぼれるし、唾液を含ませて柔らかくなったところを舌で擦り潰すのも好きだ。
飽きれば転がして遊べるし、また散らばったものを1つずつ拾い上げて口にするのも楽しい。
だから今日もそうやって美味しくいただこうとしているのに、眼の前のイルカに袋ごと取り上げられた。
「だーめーだッ!」
「いやーん」
「駄目だったら、だめッ」
「いー、めーっ!」
「何がめーっだよ。サクがメッだろ」
「めーっ!!」
何やら言い争いをしているのを、隣の部屋にて忍具の手入れをしながら耳をそばだたせた。
長期任務明けの休暇。この愛しくも騒がしいやり取りを聞くのも久しぶりのことだ。
「あっ、こら! サクッ!!」
そうこうしている間に何かあったのだろう。
イルカの焦る声とともに軽快に畳を擦る音と、忍びらしくないドタバタと走る音が聞こえてくる。
「待てっ! サクヤっ!! その部屋はカカシさんが忍具の手入れをしているから入っちゃ駄目だって・・・」
イルカが言い終わる前に、サクヤが何かを口にくわえて襖の隙間から飛び込んできた。
忍犬達と触れ合う機会が多いせいか、やや犬っぽいところのあるサクヤに苦笑して、慌てて追ってきたイルカに片付け終わったことを知らせる。
「かー、っけて」
傍までハイハイでやって来たサクヤが口からぽとりと袋を落とす。
涎にまみれた袋を拾い上げて眼の前のサクヤを見やると、キラキラ光る黒目がちの瞳が可愛く「お願い」と訴えている。
「開けるの?」
「あう」
「駄目ですよ、カカシさん」
「めーぇっ!」
口を出すイルカにサクヤが反論する。
「おやつばっかり食べていたら、飯が食えなくなるだろッ!!」
「いやーの」
「まぁまぁイルカ先生。少しぐらいなら良いじゃないですか」
「そんなこと言って、結局全部食っちまうんですからッ」
こんなに食に卑しいなんて、誰に似たんだ。あぁ、俺だと一人嘆くイルカが眉を怒らせる。
教師という職業柄、意外と子供に厳しいイルカに対して、里を離れている時間が長いカカシは基本的にサクヤに甘い。
最近すっかり知恵がついてきたサクヤが、それをわかっていてカカシを狙うのがまた腹立たしいのだ。
結局我が子可愛さに負けたカカシが袋を開けてやるのを、イルカは忌々しげに見守るしかない。
「っとー」
お礼を言って受け取ったたまごボーロの袋に手を突っ込むと、握れる分だけ握って取り出した。
小さな掌の隙間からポロポロと零れ出るのに、堪らず袋を取り上げようとイルカが手を伸ばした瞬間、それを阻止しようとサクヤが握りしめたたまごボーロを投げた。
「わっ! この・・」
「イルカ先生ッ!!」
思わず振り上げてしまった手を、カカシに掴まれた。
「―――カカシさん」
「駄目だよ、イルカ先生」
本気でサクヤに手をあげようとしたわけじゃない。
だけどカカシにそう思われた事がショックで、カーっと一気に駆け上がってくる血液が顔を真赤に染める。
「めーっ!」
散らばったたまごボーロを拾いながらそう言うサクヤにも、言いようのない腹立たしさが込みあげる。
「も・・もう、サクなんてしらねーからなッ!! そんなにカカシさんがいいなら、カカシさんのとこの子になっちまえッ!!」
元からカカシの子なのだが・・・という突っ込みは、怒髪天を衝いているイルカにはあえて言わない。
スパンッと襖を力いっぱい閉めて出て行ったイルカに、小さく溜息を付いて隣をみやれば。
「うまー」
気にすることなくもぐもぐとご機嫌でたまごボーロを口にするサクヤの姿にがっくりと肩を落とした。
「美味しい?」
「いしー」
ニコリ。そうやって笑う姿に思わずカカシも微笑んでしまう。
姿形はほぼ自分に瓜二つなのに、こうした表情は本当にイルカに似ているのだ。
ついついだらしなくなってしまう顔を引き締めて、子供のようなことを言って出て行った襖の向こうのイルカを思う。
「困ったもんだーね」
「う?」
「ふふっ、口の中いっぱいにするんじゃないよ」
そう言って、うまうまと頬張るサクヤのふくらんだ頬を優しくつついた。
「ご飯もちゃんと食べなさいよ」
「あう」
頷くサクヤにいい子だねと頭を撫ぜる。
ここまでは、いつもと変わらない騒がしくも幸せな一日だった。
怒りもすぐにおさまるだろうと楽観していたのだが、如何せんイルカの怒りはとてつもなく深かった。
あれからずっとサクヤを無視し続け、とばっちりでカカシにまで素知らぬふりだ。
「・・・・・」
無言で用意された食事を前に、サクヤがべそをかきながらイルカのまわりをウロウロとする。
しかしそれにも頓着せずに黙々と食事を口に運ぶと、ろくに噛みもせずに飲み込んだ。
「・・ちゃーの」
何度も謝罪を口にするサクヤの声にも、大人気なくプイッと顔を背けて立ち去る始末。
「おいで、サクヤ」
「やーの。・・・いー、・・ちゃーのぉ」
カカシの呼びかけに首を振って、台所に向かったイルカをサクヤが必死で追いかける。
見ているだけで、哀れで切なくなるような光景だ。
「いー」
「・・・腹いっぱいなんじゃないのか?」
「あう」
抱いてと足元で手を広げるサクヤを抱き上げて、イルカが口を開く。
頷くサクヤに溜息をついて、戻ってきたイルカがサクヤ用のお椀から細かくしたかぼちゃを掬った。
「ほら、あーん」
「うあ」
ぱかんと開けた口に放り込む。
咀嚼しているのか擦り潰しているのかわからないが、むぐむぐと口を動かして飲み込んでいる。
「後は自分で食べられるだろ?」
「う」
そう言って、小さな手にスプーンを持たせて自分はさっさと片付けをするために席を立った。
カカシの方へ視線を向けもせずにだ。
「・・・・・」
物凄く雰囲気の悪い食事風景。こんなことは初めてかもしれないと思いだした頃。
食事前にたらふく食べたお菓子のせいで、すぐに満腹になったらしいサクヤがスプーンで遊び始める。
「もうお腹いっぱいなの?」
「あう」
「ちょっとしか食べてないじゃない」
「う」
口のまわりにこびりついたかぼちゃを拭ってやりながらそう言っても、持ったままのスプーンは机の上に絵を描くばかりだ。
「食べねぇなら片付けるぞ」
「やぁん」
「やぁんじゃねぇだろ。・・だから言ったのに」
最後のセリフはカカシへの嫌味だろう。
面目ないと、子供可愛さに負けた自分を反省した。
険悪な雰囲気のまま川の字で並んだ寝室でも、一向に機嫌のなおらないイルカの背中を見つめて溜息一つ。
頑なに背を向けているのはわざとだと知っている。
いつもなら、サクヤが寝付いた後は二人だけの時間だというのに、怒れる恋人はチラリとも振り返ってはくれない。その寂しさに堪えられずに背中に指先をのばした。
「・・・・」
気配を察したのか、僅かに避けられた肩口に少しだけ傷つく。
待ちに待った任務明けなのに、あんまりじゃないかと力づくで背中から抱き寄せた。
「・・・明日から、里外なんで」
解かれた髪を掻き分けて、項にくちづけようとしたところで呟かれた言葉に動きが一瞬止まる。
「え・・?」
「だから、今日は」
みなまで言わずとも察しろと、硬い口調で拒絶された。
まるで出来上がった料理を前にお預けを食らわされる犬のような気持ちで、隙間から覗く項を見つめて我慢するべく眉を寄せる。
少しぐらいなら許されるのではないかと舌先を伸ばすも、身じろぎするイルカが腕の中からスルリと抜けだした。
「サクヤをよろしくお願いします」
頑なに顔を合わせようとしないイルカが、背中を向けたままそう口にする。
無理強いするのは性に合わないと、諦めてゴロリと寝返りをうち、見上げた天井の模様をボンヤリと見つめた。
その夜、カカシは悶々とする気分を味わいながら明け方近くまで眠ることが出来なかった。
先代の頃から強い権勢を誇る、所謂ご意見番と呼ばれるお歴々だ。
いくら火影といえども、彼らにかかればまだ小娘と舐めてかかられるのも解らないでもない。
しかし、ここで怯むわけにはいかなかった。
「馬鹿な事を言うんじゃないよ」
ことさら低い声を出して威嚇する。
それでも表情を変えない老人たちは、毛を逆立てて怒る綱手の事などなんとも思っていない様子で言葉を紡いだ。
「馬鹿とな」
「ええ、そうです。あなた方は一体何を考えておいでか」
「何を・・とは」
「さっき告げたとおりじゃが」
「そんなことがまかり通るとでも思っているんですか?」
「通らぬはずが無いだろう」
しれっと答える姿に歯噛みする。
歳ばかり重ねた老人というものは、どうしてこうも人の話を聞こうとしないのだろう。
先程から同じ話で堂々巡りだ。
苛ついたほうが負けとわかっていながら、綱手は爆発しそうな怒りを必死で押し留めた。
「カカシには、もう伴侶というべき者がおります」
「・・・・伴侶とは」
「お主こそ馬鹿を言うでない、綱手。アレらは同性同士」
呆れた調子でそう言って、さも汚らわしげに眉をしかめた。
「はたけの血を残すという約定も、カカシはちゃんと果たした筈です」
そう言った綱手に、老人達が顔を見合わせた。
「とは言っても、たった一人ではのう」
「もともとサクモはカカシ一人しか残さんかったからな」
「優秀な忍びの血は増えてこそ望ましい」
さも当然というように頷く老人達の姿に、唇を噛みしめる。
揃いも揃ってくえない輩ばかりだ。
「その伴侶とかいう男、なんという名じゃったかな?」
「・・うみのイルカです」
「うむ。そのイルカも両親は共に上忍と言うではないか。別のくノ一を添わせれば、また優秀な忍びを残すのでは?」
「・・・何を仰りたいのですか・・・?」
「わからぬか、綱手。同性同士など、うまくいくわけもない」
「どうせ別れるならはやいほうが互いのためじゃと申しておる」
「―――・・・ッ!」
もう少しで、机を真っ二つにへし折るところだった。
どいつもこいつも言いたい放題で、怒りだけしか湧いてこない。
掌を力いっぱい握りしめながら、ぐるりとお歴々の顔を見渡す。
「そもそもカカシは将来火影にもなろうかという男。その伴侶が同性とは」
「他里に示しもつかぬ」
「・・・では、子はどうするおつもりか?」
そうだ。サクヤがいる。
誰がなんといっても子供と親を引き離すことなんて出来はしない。
そう言い放つ綱手に、老人たちは何をというような顔をした。
「暗部で面倒をみればよいではないか」
「もともとカカシも暗部の出。異論は無いはず」
「・・・あなた方は、本当にそんなことがまかり通ると、本気で思っておいでですか?」
「間違ったことを正すのも、ご意見番の役目でな」
ニヤリと笑う老人の醜悪な姿に、ぞっとした。
何を言っても聞き入れられないことに歯噛みして、盛大なため息を漏らす。
こんなことを、あの二人に告げることなんて絶対にできない。
そもそもあの二人が固い絆で結ばれていることぐらい、里の者は皆知っているというのにだ。
「わかったな、綱手・・いや、五代目よ」
促す声に首を左右に振る。
ここで誰が頷くものかと瞳に力を込めて睨みつけた。
「おぉ! 怖い、怖い。そのような顔、我らに向けるものでは無いぞ」
「まぁ、いずれわかろうというものだ」
「・・・それは、どういう・・」
「所詮ままごとの延長のような関係じゃろうて」
「糸の結び目は緩い、ということだよ」
それぞれが意味深なセリフを吐いて笑いあう。
背を向けて火影室を後にする老人達の姿に何やら不穏な空気を感じながら、綱手はドカリと身体を椅子に沈み込ませるのだった。
*****
たまごボーロは大好物だ。
生えかけの歯で噛むとホロリとこぼれるし、唾液を含ませて柔らかくなったところを舌で擦り潰すのも好きだ。
飽きれば転がして遊べるし、また散らばったものを1つずつ拾い上げて口にするのも楽しい。
だから今日もそうやって美味しくいただこうとしているのに、眼の前のイルカに袋ごと取り上げられた。
「だーめーだッ!」
「いやーん」
「駄目だったら、だめッ」
「いー、めーっ!」
「何がめーっだよ。サクがメッだろ」
「めーっ!!」
何やら言い争いをしているのを、隣の部屋にて忍具の手入れをしながら耳をそばだたせた。
長期任務明けの休暇。この愛しくも騒がしいやり取りを聞くのも久しぶりのことだ。
「あっ、こら! サクッ!!」
そうこうしている間に何かあったのだろう。
イルカの焦る声とともに軽快に畳を擦る音と、忍びらしくないドタバタと走る音が聞こえてくる。
「待てっ! サクヤっ!! その部屋はカカシさんが忍具の手入れをしているから入っちゃ駄目だって・・・」
イルカが言い終わる前に、サクヤが何かを口にくわえて襖の隙間から飛び込んできた。
忍犬達と触れ合う機会が多いせいか、やや犬っぽいところのあるサクヤに苦笑して、慌てて追ってきたイルカに片付け終わったことを知らせる。
「かー、っけて」
傍までハイハイでやって来たサクヤが口からぽとりと袋を落とす。
涎にまみれた袋を拾い上げて眼の前のサクヤを見やると、キラキラ光る黒目がちの瞳が可愛く「お願い」と訴えている。
「開けるの?」
「あう」
「駄目ですよ、カカシさん」
「めーぇっ!」
口を出すイルカにサクヤが反論する。
「おやつばっかり食べていたら、飯が食えなくなるだろッ!!」
「いやーの」
「まぁまぁイルカ先生。少しぐらいなら良いじゃないですか」
「そんなこと言って、結局全部食っちまうんですからッ」
こんなに食に卑しいなんて、誰に似たんだ。あぁ、俺だと一人嘆くイルカが眉を怒らせる。
教師という職業柄、意外と子供に厳しいイルカに対して、里を離れている時間が長いカカシは基本的にサクヤに甘い。
最近すっかり知恵がついてきたサクヤが、それをわかっていてカカシを狙うのがまた腹立たしいのだ。
結局我が子可愛さに負けたカカシが袋を開けてやるのを、イルカは忌々しげに見守るしかない。
「っとー」
お礼を言って受け取ったたまごボーロの袋に手を突っ込むと、握れる分だけ握って取り出した。
小さな掌の隙間からポロポロと零れ出るのに、堪らず袋を取り上げようとイルカが手を伸ばした瞬間、それを阻止しようとサクヤが握りしめたたまごボーロを投げた。
「わっ! この・・」
「イルカ先生ッ!!」
思わず振り上げてしまった手を、カカシに掴まれた。
「―――カカシさん」
「駄目だよ、イルカ先生」
本気でサクヤに手をあげようとしたわけじゃない。
だけどカカシにそう思われた事がショックで、カーっと一気に駆け上がってくる血液が顔を真赤に染める。
「めーっ!」
散らばったたまごボーロを拾いながらそう言うサクヤにも、言いようのない腹立たしさが込みあげる。
「も・・もう、サクなんてしらねーからなッ!! そんなにカカシさんがいいなら、カカシさんのとこの子になっちまえッ!!」
元からカカシの子なのだが・・・という突っ込みは、怒髪天を衝いているイルカにはあえて言わない。
スパンッと襖を力いっぱい閉めて出て行ったイルカに、小さく溜息を付いて隣をみやれば。
「うまー」
気にすることなくもぐもぐとご機嫌でたまごボーロを口にするサクヤの姿にがっくりと肩を落とした。
「美味しい?」
「いしー」
ニコリ。そうやって笑う姿に思わずカカシも微笑んでしまう。
姿形はほぼ自分に瓜二つなのに、こうした表情は本当にイルカに似ているのだ。
ついついだらしなくなってしまう顔を引き締めて、子供のようなことを言って出て行った襖の向こうのイルカを思う。
「困ったもんだーね」
「う?」
「ふふっ、口の中いっぱいにするんじゃないよ」
そう言って、うまうまと頬張るサクヤのふくらんだ頬を優しくつついた。
「ご飯もちゃんと食べなさいよ」
「あう」
頷くサクヤにいい子だねと頭を撫ぜる。
ここまでは、いつもと変わらない騒がしくも幸せな一日だった。
怒りもすぐにおさまるだろうと楽観していたのだが、如何せんイルカの怒りはとてつもなく深かった。
あれからずっとサクヤを無視し続け、とばっちりでカカシにまで素知らぬふりだ。
「・・・・・」
無言で用意された食事を前に、サクヤがべそをかきながらイルカのまわりをウロウロとする。
しかしそれにも頓着せずに黙々と食事を口に運ぶと、ろくに噛みもせずに飲み込んだ。
「・・ちゃーの」
何度も謝罪を口にするサクヤの声にも、大人気なくプイッと顔を背けて立ち去る始末。
「おいで、サクヤ」
「やーの。・・・いー、・・ちゃーのぉ」
カカシの呼びかけに首を振って、台所に向かったイルカをサクヤが必死で追いかける。
見ているだけで、哀れで切なくなるような光景だ。
「いー」
「・・・腹いっぱいなんじゃないのか?」
「あう」
抱いてと足元で手を広げるサクヤを抱き上げて、イルカが口を開く。
頷くサクヤに溜息をついて、戻ってきたイルカがサクヤ用のお椀から細かくしたかぼちゃを掬った。
「ほら、あーん」
「うあ」
ぱかんと開けた口に放り込む。
咀嚼しているのか擦り潰しているのかわからないが、むぐむぐと口を動かして飲み込んでいる。
「後は自分で食べられるだろ?」
「う」
そう言って、小さな手にスプーンを持たせて自分はさっさと片付けをするために席を立った。
カカシの方へ視線を向けもせずにだ。
「・・・・・」
物凄く雰囲気の悪い食事風景。こんなことは初めてかもしれないと思いだした頃。
食事前にたらふく食べたお菓子のせいで、すぐに満腹になったらしいサクヤがスプーンで遊び始める。
「もうお腹いっぱいなの?」
「あう」
「ちょっとしか食べてないじゃない」
「う」
口のまわりにこびりついたかぼちゃを拭ってやりながらそう言っても、持ったままのスプーンは机の上に絵を描くばかりだ。
「食べねぇなら片付けるぞ」
「やぁん」
「やぁんじゃねぇだろ。・・だから言ったのに」
最後のセリフはカカシへの嫌味だろう。
面目ないと、子供可愛さに負けた自分を反省した。
険悪な雰囲気のまま川の字で並んだ寝室でも、一向に機嫌のなおらないイルカの背中を見つめて溜息一つ。
頑なに背を向けているのはわざとだと知っている。
いつもなら、サクヤが寝付いた後は二人だけの時間だというのに、怒れる恋人はチラリとも振り返ってはくれない。その寂しさに堪えられずに背中に指先をのばした。
「・・・・」
気配を察したのか、僅かに避けられた肩口に少しだけ傷つく。
待ちに待った任務明けなのに、あんまりじゃないかと力づくで背中から抱き寄せた。
「・・・明日から、里外なんで」
解かれた髪を掻き分けて、項にくちづけようとしたところで呟かれた言葉に動きが一瞬止まる。
「え・・?」
「だから、今日は」
みなまで言わずとも察しろと、硬い口調で拒絶された。
まるで出来上がった料理を前にお預けを食らわされる犬のような気持ちで、隙間から覗く項を見つめて我慢するべく眉を寄せる。
少しぐらいなら許されるのではないかと舌先を伸ばすも、身じろぎするイルカが腕の中からスルリと抜けだした。
「サクヤをよろしくお願いします」
頑なに顔を合わせようとしないイルカが、背中を向けたままそう口にする。
無理強いするのは性に合わないと、諦めてゴロリと寝返りをうち、見上げた天井の模様をボンヤリと見つめた。
その夜、カカシは悶々とする気分を味わいながら明け方近くまで眠ることが出来なかった。
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