隠し部屋

ここは【隠し部屋】です!
ちょっと表ではどうかな?と言うような内容のモノをUPしますので閲覧はご注意ください。
問い合わせいただくことがあるので、PASSのヒント(kkir◯◯◯◯◯◯◯◯です)
※は大人向けです。

9

「つまり、あなたがこんなところまでやってきたのは、水霧親子を里へ連れ戻すためだと?」

そんななりで、とは女体変化のことで、盛大に吐かれたため息に縮こまった身体を更に小さくして頷いた。

「そうです」
「彼らが他里の草で、追忍が派遣されていることは?」
「……知っています」

だからこそ、ここまでやってきたのだ。
焦る気持ちを抑えきれぬまま、微動だにしない男の前でじくりと唇を噛んだ。
こうしている間にも、タイチたちの前に追忍が迫っているかも知れない。そう思うだけでいてもたってもいられなくなる。
そわりと腰を浮かすイルカの前で、カカシがイライラとした様子で頭を掻いた。

「あなたが独断で動くなんて考えられない。これは火影様も把握済み、いや、指示ですか」
「……火影様は、何も聞かなかったと」

普段から、うみのイルカという男には甘いと言われている火影だ。
中忍でありながら三代目の信頼に厚く、時として立場を超えて進言することすらあるという。今回はそれを逆手に取って我を通したというのなら――。
呆れた。
ほとんど変わることのない男の表情が、そう雄弁に語っている。言い返す言葉もなく俯くイルカの手の中で、紙切れがくしゃりと音を立てた。

「もう一度、調査し直していただくことはできないでしょうか?」
「なにを馬鹿なことを…」

イルカの言葉に、カカシの眉がピクリと跳ね上がった。
既に追忍が派遣された忍の素性を再調査などできるわけもないことなどわかっている。水霧タイゾウも、不穏な空気を察知したからこそ僅かな隙きをついて里を抜けたのだろう。しかも、彼は逃げる途中で木の葉の忍を何人か手にかけているのかもしれない。カカシが引っ張り出された理由を思い至り、すでに取りなす術もないことにイルカは絶望感を覚えて唇を噛んだ。
それでも、せめてタイチだけはと一縷の望みをかけて、しわくちゃになった紙切れをカカシの前に差し出す。
切羽詰まった状況で、幼い子供が助けを求めて必死に綴った文字だ。不穏な空気の中、タイチがどれほどの恐怖を感じただろうかと考えるだけでイルカは胸が締め付けられる思いがした。

「これは、タイチが俺に残した手紙です」

受け取ったカカシが、紙切れに書かれた文字を目線だけでなぞった後、表情をかえることなく「それで?」と問いかけてきた。

「タイチ――水霧タイゾウの息子は、木の葉で生まれ育った里の忍…いえ、子供です。まだアカデミーに入って間もない子供のあいつが、他里に情報を売る草であるはずがありませんっ!」

その根拠が、拙い術で隠した紙切れだと訴えるには理由としては弱いことなどわかっている。
カカシがそんなことで絆されないことも。
だけど今のイルカには、この紙切れ一枚にかけるしかカカシを動かす方法がなかった。

「お願いします、カカシさん。せめてタイチだけでも……っ!!」

見逃してやってくれ。
振り絞るような声を出したイルカの前で、紙切れを弄んでいたカカシがゆっくりと視線を上げる。指先が苛立たしげに頭を掻いて――、口布の下からは小さな舌打ちと共に「あなたは知らないと思うけど」という苦々しい声が漏れ聞こえた。

「うみのイルカが火影に少なからず影響を与える男だということは、木の葉に籍を置く忍なら誰でも知っていることです。ましてや水霧タイゾウの息子はあなたの教え子でもある」
「何をおっしゃりたいのですか?」
「こんなところまであなたが出張ってきた理由がまさにそれですよ。ヤツらが、捕縛されたときのための布石を打っておいたとは考えられませんか?」
「そんな―――」

手段を選ばずありとあらゆる手を使って情報を伝えるのが草だ。

「抜け忍である以上、捕まればその場で処分されることは覚悟の上でしょう。暗部なら子供もろとも手にかけることをためらう者はいません。しかし、こうして子供の命の嘆願にあなたが現れた」
「万が一を考えて、最初から仕組んでいたとでも…?」

まだ年端もいかない子供が。

「草というのはそういうものだと、あなたが知らないはずもないでしょう」

冷え冷えとした声色だと思った。
一切の空気が凍りつくような視線と口調に、膝においた掌を握りしめる。
だからお前は甘いのだと、糾弾しているのだ。
ギリリと噛み締めたイルカの唇からは血が滲み、苦渋に満ちた唸り声が漏れた。

「このまま大人しく里に帰還するなら、あなたがここへ来たことを報告するつもりはありません」
「……追い詰めるのは時間の問題だと、さっき言っていましたよね」
「オレの話を聞いていましたか?」
「聞いたうえで、もう一度調査をとお願いしているんですっ!」

ゴツン、と。叩きつけた拳が畳を震わせた。
鉄の面を持ってイルカを見据えていたカカシの顔が、明らかな怒りを持った表情に変わる。
その瞬間、首元を捉えられとんでもない力で引きずり寄せられた。鼻先が当たる距離で、水霧親子の始末を言い渡すカカシの声が響く。
それに抗って、カカシの手からタイチの手紙を奪い取った。
たとえ、たとえタイチが他里の草だとしても。
助けて、と。
拙い文字で綴られたその紙切れを見過ごすことができるというのだろう。
まだ小さな手が覚束なく印を組む姿を覚えている。
よくやったと褒めた後のとびきりの笑顔も。
それは里のどの子供たちとも変わらない、可愛い俺の生徒で大事な木の葉の子供じゃないか。

「――…俺はっ! ……こんな俺でも…助けてほしい、必要だと言っているあいつの手を離すことなんて、できねぇ…っ!」

カカシの腕を振り払い、距離をとって部屋の外へと視線を向ける。
辿れるだろうか?
わずかに残る暗部の気配をたよりに外へと飛び出そうとした瞬間――。

「オレもそう言えば良かった…?」
「………え……」
「アンタの立場や気持ちなんて考えずに、必要だ、側にいてほしいって言えば良かったの?」
「カカシさん……?」

見えているのは右目だけだというのに。
カカシがまるで泣いているようだと思ったのはどうしてだろう。
言葉を失ったまま動きを止めたイルカの背後で、何者かが姿を現す気配がした。同時に「時間切れ」だというカカシの感情を失った声も。

「そんな……」

絶望は長く続き、カカシが住まう世界は暗く、一筋の光すら許されないのだということをイルカは初めて思い知るのだった。
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