隠し部屋
ここは【隠し部屋】です!
ちょっと表ではどうかな?と言うような内容のモノをUPしますので閲覧はご注意ください。
問い合わせいただくことがあるので、PASSのヒント(kkir◯◯◯◯◯◯◯◯です)
※は大人向けです。
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※は大人向けです。
どうして気づいてやれなかったんだろう。
あの日もあの時も、あいつの目は何かを訴えていたかもしれないのに。
壁を駆け上がり、屋根の上を走りながらイルカは手にした小さな紙切れを握りしめた。
教師と受付の業務を兼任するイルカの日常は多忙だ。
アカデミーの行事が重なれば、それこそ目が回るほどの手配や手続に追われることになる。
ここ数ヶ月というもの、ちゃんとした休みをとった覚えもない。それくらいイルカは日々の雑務に忙殺されていたのだ。
だけどそれがなんだって言うんだ。
そんなことは言い訳にしかならない。
あの時ああしていたらなんていう後悔は、いつだって事が起こってから初めて思うものだ。
『せんせい。たすけて』
ノートの端を破って綴られた殴り書きは、まだ幼い生徒が残したたった一つの手がかり。幼いがゆえに他の誰の眼にとまることもなく、僅かに残されたチャクラにイルカだけが気づいた。
ごめんな。
先生気づくのが遅れて。
ぐっと奥歯を噛み締め、その紙切れをポケットへとしまいこむ。
この屋根を飛び越えたら、目指す場所はもう眼の前だった。
「………ッ……」
唇から漏れる荒い息を整え、イルカは『火影室』と書かれた扉の前まで来て立ち止まった。
これまで一度だって、この扉を叩くことを躊躇したことはない。それがどうだ。こみ上げる緊張感に、額から吹き出した汗とは別に、じとりと冷たいものが背中を伝う。
いまからやろうとしていることは、もしかしたら里の意思に反するものかもしれない。
しかしイルカには、どうしても知らぬふりを決め込むわけにはいかなかった。
「………よし…っ」
天井までそびえる重厚な扉を見上げ、逸る気持ちを押さえつけるようにふーっと長い息を吐き出す。
覚悟を決めて扉を叩こうとした瞬間、内側から開いた扉に虚を付かれた。
「―――…わッ…!」
「…入らないんですか?」
気配でイルカが扉の前にいることをわかっていたのだろう。驚いてのけぞるイルカを見て、扉を開いた男は一瞬だけ目を細めた。
「カ、カカシさん」
「急ぎの用件なんでしょ?」
「ど、してそれを…」
知っているのかと問おうとして、手甲を嵌めた手に汗が滲むこめかみを拭われる。
ひんやりとした指の感触を懐かしいと思う間もなく、カカシはイルカの乱れてほつれた髪をすくい上げ後ろへと撫でつけた。
「すごい汗」
「…す、すみません」
「オレの用はもう終わりましたから、遠慮なさらず。ねぇ、三代目」
「うむ。準備が済み次第さっさと出立するのじゃぞ」
「はいはい。本当に人使いが荒いんですから」
「つべこべ言うな。お主が適任だと先任者からの強い要請なのじゃからしょうがなかろう」
「どうせテンゾウあたりでしょ? ったくあいつら、いつまでたっても」
ぶつぶつと文句を口にして、カカシは身体をずらしてイルカが入るスペースを空けた。どうやら中に入れと言うことらしい。代わりにカカシが部屋から一歩足を踏み出した。
「ま、やるからにはきっちり仕事はこなしますけれど、もうこれっきりにしてくださいよ。オレはもうあっちの仕事からは足を洗ったんですから」
続けられた言葉に、はっと顔をあげる。気づいたカカシがなんともバツが悪そうな顔で頭を掻いた。
「あー…、今のはオフレコで」
ボソリ。耳元に顔を寄せられて、思わず息を詰めて奥歯を噛み締めた。少し低めの甘い声。反応しそうになる自分が厭わしくて、見上げた眼光を強くする。
「………」
互いの視線が絡み合ったのはほんの一瞬。耐えきれずに顔をそらして逃げたのはイルカの方だった。
「なんのことでしょう」
「…ははっ、相変わらず怖いなぁ。イルカ先生は」
そんなに睨みつけないでよ。軽口をいいながらもカカシの眼が笑っていないことを知っている。
怖いのはアンタの方だ。
ついそんなことを言い返そうとして、もう関わることもないのだからと頭を振った。
「守秘義務は心得ていますから」
あっちの仕事といったカカシの言葉を口外するつもりはないとあえて口にしてみせる。言質を取ったとばかりに得意げな顔をするかと思ったら、目の前の男はつまらなさそうに鼻を鳴らすと、シラケた視線をイルカに向けた。
「真面目ですねぇ、先生」
「――……っ!」
呆れを含んだ声。それが面白みのない男だと言われているような気がして嫌になる。一体いつからこんな卑屈な考えをするようになってしまったのか。
「すみません」
「謝らないでよ。なんだかオレが虐めているみたいじゃない。久しぶりに顔を合わせたんだから、少しは仲良くして?」
「いえ、そんな…」
何が仲良くだ。そんなつもりはサラサラないことぐらい、イルカにだってわかっている。
表情は笑っているのに、不機嫌な声色を帯びたカカシの言葉に小さく頭を下げた。
頭上に落ちるカカシのため息に、見が縮こまる思いがする。
そんな状態でこれ以上会話が続くわけもない。
カカシもそれは気づいているのだろう。
うつむいたままのイルカから、諦めたように視線を外へと向けた。
「じゃ、適当に片付けてきますんで」
「あ、あのっ!」
風のようにイルカの横を通り過ぎたカカシの背に、思わず声をかけた。
「はい?」
振り返ったカカシが不審げに首を傾げる。イルカはとっさに引き止めてしまった事に驚きながらも、目の前でじっと自分を見つめるカカシを見つめ返した。
「えっと…あの、――ご武運を」
二人が気安い関係だった頃、無事の帰還を願って幾度も伝えた言葉。
カカシはそのたびに、笑って行ってきますと言っていたっけ。
緊張するイルカの視界にカカシが映る。何かを口するべく唇を開きかけて、眠たそうな瞼が優しげに弧を描いた。
「はい。行ってきます」
ひらひらと手を振って、火影室を出た男の丸い背中を見やる。
しゃんとしろ! なんて、子供を送り出すみたいに猫背気味の背中を叩いたのはいつだっただろう。思い出そうとしてやめた。
未練とかそんなもんじゃない。
そんな感情をもつことすらおこがましいような関係だったじゃないか。
「――火影様…、お話があります」
振り切るようにそう言って、イルカはぷかりと煙を吐き出す火影の前へと足を進めた。
*****
「ふむ」
差し出した紙切れを一瞥し、三代目は険しい表情を隠しもしないまま目の前のイルカを見やった。
「して、これをどこで」
綴られた言葉だけを見たならば、子供の戯言と一笑されても仕方のない紙切れ。しかしそれが、失踪した子供の家から見つかったものとなれば話は違ってくる。
「水霧タイチの家です」
「………」
「数日前からアカデミーを無断で休んでいまして、様子見がてらプリントを届けに立ち寄ったのですが」
里の外れにある寂れた小さな一軒家。母親は既に亡く、タイチは薬売りの父親と二人暮らしだった。
「外から呼びかけても応答はなく、失礼を承知で家の中へと入ってみれば、父親はおろかタイチの姿すらありませんでした」
「それぐらいで失踪と決めつけるには早計であろう」
「もちろん俺も最初はただ留守にしているだけかと思いましたよ。ただ…何かがおかしいのです」
「なにか、とは」
「部屋の中は、まるで慌てて夜逃げでもしたかのような散らかり具合でした。よもや族でも侵入したのかと思い急いで警務部隊に問い合わせたのですが、そう言った通報はきておらず、捜索願いも断固として受理しては貰えませんでした」
「…………」
早くに親をなくしたイルカを我が子のように慈しんでくれた火影だ。誰よりも里の子供たちを一番に思ってくれているはずの男が、タイチの失踪を伝えたにもかかわらず眉一つ動かそうともしない。しかしそれが、疑惑が確信へと変わる決め手になった。
「その部屋で見つけたのがこの紙切れです。アカデミーの子供の拙い術ですから、きっと見落とされていたんでしょう。だけど、これは俺があいつに教えた術だから」
タイチが残したメッセージに、イルカだけが気づけた。
そしてこの手紙を見つけたからこそ、こうして里長の元へと急ぎやってきたのだ。
「つまりお主は何が言いたいのじゃ」
鋭い眼光で睨みつけられて、思わず怯みそうになる。イルカは唸りそうになるのを押し殺して話を続けた。
「……タイチの家は、里から少し離れたところにありましてね。普段なら鳥や虫の鳴き声なんかもそりゃあよく聞こえるんですよ」
「………」
「それがおかしいことに、物音一つ聞こえないんです。まるで何者かの殺気にあてられているみたいに」
ここまで言えば、何かしらのアクションが見込めると思ったのに。
火影は何も言わず、ただ煙管からぷかりと煙を吐き出してみせた。
イルカはふーっと長い息を吐き出すと、火影の手からタイチの手紙を取り戻しそっとポケットに仕舞う。
そして黙ったままの火影へと静かに口を開いた。
「タイチの父親は行商人でした。月に何度か里を出て薬を売りに各国を回ります。…これは俺の感なので、違うなら違うとそう言ってください」
ドンッと机に手をついて、煙管を咥えたままの火影にイルカは額を寄せた。
「……彼が何かしましたか?」
「ふっはは!」
「三代目っ!!」
「いやぁ、怖い怖い。鬼の如く眼を釣り上げよってからに」
「当然ですっ! 生徒が助けを求めているんですよ!」
声を荒げたイルカに、火影は顔をクシャクシャにして笑うと、逆さにした煙管をコツンと鳴らして灰を取り出した。
「まったくお主という男は、妙なところで目ざといのぅ」
呆れたように言い放ち、こちらへ来いとばかりにイルカに向かって手招きしてみせた。
「水霧タイゾウ、あやつは他里の草じゃ」
「―――ッ!!」
「前々から内密に調べさせていての。取り押さえようとしたところを既の所で気づかれて取り逃してしまったんじゃ」
「それじゃあタイチは……」
「子も同じ草かもしれぬ」
「そ、んなわけありませんっ!」
「違うという証拠もあるまい」
痛いところをつかれて言葉に詰まる。それみたことかと火影が意地の悪い笑みを浮かべた。
「し、しかし、そういう意味ではタイチが草だという証拠もありません。俺は、タイチを信じます」
他の子供たちと比べて忍術に長けているわけではない。体術だって人並みで、だけど誰よりも一生懸命だった。あのタイチが草だとはイルカにはとても思えなかった。
「では、連れて逃げたのはわが子可愛さか、それとも」
「まさか人質にするため……?」
足手まといにしかならない子供。それをおしてまで連れて逃げた男の気持ちを推し量る。
「どうかの」
重い声で呟いた火影が、刻み込まれた皺を更に深くした。
「今はとある部隊があやつの痕跡を追っているのじゃが、なにせ相手はこの辺りの地理に明るい男、なかなかに苦戦しておる」
何かを含んだ火影の言葉にハッとした。
先程この部屋を出ていった男、カカシはなんと言っていたか。
そう。
『オレはもうあっちの仕事からは足を洗ったんですから』
あっちの仕事。
彼ははっきりとそう言った。
「……暗部……まさか、――カカシさんが……?」
親子を狩る追忍として向かったというのか。
「助けるつもりなら、早いほうが良い。子供が草ではないとの証拠がない以上、儂からはあやつらに何も言うことはできぬ。…無論、お主からは何も聞かなかった事とする」
つまりはこれからイルカがしようとすることに、火影は目をつぶるということ。
「あ―…ありがとうございます!」
「…くれぐれも気をつけるのじゃぞ」
相手は他里の草とそして、木の葉が誇る精鋭部隊。本来なら中忍に立ち回れと言う方が酷な話だ。
火影は目的地までの地図を指し示しながら静かに言い放つと、頭上の笠を更に目深へと引き下げるのだった。
あの日もあの時も、あいつの目は何かを訴えていたかもしれないのに。
壁を駆け上がり、屋根の上を走りながらイルカは手にした小さな紙切れを握りしめた。
教師と受付の業務を兼任するイルカの日常は多忙だ。
アカデミーの行事が重なれば、それこそ目が回るほどの手配や手続に追われることになる。
ここ数ヶ月というもの、ちゃんとした休みをとった覚えもない。それくらいイルカは日々の雑務に忙殺されていたのだ。
だけどそれがなんだって言うんだ。
そんなことは言い訳にしかならない。
あの時ああしていたらなんていう後悔は、いつだって事が起こってから初めて思うものだ。
『せんせい。たすけて』
ノートの端を破って綴られた殴り書きは、まだ幼い生徒が残したたった一つの手がかり。幼いがゆえに他の誰の眼にとまることもなく、僅かに残されたチャクラにイルカだけが気づいた。
ごめんな。
先生気づくのが遅れて。
ぐっと奥歯を噛み締め、その紙切れをポケットへとしまいこむ。
この屋根を飛び越えたら、目指す場所はもう眼の前だった。
「………ッ……」
唇から漏れる荒い息を整え、イルカは『火影室』と書かれた扉の前まで来て立ち止まった。
これまで一度だって、この扉を叩くことを躊躇したことはない。それがどうだ。こみ上げる緊張感に、額から吹き出した汗とは別に、じとりと冷たいものが背中を伝う。
いまからやろうとしていることは、もしかしたら里の意思に反するものかもしれない。
しかしイルカには、どうしても知らぬふりを決め込むわけにはいかなかった。
「………よし…っ」
天井までそびえる重厚な扉を見上げ、逸る気持ちを押さえつけるようにふーっと長い息を吐き出す。
覚悟を決めて扉を叩こうとした瞬間、内側から開いた扉に虚を付かれた。
「―――…わッ…!」
「…入らないんですか?」
気配でイルカが扉の前にいることをわかっていたのだろう。驚いてのけぞるイルカを見て、扉を開いた男は一瞬だけ目を細めた。
「カ、カカシさん」
「急ぎの用件なんでしょ?」
「ど、してそれを…」
知っているのかと問おうとして、手甲を嵌めた手に汗が滲むこめかみを拭われる。
ひんやりとした指の感触を懐かしいと思う間もなく、カカシはイルカの乱れてほつれた髪をすくい上げ後ろへと撫でつけた。
「すごい汗」
「…す、すみません」
「オレの用はもう終わりましたから、遠慮なさらず。ねぇ、三代目」
「うむ。準備が済み次第さっさと出立するのじゃぞ」
「はいはい。本当に人使いが荒いんですから」
「つべこべ言うな。お主が適任だと先任者からの強い要請なのじゃからしょうがなかろう」
「どうせテンゾウあたりでしょ? ったくあいつら、いつまでたっても」
ぶつぶつと文句を口にして、カカシは身体をずらしてイルカが入るスペースを空けた。どうやら中に入れと言うことらしい。代わりにカカシが部屋から一歩足を踏み出した。
「ま、やるからにはきっちり仕事はこなしますけれど、もうこれっきりにしてくださいよ。オレはもうあっちの仕事からは足を洗ったんですから」
続けられた言葉に、はっと顔をあげる。気づいたカカシがなんともバツが悪そうな顔で頭を掻いた。
「あー…、今のはオフレコで」
ボソリ。耳元に顔を寄せられて、思わず息を詰めて奥歯を噛み締めた。少し低めの甘い声。反応しそうになる自分が厭わしくて、見上げた眼光を強くする。
「………」
互いの視線が絡み合ったのはほんの一瞬。耐えきれずに顔をそらして逃げたのはイルカの方だった。
「なんのことでしょう」
「…ははっ、相変わらず怖いなぁ。イルカ先生は」
そんなに睨みつけないでよ。軽口をいいながらもカカシの眼が笑っていないことを知っている。
怖いのはアンタの方だ。
ついそんなことを言い返そうとして、もう関わることもないのだからと頭を振った。
「守秘義務は心得ていますから」
あっちの仕事といったカカシの言葉を口外するつもりはないとあえて口にしてみせる。言質を取ったとばかりに得意げな顔をするかと思ったら、目の前の男はつまらなさそうに鼻を鳴らすと、シラケた視線をイルカに向けた。
「真面目ですねぇ、先生」
「――……っ!」
呆れを含んだ声。それが面白みのない男だと言われているような気がして嫌になる。一体いつからこんな卑屈な考えをするようになってしまったのか。
「すみません」
「謝らないでよ。なんだかオレが虐めているみたいじゃない。久しぶりに顔を合わせたんだから、少しは仲良くして?」
「いえ、そんな…」
何が仲良くだ。そんなつもりはサラサラないことぐらい、イルカにだってわかっている。
表情は笑っているのに、不機嫌な声色を帯びたカカシの言葉に小さく頭を下げた。
頭上に落ちるカカシのため息に、見が縮こまる思いがする。
そんな状態でこれ以上会話が続くわけもない。
カカシもそれは気づいているのだろう。
うつむいたままのイルカから、諦めたように視線を外へと向けた。
「じゃ、適当に片付けてきますんで」
「あ、あのっ!」
風のようにイルカの横を通り過ぎたカカシの背に、思わず声をかけた。
「はい?」
振り返ったカカシが不審げに首を傾げる。イルカはとっさに引き止めてしまった事に驚きながらも、目の前でじっと自分を見つめるカカシを見つめ返した。
「えっと…あの、――ご武運を」
二人が気安い関係だった頃、無事の帰還を願って幾度も伝えた言葉。
カカシはそのたびに、笑って行ってきますと言っていたっけ。
緊張するイルカの視界にカカシが映る。何かを口するべく唇を開きかけて、眠たそうな瞼が優しげに弧を描いた。
「はい。行ってきます」
ひらひらと手を振って、火影室を出た男の丸い背中を見やる。
しゃんとしろ! なんて、子供を送り出すみたいに猫背気味の背中を叩いたのはいつだっただろう。思い出そうとしてやめた。
未練とかそんなもんじゃない。
そんな感情をもつことすらおこがましいような関係だったじゃないか。
「――火影様…、お話があります」
振り切るようにそう言って、イルカはぷかりと煙を吐き出す火影の前へと足を進めた。
*****
「ふむ」
差し出した紙切れを一瞥し、三代目は険しい表情を隠しもしないまま目の前のイルカを見やった。
「して、これをどこで」
綴られた言葉だけを見たならば、子供の戯言と一笑されても仕方のない紙切れ。しかしそれが、失踪した子供の家から見つかったものとなれば話は違ってくる。
「水霧タイチの家です」
「………」
「数日前からアカデミーを無断で休んでいまして、様子見がてらプリントを届けに立ち寄ったのですが」
里の外れにある寂れた小さな一軒家。母親は既に亡く、タイチは薬売りの父親と二人暮らしだった。
「外から呼びかけても応答はなく、失礼を承知で家の中へと入ってみれば、父親はおろかタイチの姿すらありませんでした」
「それぐらいで失踪と決めつけるには早計であろう」
「もちろん俺も最初はただ留守にしているだけかと思いましたよ。ただ…何かがおかしいのです」
「なにか、とは」
「部屋の中は、まるで慌てて夜逃げでもしたかのような散らかり具合でした。よもや族でも侵入したのかと思い急いで警務部隊に問い合わせたのですが、そう言った通報はきておらず、捜索願いも断固として受理しては貰えませんでした」
「…………」
早くに親をなくしたイルカを我が子のように慈しんでくれた火影だ。誰よりも里の子供たちを一番に思ってくれているはずの男が、タイチの失踪を伝えたにもかかわらず眉一つ動かそうともしない。しかしそれが、疑惑が確信へと変わる決め手になった。
「その部屋で見つけたのがこの紙切れです。アカデミーの子供の拙い術ですから、きっと見落とされていたんでしょう。だけど、これは俺があいつに教えた術だから」
タイチが残したメッセージに、イルカだけが気づけた。
そしてこの手紙を見つけたからこそ、こうして里長の元へと急ぎやってきたのだ。
「つまりお主は何が言いたいのじゃ」
鋭い眼光で睨みつけられて、思わず怯みそうになる。イルカは唸りそうになるのを押し殺して話を続けた。
「……タイチの家は、里から少し離れたところにありましてね。普段なら鳥や虫の鳴き声なんかもそりゃあよく聞こえるんですよ」
「………」
「それがおかしいことに、物音一つ聞こえないんです。まるで何者かの殺気にあてられているみたいに」
ここまで言えば、何かしらのアクションが見込めると思ったのに。
火影は何も言わず、ただ煙管からぷかりと煙を吐き出してみせた。
イルカはふーっと長い息を吐き出すと、火影の手からタイチの手紙を取り戻しそっとポケットに仕舞う。
そして黙ったままの火影へと静かに口を開いた。
「タイチの父親は行商人でした。月に何度か里を出て薬を売りに各国を回ります。…これは俺の感なので、違うなら違うとそう言ってください」
ドンッと机に手をついて、煙管を咥えたままの火影にイルカは額を寄せた。
「……彼が何かしましたか?」
「ふっはは!」
「三代目っ!!」
「いやぁ、怖い怖い。鬼の如く眼を釣り上げよってからに」
「当然ですっ! 生徒が助けを求めているんですよ!」
声を荒げたイルカに、火影は顔をクシャクシャにして笑うと、逆さにした煙管をコツンと鳴らして灰を取り出した。
「まったくお主という男は、妙なところで目ざといのぅ」
呆れたように言い放ち、こちらへ来いとばかりにイルカに向かって手招きしてみせた。
「水霧タイゾウ、あやつは他里の草じゃ」
「―――ッ!!」
「前々から内密に調べさせていての。取り押さえようとしたところを既の所で気づかれて取り逃してしまったんじゃ」
「それじゃあタイチは……」
「子も同じ草かもしれぬ」
「そ、んなわけありませんっ!」
「違うという証拠もあるまい」
痛いところをつかれて言葉に詰まる。それみたことかと火影が意地の悪い笑みを浮かべた。
「し、しかし、そういう意味ではタイチが草だという証拠もありません。俺は、タイチを信じます」
他の子供たちと比べて忍術に長けているわけではない。体術だって人並みで、だけど誰よりも一生懸命だった。あのタイチが草だとはイルカにはとても思えなかった。
「では、連れて逃げたのはわが子可愛さか、それとも」
「まさか人質にするため……?」
足手まといにしかならない子供。それをおしてまで連れて逃げた男の気持ちを推し量る。
「どうかの」
重い声で呟いた火影が、刻み込まれた皺を更に深くした。
「今はとある部隊があやつの痕跡を追っているのじゃが、なにせ相手はこの辺りの地理に明るい男、なかなかに苦戦しておる」
何かを含んだ火影の言葉にハッとした。
先程この部屋を出ていった男、カカシはなんと言っていたか。
そう。
『オレはもうあっちの仕事からは足を洗ったんですから』
あっちの仕事。
彼ははっきりとそう言った。
「……暗部……まさか、――カカシさんが……?」
親子を狩る追忍として向かったというのか。
「助けるつもりなら、早いほうが良い。子供が草ではないとの証拠がない以上、儂からはあやつらに何も言うことはできぬ。…無論、お主からは何も聞かなかった事とする」
つまりはこれからイルカがしようとすることに、火影は目をつぶるということ。
「あ―…ありがとうございます!」
「…くれぐれも気をつけるのじゃぞ」
相手は他里の草とそして、木の葉が誇る精鋭部隊。本来なら中忍に立ち回れと言う方が酷な話だ。
火影は目的地までの地図を指し示しながら静かに言い放つと、頭上の笠を更に目深へと引き下げるのだった。
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