ベッドに身を横たえたまま、まだしっかりと焦点も合わない眼で忍服に袖を通すカカシの後ろ姿を見つめた。
ぼんやりと映る背中は無駄な贅肉など一つもなく、柔軟な筋肉で全身が覆われている。
なんて美しい均整のとれた身体なんだろう。
その完璧な肉体に組み敷かれていたのだと、昨晩の情交を思い出してカーッと頬に朱がはしる。

「・・・っ」

まだ体内に埋まっている様な感覚を訴える場所が切なく疼くのに、少しだけベッドのなかで身動ぎする。
褥のなかで見るカカシの顔といったら、普段のやる気のない姿からは想像もできないくらい艶っぽくて、ただ見ているだけで自分がどうにかなってしまいそうな気持ちになる。
男から見てもそうなのだから、女ならばと思うと少しだけ面白くない気持ちになった。

「せんせ?」

衣擦れの音に気づいたカカシが、振り返ってゆっくりとベッドまで戻ってくる。
気怠い身体を横たえたままのイルカの傍に屈み込むと、頬にかかる黒髪をそっと指で梳く。

「ごめんね、起こしちゃった?」
「・・もう出立ですか?」
「ん」
「見送り・・」
「いいよ。まだ寒いから、先生はもう少し寝てて」

半身を起こしたイルカを優しい声が制する。
今はもう、昨晩の情熱的な吐息さえ纏っていない。
それが少しだけ寂しくて、手を伸ばしてカカシの口布に触れた。

「顔、見せて」
「どうしたの?」

笑いながら問う声を、了承だと受け取って指先に引っ掛ける。
そのままゆっくりと引き下げて、現れた素顔に悔しいかな幾度目かの感嘆のため息を漏らした。

「・・どうして」
「?」
「顔を隠しているんですか?」

こんなに整っているのに。とは、なんだか癪に障るから口にしない。
きっと何度も問われた質問には答えるつもりがないのだろう。カカシはただ微笑みを浮かべているだけだ。

「・・ほくろ」

それがあんまりにも悔しいから、わざと口元のホクロを指の腹で押しつぶす。

「刺激したら、大きくなるって」
「大きくしたいの?」
「・・・・・」

笑うカカシに少しだけ思案して、まだはっきりと覚醒しない頭で小さく頭を振った。

「わかりません・・」

トロリと緩む瞳に苦笑して、大きな手で頬を包み込まれる。そのまま引き寄せられて鼻先を擦りあわせた。
無事でと願いを込めた口付けは、互いの劣情を刺激しないようにただ触れるだけ。
だけどいたずらにイルカの舌先が口元近くのホクロをぺろりと舐める。

「こら」
「ふふふ」
「・・舐めるんだったら別の所を舐めてよ」
「なに馬鹿な事言ってんですか」

ふと我に返り、むうとふくれる恋人に笑って指先で顎を持ち上げた。

「帰ってきたら続きしましょうね」
「――――・・・ッ!」

渾身の笑顔で囁やけば、みるみるうちに真っ赤になって狼狽えたイルカが、それでも小さく頷いた。

「うそ・・」
「・・怪我なんてしないでくださいよ」
「え・・、せんせそれって」
「チャクラ切れで病院送りも嫌ですから」
「うん。それより今のホントだよね? 約束ですよ」
「します、しますから・・ちゃんと俺の話を聞い・・―――」
「やー、イルカ先生がそんなに積極的になってくれるなんて珍しいけど」

嬉しいなと、いつになく浮かれるカカシにイルカが拳を握りしめる。

「もうっ! 変なこと言ってないで、さっさと行けっ!」
「アハハッ」

ブンッと振るわれた拳を交わし、迎えにきた暗部とともに部屋の窓から飛び出した。


いまだ外は薄闇の中。


左眼の写輪眼とともに今ではカカシのトレードマークになった口布を引き上げると、指先に触れた感触が幼いころの記憶を蘇らせる。

『カカシ』

穏やかな父の声。
薄っすらと名前を呼ばれた気がして、確認するように自らの口元を指先で探った。
指の腹に当たるぷくりと膨れたホクロを引っ掻くと、それを窘めた父の姿が脳裏に浮かぶ。
あぁそういえば。
幼いころのオレは、こうして何度もこの場所を指先で確認していたっけ。
口布で顔の半分を覆うようになったのは、あの頃だったろうか?
そんなことを思い出して、少しだけ唇の端を吊り上げた。

『そんなに触ってばかりいたら駄目だよ』

少し困ったようにそう言った父の顔は、記憶の片隅でぼんやりとしてしまっているけれど。

今はもう、優しい思い出の中。
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