任務から戻ってきたら付き合いましょうと言われた日、戸惑いながらも頷いた。
いつものように受付終わりで待ち合わせ、帰り道の分岐点で差し出された掌。
自信たっぷりなのかと思っていた相手の指先が少し震えていたこと。
自分と同じなのだと思ったら、少し安心した。
キスは帰ってからねと笑うカカシに不満気に唇を尖らせたら、ご褒美にとっておきたいのと笑われた。
約束だよと固い握手だけを交わして、手を降って去っていく後ろ姿を見送ったのは、新緑が芽吹く季節の中頃だった。



*****



「お疲れ様でした!」

ニコニコニッコリ。
自慢の営業スマイルは今日も完璧だ。
素早く目を通して軽快にハンコをポンっと押す。
大隊の帰還でごった返していた報告所も、流れ作業のようにスルスルと受付業務は滞りなく進んでいく。
受け付けた書類にサインをしたイルカは、フラッと報告所に入ってきた銀色を見つけて、視線だけをそちらに向けた。
相変わらずポケットに手を突っ込み、背を丸めた姿はとても溌剌としているとはいえないが、サラッと確認したところ怪我はしていないようだ。
別段汚れてもいない。
書類に目を通しながら、イルカはホッと安堵の笑みを浮かべた。

「お願いね」
「はい。お預かりします」

イルカの列に並び、何でもないようにスッと出された報告書の分厚さに、イルカは唖然とカカシの顔を見やった。
スリーマンセルのAランク。
一月はかかろうかという任務をこの短期間で終わらせてきた手腕は感服せざるをえない。

「お疲れ様です。・・・確認に少し時間がかかりますので、不備がありましたらこちらから上忍待機所へ伺いますが」

事務的な言葉に、カカシが少しだけ眼を見開いた。
平然とはしているが、やはり疲労の色は隠しきれていない。

「ここで待ってます」

少しでも早く休ませてやりたいイルカだったが、カカシは小さくそう言って報告書のソファに腰掛けた。

「あの・・本当に時間がかかると思うので、カカシさんさえよろしければ仮眠室で休まれますか?」
「ん~」

いつもの眠そうな眼のまま、カカシはそう言って思案すると頷いた。

「じゃ、お言葉に甘えて」
「ご案内します」
「いーよ、終わったら呼びに来て」
「はい、では」

フラリと立ち上がり、受付を後にする背中を見送って、びっしりと書かれた報告書に目を通す。
これは記入するだけでも大変だったろうなと、改めて彼の有能さに驚嘆する。
さすが里の誉れ。
事務方のイルカですら舌を巻くほどの書類の正確さだ。

「すげーな」

横から書類を覗き見たイワシが感嘆の声を漏らす。

「だろ?」
「はたけ上忍ぐらいだよなぁ、こんなに完璧な書類を提出するの」
「しかも親切だし」

次々に褒め称える同僚達に、書類を受け取ったイルカも大きく頷いた。

「毎回チェックしてるんだけど、ミスっていうミスもみつからないんだぜ」
「さっすが」
「もう見なくてもいいかなぁ~って気もする」
「そりゃ駄目だろ」

真面目な顔でそういったイルカに、同僚の突っ込みが入る。
そうなんだけどと呟いて、最後のページを捲ったイルカは、そこに彼のトレードマークである『へのへのもへじ』の絵を見つけて顔を曇らせた。

「なんだよ?」
「別に」

訝しむイワシが書類を取り上げようとするのを阻止して、イルカは受付の判子を押すとそこに自身のサインを記入した。
疲れている時は、この『へのへのもへじ』の絵が少しだけ崩れているのに気づいたのは随分前だ。
気づかない者は絶対に気づかないだろうが、最後の『じ』が歪んでいるのだ。
今日はいつもより疲労がたまっているらしい。
そりゃそうだよなと分厚い報告書を確認しながら思う。
Aランクの任務。まさか今日戻ってこられるとは思っていなかった。
自然にニヤけそうになる顔をグッと引き締めて、左上を綴った報告書を提出箱へ入れた。



*****



「・・・腹立つほどキレーな顔なんだよなぁ・・・」

仮眠室。
息をしているのかもわからないほど安らかな顔で眠っている男を羨望の眼差しでみやって、イルカはボソリと呟いた。
起こすつもりで訪れた部屋だが、あまりに綺麗な寝顔すぎてつい見とれてしまっていた。
イルカが近づいても起きないぐらいだから、よっぽど疲れていたのだろうと思うと彼の請け負っている任務の苛酷さに胸が痛む。
それにしてもと、ベッドの傍らに座り込んで、白皙の美貌を眺めながら溜息をつく。
相変わらず顔の半分以上は隠れたままなのに、溢れ出るこの美しさはどういうことだろう。
あまりにも整いすぎてて怖いぐらいだ。
何時間でも見続けられるんじゃないかと、普通に思ってしまう自分が怖い。
キラキラ光る銀の髪に触れようとして、やっぱりダメだと指先を握りしめグッと耐えた。
いくらなんでも触ったら起きてしまうだろう。
やっぱり見ているだけでいい。

「なんでこんなに整ってんだ?」

同じ男とは思えない。
くの一にモテて仕方ないのも頷けると一人でコクコク首を上下に振る。

「カッコイイ・・・」

呟いて、溜息一つ付いた時だった。

「そりゃ、どーも」
「わっ!!」

不意に聞こえた声に驚愕して尻もちをついた。

「カ、カカ、カカシさんッ!!」
「カが多い」

クスクスと笑うカカシが起き上がってうーんと伸びをする。

「お、起きてらしたんですかッ」
「まぁね」

狸寝入りをしていたかと思うと腹立たしいが、瞳がニコリと弓なりになるだけで胸がドキンと脈打った。

「・・・人が悪いですよ」
「イルカ先生が、いつ襲ってくれるのかなぁ~なんて思いまして」
「襲うわけないじゃないですかッ!!」
「だって、綺麗だ綺麗だって」
「そ、それは・・・」

一般論だと口にしようとして、頬に触れた指先にドキリとした。

「そんなに褒めてもらえるなら、特別サービスしちゃおうかな」
「・・・え・・?」

力強い腕に抱き寄せられて、顔と顔が近づく。
あわわとのけぞるイルカに笑って、口布に引っ掛けた指先をグイッと下ろした。

「ーーーーーッ!!」

驚愕に眼を見開き、言葉も出ないイルカに、クククッと端正な顔が崩れる。
伸びてきた手が、パチパチと頬を軽く叩いた。

「イルカせんせ?」
「あ・・あの・・・素顔・・出てます」

隠していたんじゃなかったのか?
理解できない頭が、楽しそうに笑うカカシに見たままを口にしてしまう。

「見せてんのよ」
「・・・はい・・・あの・・、額当ても取って良いですか・・・?」
「どーぞ」

はいと少し俯かれ、結んだ額当ての紐をゆるめて解いた。
閉じられた瞳がゆっくりと開き、色味の違う両目がイルカを映す。
ボウっと見とれるように言葉をなくしたイルカに、カカシが伸ばした指先で後頭部を掴んだ。
ゆっくりと引き寄せられ、息がかかるほど耳元に唇を寄せられる。

「あなたにだけね」

囁かれた言葉に、ゾクリと下腹が疼いた。
仮眠室のベッドに乗り上げ、誘われるまま腕を伸ばして首筋に絡みつかせる。

「・・約束・・覚えてますか?」

耳たぶを掠め、頬をたどってきた唇が、触れそうで触れない距離で言葉を紡ぐ。
はにかんでコクリと頷くイルカに破顔した。

「どうしても、今日中に帰りたくて」
「・・・え・・?」
「今日、誕生日でしょ?」
「・・・ご存知だったんですか・・?」
「当たり前じゃないですか」

得意げなカカシの口調に苦笑すると、笑んだ唇に啄むような口づけをおくられる。
あ、っと声を出した瞬間にスルリと差し込まれた舌が、歯列をなぞって絡められた。

「あ、あ・・」

粘膜を擦られる刺激にゾクゾクと身体を震わせ、イルカが声をあげてしがみつく。

「・・・誕生日おめでとう、イルカせんせ」

優しく抱きしめながら囁くカカシの言葉に擽ったそうに笑って。
ゆっくりとのしかかってくる身体ごとシーツの海に沈み込んだ。



*****



「あれ? イルカは?」
「はたけ上忍、起こしに行った~」
「それにしても遅くね?」

そういやそうだなと顔を見合わせる。

「ま、一段落ついて暇だし」
「ほっときゃそのうち戻ってくるだろ」

一仕事終えた受付ののどかさでそう言うと、休憩するかとコップを並べた。
冷やした麦茶を注ぎながら、差し入れのお菓子を摘んで口に放り込む。
報告所は和やかな雰囲気に包まれた。

「第三部隊、帰還ッ!!」

ガラリと扉が開き、ゾロゾロとまた人が並びだす。
慌てて席に戻る同僚達を追いかけ受付に座ると、戻らないままのイルカを思ってイワシはチラリと開いたままの扉に視線をやった。

「・・・食われてたりして」

ボソリと呟いたセリフは、騒がしい報告書での喧騒に紛れてあっという間に消えた。




***********











ここから支部での【カカイル祭】にアップしたイル誕です。



*****



任務で送り出すときに決めていること。
それがたとえSランクの任務だったとしても、けして不安な顔などしない。
聡い彼に気取られないように、これ以上無いほどの気合を入れるのだ。

「いってらっしゃい」
「ん」

見送りの言葉はいつだってシンプルだ。
最低限の言葉しか言わないし、彼も不要な言葉は話さない。
里を後にする後ろ姿に笑顔で手を振る。
見送る銀色が見えなくなるまで。
いつもこれが最後かもしれないと、覚悟をしながら。
もしこのまま会えなくなることがあったとしても、光を失った瞼に映る顔が、笑顔であってほしいと願うから。

だから。
戻ってきた彼が里の大門をくぐるたび、イルカは泣いてしまうのだ。
人目なんて気にしない。
苦笑する彼の困ったような顔に、涙も鼻水も出すだけ全部出して。

「ただいま戻りました」
「お疲れ様ですッ!」

迎えの言葉もいつもと同じ。
硝煙の匂いと土埃にまみれた腕が力を込めて、ぐちゃぐちゃの顔のイルカを抱きしめる。
耳元で、そっと囁かれた言葉に目を見開いて。
照れくさそうに頭を掻くカカシの表情に、泣き笑いしてしまう。

『誕生日おめでとう』

それは、いつもと違う今日だけの言葉。
今日だけの、特別な言葉。



・・・・・テーマは強イルカ・・・だったけど、書き終わってみれば
強がりイルカになってもうた・・・(´Д`)タハハ
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