まぁ呑めと勧められた杯に口をつけた。
味見とばかりに少しだけ含むと、口の中に花の薫りのような芳香が広がっていく。
大衆居酒屋と言えど良い物を仕入れているらしい。
香りも良く、喉越しもキリリとして爽やかだ。
机の並べられた料理はどれも美しく盛り付けられ、小鉢でさえも手が込んでいて上手かった。
「ふむ・・思ったよりいい店じゃない」
「なんだ? カカシィ~」
ポツリと呟いた言葉に自称ライバルがビールジョッキに口をつけながら振り返った。
酔いが回っているのか、直視するのもはばかられるほど濃い眉は垂れ下がり、その頬は既に赤く染まっている。
「ガイ・・。お前は見かけによらず弱いんだからあんま呑むんじゃないよ」
明日どうにかなっても知らないよ。とは、心ばかりの忠告だ。
だけどトロンとした眦に緩んだ口元を確認し、そんな忠告は無駄だと諦める。
「何を言うかッ!! 二日酔いなど気合でなんとかなるっ!」
「はいはい。本当に知らないからね」
「心配無用!今日という今日はとことん勝負しようじゃないかッ! 我がライヴァルよ!」
乾杯と出された杯を打ち鳴らし、一気に煽った。
面倒くさいが、この状態のガイが引いてくれないことなど経験上嫌というほど知っている。
こうなってしまったら早々に酔い潰して寝かしてしまうに限ると、たて続けに酒を煽る。
「ぬ・・やるな・・」
「もうヘロヘロじゃない。オレが来るまでにどれだけ呑んだのよ」
「まだ三杯ほどっすかね?」
「は?」
向かいに座るゲンマが両隣にくノ一を侍らせながら苦笑する。
基本女性に対して人当たりのいい男は、見た目の良さに比例してくノ一からの評判も良かった。
「三杯? また弱くなったんじゃないの?」
「空きっ腹に呑ませたもんで」
「・・・・」
「カカシ! これで終わりではないだろうっ!!」
「はいはい」
思いっきり肩を組まれ、酒臭い息を吐きかけられてうんざりとする。
こんな暑苦しい男に絡まれるために、今日の宴会に参加したわけではないのだ。
ざわつく宴会場をぐるりと見渡して、目当ての人物を見つけたカカシは素知らぬふりで耳を澄ます。
同じ会場に居るとは言え、愛しい人は少し離れた下座で教師仲間と酒を酌み交わしていた。
楽しそうだな。
和気あいあいと騒ぎながら談笑する様子に、少しだけ寂しさを覚えてまた杯を重ねる。
それに比べて。
自分のまわりを取り囲むむさ苦しい連中の姿に、自然とため息が漏れた。
アカデミー教師と上忍師の懇親会。
受け持ちが決まった上忍師と親睦を深めるために開かれたこの宴会は、無礼講だと言いつつも完全に階級で別けられている。
せっかくイルカ先生と飲めると思って参加したのに、コレじゃ全く意味がないじゃない。
ため息混じりに机に盃をおけば、待ってましたとばかりに机の上に酒が並べられた。
「まだまだ・・っ、俺はやれるぞっ」
「ちょっと、鼻息かけないでよ」
「なにをいうかっ!! だいたいお前はいつもいつもスカした顔をしおってっ!!」
「そうよ。今日ぐらい相手してあげても良いんじゃない?」
「紅、おまえね」
「なんならあたしも参戦してもかまわないけど?」
「・・それは勘弁して」
木の葉の酒豪の名をほしいままにしているくノ一まで相手にするのは本気で手に余る。
しかも紅はガイと違ってこと酒にかけては一筋縄ではいかないのだ。
「なによ、つまんない男」
「なんとでも言ってちょうだい」
一升瓶を小脇に抱えた女の相手など御免こうむる。
確かに顔も身体も一級品の美女だとは思うが、はっきり言ってカカシのタイプではない。
大体こんな酒癖の悪い女のどこが良いのか聞きたいぐらいだと隣に視線をやれば、タバコを咥えた大男の唇がニヤリと歪められた。
「ま、酔いつぶれたら連れて帰るからよ」
面倒クセェが口癖の男だが、その本質は逆だ。
しかも惚れた弱みからか、ことさらアスマは紅に寛容だった。
「ほんっと趣味悪い」
「オメェほどじゃねぇ」
互いに悪態をつき、ククッと笑う。
当初の目的とは違ってしまったが、こうして昔なじみと呑むのも久しぶりだ。
気のおけない仲間と楽しむのも悪くない。今日はとことん呑むかと思った時。
「本当かよ、イルカっ!」
思わず耳に飛び込んできた恋人の名前に、ピクリと身体が反応した。
どっと湧き上がった歓声に視線をやれば、愛しい人は教師仲間に囲まれて何やら囃し立てられている。
けして酒に弱くはないイルカだが、酔わないわけではない。
同僚に勧められるままに呑んだのだろう。いつもは意思の強さを思わせる黒い瞳は潤み、ぽってりした唇は酒に濡れてなんとも肉感的だ。
あんな艶っぽい姿、たとえイルカの同僚にだって見せたくはないのに。
なんとも面白くない気分でカカシは杯の中の酒を舐めた。
「とうとうお前にも決まったヒトが出来たなんてなー」
「なんで今まで黙ってたんだよ、みずくせぇ」
「べつに黙ってたわけじゃねぇよ。ふれ回ることでもねぇし」
ボソリと呟いたイルカに、同僚たちが色めき立った。
付き合い始めたのは部下の中忍試験時の言い争いの後だ。
納得いかない顔で謝罪にやってきたイルカに、ムキになったのはあなたが気になっていたからだと伝えれば、一瞬だけ驚いた顔をしたあと真っ赤になった。
慌てふためいて狼狽えたあの時の顔は、今でも忘れられない。
ああいうトコロ、本当に純粋で可愛いよねぇ。
それからなし崩しに口説き落とし、今じゃ押しも押されもせぬ恋人の座に居座ったというわけだ。
「何だそりゃ。カノジョが出来たらもう上から目線か、この野郎っ」
「そうだぞっ!! このままお前が一生独り身かとどれだけ俺らが心を痛めていたか知らねーだろっ!
「独り身ってなんだよ・・ってそれにカノ・・」
「あーもうっ、ごちゃごちゃ言うな! 今日はとことん呑んで聞かせろっ!!」
訂正しようとするイルカの語尾を遮って、空になったグラスに並々と酒を注ぐ。
さぁ呑めと勧められれば断るはずもないイルカが、旨そうに透き通った液体を喉の奥に流し込んだ。
「んで、どんな子なんだよ」
「あん?」
「お前のカノジョ。俺らに隠してるぐらいだから、可愛いんだろ?」
興味津々。身を乗り出すように尋ねる同僚に、トロンとした瞳が思い出すように空をさまよう。
「うーん・・。可愛いって言うよりキレイ系かな」
「キレイ系なのかよっ!」
「まぁな。優しくて、肌が透けるみたいに白くて・・」
「おいおい、色白美人なんて羨ましすぎるぜ」
「アカデミーと家の往復しかない俺らにそんな出会いあるか!? どこでそんな美女を見つけてきたんだよっ!」
火影様の紹介だなっ!! 依怙贔屓反対っ!
囃し立てる同僚たちに、鼻の頭を掻いたまま困ったようなイルカスマイル。
最初の顔合わせは火影室だったろうか? ナルトの担当になると決まった時、三代目に引き合わされた事を思いだす。
しかし、依怙贔屓とは三代目の耳に入ったらどうなっても知らないよ、と。大声で戯言を喚く教師たちの姿に笑いをこらえた。
「あと、上忍なのに全然驕ったところがなくてよ」
「上忍なのかよっ!!」
「それって格差恋愛ってやつじゃねーかっ!! 大丈夫かよ、イルカァっ!!」
「そういうの、あのひと気にしねぇんだ。すげー穏やかで声を荒げることもほとんどねぇし。性格もめちゃくちゃ良くて、俺には勿体ねぇぐらいのヒトなんだよ」
「くぁーーっ!! 羨ましすぎるっ!」
「もっと詳しく話せよ」
同僚たちの喧騒もどこ吹く風で、勧められるままに酒を飲み干すイルカがぽやんとしたまま口を開いた。
「詳しく・・? んーそうだな。料理上手なくせに俺が適当に作った料理も「美味しいですイルカ先生」って喜んで食ってくれたり」
「手料理っ!!! いいなーっ! ってそれよかお前も料理作ってんのかよっ!!」
「今流行りのスパダリ気取りかっ」
「一楽常連のお前が一体どうしちまったんだっ!!!
当然でしょ。
ラーメンばかり食べさせるわけないじゃない。
付き合ったその日の内に、栄養バランスを考えて半ば強制的に食生活全般の改善を申し出た。
だけどイルカの楽しみのために、棚に詰め込んだカップラーメンには片目を瞑ってやる寛容さだって持ち合わせている。
「じゃあ、じゃあよぉ・・」
声を潜めて顔を寄せ合った中忍の姿に、ピクリと眉が跳ね上がる。
想像するに、宴席ではお決まりのシモの話でもしているのだろうが、当然ながらその辺も胸を張れる自信はある。
カカシの想像通り、何やらヒソヒソ言い合っていた下座で、おぉぉっ!! っと感嘆の声が上がるのを当然でしょと鼻息荒く見守った。
「よぉ・・カカシ・・」
「んー?」
「お前がザルなのはしってるけどよ」
「だね」
くいっと盃を傾けながら、もう何杯目になったかわからない酒を飲み干した。
背中にしなだれかかってくるガイも、ヘロヘロながらも「まだまだやれるぞぉぉ~」と、負けずに満たした酒に口をつける。
「何を肴に呑んでいるのかしらねぇが、流石に飲み過ぎじゃねぇか?」
「そう?」
これぐらいいつものことでしょ。
柄にもなく心配しているのかと隣を見やれば、呆れ顔の髭面がぐにゃりと歪んで見える。
おかしいな。コレぐらいじゃ酔わないはずなのにとの思いが脳裏をよぎったのは一瞬のこと。
酒で霞む視線の先、酔っ払った教師たちのどよめきが一際大きく響いた。
「ちょっと低めの甘い声で・・」
「何だよ、ハスキーなのかよいろっぺぇっ!」
「白い肌がうっすらピンク色になるのがたまんねぇの」
何言ってんの。
先生の鼻にかかった泣き声と、日に焼けた健康的な肌がしっとり指に吸い付いてくるほうがたまんないよ。
「素顔がまた綺麗で・・」
「スッピンまで綺麗とか奇跡じゃねぇか」
「俺の彼女なんてスッピンになったら誰だかわかんねぇぞ」
素顔って何よ。
確かに見惚れてたのは知ってるけれど、こんなところで言われたら照れるじゃない。
あー、ほんっとに酒が旨い。
「髪も睫毛も銀色でキラキラしてるし、寝起きのあれはもう間違いなく武器だ」
「ん?」
「え?」
「あんな顔が間近に来たら、拒めるわけねぇだろ」
「おい・・・」
「ちょっとまて・・」
あらら。
バレちゃうけどいいの? なんて、好都合。
恐る恐る振り返るアカデミー教師たちに、頬杖尽きながら直接口をつけたお銚子を傾けた。
「あっちのテクだってよぉ、千の技をコピーしたって二つ名も伊達じゃねぇよな。毎晩挑まれては気持ちよくってわけわかんなくなるし、好きですイルカ先生なんて耳元で囁かれてもう俺どうしたら良いのか・・・」
「お、おいっ! イルカっ!!」
「そうなんだよっ! 惚れたほうが負けなんて言うけど、最初から負けてんだっ! あんな完璧な人に迫られて、拒めるやつなんていねぇっ!!」
フンスッ! 鼻孔を膨らませて言い切ったイルカが、今更気づいたように上座を振り返った。
トロンとした潤んだ瞳。真っ赤に熟れた頬がつやつやしてむしゃぶりつきたいぐらいだ。
そんな緩んだ顔が、カカシを見つけてふにゃんと崩れた。
「あーっ、カカシせんせぇ」
小首を傾げて手を振る姿が可愛くて、参ったとばかりに机に頭を打ち付けた。
バタンッ! 派手な音をたてて机に伏したカカシに驚いたのだろう。
「おいっ!! カカシッ!?」
「カカッさん?」
「あら? 大丈夫なの?」
「・・・あーもう、何ていうか・・・」
「なんだーーッ!! カカシィっ!! もうっ、降参かーー・・・・・」
ガハハと笑うガイが、俺の勝ちだーーっ!! と叫んで畳に沈む姿も目に入らない。
だって。
酒に霞む視界の中、慌てたイルカが千鳥足でこちらに向かってくるのが目に入る。
怒った顔も、笑った顔も泣き顔も。
勿論閨での蕩けた顔も愛しくてたまらなくて。
「・・・幸せすぎて死にそう」
「惚気てんじゃねぇぞ、この酔っぱらい」
皮肉るアスマの声なんてもう耳に入らない。
惚れたほうが負けだって?
オレの方こそ完敗だよ、イルカせんせ。
味見とばかりに少しだけ含むと、口の中に花の薫りのような芳香が広がっていく。
大衆居酒屋と言えど良い物を仕入れているらしい。
香りも良く、喉越しもキリリとして爽やかだ。
机の並べられた料理はどれも美しく盛り付けられ、小鉢でさえも手が込んでいて上手かった。
「ふむ・・思ったよりいい店じゃない」
「なんだ? カカシィ~」
ポツリと呟いた言葉に自称ライバルがビールジョッキに口をつけながら振り返った。
酔いが回っているのか、直視するのもはばかられるほど濃い眉は垂れ下がり、その頬は既に赤く染まっている。
「ガイ・・。お前は見かけによらず弱いんだからあんま呑むんじゃないよ」
明日どうにかなっても知らないよ。とは、心ばかりの忠告だ。
だけどトロンとした眦に緩んだ口元を確認し、そんな忠告は無駄だと諦める。
「何を言うかッ!! 二日酔いなど気合でなんとかなるっ!」
「はいはい。本当に知らないからね」
「心配無用!今日という今日はとことん勝負しようじゃないかッ! 我がライヴァルよ!」
乾杯と出された杯を打ち鳴らし、一気に煽った。
面倒くさいが、この状態のガイが引いてくれないことなど経験上嫌というほど知っている。
こうなってしまったら早々に酔い潰して寝かしてしまうに限ると、たて続けに酒を煽る。
「ぬ・・やるな・・」
「もうヘロヘロじゃない。オレが来るまでにどれだけ呑んだのよ」
「まだ三杯ほどっすかね?」
「は?」
向かいに座るゲンマが両隣にくノ一を侍らせながら苦笑する。
基本女性に対して人当たりのいい男は、見た目の良さに比例してくノ一からの評判も良かった。
「三杯? また弱くなったんじゃないの?」
「空きっ腹に呑ませたもんで」
「・・・・」
「カカシ! これで終わりではないだろうっ!!」
「はいはい」
思いっきり肩を組まれ、酒臭い息を吐きかけられてうんざりとする。
こんな暑苦しい男に絡まれるために、今日の宴会に参加したわけではないのだ。
ざわつく宴会場をぐるりと見渡して、目当ての人物を見つけたカカシは素知らぬふりで耳を澄ます。
同じ会場に居るとは言え、愛しい人は少し離れた下座で教師仲間と酒を酌み交わしていた。
楽しそうだな。
和気あいあいと騒ぎながら談笑する様子に、少しだけ寂しさを覚えてまた杯を重ねる。
それに比べて。
自分のまわりを取り囲むむさ苦しい連中の姿に、自然とため息が漏れた。
アカデミー教師と上忍師の懇親会。
受け持ちが決まった上忍師と親睦を深めるために開かれたこの宴会は、無礼講だと言いつつも完全に階級で別けられている。
せっかくイルカ先生と飲めると思って参加したのに、コレじゃ全く意味がないじゃない。
ため息混じりに机に盃をおけば、待ってましたとばかりに机の上に酒が並べられた。
「まだまだ・・っ、俺はやれるぞっ」
「ちょっと、鼻息かけないでよ」
「なにをいうかっ!! だいたいお前はいつもいつもスカした顔をしおってっ!!」
「そうよ。今日ぐらい相手してあげても良いんじゃない?」
「紅、おまえね」
「なんならあたしも参戦してもかまわないけど?」
「・・それは勘弁して」
木の葉の酒豪の名をほしいままにしているくノ一まで相手にするのは本気で手に余る。
しかも紅はガイと違ってこと酒にかけては一筋縄ではいかないのだ。
「なによ、つまんない男」
「なんとでも言ってちょうだい」
一升瓶を小脇に抱えた女の相手など御免こうむる。
確かに顔も身体も一級品の美女だとは思うが、はっきり言ってカカシのタイプではない。
大体こんな酒癖の悪い女のどこが良いのか聞きたいぐらいだと隣に視線をやれば、タバコを咥えた大男の唇がニヤリと歪められた。
「ま、酔いつぶれたら連れて帰るからよ」
面倒クセェが口癖の男だが、その本質は逆だ。
しかも惚れた弱みからか、ことさらアスマは紅に寛容だった。
「ほんっと趣味悪い」
「オメェほどじゃねぇ」
互いに悪態をつき、ククッと笑う。
当初の目的とは違ってしまったが、こうして昔なじみと呑むのも久しぶりだ。
気のおけない仲間と楽しむのも悪くない。今日はとことん呑むかと思った時。
「本当かよ、イルカっ!」
思わず耳に飛び込んできた恋人の名前に、ピクリと身体が反応した。
どっと湧き上がった歓声に視線をやれば、愛しい人は教師仲間に囲まれて何やら囃し立てられている。
けして酒に弱くはないイルカだが、酔わないわけではない。
同僚に勧められるままに呑んだのだろう。いつもは意思の強さを思わせる黒い瞳は潤み、ぽってりした唇は酒に濡れてなんとも肉感的だ。
あんな艶っぽい姿、たとえイルカの同僚にだって見せたくはないのに。
なんとも面白くない気分でカカシは杯の中の酒を舐めた。
「とうとうお前にも決まったヒトが出来たなんてなー」
「なんで今まで黙ってたんだよ、みずくせぇ」
「べつに黙ってたわけじゃねぇよ。ふれ回ることでもねぇし」
ボソリと呟いたイルカに、同僚たちが色めき立った。
付き合い始めたのは部下の中忍試験時の言い争いの後だ。
納得いかない顔で謝罪にやってきたイルカに、ムキになったのはあなたが気になっていたからだと伝えれば、一瞬だけ驚いた顔をしたあと真っ赤になった。
慌てふためいて狼狽えたあの時の顔は、今でも忘れられない。
ああいうトコロ、本当に純粋で可愛いよねぇ。
それからなし崩しに口説き落とし、今じゃ押しも押されもせぬ恋人の座に居座ったというわけだ。
「何だそりゃ。カノジョが出来たらもう上から目線か、この野郎っ」
「そうだぞっ!! このままお前が一生独り身かとどれだけ俺らが心を痛めていたか知らねーだろっ!
「独り身ってなんだよ・・ってそれにカノ・・」
「あーもうっ、ごちゃごちゃ言うな! 今日はとことん呑んで聞かせろっ!!」
訂正しようとするイルカの語尾を遮って、空になったグラスに並々と酒を注ぐ。
さぁ呑めと勧められれば断るはずもないイルカが、旨そうに透き通った液体を喉の奥に流し込んだ。
「んで、どんな子なんだよ」
「あん?」
「お前のカノジョ。俺らに隠してるぐらいだから、可愛いんだろ?」
興味津々。身を乗り出すように尋ねる同僚に、トロンとした瞳が思い出すように空をさまよう。
「うーん・・。可愛いって言うよりキレイ系かな」
「キレイ系なのかよっ!」
「まぁな。優しくて、肌が透けるみたいに白くて・・」
「おいおい、色白美人なんて羨ましすぎるぜ」
「アカデミーと家の往復しかない俺らにそんな出会いあるか!? どこでそんな美女を見つけてきたんだよっ!」
火影様の紹介だなっ!! 依怙贔屓反対っ!
囃し立てる同僚たちに、鼻の頭を掻いたまま困ったようなイルカスマイル。
最初の顔合わせは火影室だったろうか? ナルトの担当になると決まった時、三代目に引き合わされた事を思いだす。
しかし、依怙贔屓とは三代目の耳に入ったらどうなっても知らないよ、と。大声で戯言を喚く教師たちの姿に笑いをこらえた。
「あと、上忍なのに全然驕ったところがなくてよ」
「上忍なのかよっ!!」
「それって格差恋愛ってやつじゃねーかっ!! 大丈夫かよ、イルカァっ!!」
「そういうの、あのひと気にしねぇんだ。すげー穏やかで声を荒げることもほとんどねぇし。性格もめちゃくちゃ良くて、俺には勿体ねぇぐらいのヒトなんだよ」
「くぁーーっ!! 羨ましすぎるっ!」
「もっと詳しく話せよ」
同僚たちの喧騒もどこ吹く風で、勧められるままに酒を飲み干すイルカがぽやんとしたまま口を開いた。
「詳しく・・? んーそうだな。料理上手なくせに俺が適当に作った料理も「美味しいですイルカ先生」って喜んで食ってくれたり」
「手料理っ!!! いいなーっ! ってそれよかお前も料理作ってんのかよっ!!」
「今流行りのスパダリ気取りかっ」
「一楽常連のお前が一体どうしちまったんだっ!!!
当然でしょ。
ラーメンばかり食べさせるわけないじゃない。
付き合ったその日の内に、栄養バランスを考えて半ば強制的に食生活全般の改善を申し出た。
だけどイルカの楽しみのために、棚に詰め込んだカップラーメンには片目を瞑ってやる寛容さだって持ち合わせている。
「じゃあ、じゃあよぉ・・」
声を潜めて顔を寄せ合った中忍の姿に、ピクリと眉が跳ね上がる。
想像するに、宴席ではお決まりのシモの話でもしているのだろうが、当然ながらその辺も胸を張れる自信はある。
カカシの想像通り、何やらヒソヒソ言い合っていた下座で、おぉぉっ!! っと感嘆の声が上がるのを当然でしょと鼻息荒く見守った。
「よぉ・・カカシ・・」
「んー?」
「お前がザルなのはしってるけどよ」
「だね」
くいっと盃を傾けながら、もう何杯目になったかわからない酒を飲み干した。
背中にしなだれかかってくるガイも、ヘロヘロながらも「まだまだやれるぞぉぉ~」と、負けずに満たした酒に口をつける。
「何を肴に呑んでいるのかしらねぇが、流石に飲み過ぎじゃねぇか?」
「そう?」
これぐらいいつものことでしょ。
柄にもなく心配しているのかと隣を見やれば、呆れ顔の髭面がぐにゃりと歪んで見える。
おかしいな。コレぐらいじゃ酔わないはずなのにとの思いが脳裏をよぎったのは一瞬のこと。
酒で霞む視線の先、酔っ払った教師たちのどよめきが一際大きく響いた。
「ちょっと低めの甘い声で・・」
「何だよ、ハスキーなのかよいろっぺぇっ!」
「白い肌がうっすらピンク色になるのがたまんねぇの」
何言ってんの。
先生の鼻にかかった泣き声と、日に焼けた健康的な肌がしっとり指に吸い付いてくるほうがたまんないよ。
「素顔がまた綺麗で・・」
「スッピンまで綺麗とか奇跡じゃねぇか」
「俺の彼女なんてスッピンになったら誰だかわかんねぇぞ」
素顔って何よ。
確かに見惚れてたのは知ってるけれど、こんなところで言われたら照れるじゃない。
あー、ほんっとに酒が旨い。
「髪も睫毛も銀色でキラキラしてるし、寝起きのあれはもう間違いなく武器だ」
「ん?」
「え?」
「あんな顔が間近に来たら、拒めるわけねぇだろ」
「おい・・・」
「ちょっとまて・・」
あらら。
バレちゃうけどいいの? なんて、好都合。
恐る恐る振り返るアカデミー教師たちに、頬杖尽きながら直接口をつけたお銚子を傾けた。
「あっちのテクだってよぉ、千の技をコピーしたって二つ名も伊達じゃねぇよな。毎晩挑まれては気持ちよくってわけわかんなくなるし、好きですイルカ先生なんて耳元で囁かれてもう俺どうしたら良いのか・・・」
「お、おいっ! イルカっ!!」
「そうなんだよっ! 惚れたほうが負けなんて言うけど、最初から負けてんだっ! あんな完璧な人に迫られて、拒めるやつなんていねぇっ!!」
フンスッ! 鼻孔を膨らませて言い切ったイルカが、今更気づいたように上座を振り返った。
トロンとした潤んだ瞳。真っ赤に熟れた頬がつやつやしてむしゃぶりつきたいぐらいだ。
そんな緩んだ顔が、カカシを見つけてふにゃんと崩れた。
「あーっ、カカシせんせぇ」
小首を傾げて手を振る姿が可愛くて、参ったとばかりに机に頭を打ち付けた。
バタンッ! 派手な音をたてて机に伏したカカシに驚いたのだろう。
「おいっ!! カカシッ!?」
「カカッさん?」
「あら? 大丈夫なの?」
「・・・あーもう、何ていうか・・・」
「なんだーーッ!! カカシィっ!! もうっ、降参かーー・・・・・」
ガハハと笑うガイが、俺の勝ちだーーっ!! と叫んで畳に沈む姿も目に入らない。
だって。
酒に霞む視界の中、慌てたイルカが千鳥足でこちらに向かってくるのが目に入る。
怒った顔も、笑った顔も泣き顔も。
勿論閨での蕩けた顔も愛しくてたまらなくて。
「・・・幸せすぎて死にそう」
「惚気てんじゃねぇぞ、この酔っぱらい」
皮肉るアスマの声なんてもう耳に入らない。
惚れたほうが負けだって?
オレの方こそ完敗だよ、イルカせんせ。
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