ひょっこりと顔を出した茂みの中、俺は眼光鋭くまわりを伺い再び潜り込んだ。
腰ほどまである草木をかき分け、目指すは火影岩からも見える大きな樹木。
その下に、あの男が居る。
ガサガサと音を立てながら進んでは顔を覗かせ、ぐっすりと眠っている様子にニンマリとする。
この間はあと少しのところで逃げられてしまったから、今回は慎重にしなくては、と。潜めた草の間から伸び上がるように顔を出し、木陰の下でもキラキラと光る銀色を凝視した。
しめしめ。今日はまだ気づかれていないようだ。
再び草むらの中に潜り込み、目的目指して前進を始めた瞬間。
「何やってんの?」
呆れた声とともに聞こえた大きな欠伸。
まさかと伸ばした首の先、頬杖つきながらニヤつく男に思わず頬が膨れてしまう。
「気づいてたのか?」
「気づかないわけ無いでしょ、オレを誰だと思ってんの」
「誰って・・教えてくんねぇじゃん」
「ふふっ」
唇を尖らせたまま、今度は隠れもせず堂々と樹の下まで近づくと、どかりと男の前に腰を下ろした。
実力差があるのなんて知ってる。
だって俺はまだアカデミー生で、多分この男は・・・下忍・・かな?
多分年齢的にそうなのだろうと決めつけて、余裕の表情を浮かべる男に向かって鼻息を荒くした。
俺だってもうすぐアカデミーを卒業する。そうしたら一緒だからな。
今に見てろと言おうとした瞬間、チクリと何か腹に刺さった感触に飛び上がった。
「わっ・・いっ・・!!」
「今日のオヤツはなに?」
スンっと鼻をヒクつかせる男に腰回りを撫でられて、驚きと衝撃で後ろに倒れこむ。
里では見かけない忍服は、指先が鉤爪になっていて刺さると痛いのだ。
「ほら、隠してないでさっさと出しな」
「いてぇ・・って、ヤメロ触んなっ、この馬鹿っ!!」
「馬鹿・・」
飛び出した言葉に一瞬だけぽかんとしたものの、その隻眼が意地悪く歪められた。
「・・・アカデミー生のくせに上官に向かって生意気な」
不敬罪で営倉入にしてやるっ! なんて物騒なことを言いながらも、その手はもう何かを探す動きでなくて身体中を擽るものに変わっている。
「ギャーッ!! ま、まってっ・・・!!」
「待たないよ。ほーら、早く出しな」
「・・アハハッ・・くすぐってぇ・・って!!」
もんどり打って転がった草の上、のしかかる男に向かって手を伸ばした。
透けるように白い肌と、陽の光を浴びてキラキラと光る髪。
口元は布で覆われているけれど、顔を縦に走る傷痕は薄いピンク色に染まって盛り上がっている。
「―――・・俺と一緒だ」
「なに?」
「傷っ!!」
縦と横。
場所こそ違えと、同じ傷痕だ。
何故かそんなことで親近感を覚えて、俺は得意気に鼻の上を指先で撫でながら呟いた。
初めて会った時から、どうしてこんなに気になるんだろうと。
ずっと不思議だった事が、ストンと胸に落ちた気がした。
それにしても。
「女みたいなキレーな顔なのになっ」
「・・はぁ?」
不審そうに眉を寄せる男の傷痕に指先で触れる。
爪の先に少しだけ引っかかる引攣れを撫ぜて、口元を覆っている布に手をかけた。
「・・・下ろしていい?」
「だーめ」
「ケチ」
「見たら呪われちゃうよ」
「・・・嘘・・ッ!!」
その言葉に、今まさに下ろそうとしていた指先を慌てて引っ込めた。ついでに瞼もギュッと瞑る。
「ハハッ」
途端に聞こえてきた笑い声にこっそりと薄眼を開けると、口布を下ろした男が薄い唇を歪めて笑っていた。
「ーーー・・・ッ!」
見た。
見てしまった・・・っ! 俺は呪われちまうのか・・っ。
ガーンという音が頭のなかで鳴り響く俺の前で、男の左眼がゆっくりと開く。
その異形とも見える虹彩に言葉を失って。
「・・・・」
パクパクと口を開け閉めする姿に鼻を鳴らした男は、おもむろに俺の上着を捲り上げた。
「ギャッ! なにすんだっ!!」
「アカデミー生のくせに鎖帷子なんか着ちゃって、ほんと生意気」
ザラリと撫でる感触にくすぐったくて悲鳴が漏れる。
時折刺す鉤爪が、皮膚の柔らかい場所を突くのをやめさせるべく手を伸ばすと、あっさりと両手を纏めて草の上に縫い付けられた。
「離せバカっ!!」
「まったく最近のアカデミー生は躾もなってないねぇ」
両足をバタつかせて暴れてもビクともしない男に暴言を吐けば、余裕の表情を浮かべた男の鉤爪が楽しげに鎖帷子の上を何度も撫でる。
ツンと尖った胸の上、偶然を装ってるけどそれ態とだろっ!!
敏感な場所を幾度も不用意に突かれて、ゾクリと疼く身体の異変に混乱した。
「ヤダッ!! ヤメロって―――・・ッ!!」
不意にこみ上げてきた恐怖に大声を上げた。
驚いたように俺の顔をみた男の前で、ふえぇと情けない声が漏れる。
何が何だかわからないけど怖い。何度も弄られた胸はヒリヒリしてむず痒いし、それより何より拘束されたままの両手が更に恐怖を煽る。
「・・・何泣いてんの」
「泣いてねぇ」
グスンと鼻を鳴らせば、呆れたような顔をした男があっさりと両手の拘束を解いた。
「泣き虫」
「だから泣いてねぇってっ!」
「強がっちゃって」
笑いながら、むぎゅっと鼻の先をつままれる。
心外だ。ちょっとビックリしただけで、俺はけして泣いたりなんてしていないぞ。
そうやってうんうんと頷いていれば、コロリと身体をひっくり返されて、後ろの鞄を漁られる。
「わっ!!」
「みーつけた」
あっという間に奪われたのは本日のオヤツである握り飯。
草の上を転がったせいで、残念なことにぺたんこに潰れて中身の鮭が外に飛び出てしまっている。
「いただきます」
「あっ・・俺の・・!」
あーんと口の中に放り込まれた握り飯を恨めしげに見やれば、男が自らの鞄から小さな包み紙を取り出した。
「かえっこね」
それは。
男の瞳のように赤くて丸い綺麗な飴玉で。
口の中に頬張ると、ほんのり甘いイチゴの味がした。
「あまい」
じんわり染みこむ甘さに顔を綻ばせると、クスリと隣で笑う気配。
見上げた男の優しい顔に、ついつい眼を奪われた。
「・・・でも、俺の握り飯のが旨いんだからな」
「だね。オレも甘いのは苦手」
思わず見惚れたのが悔しくてそう嘯く。くくくと押し殺した笑い声を漏らした男から、もう一つと飴玉を握らされた。
「・・ありがと」
「ん」
明日のオヤツにしようと掌に握り込めば、隣で男が立ち上がる気配がする。
見上げた上空に旋回する白い鳥は、多分伝令の式なのだろう。
「行くの?」
「まーね」
「つまんねぇの」
「アカデミー生と違ってオレは忙しいの」
「・・・・」
その言葉に、ゴロリと口の中で飴玉を転がしてうつむいた。
いままで甘かったイチゴの味が、急に酸っぱいものに変わった気がして、小さくなった飴玉を舌の上に置き去りにする。
なんだろう。
無性に寂しい気持ちになるのに、それを言い出せなくてもどかしい。
そんな俺の頭をくしゃりと撫ぜた男が、獣の面で顔を覆いながらそういえばと口を開く。
「・・・・?」
「あの話、ホントだから」
「なにが?」
「オレの顔をみたヤツは、呪われるって言うの」
「え・・!?」
だから気をつけてと言い放ち、ザーッと血の気が下がった俺に背を向けて、男は空に向かって一気に跳躍した。
「な、な、な・・・っ!!!」
ヨロヨロと草むらにうずくまり、丸い瞳を大きく開いてまわりを見渡した。
なんて言った、あの男!? 呪われる・・?
仮面を付ける前、瞳だけでニヤリと笑った男の顔が頭をよぎる。
そう言えば、左眼だけが何かの呪印のようだったと思い出した。俺は知らない間に何か変な呪いを受けていたのだとしたら――?
「・・ど、どうしようっ」
狼狽えて草の上を這いまわり、助けてくださいと半泣きになって飛び込んだ火影室。
医療忍をも巻き込んだ大騒動のすえ、大丈夫だと説得されてもまだ信じられなかった。
翌日何事も無かったことに安堵して。
鞄の中で見つけた飴玉の包を忌々しい思いで開いてみれば、そこには「嘘だーよ」の言葉とともにへのへのもへじの小さな落書き。
・・・あの野郎。
絶対許さねぇ。
今度会ったら覚えていろよ、と。ワナワナと震える手で、イルカはグシャリと包み紙を握りしめた。
これが、長きに渡る二人のお付き合いの最初の一コマである。
腰ほどまである草木をかき分け、目指すは火影岩からも見える大きな樹木。
その下に、あの男が居る。
ガサガサと音を立てながら進んでは顔を覗かせ、ぐっすりと眠っている様子にニンマリとする。
この間はあと少しのところで逃げられてしまったから、今回は慎重にしなくては、と。潜めた草の間から伸び上がるように顔を出し、木陰の下でもキラキラと光る銀色を凝視した。
しめしめ。今日はまだ気づかれていないようだ。
再び草むらの中に潜り込み、目的目指して前進を始めた瞬間。
「何やってんの?」
呆れた声とともに聞こえた大きな欠伸。
まさかと伸ばした首の先、頬杖つきながらニヤつく男に思わず頬が膨れてしまう。
「気づいてたのか?」
「気づかないわけ無いでしょ、オレを誰だと思ってんの」
「誰って・・教えてくんねぇじゃん」
「ふふっ」
唇を尖らせたまま、今度は隠れもせず堂々と樹の下まで近づくと、どかりと男の前に腰を下ろした。
実力差があるのなんて知ってる。
だって俺はまだアカデミー生で、多分この男は・・・下忍・・かな?
多分年齢的にそうなのだろうと決めつけて、余裕の表情を浮かべる男に向かって鼻息を荒くした。
俺だってもうすぐアカデミーを卒業する。そうしたら一緒だからな。
今に見てろと言おうとした瞬間、チクリと何か腹に刺さった感触に飛び上がった。
「わっ・・いっ・・!!」
「今日のオヤツはなに?」
スンっと鼻をヒクつかせる男に腰回りを撫でられて、驚きと衝撃で後ろに倒れこむ。
里では見かけない忍服は、指先が鉤爪になっていて刺さると痛いのだ。
「ほら、隠してないでさっさと出しな」
「いてぇ・・って、ヤメロ触んなっ、この馬鹿っ!!」
「馬鹿・・」
飛び出した言葉に一瞬だけぽかんとしたものの、その隻眼が意地悪く歪められた。
「・・・アカデミー生のくせに上官に向かって生意気な」
不敬罪で営倉入にしてやるっ! なんて物騒なことを言いながらも、その手はもう何かを探す動きでなくて身体中を擽るものに変わっている。
「ギャーッ!! ま、まってっ・・・!!」
「待たないよ。ほーら、早く出しな」
「・・アハハッ・・くすぐってぇ・・って!!」
もんどり打って転がった草の上、のしかかる男に向かって手を伸ばした。
透けるように白い肌と、陽の光を浴びてキラキラと光る髪。
口元は布で覆われているけれど、顔を縦に走る傷痕は薄いピンク色に染まって盛り上がっている。
「―――・・俺と一緒だ」
「なに?」
「傷っ!!」
縦と横。
場所こそ違えと、同じ傷痕だ。
何故かそんなことで親近感を覚えて、俺は得意気に鼻の上を指先で撫でながら呟いた。
初めて会った時から、どうしてこんなに気になるんだろうと。
ずっと不思議だった事が、ストンと胸に落ちた気がした。
それにしても。
「女みたいなキレーな顔なのになっ」
「・・はぁ?」
不審そうに眉を寄せる男の傷痕に指先で触れる。
爪の先に少しだけ引っかかる引攣れを撫ぜて、口元を覆っている布に手をかけた。
「・・・下ろしていい?」
「だーめ」
「ケチ」
「見たら呪われちゃうよ」
「・・・嘘・・ッ!!」
その言葉に、今まさに下ろそうとしていた指先を慌てて引っ込めた。ついでに瞼もギュッと瞑る。
「ハハッ」
途端に聞こえてきた笑い声にこっそりと薄眼を開けると、口布を下ろした男が薄い唇を歪めて笑っていた。
「ーーー・・・ッ!」
見た。
見てしまった・・・っ! 俺は呪われちまうのか・・っ。
ガーンという音が頭のなかで鳴り響く俺の前で、男の左眼がゆっくりと開く。
その異形とも見える虹彩に言葉を失って。
「・・・・」
パクパクと口を開け閉めする姿に鼻を鳴らした男は、おもむろに俺の上着を捲り上げた。
「ギャッ! なにすんだっ!!」
「アカデミー生のくせに鎖帷子なんか着ちゃって、ほんと生意気」
ザラリと撫でる感触にくすぐったくて悲鳴が漏れる。
時折刺す鉤爪が、皮膚の柔らかい場所を突くのをやめさせるべく手を伸ばすと、あっさりと両手を纏めて草の上に縫い付けられた。
「離せバカっ!!」
「まったく最近のアカデミー生は躾もなってないねぇ」
両足をバタつかせて暴れてもビクともしない男に暴言を吐けば、余裕の表情を浮かべた男の鉤爪が楽しげに鎖帷子の上を何度も撫でる。
ツンと尖った胸の上、偶然を装ってるけどそれ態とだろっ!!
敏感な場所を幾度も不用意に突かれて、ゾクリと疼く身体の異変に混乱した。
「ヤダッ!! ヤメロって―――・・ッ!!」
不意にこみ上げてきた恐怖に大声を上げた。
驚いたように俺の顔をみた男の前で、ふえぇと情けない声が漏れる。
何が何だかわからないけど怖い。何度も弄られた胸はヒリヒリしてむず痒いし、それより何より拘束されたままの両手が更に恐怖を煽る。
「・・・何泣いてんの」
「泣いてねぇ」
グスンと鼻を鳴らせば、呆れたような顔をした男があっさりと両手の拘束を解いた。
「泣き虫」
「だから泣いてねぇってっ!」
「強がっちゃって」
笑いながら、むぎゅっと鼻の先をつままれる。
心外だ。ちょっとビックリしただけで、俺はけして泣いたりなんてしていないぞ。
そうやってうんうんと頷いていれば、コロリと身体をひっくり返されて、後ろの鞄を漁られる。
「わっ!!」
「みーつけた」
あっという間に奪われたのは本日のオヤツである握り飯。
草の上を転がったせいで、残念なことにぺたんこに潰れて中身の鮭が外に飛び出てしまっている。
「いただきます」
「あっ・・俺の・・!」
あーんと口の中に放り込まれた握り飯を恨めしげに見やれば、男が自らの鞄から小さな包み紙を取り出した。
「かえっこね」
それは。
男の瞳のように赤くて丸い綺麗な飴玉で。
口の中に頬張ると、ほんのり甘いイチゴの味がした。
「あまい」
じんわり染みこむ甘さに顔を綻ばせると、クスリと隣で笑う気配。
見上げた男の優しい顔に、ついつい眼を奪われた。
「・・・でも、俺の握り飯のが旨いんだからな」
「だね。オレも甘いのは苦手」
思わず見惚れたのが悔しくてそう嘯く。くくくと押し殺した笑い声を漏らした男から、もう一つと飴玉を握らされた。
「・・ありがと」
「ん」
明日のオヤツにしようと掌に握り込めば、隣で男が立ち上がる気配がする。
見上げた上空に旋回する白い鳥は、多分伝令の式なのだろう。
「行くの?」
「まーね」
「つまんねぇの」
「アカデミー生と違ってオレは忙しいの」
「・・・・」
その言葉に、ゴロリと口の中で飴玉を転がしてうつむいた。
いままで甘かったイチゴの味が、急に酸っぱいものに変わった気がして、小さくなった飴玉を舌の上に置き去りにする。
なんだろう。
無性に寂しい気持ちになるのに、それを言い出せなくてもどかしい。
そんな俺の頭をくしゃりと撫ぜた男が、獣の面で顔を覆いながらそういえばと口を開く。
「・・・・?」
「あの話、ホントだから」
「なにが?」
「オレの顔をみたヤツは、呪われるって言うの」
「え・・!?」
だから気をつけてと言い放ち、ザーッと血の気が下がった俺に背を向けて、男は空に向かって一気に跳躍した。
「な、な、な・・・っ!!!」
ヨロヨロと草むらにうずくまり、丸い瞳を大きく開いてまわりを見渡した。
なんて言った、あの男!? 呪われる・・?
仮面を付ける前、瞳だけでニヤリと笑った男の顔が頭をよぎる。
そう言えば、左眼だけが何かの呪印のようだったと思い出した。俺は知らない間に何か変な呪いを受けていたのだとしたら――?
「・・ど、どうしようっ」
狼狽えて草の上を這いまわり、助けてくださいと半泣きになって飛び込んだ火影室。
医療忍をも巻き込んだ大騒動のすえ、大丈夫だと説得されてもまだ信じられなかった。
翌日何事も無かったことに安堵して。
鞄の中で見つけた飴玉の包を忌々しい思いで開いてみれば、そこには「嘘だーよ」の言葉とともにへのへのもへじの小さな落書き。
・・・あの野郎。
絶対許さねぇ。
今度会ったら覚えていろよ、と。ワナワナと震える手で、イルカはグシャリと包み紙を握りしめた。
これが、長きに渡る二人のお付き合いの最初の一コマである。
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