「いや~、奇跡みたいな出逢いでねぇ」
「そうなんですか?」
「んー・・、ナルトが居なかったら多分会話もすることなかったっていうか」
「あぁ、なるほど」
「そういった意味ではナルトには感謝してるの」
「でもその時はまだ顔見知り程度だったんですよね?」
「まぁね、まさかあの時はこんな関係になるなんて思いもしないっていうか・・ねぇ」

チロンとこちらをみやる視線に素知らぬふりを決め込んだ。
暗部待機所。ペラペラと獣面相手にご機嫌で話をしているのは、当代の火影であるはたけカカシである。
勿論ここはカカシの古巣であり、暗殺戦術特殊部隊は火影直轄の部隊なのだから、彼がここにいるのは何らおかしいことではない。
しかしだ。
ちょいとお茶でも飲みにきましたよってな体でフラリと現れて、はや小一時間。
クソ忙しい暗部を茶飲み友達に、のんびりとしたもんである。
そもそもあなただってヒマではないでしょうと、今まさに六代目火影を探して里中を駆けずり回っているだろう補佐官達の姿を思い浮かべてヤマトは申し訳なく思った。

「普段はキリッとしたあの人が、二人きりの時はなんというかこう」
「・・・・・」

思い出してでも居るのだろう。ぽややんと頬を染めた(実際は口布で隠れているのだが)火影に、まわりを取り囲んだ暗部の面々が遠慮がちに頷く。
空気を読んでくださいよ、センパイ。
かつての仲間たちが思い切り引いているのが手に取るようにわかる状況に、口を挟むべきか思い悩みつつカカシの機嫌を損ねる真似はすまいとそのまま放置する。
確かに、カカシの伴侶というべき人であるイルカは可愛い。
可愛いというと語弊があるのかもしれないが、普段はアカデミーにて強く温かい笑顔で子供たちを指導し、受付では有能な事務方として任務の割り振りに采配を振るう。さらにくたびれて帰ってきた外勤の仲間たちへのフォローも欠かさない。そして、そんな彼の裏表ない笑顔に癒やされるという忍びは多いのだ。
多種多様な仕事をそつなく熟すイルカだが、些細なことで赤くなる表情やお色気の術を食らって鼻血を出したりする初心さ、子供たちの成長についついホロリと涙するところなど、そんなところが普段の姿とのギャップでなんだか可愛らしく映るのだ。
カカシとの腐れ縁のおかげで、そんな彼をずっと見てきたのだから間違いない。
だけど、だ。
それをこんな所まで来て惚気けるなどどうかしていると、ヘラヘラ笑いながら語るカカシの姿に頭が痛い。

「火影になってあの人にも寂しい思いをさせたけど・・」
「あ、でも最近はちょくちょく帰れるようになったんですよね?」
「ん~? まぁ、里の情勢も落ち着いてきたしね」

火影屋敷に住むことを頑なに拒否されて、しょげ返っていた姿を思い出す。
別居生活が堪えたのはカカシの方で、それを打破すべく千万無量もの案件を烈火の勢いで片付けていく姿はまさに鬼神のようだった。
だけどそれはイルカさんの思惑通りって気もするけれど。
もともと文武両道で事務方としても有能なカカシだ。イルカと共に暮らすためという人参をぶら下げれば何はともあれ奮起するに決まっている。
カカシはその類まれなる頭脳を活かし、山積みになった大戦の残務処理(綱手の借金も含む)をあっという間に片付けると、里の復興に着手した。事実、やる気になったカカシの手腕のおかげで壊滅状態だった木の葉の里はものの数年で見事に復興と反映を遂げたのだから恐れ入る。
まぁ、その一端は彼の息子であるサクヤにも割り振られたわけだが。
チラリ。皆がカカシを囲むなか、一人離れたところに座ってコップに口をつけているサクヤを見やる。
只今絶賛反抗期というヤツらしい。知らぬ顔をしているが、聞き耳を立てている姿がまだまだ子供っぽくてヤマトは駄目だと思いながらもつい口の端をゆるめた。

「オレとしては、はやくナルトに譲って後はイルカ先生とのんびり暮らしたいよ」
「それは少し性急すぎるのでは? まだ他里の治世は安定してませんし、各里との条約も盤石とは言いがたいかと・・」
「そう? まぁ、補佐官にシカマルつけときゃ安心でしょ」
「しかし・・」

あの子は賢いしねぇ。なんて冗談のように言っているが、カカシがかなり本気だということは全員が知っている。

「六代目は、引退されたらどうされるおつもりですか?」
「馬鹿っ! 後見人として七代目のサポートをされるに決まってるだろっ」
「え? でも」
「んー・・そうねぇ・・」

スラリと伸びた足を組み替えて、考えこむように指先で顎を撫ぜたカカシがいいことを思いついたとばかりに眼を細めた。

「温泉巡りなんていいよね」
「温泉ですか?」
「そっ。イルカ先生温泉好きだし。あの人もずっと忙しくしてたから、のんびり一月くらい骨休めに連れて行ってあげようかな」
「そ・・それは、きっとうみの中忍も喜ばれますね」
「でしょ。美味しいご飯も食べさせてあげたいし・・放っておいたらあの人ラーメンばっかり食べてるんだから」

そうと決まればもう頭のなかでは各国の有名旅館や世界中の名湯を探し始めているに決まっている。
心ここにあらずとばかりにソワソワしだした火影に、暗部の面々も何故か浮き足立っている。

「そういや土の国には岩盤浴という物もあるらしいですよ」
「フム」
「砂の国には砂蒸しが」
「いいね」

二人で温泉に入っている姿を思い描いてでもいるのだろうか? ニコニコしながら相槌をうつカカシが、うっとりとした表情で呟いた。

「寂しい思いもさせたし、そろそろ二人目も欲しいしねぇ」

ぶはっ!!!
遠くでお茶を啜りながら聞き耳をたてていたサクヤが、盛大に噴き出した。
気管支にお茶が入ったのだろう、ゴホゴホと咳き込みながらも鬼の形相でこちらへやってくると、障らぬ神に祟り無しとばかりにまわりを囲んでいた暗部達が音も立てずにその場からいなくなる。

「と、と、とうさ・・・あんたなっ!!」
「サクヤ。火影様に失礼だよ」
「ぐっ・・―――・ほ、かげ・・さまっ!」
「ん~、なぁに?」
「こんなところでそんな事言ったらっ、・・か、母さんが可哀想だろっ!!」
「可哀想?」

サクヤの言うことも一理ある。里の重要機密に指定されているとはいえ、サクヤがカカシとイルカの子であることは周知の事実で、カカシの二人目発言はまさにそういうことである。

「少しは母さんの立場も考えて・・」
「考えてるけど」
「考えてないっ」

ねぇ? と、こちらに振られても困る。
瓜二つの顔からの同意を求める眼差しに、ヤマトはあくまでも無表情を貫いて曖昧に頷いた。

「ほらっ! 隊長だってそう言ってるだろっ」
「テンゾウがオレの意見に異を唱える理由無いでしょ」

親子喧嘩の引き合いに出さないでほしい。とは、言い出せないところが悲しい。
喧嘩するほど仲がいいとはいうけれど、このままではまた暗部棟ごと破壊されそうな勢いだ。

「母さんは俺が温泉でもどこでも連れてくから、父さんは黙って仕事してろってのっ」
「なに言ってんのよ。暗部が誰の直轄か知らないわけじゃないでしょ。生意気言ってるとまた里外にとばしちゃうよ」
「・・うわっ・・! 権力笠に来て卑怯だぞっ!!」

両者睨み合い、その左手からバチバチと青い火花が飛び散った瞬間。


「「――――・・・・・っ!!!」」


見知った気配に二人同時にピクンっと反応した。
さすが感知タイプと言うべきか、ヤマトでさえ辿れば漸くわかる程度のイルカの気配に苦笑する。
本当に、そんなところまで瓜二つだな。
アカデミーの課外授業なのだろうか? 幼い子供たちの気配に囲まれたそのチャクラはとても安定していて穏やかだ。

「母さ・・」
「だーめ。お前はこれから任務でしょ」
「わっ!!」

暗部棟から飛び出そうとした愛息子の首根っこを素早く捕まえて、呆れたように嗜める。
しかし、執務室から雲隠れしているカカシもそろそろ補佐官たちに捜索隊を出される頃だ。

「先輩、そろそろ・・・」
「ハイハイ」

イルカが近くにいるからだろう。ダラダラと小一時間も長居したにもかかわらず、当然のようにあっさりと腰を上げた。
去り際にチラリと窺った愛息子のふくれっ面に笑いを堪え、後は任せたとばかりに目配せする姿に、カカシがここにきた意味を理解する。

「何だよ自分ばっかりっ」
「ははっ、相変わらずイルカさんにべったりだな」
「だって漸く家に帰ってこれたんだよ。それなのにまた任務任務って」

カカシをそのまま幼くしたような顔は、ぶうぶうと文句を言っていても可愛らしい。
けれどそんな彼がこの特殊部隊の中でもトップクラスの精鋭なのだと知っているのは一握りの忍びだけだ。
だからこそ、幼いながらも長期任務に駆りだされたわけだが・・・。

「仕事に忙殺されるほどお忙しい火影様が、その仕事を放ってまでここで過ごされたわけがわかるかい?」
「・・・ただのサボりでしょ」
「本当にそう思うかい?」
「・・・・・」

問い返せば、暫く思案した後に唇を尖らせる。

「なんだかんだ言っても可愛くて仕方ないそうだよ」
「なんだよ、それ」
「気になってついついこんなところまで足を運んでしまうくらいにね」
「―――・・・・っ!!」

ニンマリ笑えば途端に真っ赤になる顔が、馬鹿じゃないのと小さく呟きながらクルリを背を向けた。
まぁ、それだけじゃないだろうけど。
血を分けた息子にすらイルカをとられるまいと牽制する火影に呆れながら、それはサクヤには言わないでおこう、と。耳まで真っ赤にした幼い後輩の背中を見つめ、ヤマトは唇の端を吊り上げた。
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