「戦闘不能?」
 「そう聞いたんですけど……」
 「あ~、もしかして帰還途中に受け取った依頼かな。他の部隊が強襲を受けて戦闘不能になっていたから、たまたま近くに居た俺の隊がそのまま救援に向かうことになったんです。……それが思ったよりも大変でねぇ」
 ぼやくカカシの顔に疲労の色が濃く残る。
 それもそうかといまだベッドの上に寝そべったカカシを横目に、イルカはゆっくりと立ち上がった。グシャグシャになったシーツはおろか、帰還直後から寝室まで直行したせいで、床まで砂埃で汚れきっている。さっさと掃除しなくてはと思うのに、ベッドに横になったままのカカシがのんびりとあくびをした。
 「やっとのことで帰ってきたと思ったら、先生が襲われているっていうじゃない。俺がどれだけ大慌てで戻ってきたと思っているんですか」
 その割には随分と余裕をかました登場だったような気がするのだが、と言うのは置いておいて、イルカは僅かに眉をしかめた。
 「襲われているって……どうして知っているんですか?」
 「そりゃ、あなたに忍犬つけてますもん」
 「は?」
 「当然でしょ。大事な番を傷つけられるわけにはいきませんから。てかあなた、気づいていなかったんですか」
  はぁ……という呆れかえったため息。
 訓練された忍犬は、中忍クラスの能力を持つともいわれている。ましてやカカシの忍犬ともなれば、その実力はそれ以上。本気で忍ばれてしまえば、気づけと言う方が無理である。
 「鈍くて悪うございましたッ!」
 「そこに反応しないでくださいよ」
 「そこに反応しないで、どこに反応しろって言うんですか」
 「だから、つがい」
 「は」
 「大事な番って言ったでしょ」
 手枕のまま横臥したカカシが口の端を吊り上げる。悔しいけれど、憎らしいほどいい男だ。それが、「大事な番」なんて甘ったるい声でいうものだから、イルカは驚愕にくちをあわあわと動かした。
 「な、な、なんて……」
 「ま、今となっては正真正銘本物の番なわけですけど」
 のそり。起き上がったカカシがガリガリと頭を掻く。色違いの眼でじっと見つめられると、噛まれたうなじの傷がじわりと熱をもった。
 ベッドに座り直したカカシに、こっちに来てと手招きされて、フラフラと足元から誘われる。しなやかで、力強い鋼のような忍の身体。確かめるように指先でたどり、特殊部隊の印が刻まれた腕の上でピタリと止めた。カカシが困ったとでも言わんばかりに苦笑いする。
 「こんな家業ですから、うっかり番にしてあなたを未亡人にするわけにはいかないじゃない」
 「そんなことで」
 「アンタにも拒まれていたし」
 「それは。カカシさんが都合が良いからとか適当なことを言うからじゃないですか」
 「あ〜、言いましたね」
 あっさり認められて次が続かない。
 「そ、それにしたって未亡人ってっ」
 「忍の命なんて安いものでしょ。里に命を捧げて死ねるならともかく、……父のように、任務を遂行できずに自ら命を絶つことだってある」
 僅かに落ちた声のトーンと、歪められた口元、イルカを抱き込んだ腕に力がこめられた。
 「カカシさん……」
 不意に訪れた既視感に、イルカは抱きすくめられたままカカシの銀髪を見やる。
 あぁ、そうだ。
 あれはまだイルカが子供だった頃、豪放磊落を絵に描いたような父が、打ちひしがれ、人目もはばからず……慟哭していた。尊敬していた、次代の火影にと望まれていた、そんな忍が誰にも知られぬまま自ら命を絶ったのだと。声もかけられず立ちすくむイルカを抱き寄せて、嗚咽にまみれながら悔しいと、ただ悔しいと泣く父の感情の波にのまれ、イルカも声をあげて泣いた。
 あれはきっとカカシさんの―――…。
 どうして忘れていたのだろう。
 あの後しばらくして、任務から帰ってきた父が書き留めた手紙の存在を。
 (俺はな、イルカ。誰かに何かを伝えるには言葉で言わなきゃ伝わらねぇと思っていたし、そうしてきたつもりだ。だけど、肝心要のところで言えなかったんだよ。気持ちは伝わらなきゃ意味がねぇんだよ。イルカ、ちゃーんと覚えとけ。そして、お前は間違わないでくれよ)
 所々に汚れの目立つ古びた手紙には、今は亡き父の切実な願いが込められていたのに。
 「……命が安いなんて言うな」
 ぼそりと呟いた言葉に、カカシがゆっくりと顔をあげる。
 「せんせ?」
 「たとえ任務に失敗しても、血反吐吐いて、泥だらけになって這いつくばってでも、ここに戻ってこい。アンタは……、カカシさんだけはそうしなきゃいけないんだ。――――だって、俺が里にいるから」
 あの手紙を父が残した理由。
 カカシがアルファだから、イルカがオメガだから。そんなことをあの豪快を地で行く父は考えてもいなかったのかもしれないけれど。カカシさんが生きて帰る理由に、生き続けなきゃいけない理由になってやるから。
 「俺を未亡人にするわけにはいかないんでしょう」
  不敵に笑うイルカに、カカシが掬い上げるように唇を重ねてきた。強い腕で抱きすくめられ、ぴたりと触れ合った身体から少し速いカカシの鼓動が伝わってくる。大きな手に肌を弄られ、唇を甘噛される。好きですよと囁かれ、イルカも唇を深く重ねあわせて応える。
 『互いの寄る辺とならんことを願う』
 それは、うみのイッカクがカカシに宛てた手紙だったが、厳重な封印が施されており、解術者として息子であるうみのイルカを指定していた。

 (これはお前を守るもの、助けるもの、与えるもの、そして救うもの)

 父はそう言って、幼いイルカのチャクラを混ぜてこの手紙を封印したのだ。
 彼の人の忘れ形見が、同じ道を辿らぬように。
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1頁目

【恋は銀色の翼にのりて】
恋は銀色の翼にのりて
恋の妙薬
とある晴れた日に

【Home Sweet Home】
Home Sweet Home
もう一度あなたと恋を
夜に引き裂かれても

2頁目

【幼馴染】
幼馴染
戦場に舞う花

【白銀の月よ】
白銀の月よ
愛しい緑の木陰よ
それゆけ!湯けむり木の葉会

あなたの愛になりたい

3頁目

【その他】
Beloved One(オメガバース)
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闇を駆け抜ける力(人外)
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