自分がどこで生まれて、どこからやってきたのかは知らない。
気づいた時にはもうそこに存在していて、ただ漠然と自分は誰とも別のモノなのだと理解していたから。
ある日、生まれたての子猫を拾った。
小さくてふわふわで、柔らかい。
捨てられたのか、それとも親を亡くしたのか。たった1匹で鳴いていた子猫は、自分ととても似ているような気がした。
『一緒に暮らそうか』
そう言って拾い上げた仔猫の身体が、とても温かだったことを覚えている。
しなやかで活発だった仔猫は瞬く間に成猫となり、いつしか日々の大半を眠って過ごすようになった。
ある朝ふと気づいてみれば、昨日まで温かだった身体がいつの間にか冷たく硬くなっていた。
揺すっても、声を掛けてもぴくりともしなくなった時、イルカは生き物には寿命というものがあるということをぼんやりと知ったように思う。
周りを見渡してみれば、小さな子供はいつしか大人になり、そして老いて死んでゆく。
ーーーイルカだけがなにも変わらず、いつまでも同じ姿のままだ。
イルカは人々に奇異の眼で見られることを恐れ、旅をしていた。
何年も、何十年も、あるいはもっと。
老いもしない自分のことを知られるのが怖くて、一つの場所に留まることができなかったのだ。
どこを旅しても、イルカはイルカのままで変わることもなく、朽ちることもない。
思い出すもの辛い記憶がある。
どれだけ隠し通していても、目ざとい者はどこにでもいるものだ。
そんな者達にとって、イルカはある意味恐怖と畏怖の対象でしか無い。
「朽ちることがない」イルカは囚えられ、悪魔と罵られて酷い拷問にかけられた。
それは、言葉にするのも辛いとても残酷な行為だった。
傷ついた心を抱きしめたまま、一人ぼっちの旅は続いた。
ある日また猫を拾った。
怪我をして、瀕死の状態の猫にイルカは不死である自分の血を分け与えた。
それはほんの少しだったけれど、イルカの血を与えた猫は、過去に飼った仔猫よりも随分と長く生きた。
そこで一つの仮説に行き当たり、ゾッとしたのだ。
もし、人間にイルカの体液を分け与えたとしたら・・・。
想像すればするほど怖くなった。
この世界の中に、イルカはただの一つの存在だ。
孤独はとても寂しい。
仲間が欲しい。
だけど、もしイルカが誰かとともにと願えば、その人間を自分と同じモノに変えてしまうのだ。
この暗闇の中を手探りで歩くような永遠の孤独を、自分の手で誰かに課してしまうのかもしれない。
そんなことは、絶対にしてはならないーー。
自分を生きる者と同じように老いて朽ちる存在にしてくれと願い、自らを傷つけ、それでも無理だとわかると絶望に涙した。
ーーー彼に会ったのはそんな時だ。
『どうして泣いてるの?』
心配気に声をかけられて、涙で頬を濡らしたままその声の主を見上げた。
みるからに裕福だと伺わせる仕立てのいい服。キラキラと煌く銀髪に縁取られていたのは、人の中でもとても整っていると言われるだろう顔。
少し眠たそうな眼は淀みもなく憂いすら感じられなかった。
初めて出会ったのは確かまだほんの幼い頃だったと思うのに。
いつの間にか青年の姿になっていた彼がイルカの前に膝をついてハンカチを差し出した。
『あなたは全然変わらないね』
『ーーーー・・・ッ!』
その言葉が、みてくれだけの意味ではないと知ったのはその後のことだ。
けれどその時は、またどこか遠くへ行かなければならないと思った。
逃げようとしたイルカの手を捕まえて、冷たいと呟かれた言葉に恐怖した。
知られてしまう。
自分が異端のモノだと、この男に暴かれてしまう。
『はなして・・』
また、あの辛い記憶を思い出した。
人は自らと同じではない生き物を極端に嫌う習性がある。
傷つけ、貶め、二度と立ち上がることが出来ないように、徹底的に排除しようとするのだ。
ありとあらゆる苦痛を伴う拷問の数々が蘇り、心の底からこみ上げる恐怖に立っていられないほど身体が震えて蹲った。
『・・いや・・』
どうして。
ただ少し、あなた達とは違うだけなのに。
どうしてこんな酷いことをするんですか。
助けて。
お願いです。
やめてーーー。
いっそ殺してくれと叫んでも、願いは聞き入れられなかった。
『赦してーーー・・』
頼りなく口から漏れた言葉に、目の前の男はキョトンと首を傾げた。
赦して、赦して、ゆるして。
決して人に害をなさないから。
連れても行かないし、自分と同じものにも変えたりしない。
息を殺して、じっと大人しくしているから。
だから・・。
泣き出すイルカに、目の前の男は少し困った顔をして頭を掻いた。
『許すもなにも・・・悪いことなんてしてないでしょ』
そう言って、手に持ったままのハンカチでイルカの涙を拭った。
『泣かないで』
『ーーー・・・』
優しく髪を撫でる掌から、じんわりと温もりが伝わってくる。
その仕草がまるで慈愛を持って触れられているように感じられて、涙に潤んだ瞳のまま目の前で微笑む青年を見やった。
そうして。
ねぇ、とイルカを呼ぶ青年が、微笑みながら友達になろうと口にした言葉に眼を見開いた。
友達?
うん、友達。
それはどういう・・・?
・・・あなたがいつまでも変われないなら、オレが。
『永遠にあなたの友になってあげる』
ーーー言われている意味が、わからなかった。
木の葉の名門、はたけ家の三代目当主だった彼は、イルカに西の離れにある屋敷を与えてくれた。
その館でイルカは彼と語らい、共に勉学と研究に勤しみ、短いながらも同じ時間を過ごした。
彼は適齢期よりも遅く結婚し、晩年に子供にも恵まれた。
『この子があなたの新しい友だーよ』
彼と同じ銀髪の嬰児を腕に抱きながら、そう言って笑った彼の姿は、もう自分とは全く違ったものになっていたけれど。
その日初めて、彼が言った「永遠の友」という言葉の意味を理解したのだ。
だからね、と。少しくすんだ色になった銀髪から覗く瞳が弧を描く。
『またここに帰っておいで』
優しい声は、あの時ハンカチを差し出した彼と変わらない穏やかなもので。
託された頼りない身体の暖かさに涙した。
それは、三代目がイルカの為だけに用意してくれた居場所だった。
*****
「・・ん・・・・」
ゆっくりと眼を開いて、ぼんやりとしながら見慣れない部屋の高い天井を見つめていた。
カサリとシーツが擦れる音に視線を動かすと、シーツに埋もれた銀髪を見つけて一気に覚醒する。
「あ・・」
震える指先を伸ばし、瞳を閉じたまま眠り続けているカカシの色素の薄い皮膚に触れた。
そっと触れた身体から、じんわりと暖かい体温が感じられることにホッとして、イルカは小さく息を吐きだした。
「・・あったかい」
シーツの上を這うようにカカシに近づき、ぺたりと額をその背中に付ける。
掌、額、そして唇。全てで感じる暖かさに、心が複雑に絡み合ってぐちゃぐちゃになる。
あれほどの体液を交換しても大丈夫だったのだという気持ちと、流されるままにこの男を連れさることができなかった後悔と。
それでも、世の理を侵さなかった安堵のほうが気持ちは勝る。
「冷たいよ」
「えっ」
背中から響く声に驚いて顔を上げた。
振り返るカカシがゆっくりと身体を反転させてこちらを向くのに、反射的に腕を突っぱねた。
「どうしたの」
「いえ・・」
昨夜の事を思い出すと、真正面から顔を見るのが恥ずかしくなる。
とんでもないところにとんでもないものを突っ込まれて。
・・・なんというか、その。いろいろと凄かった。
身じろぎした瞬間に傷んだ下半身に少しだけ眉をしかめると、笑いを含んだカカシの声が間近で聞こえた。
「ん?」
「わっ! 近い・・っ」
「そりゃ一緒に寝てるんだから、近くて当然でしょ」
慌てるイルカを笑いながら抱きしめて、その鼻傷にキスを落とした。
くすぐったさに顔をしかめても、銀髪の髪の美丈夫はただ嬉しげに眼を細めるだけだ。
「あなたの顔」
「え・・?」
「なにもないのも可愛いけど、この傷はあったほうがいいね」
そう言いながらも、唇は顔を横切る引き攣れをゆっくりと辿る。
「でも、これは・・・」
「これが本当のイルカ先生でしょ?」
そう言って眼の前で少し暗い色彩の瞳が弧を描いた。
「このままのほうが、愛嬌がありますよ」
「愛嬌って」
綺麗な顔の男に言われると、なんだかちょっと馬鹿にされたように思わなくもないと、つい頬がふくらんだ。
「ほら、怒った顔も可愛い」
「カカシさんッ」
ぷいっと向けようとした身体を、抱きしめられた。
驚くイルカに構わず強引に腕の中に閉じ込められて、冷たい頬が硬い胸板に触れる。
「・・冷たいね」
ボソリと呟く声に、答える言葉が見つからない。
黙ったままのイルカを気にすることもなく、指先がサラリと髪を撫ぜた。
「あんまりにも寒そうだと、温めてあげなきゃってね・・」
「・・え・・・」
「こんな気持はなんて言うんでしょうねぇ」
「・・・えっと・・不安・・・?」
猫を飼っていた時、固くなり温もりを失っていく身体に不安になった。
カカシもそうなのかと思ったら、頭上で困ったような笑いが漏れた。
「んー・・、ちょっと違います」
腕の力が緩められて、少しだけ空いた隙間から顔をあげると自分を見つめる視線とぶつかって。
途端に脈打つ心臓に胸が苦しくなった。
「・・・俺も、カカシさんにこうされると何だか変な気持ちです」
「そう?」
「ええ。なんというか・・・胸が、ドキドキします」
「ドキドキね」
そう言って笑う顔を見ているだけで更に激しくなる鼓動に、眉をしかめた。
「・・・きっ、昨日も怖かったけど・・、ドキドキして口から何かが出そうでした」
いつもとは別人のようだったカカシの姿を思い出す。
強引に伸し掛かられて愛撫され、誰にも見られたことがない場所まで割り開かれた。
二度目の吐精は互いの性器を擦り合わせた彼の手の中だった。
怖い、助けてと。
何をされてるのかわからないままに口走るイルカの唇に、宥めるようなくちづけが降り注ぐ。
皮膚を這うカカシの指がとても熱くて火傷しそうに思えた。
身体を暴かれる瞬間にみた瞳の色はまるで飢えた獣のようで、思わず魅入ったところを強引に穿かれた。
拒絶の言葉も悲鳴も喘ぎ声すら飲み込まれて、荒い律動と裏腹な優しい声に必死で縋った。
身体の深い場所を濡らされた瞬間、イルカも堪らず吐き出して・・ーーー。
「出たのは口からじゃなくて、下からですけどね」
誂われてムッとした。
一体誰のせいでと視線だけで訴えて、悔し紛れに脇腹をつねる。
「ーーいッ!!」
小さく叫びながらも、カカシの表情は楽しげだ。
「知りません」
「怒った顔も可愛いですよ」
「男に可愛いなんて、褒め言葉にならねぇって」
「良いじゃないですか、少なくともオレは本当にそう思ってるんですから」
自分より断然綺麗な顔を持つ男にそう言われても、信憑性がない。
それでも、懐かしい人を思い出させるその姿は、イルカの胸を高鳴らせる。
頬を撫ぜる手も、醜く引き攣れた傷痕に触れる唇も。
自分を抱きしめてくれる腕さえ、今までイルカが知らなかったものだ。
ドキドキと脈打つ鼓動に戸惑いながらも、そっと自らの指をカカシの頬に伸ばした。
昨日自分が傷つけた目元の引っかき傷を、謝罪するかのように優しく撫ぜる。
「何でしょう、不思議な気持ちです」
「・・・今までそんな気持ちになったことは?」
そう言われて、考えこんだ。
思い出すのは三代目のことばかりだ。
それでもこの気持は何かが少し違う気がした。
「・・・近いような感じは・・・」
「ーーふぅん。それは妬けますね」
「妬ける?」
見上げたイルカの眼に映るカカシは黙って微笑むだけだったけれど、何故だか声色が尖ったように感じられた。
「あぁ、あなたを離したくないな。このままこの屋敷に住んでしまえばいいのに」
部屋ならたくさん余ってるんだからと口にするのに呆れて溜息をつく。
今はまだ、カカシと少しの使用人だけの暮らしかも知れないが、彼の伴侶となる者が次の世代を残すために近い将来この屋敷にやってくるだろう。
そう考えた瞬間、苦い薬を飲んだ時のように口の中が渋くなる。
何だか昏い気持ちに胸が締め付けられて、イルカは唇を引き結んだ。
「ーーー・・・何を、言ってんですか」
「ずっとこうしていたいって言ってるんです」
「ちょっ・・」
「・・・好きですよ、イルカ先生」
・・・たとえあなたが何者ともしれなくても。
腕の中で息を詰めるイルカには、その言葉はけして口にはしない。
「・・・・・」
ギュッと抱きしめられると、少しだけカカシの匂いが強くなった。
速くなる鼓動に戸惑いを覚えながらもその背に腕を回すと、首筋に冷たい唇を押し当てた。
刺激にピクリと反応するカカシの腕が、更に強くイルカを抱きしめる。
何度も好きだと熱っぽく囁かれる言葉に鼓動は逸り胸が締め付けられる。
けれども何も返すことが出来なくて、代わりに情欲の痕を残すように柔らかい皮膚にちゅうっと吸い付いた。
暖かくて、切なくて。
胸が苦しい。
「・・・カカシさん・・」
呼ぶ声に答えるように、耳元にカカシの熱い吐息が掛かる。
それだけで、下肢が切なく疼いた。
気づいた時にはもうそこに存在していて、ただ漠然と自分は誰とも別のモノなのだと理解していたから。
ある日、生まれたての子猫を拾った。
小さくてふわふわで、柔らかい。
捨てられたのか、それとも親を亡くしたのか。たった1匹で鳴いていた子猫は、自分ととても似ているような気がした。
『一緒に暮らそうか』
そう言って拾い上げた仔猫の身体が、とても温かだったことを覚えている。
しなやかで活発だった仔猫は瞬く間に成猫となり、いつしか日々の大半を眠って過ごすようになった。
ある朝ふと気づいてみれば、昨日まで温かだった身体がいつの間にか冷たく硬くなっていた。
揺すっても、声を掛けてもぴくりともしなくなった時、イルカは生き物には寿命というものがあるということをぼんやりと知ったように思う。
周りを見渡してみれば、小さな子供はいつしか大人になり、そして老いて死んでゆく。
ーーーイルカだけがなにも変わらず、いつまでも同じ姿のままだ。
イルカは人々に奇異の眼で見られることを恐れ、旅をしていた。
何年も、何十年も、あるいはもっと。
老いもしない自分のことを知られるのが怖くて、一つの場所に留まることができなかったのだ。
どこを旅しても、イルカはイルカのままで変わることもなく、朽ちることもない。
思い出すもの辛い記憶がある。
どれだけ隠し通していても、目ざとい者はどこにでもいるものだ。
そんな者達にとって、イルカはある意味恐怖と畏怖の対象でしか無い。
「朽ちることがない」イルカは囚えられ、悪魔と罵られて酷い拷問にかけられた。
それは、言葉にするのも辛いとても残酷な行為だった。
傷ついた心を抱きしめたまま、一人ぼっちの旅は続いた。
ある日また猫を拾った。
怪我をして、瀕死の状態の猫にイルカは不死である自分の血を分け与えた。
それはほんの少しだったけれど、イルカの血を与えた猫は、過去に飼った仔猫よりも随分と長く生きた。
そこで一つの仮説に行き当たり、ゾッとしたのだ。
もし、人間にイルカの体液を分け与えたとしたら・・・。
想像すればするほど怖くなった。
この世界の中に、イルカはただの一つの存在だ。
孤独はとても寂しい。
仲間が欲しい。
だけど、もしイルカが誰かとともにと願えば、その人間を自分と同じモノに変えてしまうのだ。
この暗闇の中を手探りで歩くような永遠の孤独を、自分の手で誰かに課してしまうのかもしれない。
そんなことは、絶対にしてはならないーー。
自分を生きる者と同じように老いて朽ちる存在にしてくれと願い、自らを傷つけ、それでも無理だとわかると絶望に涙した。
ーーー彼に会ったのはそんな時だ。
『どうして泣いてるの?』
心配気に声をかけられて、涙で頬を濡らしたままその声の主を見上げた。
みるからに裕福だと伺わせる仕立てのいい服。キラキラと煌く銀髪に縁取られていたのは、人の中でもとても整っていると言われるだろう顔。
少し眠たそうな眼は淀みもなく憂いすら感じられなかった。
初めて出会ったのは確かまだほんの幼い頃だったと思うのに。
いつの間にか青年の姿になっていた彼がイルカの前に膝をついてハンカチを差し出した。
『あなたは全然変わらないね』
『ーーーー・・・ッ!』
その言葉が、みてくれだけの意味ではないと知ったのはその後のことだ。
けれどその時は、またどこか遠くへ行かなければならないと思った。
逃げようとしたイルカの手を捕まえて、冷たいと呟かれた言葉に恐怖した。
知られてしまう。
自分が異端のモノだと、この男に暴かれてしまう。
『はなして・・』
また、あの辛い記憶を思い出した。
人は自らと同じではない生き物を極端に嫌う習性がある。
傷つけ、貶め、二度と立ち上がることが出来ないように、徹底的に排除しようとするのだ。
ありとあらゆる苦痛を伴う拷問の数々が蘇り、心の底からこみ上げる恐怖に立っていられないほど身体が震えて蹲った。
『・・いや・・』
どうして。
ただ少し、あなた達とは違うだけなのに。
どうしてこんな酷いことをするんですか。
助けて。
お願いです。
やめてーーー。
いっそ殺してくれと叫んでも、願いは聞き入れられなかった。
『赦してーーー・・』
頼りなく口から漏れた言葉に、目の前の男はキョトンと首を傾げた。
赦して、赦して、ゆるして。
決して人に害をなさないから。
連れても行かないし、自分と同じものにも変えたりしない。
息を殺して、じっと大人しくしているから。
だから・・。
泣き出すイルカに、目の前の男は少し困った顔をして頭を掻いた。
『許すもなにも・・・悪いことなんてしてないでしょ』
そう言って、手に持ったままのハンカチでイルカの涙を拭った。
『泣かないで』
『ーーー・・・』
優しく髪を撫でる掌から、じんわりと温もりが伝わってくる。
その仕草がまるで慈愛を持って触れられているように感じられて、涙に潤んだ瞳のまま目の前で微笑む青年を見やった。
そうして。
ねぇ、とイルカを呼ぶ青年が、微笑みながら友達になろうと口にした言葉に眼を見開いた。
友達?
うん、友達。
それはどういう・・・?
・・・あなたがいつまでも変われないなら、オレが。
『永遠にあなたの友になってあげる』
ーーー言われている意味が、わからなかった。
木の葉の名門、はたけ家の三代目当主だった彼は、イルカに西の離れにある屋敷を与えてくれた。
その館でイルカは彼と語らい、共に勉学と研究に勤しみ、短いながらも同じ時間を過ごした。
彼は適齢期よりも遅く結婚し、晩年に子供にも恵まれた。
『この子があなたの新しい友だーよ』
彼と同じ銀髪の嬰児を腕に抱きながら、そう言って笑った彼の姿は、もう自分とは全く違ったものになっていたけれど。
その日初めて、彼が言った「永遠の友」という言葉の意味を理解したのだ。
だからね、と。少しくすんだ色になった銀髪から覗く瞳が弧を描く。
『またここに帰っておいで』
優しい声は、あの時ハンカチを差し出した彼と変わらない穏やかなもので。
託された頼りない身体の暖かさに涙した。
それは、三代目がイルカの為だけに用意してくれた居場所だった。
*****
「・・ん・・・・」
ゆっくりと眼を開いて、ぼんやりとしながら見慣れない部屋の高い天井を見つめていた。
カサリとシーツが擦れる音に視線を動かすと、シーツに埋もれた銀髪を見つけて一気に覚醒する。
「あ・・」
震える指先を伸ばし、瞳を閉じたまま眠り続けているカカシの色素の薄い皮膚に触れた。
そっと触れた身体から、じんわりと暖かい体温が感じられることにホッとして、イルカは小さく息を吐きだした。
「・・あったかい」
シーツの上を這うようにカカシに近づき、ぺたりと額をその背中に付ける。
掌、額、そして唇。全てで感じる暖かさに、心が複雑に絡み合ってぐちゃぐちゃになる。
あれほどの体液を交換しても大丈夫だったのだという気持ちと、流されるままにこの男を連れさることができなかった後悔と。
それでも、世の理を侵さなかった安堵のほうが気持ちは勝る。
「冷たいよ」
「えっ」
背中から響く声に驚いて顔を上げた。
振り返るカカシがゆっくりと身体を反転させてこちらを向くのに、反射的に腕を突っぱねた。
「どうしたの」
「いえ・・」
昨夜の事を思い出すと、真正面から顔を見るのが恥ずかしくなる。
とんでもないところにとんでもないものを突っ込まれて。
・・・なんというか、その。いろいろと凄かった。
身じろぎした瞬間に傷んだ下半身に少しだけ眉をしかめると、笑いを含んだカカシの声が間近で聞こえた。
「ん?」
「わっ! 近い・・っ」
「そりゃ一緒に寝てるんだから、近くて当然でしょ」
慌てるイルカを笑いながら抱きしめて、その鼻傷にキスを落とした。
くすぐったさに顔をしかめても、銀髪の髪の美丈夫はただ嬉しげに眼を細めるだけだ。
「あなたの顔」
「え・・?」
「なにもないのも可愛いけど、この傷はあったほうがいいね」
そう言いながらも、唇は顔を横切る引き攣れをゆっくりと辿る。
「でも、これは・・・」
「これが本当のイルカ先生でしょ?」
そう言って眼の前で少し暗い色彩の瞳が弧を描いた。
「このままのほうが、愛嬌がありますよ」
「愛嬌って」
綺麗な顔の男に言われると、なんだかちょっと馬鹿にされたように思わなくもないと、つい頬がふくらんだ。
「ほら、怒った顔も可愛い」
「カカシさんッ」
ぷいっと向けようとした身体を、抱きしめられた。
驚くイルカに構わず強引に腕の中に閉じ込められて、冷たい頬が硬い胸板に触れる。
「・・冷たいね」
ボソリと呟く声に、答える言葉が見つからない。
黙ったままのイルカを気にすることもなく、指先がサラリと髪を撫ぜた。
「あんまりにも寒そうだと、温めてあげなきゃってね・・」
「・・え・・・」
「こんな気持はなんて言うんでしょうねぇ」
「・・・えっと・・不安・・・?」
猫を飼っていた時、固くなり温もりを失っていく身体に不安になった。
カカシもそうなのかと思ったら、頭上で困ったような笑いが漏れた。
「んー・・、ちょっと違います」
腕の力が緩められて、少しだけ空いた隙間から顔をあげると自分を見つめる視線とぶつかって。
途端に脈打つ心臓に胸が苦しくなった。
「・・・俺も、カカシさんにこうされると何だか変な気持ちです」
「そう?」
「ええ。なんというか・・・胸が、ドキドキします」
「ドキドキね」
そう言って笑う顔を見ているだけで更に激しくなる鼓動に、眉をしかめた。
「・・・きっ、昨日も怖かったけど・・、ドキドキして口から何かが出そうでした」
いつもとは別人のようだったカカシの姿を思い出す。
強引に伸し掛かられて愛撫され、誰にも見られたことがない場所まで割り開かれた。
二度目の吐精は互いの性器を擦り合わせた彼の手の中だった。
怖い、助けてと。
何をされてるのかわからないままに口走るイルカの唇に、宥めるようなくちづけが降り注ぐ。
皮膚を這うカカシの指がとても熱くて火傷しそうに思えた。
身体を暴かれる瞬間にみた瞳の色はまるで飢えた獣のようで、思わず魅入ったところを強引に穿かれた。
拒絶の言葉も悲鳴も喘ぎ声すら飲み込まれて、荒い律動と裏腹な優しい声に必死で縋った。
身体の深い場所を濡らされた瞬間、イルカも堪らず吐き出して・・ーーー。
「出たのは口からじゃなくて、下からですけどね」
誂われてムッとした。
一体誰のせいでと視線だけで訴えて、悔し紛れに脇腹をつねる。
「ーーいッ!!」
小さく叫びながらも、カカシの表情は楽しげだ。
「知りません」
「怒った顔も可愛いですよ」
「男に可愛いなんて、褒め言葉にならねぇって」
「良いじゃないですか、少なくともオレは本当にそう思ってるんですから」
自分より断然綺麗な顔を持つ男にそう言われても、信憑性がない。
それでも、懐かしい人を思い出させるその姿は、イルカの胸を高鳴らせる。
頬を撫ぜる手も、醜く引き攣れた傷痕に触れる唇も。
自分を抱きしめてくれる腕さえ、今までイルカが知らなかったものだ。
ドキドキと脈打つ鼓動に戸惑いながらも、そっと自らの指をカカシの頬に伸ばした。
昨日自分が傷つけた目元の引っかき傷を、謝罪するかのように優しく撫ぜる。
「何でしょう、不思議な気持ちです」
「・・・今までそんな気持ちになったことは?」
そう言われて、考えこんだ。
思い出すのは三代目のことばかりだ。
それでもこの気持は何かが少し違う気がした。
「・・・近いような感じは・・・」
「ーーふぅん。それは妬けますね」
「妬ける?」
見上げたイルカの眼に映るカカシは黙って微笑むだけだったけれど、何故だか声色が尖ったように感じられた。
「あぁ、あなたを離したくないな。このままこの屋敷に住んでしまえばいいのに」
部屋ならたくさん余ってるんだからと口にするのに呆れて溜息をつく。
今はまだ、カカシと少しの使用人だけの暮らしかも知れないが、彼の伴侶となる者が次の世代を残すために近い将来この屋敷にやってくるだろう。
そう考えた瞬間、苦い薬を飲んだ時のように口の中が渋くなる。
何だか昏い気持ちに胸が締め付けられて、イルカは唇を引き結んだ。
「ーーー・・・何を、言ってんですか」
「ずっとこうしていたいって言ってるんです」
「ちょっ・・」
「・・・好きですよ、イルカ先生」
・・・たとえあなたが何者ともしれなくても。
腕の中で息を詰めるイルカには、その言葉はけして口にはしない。
「・・・・・」
ギュッと抱きしめられると、少しだけカカシの匂いが強くなった。
速くなる鼓動に戸惑いを覚えながらもその背に腕を回すと、首筋に冷たい唇を押し当てた。
刺激にピクリと反応するカカシの腕が、更に強くイルカを抱きしめる。
何度も好きだと熱っぽく囁かれる言葉に鼓動は逸り胸が締め付けられる。
けれども何も返すことが出来なくて、代わりに情欲の痕を残すように柔らかい皮膚にちゅうっと吸い付いた。
暖かくて、切なくて。
胸が苦しい。
「・・・カカシさん・・」
呼ぶ声に答えるように、耳元にカカシの熱い吐息が掛かる。
それだけで、下肢が切なく疼いた。
スポンサードリンク
1頁目
【恋は銀色の翼にのりて】
恋は銀色の翼にのりて
恋の妙薬
とある晴れた日に
【Home Sweet Home】
Home Sweet Home
もう一度あなたと恋を
夜に引き裂かれても
恋は銀色の翼にのりて
恋の妙薬
とある晴れた日に
【Home Sweet Home】
Home Sweet Home
もう一度あなたと恋を
夜に引き裂かれても
2頁目
【幼馴染】
幼馴染
戦場に舞う花
【白銀の月よ】
白銀の月よ
愛しい緑の木陰よ
それゆけ!湯けむり木の葉会
あなたの愛になりたい
幼馴染
戦場に舞う花
【白銀の月よ】
白銀の月よ
愛しい緑の木陰よ
それゆけ!湯けむり木の葉会
あなたの愛になりたい
3頁目
【その他】
Beloved One(オメガバース)
ひとりにしないで(オメガバース)
緋色の守護者(ファンタジー)
闇を駆け抜ける力(人外)
特別な愛の歌(ヤマイル風カカイル)
拍手文
Beloved One(オメガバース)
ひとりにしないで(オメガバース)
緋色の守護者(ファンタジー)
闇を駆け抜ける力(人外)
特別な愛の歌(ヤマイル風カカイル)
拍手文