肌が白いな。
そんなことを思いながら、隣で眠る男の銀髪を指先で摘んだ。
左眼を隠すように覆われているそれをサラリと払えば、その下に覗く傷痕はまるでミミズ腫れのような引攣れを起こしてピンク色に盛り上がっている。
とても綺麗な顔だったのに。そう思いながら指先でそっと触れてみれば、ピクリと震える銀色の睫毛に急いで指先を引いて、息を止めた。

「・・・・・」


少し強引でマイペースなところがあるものの、上流階級の人間らしく余裕があって基本は穏やかな男だったから、まさかあんなことをするとは思わなかった。
ためらうことなく自らの顔を切り裂いた彼の激情を思い出す。
ふうっと。小さく溜息をついて、再び伸ばそうとした指先は、あっという間に眼の前の男に囚えられた。
驚くイルカの前で、醜く引攣れた傷痕が徐々に薄れて消えていく様に、彼が自らと同じものに変貌してしまったことを思い知る。
もう戻れはしないのだと、眉を顰め唇を引き結ぶイルカの表情に、僅かに眼を見開いたカカシが苦笑する。

「そんな顔しないで下さい」
「・・・っ・・」


後悔なんてしないからと言外に匂わせても、涙をこらえるようにますます眉間の皺は深くなるばかりだ。


「・・・あなたは、馬鹿です」
「ひどいな」


ククッと笑って、強張ったままのイルカの頬を撫ぜた。
こうなってしまった以上どうすることも出来ないというのに、何故か責めるような視線が痛い。


「もっと喜んでよ」
「何を・・っ!」

もう寂寥感に一人で泣くことも、誰かに怯えて逃げまわることもなくなるのだから、と。
そう言って笑うカカシの言葉に素直に頷くことなんて出来なかった。
自分と同じ運命を背負わせてしまった後悔は、きっとカカシには理解できないだろう。

「あなたをこんな風に変えてしまって、俺は・・」
「イルカ先生のせいじゃないでしょ」


写真を見た時。
自分と瓜二つの顔を持つ曽祖父を、愛しげに見つめる瞳に嫉妬した。
イルカが自分でなく、三代目に恋い焦がれていたのだと思うだけで、腸が煮えくり返る思いだった。
ただ問い詰めるだけに訪れたこの場所で、今まさに逃げ去ろうとするイルカを見た瞬間、心は決まったのだ。
多少強引だったことは否めないが、この機会を逃せばきっと、イルカはまたどこか手の届かないところに行ってしまって、二度と戻ることは無いだろうと思うと、カカシは自分の選択が間違いだったとは思っていない。
曽祖父の様に居場所を作ってやるのではなく、傍で共に有りたいと願ったのだと、今にも泣き出しそうな顔をしているイルカには伝わるだろうか?

「イルカ先生」
「・・・っ・・」

そう名前を口にすれば、震える黒い睫毛がふせられる。
そんなイルカに手を伸ばし、少し浅黒い頬に指先を滑らせた。
とても冷たくて触れる度に不安だったイルカの体温は、今は僅かな温もりを感じる。
それがとても嬉しかった。


「オレが選んだんです」


だからけして自分を責めたりしないで。
告げられた言葉に、ヒクリと喉が鳴った。
じんわりと熱くなる瞼が、溢れてくるもので睫毛を濡らしていく。

「・・・っ・・・・」

こらえるために引き結んだ唇は、それでも途切れ途切れに小さな嗚咽を漏らした。

「イルカせんせ」
「・・・馬鹿な人」
「それはさっきも聞きましたよ」
「・・っ・・三代目も、・・あなたも・・」
「・・・・・」
「本当に、・・馬鹿です」

振り絞るような涙声のイルカを抱きしめた。
くしゃくしゃになった黒髪に指を絡め、今はもう抵抗もしない身体を腕の中に抱き込んで。
薄っすらと浮き出てくる傷痕に口付ける。

「あなたも選んで」

三代目でなく、眼の前の自分を。
いつになく真剣なカカシの表情に、潤む瞳を必死で瞬かせた。
浮き出てきた自分と同じ引攣れに手を伸ばし、潰れた瞳の上に指先を這わす。
自分の顔を横切る醜い傷痕が嫌だった。
だけど、いまはそれすら愛しいと思う。

「カカシさん」

イルカに居場所を与え、帰る場所を作ってくれた三代目。
彼に惹かれなかったといえば嘘になる。
だけど、彼はイルカのことをとてもよく理解していて、けして不用意にイルカに触れようとはしなかった。
彼にとってイルカはあくまで庇護すべき存在で、イルカもそれをよくわかっていた。
ルーツを知らないイルカに、まるで親のような愛情を注いでくれた彼のことを思い出すだけで胸がじわりと暖かくなるのだ。
だけど。
それはカカシに向ける想いとは全く違う。

「・・・最初からっ・・選んでいます」

溜息のように吐き出した声に、眼の前の瞳が歓喜にゆっくりと見開かれた。

「・・・初めて見た時から」

覚えていないだろうが、カカシに初めて会ったのはまだ彼が幼いころだ。
開け放たれた窓から覗いた小さな影が、迷うことなくまっすぐにこちらを射抜いた時から。
扉から駆け出してきた小さな子供に呼び止められた時、懐かしさと愛しさに胸が苦しいほどだった。

『・・また来るよ』

精一杯振り絞り、クシャリと撫ぜた子供特有の髪の柔らかさは今はもう無いけれど。
輝きは変わらない。

「カカシさんが好きです」
「ーーーせんせ・・」
「好き・・ーー」

重ねて呟かれた言葉は、強引に奪われた唇によって最後まで紡がれることは無かった。



*****





とある昼下がり。
のんびりと書類の上の文字を追いながら、書斎の棚に向かっているヤマトに向けておもむろに口を開いた。

「養子を迎えようと思う」
「・・・まだそんなお年ではないかと思われますが」

暗に不能だと告げられて、眉をしかめた。


「あのねぇ・・、ヤマト。別に勃たないわけじゃないのよ」


むしろ昂ぶりすぎて難儀しているぐらいだと、仏頂面の奥でそう思う。
昨夜だってイルカが音を上げなければ後数回は挑めたハズだ。

「・・名だたる御令嬢達との浮名の数々、耳に痛いほど伺っておりますけれど」
「ちょっと、人をヤリチンみたいに言わないでしょ」
「・・・違いましたか」


しれっと答えるヤマトの言葉に、歯噛みした。
以前の自分はそうだったやもしれないが、今はもうイルカ一筋だ。

「・・・子供はのぞまないからね」
「それは・・・」


出来上がった書類に目を通しながら適当な相槌を打っていたヤマトが、ここで初めて手を止めてカカシを見た。
ヘラリとしている姿は、いま口にした深刻な言葉とは正反対だ。
代々続くはたけ家の家督を繋いでいくことは、当主として重要な責務だとわかっているはずなのだが。
いったいカカシが何を考えているのかわからないが、言い出したら聞かないことぐらい知ってる。
だから、キラキラと少年のような顔をしたカカシが、まるで夢見るような表情で言葉を紡ぐのをただ黙って見つめながら先を促した。

「迎えた子が大きくなって、この家を任せられるようになったら、旅に出ようと思ってね」
「旅ですか」
「そ」

そう言って、破顔する。
訝しげに首を傾げるヤマトに、少しだけ申し訳なく思いながらも、心は近い未来へともう羽ばたいてしまっている。
仕事の出来るこの執事のことだから、最初は激怒するだろうけれどきっと全て上手くやってくれると知ってるから。

二人で、世界中を旅するのだ。
生きていくことは暗闇だと嘆くイルカを連れてどこまでも。
互いに手を取り合い、誰も行ったところのない場所を探し、美しい景色を瞳に焼き付ける。
偶には喧嘩もするだろう。その時はまた仲直りをすれば良い。
そうして永い時を共に歩いて行くのだ。

ーーーー闇を駆け抜ける力をもって。


【La Fine】
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